第20話 か弱い女の子だと思った?
★★★(クミ)
「お客さ~ん」
私が飲み屋街を歩いていると。
後ろから声を掛けられた。
振り返ると、紺色の作務衣に同色の三角巾を被った女性が私を追ってきていた。
見慣れない顔だった。
誰かな?
まぁ、誰だろうとどうでもいいことなんだけど。
「やっと見つけた」
膝に手をついて、ハァハァと、女性。
かなり走って来たということなのかな?
「何か御用ですか?」
私がそう普通に聞いてあげると、その女性は嬉しそうな顔で。
「私、お客さんがさっきいらっしゃった飲み屋の店員なんですけどね」
ハァハァ言いつつ、呼吸を整えながら。
上目遣いで、私を見上げて。
「お客さんが話していらしたお客さんが「重大なことを思い出した」って仰って」
手助けになるものを渡したいから、お客さんを探してきてくれないか?
そう頼まれたので、店を出て行かれたお客さんを探してたんですよ。
そう、努めてという感じでニコニコしながら言ってきた。
なるほど。
それはじゅうようですね。
「来ていただけますか?」
「もちろん」
二つ返事。
ではこちらへ、と店員さんに、人が沢山いる大通りから、人のまばらなわき道に案内される。
「どこまで行くんですか?」
一応、聞いた。
人が少ないところを選んで進んでるな、って感じたから。
「ちょっと人気が無いところです。でも、安心してください」
なんでもお客さんとしては、他人に聞かれたり、見られるとまずいそうなんで。
どうしてもそういう場所になってしまうんですよ。
とのこと。
なるほどー。
なっとくのりゆうですねぇ。
そして。
いつかの、オバカな私が危うく売春宿に売り飛ばされそうになったときの、懐かしの路地裏、袋小路みたいな場所に連れてこられちゃった。
ここなら、ちょっと騒いでも気づかれそうに無いなー。
うん。とってもあぶないねー。
店員さんが立ち止まった。
「着きました」
うん。どこにもいないね。
あのろくでなしパーティメンバーズ。
店員さん以外、だぁれも。
どうしてなのかなぁ?
「誰も居ないですよ?」
「それは……」
店員さん、先導してたから顔が見えなかった。
見えなかったけど。
多分、嗤ってたんだろうなと。
声で想像できた。
そのときだった。
足首に誰かが触れる感触があったから。慌てて飛び退いた。
間に合った。間一髪。
飛び退いた後を見ると……地面から手が生えていた。
浅黒い手だ。
「ちっ」
ずずず、と。
その手が地面から盛り上がり。
痩せた感じで、目がぎょろぎょろしている、浅黒い肌の男が姿を現した。
頭髪は白髪で、短く刈り込んでいる。
男は手にナイフを持っており。
黒い、神父さんが着るような服を着用していた。
……大体、男の正体は想像できたけど。
「あなた、誰?」
一応、聞く。
男は、薄笑いを浮かべて、答えてくれた。
「平等の神タイラーを信仰している者です。あなた、余計なことをしてますね?」
……タイラーの混沌神官。
その、ホンモノ……!
はじめて混沌神官に相対し、私は小さく恐怖した。
どんなものか聞いてはいたけど、相手は自分の欲望のためなら、見ず知らずの他人を食い物にしても平気で居られる魔物のような人間なのだ。
それがどれだけ恐ろしいことか。
私はこいつを目の前にして、それを実感してしまった。
同じ人間が、同じ人間を食い物にする。
他人の人生を無茶苦茶にしても、平気でいられる。
それは、どんな魔物よりも恐ろしい。
何故って、私には理解できないから。
理解できないって、やっぱり一番怖いよ……。
「……余計なことって?」
恐怖を押し殺し、時間稼ぎと、今後の対応を考えるために会話を繋いだ。
見たところ、今この男が使ったあの特殊能力……地面に身を潜ませるあの技……多分あれ、土の精霊魔法だ。
異能では無いんじゃないかな?
だってあれが異能だったら、ナイフなんて持ってないと思うんだよね。
武器を持ち歩くって、それなりに危険なわけだし。
見咎められたら、あらぬ疑いを招くんだから。
冒険者でも無いのに、何でナイフなんて携帯してるの?って。
銃大国のアメリカだって、普段は武器を持ち歩かないのが基本だったはずだし。
だったら、素手でも武装したのと同等の効果を期待できる何らかの技を開発すると思うんだよ。
異能だったら。幅は広いんだし。
特に、混沌神官なんていう、発覚したら即座に処刑される立場の人間だったら知恵を絞るはず。
なのにそうしてないってことは、これが自由度の高い異能では無く、融通のきかない魔法であるってことの証明だと思うんだけど……
根拠としては弱いかな?
「そりゃ、私の計画を邪魔しようとしてることですよ」
当然でしょ?と言いたげな口調で、目の前の痩せた男……混沌神官は言って来た。
計画……。
サトルさんご一家が崩壊しかねない呪いを掛けたことがそれなんだろう。
「……何であんな呪いを掛けたの?」
語りたくなるように言葉を継ぐ。
こいつはこいつなりに、狂った信念を持ってる。
あの呪いは、それに沿ったもののはずだよね。
そしたら、案の定だけど、乗って来た。
「家族を砕くためです」
平然と。
サトルさんの辛そうな顔を思い出し、怒りが湧いたけど……
「何故そんなことを?」
そう聞いてやった。
すると、こいつは嬉しそうに乗って来た。
誇るように。
「家族が、差別の元凶だからです」
「人は家族関係で、最初に上下関係を学ぶ……いや、洗脳を受けます」
「だから、家族を解体することが、平等な社会を作る第一歩なのです」
語る混沌神官の顔は、自分に酔っていた。
自分は完全に正しい。そう信じ込んでいる。
……狂ってる。
やはり、こいつらはまともじゃないんだ。
ひとつも同意できない狂った論理。
「そんなに平等な社会がいいなら、一人で無人島にでも引っ込んでて」
私は混沌神官を睨みながら、そう言い放った。
「可愛そうに。あなたもおかしな世の中の洗脳から抜け出せないのですね」
フゥ、とため息をつくと、混沌神官は「オイ」と店員さん……に見える存在にこう命じた。
「彼女を押さえつけろ。殺すと少々面倒かもしれない。直接絶対服従の呪いをかける」
そう言って「力士に変身するんだ」と後に続けた。
「分かりました」
ズ……
言って。
目の前の存在が、作務衣の女性店員さんの姿から。
着流しに身を包んだ、巨漢のお相撲さんの姿に変わっていく。
……腰に下げた巾着袋だけ、そのまんまだった。
やっぱこいつ、カオナシなのか……。
普通に考えると、女性店員さんの姿で抑え込まれても逃げる目はあるけど、お相撲さんになられたらもう、それは無理だよね。
筋力差、比較にならないし。
「……!」
私は目を見開いて、驚愕の顔を作った。
それを見た混沌神官は愉しそうだった。
「レッサーデーモンのレッサーカオナシです。一瞬で姿形と身体能力、癖をコピーできます」
「そいつをあの飲み屋の店員の一人と成り代わらせておいたんです。どうです?すごいでしょう?」
自慢げに、聞いてもいないのにそう語る混沌神官。
……成り代わらせた……。
多分、本物の女性店員さんを殺して、だろうね。
こんな狂った目的を果たすために、その人は殺されたんだね……。
なるほど……。
混沌神官は、許してはいけない存在なんだな。
それを、今、心の底から自覚したよ。
「もう逃げられない。観念しろ」
お相撲さんになったカオナシが、酷く嫌な笑い方をしながら近寄ってくる。
こんな女の子一人、拘束するなんて造作も無い。
それがありありと、見て取れたけど……。
「はい。そこまでよ」
声が、上からしたんだ。
混沌神官が上を見上げた。
弾かれたように。
そこには。
汚い路地を囲む粗末な建物の屋根部分に。
黒衣に身を包んだ、黒髪の絶世の美女が立っていた。
頭には魔女の三角帽子。
オータムさんだ。
……私、そこまで思いあがって無いんだよね。
野生のモンスター相手ならまだしも。
悪意を持った人間相手にするのに、一人で挑もうなんて考えないよ!!
オータムさんは、とぅ!って感じで屋根から飛び降りて。
そのまま地面に着地した。
片手で三角帽子を押さえて、片膝ついて華麗に着地。
多分、落下中に異能の髪の毛使って速度調整して、着地時の衝撃を減らしているんだろうね。
「誰だお前は!?」
混沌神官が焦った風にそう言う。
「……黒衣の魔女って二つ名、聞いたこと無い?」
その名を聞いて、混沌神官は青ざめた。
明らかに、怯えていた。
「お……オータムか!?」
「正解」
ニコッ、とオータムさんは微笑んだ。
と、同時に。
カオナシが、私に向かってくる。
召喚者の様子から判断して、私を人質に取ってやり過ごそうと考えたのだろうか?
でも、そうは問屋が卸さなかった。
「ゲ……?」
いきなり、カオナシが私に伸ばした手が、肘から切断されて、落ちた。
斬られたカオナシ、きょとん、という表情をしていた。
オータムさんが、カオナシを見ている。
直感で、分かった。
……多分、オータムさんがやったのだ。
後で聞いたら、髪の毛一本の硬度を鋼鉄よりもさらに強く上げて、それで切断したらしい。
オータムさんが「操髪斬」って名付けている、異能の技。
続けて、残った腕が肩から落ち、もう片方の腕も切れ、胴体が輪切りになり、最後首が落ちた。
ばらばらになったカオナシは、ぐずぐずに溶けて、消え去っていく……。
私は、その残骸から巾着袋を拾い上げた。
あのとき、この巾着袋だけ、カオナシの変異についていかず、かつ今、カオナシが死んだ後も、消え去らずにここに残っている。
その意味するところは、一つしかない。
「これ、呪物だよね?」
状況についていけてない混沌神官にそれを言い、目の前で私の異能を発現させ、それを凍結させた。
「!!」
目を見開く混沌神官。
その驚愕が続いている間に、それを地面に投げつけて、思い切り踏み砕いた。
「これで、他の呪われてしまった人も解呪完了!」
宣言してやった。
混沌神官、くっ、と悔しそうに顔を歪め、何かを念じるような顔になり……
「さっきの土の精霊魔法を使って地面に潜って逃げようとか考えたら、即座に地面を凍らせるよ!」
その前に、釘を刺してやる。
そしたら、ビンゴだったらしい。
悔しそうな表情を浮かべ、慌てて身を翻し、この袋小路を出て行く方向に走り出した。
私たち二人は、それを見送る。
そしたらオータムさんが、私を見て
「……しかし、よく一瞬でアレが土の精霊魔法って分かったわね?」
「あぁ、半分は推理ですけど、後はカンです」
私に、褒めるような口調でそう言ってくれたけど。
当たったのはたまたまなんだから、勝ち誇るようなことでもないんじゃないですか?
★★★(混沌神官)
なんなんだ!?
黒衣の魔女に、異能使い!?
何でいきなりそんなものが現れて、俺の計画を邪魔するんだ!?
俺は、タイラー様の正しいお考えが受け入れられないのは、人が家族を大事にし、知らず知らずのうちに、人を敬い、上下関係を認め、身分差を許容する毒を身体に染みつけているからだと考えた。
家族は、毒なのだ。いいものだと思うかもしれないが、本質は、毒。
いや、いいものに思える分、質の悪い猛毒だ。
しかしその真理を説いても、毒に脳髄の底まで汚染されている愚かな者には伝わらない。
だから、荒療治が必要なのだ。
家族なんていいもんじゃない。
人はバラバラに生きるべきだ。
そう、悟るような。
そのために「この巾着袋に自ら金を入れたものは、その行為を咎められたときに咎めた相手を心の底から憎悪する」という呪いの呪物を作成し。
金に困って路頭に迷いつつあった三人組に、計画を教えて、召喚したカオナシと一緒に貸し与えたのだ。
計画は上手く行っていた。
あの三人組、金遣いが荒く、金を標的から巻き上げては即座に使い果たし、すぐ次の標的を探す。
仕事熱心で有難かったんだ。
まだ大きな問題として話題に上がってはいないのだが、すでに相当数、家族が崩壊状態に陥っていることを確認している。
順調だったのに……
それが今日、打ち砕かれた。
小娘一人と、あの化け物のような魔女のせいで。
……畜生!!
もう、この街で神の意志を貫くのは限界なのかもしれない。
場所を、変えないと……!
走りながら俺は次の街の事を考えていた。
もうすぐ、この路地裏の出口が見えてくる。
そこまで逃げれば、人ごみに紛れて……
そして、最後の角を曲がったときだった。
二人組が居た。
一人は、赤毛のモヒカンの、青い着流しの男。
もう一人は、メイド服に身を包んだ、冷たい印象を受ける茶髪の女。ボブカットで、腰に刀を提げている。
キュラ……と女が厳しい表情で、抜刀し。
「オロチ様、我らに限界突破の奇跡を」
モヒカン男が高らかにそう言葉を発した。
それと、同時だった。
一瞬だった。
抜刀したボブカットメイドが、掻き消えるように居なくなり。
次の瞬間、俺の手足に激痛が走って、倒れてしまった。
腕と、足を峰打ちで骨折させられた……
それに気づいたのは、地面に倒れ伏して
「……混沌神官。言葉を発したら殺します。今死にたいならどうぞ」
刀の切っ先を目の前に突き付けられて、メイドにそう宣言されたときだった。
メイドの目は血走っており、全身からあふれ出すような覇気が漲っている。
……強制神オロチの、限界突破の奇跡か!
人々に無理難題を押し付け、苦しめる邪神オロチの神官が使えるという奇跡。
本来は3割程度しか使えない人間の潜在能力を100%引き出し、その際にその限界突破に耐えられるように肉体の強度まで底上げする。
とんでもない奇跡だ。
持続時間はどのくらいか知らないが、それを待つことはできないだろう。
その前に完全に拘束され、俺はそのまま役所に突き出される。
そして、処刑……
俺は、ここで終わるしかないようだ。
……畜生。
俺の、俺の崇高な計画が……!
涙が、溢れた。
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