第19話 それをやったらおしまいね。
★★★(ゴミヤ)
お金というものは、いざ心配がなくなると生活に張り合いがなくなるもんだなぁ。
俺はここ最近の生活で、そう思うようになってきた。
お金がざくざく湧いてくる。
何にもしなくても湧いてくる。
まぁ、かといってその前の生活に戻りたいか?と聞かれたら、答えはNOだけど。
俺だけじゃない。
こいつらだってそう言うに違いない。
あの、先の見えない真っ暗な状況に戻るのは嫌だ、って。
1か月かそこら前だ。
俺たちは、ノライヌ退治の仕事を請け負った。
依頼内容としては、近くの砦に棲み付いた、ホブノライヌが混じったノライヌの群れを駆除して欲しい。
そういう内容だ。
ホブノライヌは手ごわいが、手ごわいだけだ。
手順を踏んで丁寧に仕事をすれば、問題なく処理できる。
その程度の相手。
だから俺たちは仕事を受けた。
安心安全だからだ。
ただ、数が多いそうだから、無理をして怪我をしてしまうかもしれない。
そこだけは不安だった。
なので、行きつけの蕎麦屋さんの娘さんが、神の奇跡を扱えるって偶然知ったから、お手伝いを頼んだんだ。
ノライヌ退治のこの仕事、仕事量は仲介の冒険者の店から差し引かれる手数料を抜いて手取り10万えん。
うち1万えんを娘さんに支払うことにした。
そうすれば俺たち3人で3万ずつ分けられるから、ちょうどいい。
ちょっと魔法を使ってもらうだけで1万稼げるんだし、いいバイトのはずだよな。
それに、もしかしたら出番すら無いのかもしれないのに。
そうすれば、実質かぶりつきでノライヌ退治を見物出来て、お金まで貰える。
いいことづくめじゃないか。
そう思っていたんだが。
現場に行くと、話と違ってた。
なんと、群れのリーダーが「ノライヌシャーマン」だったのだ。
ノライヌシャーマンは、姦淫神マーラの奇跡を扱うことができ、もし至近距離で「波動の奇跡」という魔法を使用され、直撃を受ければまず助からないそうだ。
そうでなくても、直撃すれば深刻なダメージを負うとも。
以前、ベテランの冒険者のおっさんが、酒の席で話しているのを聞いたことがある。
つまり、こちらを簡単に即死させる、もしくは行動不能にする技を持ってる。
ただ一言「マーラにお願い」するだけでだ。
冗談じゃない!そんな恐ろしい相手と戦えるか!!
それが分かった瞬間、俺たちは逃げに転じた。
話が違うんだもの。当然だ!
弓を持ってただろう、それで遠距離で戦えよとかいう奴、いるかもしれないが冗談じゃない!
ノライヌシャーマンは護衛でホブノライヌを2匹も連れていたんだ。
弓をそいつらが防いでいる間に、危険距離に接近されて魔法を使われたらってこと、考えてみろよ!
そんな危険を冒せるわけ無いだろ!だから逃げたんだ!
だがそのとき、俺たちは蕎麦屋の娘さんを置き去りにしてしまった……。
でも、仕方なかったんだ。
だって、構ってる余裕が無かったんだから……!
そして命からがら街に戻ってきて、一息つくために食事をしてたら。
俺たちは、蕎麦屋の娘さんの友人に見つかってしまった。
まずいところを見られた!と思ったんで逃げようと思ったけど。
「役所に駆け込もうかな!?」
と、脅されたので、やむなく立ち止まって事情を話したんだ。
正直に。
だけど、キレられた。今すぐ助けに行けと言外に言われた。
なんで分かってくれないんだ!?
アンタ、俺たちに死ねっていうのか!?
娘さんの友人は、俺たちを憎々しげに見つめて「勝ち目のない戦いに挑むのが馬鹿の所業なら、私馬鹿になるわ」とか言って、居なくなった。
まさか本当にそんなことしないよな? 口だけだよな?
そう思って、見送った。そのときは。
そして数日後。
別の依頼を受けようと思ったのと、前の依頼の不備を報告しに冒険者の店に出向いたら。
「ああ、お前らに紹介する仕事はもう一切ないな」
……店の親父に、そう冷たく言われてしまった。
親父、ジョッキを磨く手を止めて、当然だろ?という風に俺たちにそう言ったんだ。
「え?」
わけが分からなかった。
「え? じゃない」
「は?」
「は? でもない」
「ほ?」
「帰れ」
親父はジョッキ磨きを再開する。
「ちょっと待ってくれ! いきなりどうしてだ!?」
俺が食って掛かると。
「……お前ら、素人の女の子を仕事に引っ張り出して、挙句見捨てて逃げてきたそうじゃないか」
何言ってんだお前ら?と言いたげな口調でそう言われてしまった。
どうも、あのことが知れ渡ってしまっているようだった。
「それは……仕方なかったんだ!!」
「そうよ! だってノライヌシャーマンなんて……!」
俺たちは釈明しようとしたが。
「喧しい!」
親父が一喝した。
顔が鬼になっていた。
「……いいか? 冒険者たるもの、一度受けた仕事は命に代えても完遂しようとするもんだ」
「話と違う、こんなはずではなかった、そんな言い訳は通用しない!」
「仕事を失敗するだけでも問題なのに、素人の女の子を連れ出した挙句見捨てた? ……論外も論外。話にならん」
お前らに仕事を紹介すると、店の信用に関わってくる可能性が高いと判断したんだ。
ちなみに、ウチだけじゃないぞ。スタートの街、その近隣の街、全ての冒険者の店に話が伝わっている。
……もう冒険者は辞めるんだな。他の仕事を探せ。あればいいけどな。
そう、淡々と吐き捨てるように言われた。
ちなみに、あの子は無事に助かったそうだ。
経緯はよく分からないそうだけど。
だったらいいじゃないか!と食い下がったけど、無駄だった。
それどころか、ますます冷たい目で見られ
「ブチのめそうか?」
と切って捨てられた。
聞く耳、持ってもらえなかった……!
……目の前が真っ暗になった。
そんな……!
俺は、俺たちは、剣を振り回して怪物と戦うくらいしか取り柄が無い。
だから、剣を頼みに出来て、立派な肩書が無くても務まる冒険者になったんだ。
いつか、成りあがって「黒衣の魔女オータム」「赤毛の神官戦士ムジード」みたいな一流冒険者になって名を轟かせることを夢見て。
貴族にも引けをとらないような立派な屋敷に住み、領主からも依頼を受けられる存在を夢見て。
そんな俺たちから、冒険者を取り上げられたら……
俺たち、どうやって食べていけばいいんだ!?
どうやって夢を叶えるんだ!?
……だけど。
捨てる神あれば拾う神あり。
よく言ったもんだよ。
今、俺たちは金の心配がなくなってる。
ありがたいことだ。
まあ、金の心配が無いどころか、無さすぎて逆にちょっと楽しくないんだけど。
困ったもんだよ。
連日、当たり前のように酒を飲めるし、美味い料理も食べ放題。
なんて俺たちは幸せなんだろう。
そう思って、今日も浮かれていた。
もうエールは飲み飽きた。
葡萄酒、もしくは米酒をいただくとするか。
蒸留酒もいいな。
ブランデーってどんな味だろうか?
合わせる料理は……
「……羽振り良いみたいね? 確か、冒険者干されたって聞いたけど?」
そんなときだ。
あまり気分良くない訪問者が現れたのは。
忘れもしない。
あのときの、蕎麦屋の女の子の友人だった。
「以前はどーも。私、あのときのこと忘れて無いからね?」
「……何の用かな?」
俺の声は固くなる。
どうせ不愉快なことを言うに決まってるし。
「嫌みを言いに来たの?」
仲間のブタメスが、吐き捨てるように言った。
そうだ言ってやれ!
きっとこいつが騒いだせいで、俺たちは危うく路頭に迷いそうになったんだ!
特にブタメスとクサレマなんて、最悪夜鷹にでもなるしか無かったかもしれないんだぞ!?
俺たちが楽しく飲んでるところに入ってくるんじゃねえよ!
酒が不味くなるわ!
前は、ちょっと可愛いかもとか思ったけどさ。
改めて、今の心境で見るとムカついてくる。
この女!
眼鏡かけてて、目つきがちょっと賢そうで嫌みだし。
全体的にキツイ雰囲気あるし。
体型も女子として決して貧弱では無いのが、余計イラつく!
ガリガリでもブタでもないってのがね!
「……嫌み、ねぇ……」
ニヤ、と眼鏡女は笑う。
嫌な笑い方だった。
「アンタたち、元冒険者だったから知ってると思うんだけどさ」
冒険者も御用達の、刃物研ぎ工房やってるヤマモトさんちのご隠居さん、この間詐欺にあっちゃってね。
酷い話なのよ。家族の想いを利用するような、汚いやり口でお金を巻き上げられたの。
ヤマモトさんち、それで荒れてさ。大変だったんだよ?
……眼鏡女が、淡々とそう言った。
心臓が、凍りそうになった。
「……それで?」
俺は、努めて平静に返す。
動揺していることを悟られてはいけない。
「私たちに何の関係があるのよ!?」
すっかり酔いが醒めた風なブタメスが、ヒステリックな口調でそう返してしまう。
バカッ!
注意したかったけど、今はできない。
冷や汗をかきつつ、見守る。
「いや、冒険者干されても、短期間ですぐにここまで豪遊できるようになれる才覚溢れるアンタたちなら、そういうワルい奴の噂、知ってるかなぁ? ……って」
どう? 知らない?
……気持ち悪いくらい、ニコニコと笑いながら。
「悪いけど、知らないな」
「そう……。残念」
さらに追及があるかと思ったけど。
眼鏡女はそこで引き下がった。
……かに思えた。
「あ、そうそう」
ポン、と手を打ち。
眼鏡女は続ける。
「犯人、どうも混沌神官と繋がりがありそうなんだよね」
……!!
「混沌神官は見つけ次第裁判なしで死刑。当然、それに関わって悪事に加担したら軽い罪では済まないよねぇ」
「……どうして混沌神官と関わりがあると思ったんだ?」
まずいと思った。
思ったけど……
聞いてしまった。
どうしても、聞かずには居られなかったから。
「……だって、ご隠居さん、呪いに掛かってたんだもん」
混沌神官が関わってる証拠でしょ?
そうしれっと答えてきた。
そして続けてきた言葉が、衝撃的だった。
「大変だったけど、私、呪いの解除に成功したから、色々分かってきて」
「で、今、知り合いに声かけして犯人逮捕のために動き出してるところ」
……なんだって?
まずい……
不味過ぎる……!
「それじゃ、アンタたちも何か気づいたら、できれば連絡頂戴ね」
ニヤア……
眼鏡女、口角だけ上げて笑った。
こいつ、気づいてる……!
どうしよう……!?
俺たちは、眼鏡女が去っていく後ろ姿を、必死で動揺を隠しながら見送った。
そして眼鏡女が店から消えたのを確認した後。
「……どうするのよ?」
泣きそうな顔になってるクサレマが、俺にそう言って来た。
「やるしかないだろう!」
俺は声を押さえて、そう答えた。
そう。やるしかない。
バレたら身の破滅なのだから。
迷っている暇はない。
俺は席を立った……。
★★★(クミ)
連中が呑んでた酒場を出て、私は一人歩いていた。
店での連中の態度を思い出しながら。
……どうやら。
私の直感は正しかったみたい。
あの慌てぶり。
特に混沌神官の名前を出したときの慌てぶり。
自分たちは混沌神官と関係あります、って言ってるのと一緒だから。
あいつら、何かしら関係している。
間違いないよ。
……しかし。
私は、事件が解決しそうなことを喜びつつ、怒りに震えていた。
あいつら……!
冒険者時代は、散々お世話になったはずのヤマモトさんの家から、お金を奪って豪遊の代金に使っていたのか……!
許せなかった。
あいつら、狙っていいお金と、悪いお金の区別もつかなくなってるのか、元々そうなのか……!
あいつら、人として絶対に越えてはいけない一線を越えたよね……!
絶対に、お世話になったはずなのに、あいつらはそんな人の家族を狙ったんだ。
サトルさんを、サトルさん一家を苦しめたんだ……
あんな風に、酒を飲んで騒ぐために……!
絶対に、許さない。
今回の件で、彼らにどのような災厄が降りかかろうとも、私は一切関知しない。
それを、私は心に決めた。
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