第16話 挨拶に伺ったら……

「というわけなんですけど」


 オータムさんのお屋敷に帰ってきて。

 セイレスさんが居たので「ちょっと良いでしょうか?」とお時間を貰って、サトルさんのことを相談した。

 ちょっと帰り道に、勤め先の甘味処の常連さんの男性に告白された、って。

 セイレスさん、他人のそういう話はやっぱり気になるのか


「それはそれは。で、クミ様はどうなんですか?」


 と、私の意思の確認。

 どっちかなぁ、と思ったら、そっちからかー。

 先に誰が相手なのか、という話になるかなと思ったんだけど。

 セイレスさんはこの街に長く住んでるに違いないから、相手が誰か、って方が気になるんじゃ無いかなと。

 そう思っていたんだけどね。


「嫌な感じはしない人なんで、少し調べて問題なさそうならボールを投げ返そうと思います」


 サトルさんも考えるそうだし。

 私の意思ひとつで決まることじゃ無いものね。

 そう、眼鏡の位置を直しながら言うと。(ちなみに新品。丸眼鏡。この世界に来た時つけてたやつは、VSノライヌシャーマン戦で壊れちゃったから……)


「何を調べるんです?」


 なんだか楽しそう。

 何を調べるって……そりゃあ……


「サトルさんの家の近所の評判、サトルさんのお母さん、亡くなってるらしいんですけど、その経緯」


 ……いきなり、サトルさんの名前を出してしまう私。

 前振りナシかい!

 ……私も結構舞い上がってるのかな?


「ほぅ、サトルさん。……ひょっとして、刃物の研ぎ師なさってる家の息子さんですか?」


 セイレスさん、知ってた。

 意図せずに説明なしで済んでしまう。


「セイレスさん、ご存じなんですか?」


 セイレスさん、ええ、と言い。


「包丁を研ぎに出すときによくお世話になってますから。腕はいい職人さんの家ですよ」


 ふむ。思った通りというと何だけど。

 サトルさんの自己紹介に偽り無しで、それなりに蓄え作れるレベルの人なんだね。

 じゃあ経済面では不安は無いかな。

 私一人で二人分支えろって言われると、キッツイもんねぇ。二人で稼ぐ感覚でいけるなら不安無いんだけど。


 そんな風に、もしサトルさんと結婚することになった場合をシミュレートしていたら。


「あの、クミ様」


「なんでしょう?」


 セイレスさんに何か尋ねられたので顔を上げた。

 セイレスさん、なんだか微妙な顔をしている。


「ひょっとして、結婚するつもりで考えてらっしゃいますか?」


「え? そうですけど? 変ですか?」


 元の世界なら珍しいかもしれないけど、この世界ならそれが普通なんじゃ無いかと思ったんだけど、どうも違うようだった。

 交際期間ゼロで結婚して、結婚してから恋愛でも全然OKというか、そっちの方が無駄がないと思うんだよね。私。

 だからまあ、人間的な欠陥が無いかどうかだけは入念にチェックしたいんだけど。

 酒乱じゃないかとか。女癖悪くないかとか。ギャンブル狂じゃないかとか。

 そんな人が旦那さんだったら、身の破滅だし。

 気にしてるのは、そこだけ。


「まぁ、そういう方もいらっしゃいますけどね……主に上流階級で」


 セイレスさん、微妙な顔継続。

 別にいいじゃないですか~。私、別に彼氏に寄りかかりたくないんですから。

 それに、生物学的に、恋心の持続期間って3年くらいしか持たないらしいですよ?

 そこから先は義理人情と慣れだから、そこで躓かない人選びの方が重要でしょ~?


 あ、そうだ。


「セイレスさん、質問が」


「なんでしょうクミ様」


 手を上げて質問すると、セイレスさんがなんだか疲れた様子で返事してくれた。

 ……なんか引っ掛かったけど、スルーしとこ。


 聞きたいことを聞くことに専念。


「この国での婚姻って、どんな風にするんですか?」


 元の世界だと三三九度とか、誓いのキスとか、指輪交換とか。

 色々あったけど、この世界、この国ではどうするのかな?


 そしたら。


 仰天した。


「女性は下腹部に夫の名を。男性は(ピー)に妻の名を刺青で彫るのです」


 ……マジデスカ。


 でも、セイレスさんがこんな冗談言うはず無いしなぁ……


 そういえば、銭湯に通ってた時。

 偶然見たおばさんの下腹部に名前が彫られていたような気がする……。

 あれ、そういう意味だったのか……!


 カルチャーショックだった。


 しかし、そうすると……

 

「えーと」


 もう一個、疑問が。


「……離婚する場合はどうなるんですか?」


「名前にバッテンを入れる刺青を彫ります」


 夜の営みをするときに、相手が既婚者かどうか。

 離婚経験があるかどうか、即分かる素晴らしいしきたりです。

 と、セイレスさん。大真面目に。


 うわ……これはよくよくサトルさんの人間性を吟味しなきゃいけないよ?




 次の日。

 私は仕事前の午前中に、急いで昨日セイレスさんから聞いたサトルさんのご実家がやってるという刃物研ぎの工房を訪ねた。

 

 本当にサトルさんがここで働いているのかと、あと、近隣の人の評判を確かめに。


 結論から言うと、サトルさんは嘘吐いて無かった。

 本当に研ぎ師さんをやってる人だった。

 あのサトルさんが、実在する研ぎ師のサトルさんの名を騙る結婚詐欺師の可能性はこれで消えた!


 サトルさん。

 

 すっごく真面目に働いてる。

 今やってるのは剣かな?


 ロングソード?

 その両刃剣を、全神経を集中して研いでいた。

 ぐるぐる回転する車輪みたいな砥石に向かって。

 私はそっと店先から覗いてるんだけど、まるでサトルさん気づいてない。


 ……あ。ちょっとカッコイイかも。



 包丁研ぎの依頼にやってきた女の人が居たから、呼び止めて工房の雰囲気についても尋ねてみた。

 別に悪い返事が返ってこなかった。


 ん~。今のところは、問題なさそう。

 

「……ウチに御用ですか?」


 店先で、集めた情報を頭の中で整理していたら。

 いきなり後ろから声をかけられてしまった。


 振り返ると、作務衣に身を包んだ逞しいおじさんがいた。

 ……雰囲気がなんとなくサトルさんに似てる気がする。


 ひょっとしてサトルさんのお父さん?


 ……しかし


「あ、えっと……」


 さーて、どう答えようかな?

 困った。


 何をしに来たのか、非常に答えづらい。


 サトルさんと言う人と昨日会話して、話の真偽を確かめるための裏取りで今日訪ねて来たんです。


 ん、なんかすごく感じ悪い気がする!

 私にとっては避けられない事前調査だったんだけど!


 かといって、嘘を吐くのは無礼だし、バレたら超感じ悪い。

 私が親なら「はい、サヨウナラ」だ。

 遊び相手ならギリ許容だけどさ。家族に迎え入れるという視点から行くと、一発アウトだよね。


 ……

 ………


 よし。


「サトルさんの仕事ぶりをこっそり確認しに来たんです。昨日告白されたんですけど、サトルさんのこと良く知らないし」

 

 嘘は言ってない。

 その目論見もあったし。本当に。


「こういうの、こっそり見ないと実態は分からないと思ったんで。スミマセン!サトルさんのお父さんですか?」


 そう言って、私は頭を下げる。

 嘘は言ってない。さぁどうだ?

 頭を下げて、反応を待つ。


 これで「怖い! まだ付き合っても無いのに男の職場にまで押しかけて、覗き見とか! 異常過ぎ! 息子に「あんな女やめとけ」って言おう!」って思われるならそれまで。

 縁が無かったってことなんだよ。


「……う~ん。キミは、すごく慎重な子だねぇ」


 そして。

 返ってきた言葉はそれだった。


「キミがクミさんか。息子から昨日、夜中に話は聞かされてる」


 ……どうやら、問題なかったらしい。


 どうも、私が「交際はしないけど、結婚ならする」って言ったのも伝わってたようで。


「僕の場合、死んだ妻とどういう風に結婚したのかまで聞かれたよ」


 ハハ、と笑ってそう答えてくれる。

 ……う~ん。その語り口。


 死んだ妻、って言い方に、悲しみと、懐かしむ雰囲気があった。

 う~ん、とすると、奥さん大事にしてたってことなんだろうか?


 そういうの、親の振る舞い見て育つはずだから、サトルさんにも高確率で遺伝するよねぇ。

 母親が父親の奴隷だという風に認識して育ったら、その男の妻になる女性はおそらくそういう扱いを受ける。

 そう判断してまぁ間違いは無いハズ。


『母親のことをクソババアとか言ってる男とだけは結婚しては駄目よ。まだ「ママ」の方がマシだから』


 ……結婚と母親、というキーワードを思い浮かべたとき。

 そういう誰か、顔の良く見えない大人の女性の言葉を私は思い出し、すぐにまた忘れてしまった。


「どうする? まだ見ていくかい? なんならもっと近くからでも……」


 サトルさんのお父さんは、気さくに微笑みながらそう言ってくれた。

 おお……問題ないどころか、興味持ってもらえたみたい。

 これは……来ちゃうのかも?


 しかし。


「お気持ちありがたいです。サトルさんのお父さん」


 私は頭を下げて「でも、残念なんですが、午後から仕事あるんです。私」と続ける。

 これも嘘じゃない。ホントのこと。


 で。


「……厚かましいのは重々承知しているんですが」


 顔を上げて、切り出した。

 じっと、お父さんの目を見つめて。


 さぁ、どうだ……?


「サトルさんご一家のご住所、教えていただけますか?」


 これ、通るかな……?




 結論としては、通った。

 理由として、こう言ったのが効いたらしい。


「お父さんと対面してしまった以上、お爺様にも挨拶しないと後でしこりになってしまうかもしれないと思うんです。お願いです。教えていただけませんでしょうか?」


 話を切り出したときは「え? この子何言ってんの? 怖い!」って顔に出てたんだけど。

 理由を後に続けたら、思案顔になってくれた。


 ……サトルさん、お父さんがお爺さんを見限ってる、って言ってたけど。

 ホントのところ、違うみたいよ?

 

 だって、本当に見限ってたらこんな風に悩むかな?


 ……甘いかもしれないけどさ。

 まだ、修復は利くと思うなぁ……。



 そして。

 私は教えてもらった住所を頼りに、サトルさんの家に赴いた。

 道中、近所の人にサトルさんちの評判を聞きながら。


 やはり問題のある家では無かったらしく。

 お母さんも、元々あまり身体が丈夫でなかったそうで。

 厳冬のとき体調を崩してしまって、そのまま亡くなられたのが真相みたい。


 ……どんどん、決断に関しては外堀が埋まっていく気がする。

 あとはお爺さんか……。


 脳機能の劣化っていうもの、知識としては知ってるけどさ。

 実態、経験したこと無いからわかんないからね……


 手に負えない、って思ったなら残念だけど、サトルさんにごめんなさいするしかないなぁ。

 それはやっぱり、私に縁が無かった人なんだ。そういうことのはずだし。


「恥ずかしい話だが、僕の親父……つまりアイツの爺さんはちょっと今普通の状態じゃ無いから」


「覚悟はしておいてくれ。知ってるとは思うけどね」


 そう、サトルさんのお父さんに念を押されてはいる。

 理解はしてる。してるんだけど……


 お願いです。前言撤回とかみっともないことを言わなきゃならない事態にだけはなりませんように……!


 私はサトルさん宅の前に立ちながら、神様に祈った。

 この世界に、私の祈りを聞き届けてくれる神様がいるかどうかは分からないけど。


 大きく息を吸い込んだ。


「すみません! どなたか居ませんか!? ヤマモトさん!」


 そう、サトルさんの名字の、ヤマモトを口に出して大きな声で呼びかける。

 ……工房にも「ヤマモトはものとぎ」って看板出てたから、そうじゃないかと思ったんだけどね。

 表札見るまでちゃんと確認しなかった私。

 名字分からなくても会話は出来たからねぇ……


 ああ、でも。

 今の私、ただの「クミ」だけど。

 サトルさんと結婚したら「クミヤマモト」になるのかな?


 変な名字でなくて良かった……。


 「トリベンジョ」とか「カシラ」とか「タイソウ」とか。


 クミトリベンジョ、クミカシラ、クミタイソウ……


 恥ずかしくて名前書けなくなるよ……!


 私がそう、最悪パターンの名前変化を想像し、現実そうじゃなかったことを安堵していたら。


「なにかなー?」


 年配男性の声が聞こえてきて。

 ガチャ、とドアが開いた。


 出てきたのは、作務衣を来た白髪のお爺さん。

 体格はわりと良い感じで。目にも強い光がある。


 ……想像してたのとちょっと違っていた。

 脳機能が衰えているんだから、異様な感じになってるんじゃないかと思ったんだけど。


 どうみても、正常。


「……どなたかな?」


 私がイメージとのギャップで、沈黙していると。


 サトルさんのお爺さん、怪訝な顔で私を見てきた。

 あ、しまった。


 慌てて頭を下げた。


「すみません!突然ですがご挨拶に伺いました!」


 呼びかけに応じてドアを開けたら、知らない若い女が立っていた。

 そりゃ固まるわ。

 犯罪の臭いすら感じてしまっても無理ないよ。


 謝らなきゃね。


 でも。

 ……これ、普通の反応じゃない?


「挨拶?」


 お爺さん、キョトンとしている。

 ここまでのところ、全然問題なさそうなんだけど……?


「実はサトルさんに昨日、交際を申し込まれまして」


「いきなりですけど、なりゆきでサトルさんのご家族全員に挨拶に伺わないといけない事態になってしまいまして!!」


 ……うん。急すぎ。

 ここまでする気、今朝は正直無かったんだけどね。


 お爺さんだけに挨拶しないと後でしこりになる、ってお父さんに申し上げた部分も、わりと本心。

 だって、後で知ったら「ワシだけ蚊帳の外かい」って思われるに決まってるし。


 あのとき、お父さんに見つかってしまった時点で、これは避けられないことになってしまったんだ。


 しかし。

 今、サトルさんの名前を出した。


 さぁ……どうなるかな?

 現在、お爺さんとサトルさん、サトルさんのお父さん。

 絶縁状態だよね?


 怒り出したり、不機嫌になったりするかも……?


 そう、覚悟していたら。


「おお……ワシの孫にこんな立派な女性が……」


 んんん?


「わざわざ挨拶に来てくれたということは、孫と付き合ってくれるという風に考えて良いんじゃろ?」


 ……ものすごく、喜んでくれていた。

 どういうことなんだろう?


 家では、憎悪の視線で見てるんだよね? このお爺さん?

 孫と、自分の息子を。


 ……全然そんな感じしないんですけど?

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