第15話 決断を迫ったんだけど……

「サトルさん」


 慰めになるかどうか分からない。

 分からないけど、私は元の世界で聞いていた「人間の脳の悲しさ」のようなものを話そうと思った。


 人間、トシをとって脳機能が衰えると、記憶力の減退だとか、思考力の低下だけでなく。

 自制心の低下、判断力の低下なんかも起きちゃうんだ、ってことを。


 もちろん、私は専門家じゃないし。

 聞きかじりみたいなもんだから、本当に正しいのかどうかは正直分からない。


 けれど。


 今のお爺さんの状態が、本来のお爺さんの状態である。

 そう思わないで欲しい。


 言うなれば、使ってるスマホが壊れたから、あなたのメールに全く返信出来て無いけど。

 別に、あなたのメールを無視しているわけじゃないんだ。


 そういう状態だって。

 分かって欲しかったから。


 だって、悲しすぎるよ。

 老い先短いの分かり切ってるのに。

 人生の終盤で、いがみ合って終わるなんて。


 こっちの人でも分かるように


「馬車が壊れると、いくら御者が優秀でも、壊れてない馬車を使ってる人と比較して見劣りするような仕事しかできなくなる。頭の性能が落ちるっていうのは、そういうことなんだ」


 だとか


「人間の頭が年老いるってことは、物覚えが悪くなる、それだけじゃないんだよ」


 だとか。


 なるべく伝わる言葉に変換して、説明してあげた。身振り手振りを交えながら。

 私の話を聞いて、サトルさん、最初キョトンとしてたけど。


 だんだん「そういうもんだったのか!」と得心してくれたみたい。


「……ありがとうクミちゃん。心が楽になったよ」


 暗かったサトルさんの表情が少し明るくなった。


「キミ、頭良いんだね……」


 そう、サトルさんにお礼を言われてしまった。


 ……なんか照れるし、ちょっと後ろめたい。

 だって、私が発見した事実じゃ無くて受け売りだしね。

 ちゃんと勉強もしてないから、聞き齧りだし。


「いえ、そんなこと無いですよ」


 顔の前で手を振ってあわてて否定した。

 正直こんなことで才女扱い受けるのは抵抗がある。

 これは私の頭が良いせいではなく、育った世界の文明レベルの差。

 ただ、それだけだし。

 私の実力じゃない。


「いや、そんなことあるって。……それに、優しいよね」


 でもサトルさんは私の言葉を否定して、さらにそんなことを言って来た。

 ……んん?


 ちょっと、何やら変な風な……


 ひょっとして口説かれそうになってる? 私?

 そんな経験、多分元の世界に居たときから無いんだけど。

 多分だけどね。(2回目)


 ……もしそうだったら、どうしよう?


 ストップ!

 私、遊びやお試しで付き合う気無いんで!

 って言っちゃう?


 ……それ、自意識過剰に聞こえる気がするなぁ。

 駄目だよね。この段階でそれ言っちゃうのは。


 でも、事実、そうなんだよなぁ。

 恋人、別に欲しいわけじゃ無いし。

 男の人に寄っかかって、キラキラしたいわけじゃない。


 結婚はしてみたいけどね。


 だったら……


「いえ、単にサトルさんの家がギクシャクするの、見てられなかったから言っただけですよ……」


 サトルさんの真意を図りかねたので、そう返した。

 ちょっと目を伏せながら。


「あのさ」


 すると、サトルさん。

 ちょっと声音が変わって。


 畏まった感じ?


「昼間言ったことだけど」


 そして、言われてしまったんだ。


「別に冗談言って無いからね?前からクミちゃんの事、良いと思ってたし」


 そんなことを。


 えええ~?


 これ、絶対に告白だよね?

 本気で受け取るべきだよね?

 逆に、こういう冗談を言う人は、糾弾されてしかるべきだよね?


 ……どうしよう?


 嬉しい、というより、戸惑い?

 混乱が正直な気持ちだった。


 ちょっと、気の毒だから私の知識の範囲内で、サトルさんが歪んだ事実で苦しまないように助言しただけなんだけど……。


 んん~~~~~


 こういうの、真摯に対応できないと、人として駄目だよねぇ……?

 じゃあ、言うしか無いのかなぁ?


 私、軽い気持ちで男の人と付き合う気無いし。

 だから結婚してくれるって言ってくれないなら付き合う気無い。


 加えて


 私が考える、結婚の条件~~~


 1)私を裏切らないこと。

 2)私に仕事を続けさせてくれること。


 この2点かなぁ?

 私、「他人を裏切る」って行為は忌むべき最大の罪悪だと思うし。

 それを選択肢に入れてしまえる人とは、絶対に結婚したくない。


 2)の仕事だけど、仕事して成り上がりを目指さないと、夢、叶えられないし。

 夢を投げ出すの嫌なんで。


 我儘だとか言われるかもしれないけどさ。

 だったら結婚しなくていいや、とも正直思うし。


 これは譲れないんだよね。


「……クミちゃん?」


 考え込んでいると。

 サトルさんに声を掛けられてしまった。


「どうしたの?」


「あ、すみませんサトルさん」


 現実に引き戻されたので、沈黙の非礼を詫びる。


 まぁ、とりあえずは。


「あの」


 しっかり彼の目を見つめて、声に力を入れた。


「それ、愛の告白と受け取ってよろしいですか?」


 これは聞いておかないと。

 あと、反応も見ておきたい。


 これで目を逸らすようなら、ちょっと信頼できないし。


 そしたら


 私の視線を受け止めて、コクンと頷いてくれた。


 ……ん~まあ、アリかな~?

 あまり外見でミーハーするの、頭悪そうだからしたくないけど。

 やっぱギリギリアリとか、ナシとか。あるし。


 それでいくと、サトルさんは私の中ではアリだった。

 加えて、今の反応も好印象。


 あとは……


「すみません。今日はお酒入ってますし、後日、もう一度、しらふのときにお願いしてもいいですか?」


 やっぱ、この状況で告白受けるの、なんか違う気がする。

 サトルさん、お酒の勢いで大して私の事好きでも無いのに言ってるのかもしれないし。

 そこは排除しておきたい。


「私の方もそれまでにサトルさんのことを考えておきますし」


 ちょっとオータムさんかセイレスさんに相談だ。

 調べておきたいこと、かなりあるしね。


「もし、それは駄目だ、今決めろ、って仰るなら、申し訳ないですが」


 頭を下げる。

 出会いは大切にしたいし。無下にはしたくないよ。

 でも、だからと言ってホイホイ決めて良い問題でも無いしね。


「……どうでしょう?」


 さぁ、どうだ?


 じーっ、と見つめる。


「……クミちゃんは、慎重な子なんだね」


 店先で会ったときはだいぶ酔ってたのに。

 水飲んで、身の上話してる間にすっかり醒めてしまったみたい。


 しっかりした口調で、私をそう評してきた。


 そりゃ、慎重にもなりますよ。

 私にとっては一生ものの選択ですし。


 そういう思いを込めて


「申し訳ありませんが、別に恋人が欲しいわけじゃ無いんですね。私」


 さぁ、伝わるかな~?


 ちょっとわくわくしながら。


 ドン引きしてさっきの言葉を取り消してくるならそれまでだし。

 そうじゃないならそうじゃないで、次の段階に進めるし。


 さぁ、どうだ?(2回目)


 サトルさん、なんかおかしくない?って顔してる。

 だよねぇ。そんなもんだよねぇ。


「……じゃあ何が欲しいの?」


「旦那さんです」


 即答した。

 まぁ、手に入らないなら手に入らないで良いんだけど。

 夢の実現には関わらないことだし。


 私が真面目にそう答えたことを悟り、サトルさんは衝撃を受けたようだった。


 今度はサトルさんが考え込み始めた。


 ……やっぱ、恋人にしたいとは思っても、私と結婚するほどの覚悟もって言って無いよねぇ……。

 それが、普通だよねぇ……。


「ごめん」


 そしてしばらく考えて、サトルさん。


 詫びた。


 あ、そうですか……と思ったら。


「ちょっと来週のかようびにお店に出向いたときにもう一回言い直す」


 そのときまでに、俺の方も、もう一回考えてみる。

 クミちゃんがそういう気持ちで居るなら、こっちも真剣に考えないと駄目だと思うし。


 ……おおお?


 ちょっと、理想的な答え。

 サトルさん、かなり真面目な人?


 ちょっと好感度上昇だ。


「……まぁ、これは関係ないけど。ありがとう」


 そんな風に、私がサトルさんの評価を上げていたら、追加でそんなことを言われる。


「なんのことでしょう?」


「いや、クミちゃんのそういう受け答えでだいぶ楽になったからさ」


 もう少し、親父と爺ちゃんの事、頑張ってみるよ。

 今日は、家に帰るわ。


 ありがとうな。

 あ、ここの払いは当然俺が持つからさ。


 言って水を飲み干し。

 店員さん呼んで、私の分まで代金を支払って帰っていった。


 そして、テーブルに一人私は残される。


 んん~~~。

 これは、来たのかもしれないなぁ。


 果物の果汁入りの水を飲みながら、私は考え込んだ。


 サトルさんを励ますつもりが、なんだか予想外の方向に話が転がってしまった。

 まぁ、出会いは大事だし。

 やるべきことをしっかりやって、後悔の無いようにしないとね。


 サトルさんのこと、あまりよく知らないから、まずはそこから調べなきゃいけないかな。

 オータムさんとセイレスさん、センナさんにも相談してどうすればいいか考えよう。


 今日のお話を聞いた限りだけど、悪い印象は無い人だけど。

 お爺さんのことで、やけ酒飲んじゃうような人だってことだから。

 それはつまり、家族が大事な人、ってことでしょ?

 どうでもいいことで、やけ酒飲む人居ないよね。多分だけど。


 じゃあ、わりと良い人なんじゃないのかな。


 なんだか、色々な意味でドキドキしてくる。

 さぁ、これが吉と出るか凶と出るか……。


 来年の今頃に、このときの決断を後悔しているかもしれないけどさ。

 踏み出さないと何も始まらないよね。


 ぐっ、と自分のドリンクが入った陶器のジョッキを空にして。

 私は店を出ようと立ち上がった。


 そのときだった。


「カンパーイ!」


「リーダーサイコー!」


「バンザーイ!」


 キャハハハ!ワハハハ!


 ……あまり、印象の良くない声が聞こえてきたんだ。


 気づいて無かったんだよね。

 あのとき、あんなに怒りまくったのに。

 不覚。


 ちょっと離れたテーブルで。


 旋毛無し黒髪直毛の、元気だけは良さそうなサークレット男。


 ツインテールの緑色の服の女。


 ショートカットの金髪女。


 ゴミヤ、クサレマ、ブタメス。


 忘れもしない、ろくでなしパーティメンバーズ。


 前に、センナさんを無理矢理パーティに誘った挙句、危険な魔物「ノライヌ」の巣に置き去りにしたろくでなし。

 ちなみに私、こいつらの事まだ許してない。よくも私の友達を酷い目に遭わせてくれたよね。


 こいつらも、この店で飲んでたのか……!?


 かなり出来上がってるようで。

 足元に酒瓶が何本か転がっていた。

 ジョッキで飲みまくってる。


 私が前に見たときは、鎧や剣で武装していたけれど。

 今日は丸腰だった。


 冒険者は廃業したのだろうか?


 ……まぁ、事の顛末、明るみに出たらしく。


 あの後、オータムさんが


「例の駆け出しの3人。冒険者業界でブラックリストに載ったわ」


 って私にそっと教えてくれた。

 全く可哀想だとは思わなかった。


 ざまぁ、の一言だった。

 センナさんが味わった恐怖に比べれば、それぐらい甘すぎるくらいだよ。


 だからまぁ、冒険者は廃業したんだろう。

 おそらく、きっと。


 しかし……


 連中の酒盛りを見ると


 テーブルには、唐揚げの山。

 大きな魚の塩焼き。

 サラダ山盛り。

 揚げたジャガイモまで並んでる。


 ハッキリ言って、豪勢。

 その一言。


 ……えらい羽振り良いなぁ。

 冒険者、やっていけなくなってるんだよね?

 まず間違いなく?


 何か、良い仕事見つけたの?


 それとも、冒険者に手を染める前の仕事に戻ったら、思いの外上手く行った?

 だったら、最初からそうしてて欲しかったよ。


 迷惑な人たち!


 ……私は、彼らの羽振りの良さを「冒険者以外の仕事が思いの外上手く行ってるんだ」と結論付けた。

 このときはまだ、そうとしか思えなかったんだよね。


 甘かった。


 ……まさか。あんな真似をしているとは、夢にも思わなかったんだよ。


 その日の私は、サトルさんとのドキドキ会話を噛みしめた思いを消されたくなかったから。

 彼らの事を頭の中から抹消して、そのまま店を出て行った。


 彼らに気づかれて、会話なんかする羽目になったら絶対に嫌な思いするし。

 そんなの、やだよ。

 ひょっとしたら私の旦那さんになるかもしれない人の事、じっくり考えたいのに、そんな事で上書きされるの。

 冗談じゃない。とっとと帰ろう。

 それしか考えてなかった。


 ……もう一回言うけど、連中がまさかあんなことをしでかしてるとは夢にも思わなかったんだよね。

 予想の、斜め上を行ってたよ……!

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