【完全完結】異世界で女子高生が「漢字を広めようと」頑張る話
XX
1章 私が夢を見つけるまで。
第1話 いきなり放り出された
気が付いたら、道端で寝ていた。
私の名前はクミ……だと思う。
国籍は日本。
純日本人の女の子だ。
日本の歴史と文化、取り巻く世界情勢。
それは覚えているんだけど。
自分の事が、名前と国籍、所属民族以外分からない。
……ようは、私は自分に関する記憶がほぼすっぽり抜けているのだ。
ちなみに名字も分からない。
日本人なら、名字と名前があるはずなのに。
覚えてるのは、クミ、というたぶん名前……だけ。
とりあえず、情報を整理しよう。
自分の事から。
まず服装。
緑色のブレザーを着ている。
多分、どこかの高校の制服だ。
いかにも女子高生っぽい感じがする。
多分私は女子高生だったのだ。
で、体型。
……多分太ってない。
けど、所謂ボンキュボンじゃない。
フツー。良くも悪くも。
……顔はどうだろう?
まず、私は眼鏡をかけている。
レンズは四角い感じ。
ちょっとお堅いデザインだ。
私はお堅い人間だったのか?
顔、顔……
自分の顔を確認してみたい。
何か無いか? 鏡の代わりになるもの……?
というか、私、鏡持ってないの?
女の子だったら持ってても……
ごそごそ、とポケットを探ったら、コンパクトミラーが入ってた。
よっしゃ!
パカ、と開けて自分の顔を確認。
……ちょっと頬にそばかすあるけど、ブサイクでは無い……と思うんだけど。
まぁ、自分の欲目ってあると思うし、あてにはなんないかも。
髪型は、首のあたりで切り揃えたショートだ。
髪の色は黒。染めてない。
どうも私はやっぱりお堅い子だったようだ。
……と。
一通り自分の確認が終わった。
どうしよう? これから。
周囲を見回す。
誰も居ない。
舗装も何もされてない道があって、それがずっと向こうまで続いている。
道の外は、ぼうぼうの草むら。
……というかさ。
ここ、日本なの?
こんな道、日本に無いでしょ? 多分?
いくらド田舎でも、これは無いんじゃないかな?
電柱も何も見えないし。
先進国の道じゃ無いよ。
ちなみに家も見えない。
普通じゃ無いよね。これ。
……ちょっと、嫌な想像が湧いてきた。
ひょっとして私、日本でヤバイ組織に拉致されて、自分に関する記憶をほぼ全部消去され、その上で日本じゃないどこか外国に放置された?
何でそんなことをする必要があるのとか、そう言われると答えられないけどさ。
でも、それぐらいでないと説明つかない状況だよこれ。
と、悩んでいたら。
カポ、カポ、カポ、ガタンゴトン……
道の向こうから、何かやってくる。
……やばい!
私は草むらに隠れた。
ここが外国だとすると、日本の常識が通じない可能性がある。
いきなり出合い頭に襲われる可能性だって……!
息を潜めて、草の陰からそれを見守った。
現れる誰かを見れば、ここがどこなのか分かろうというもの。
……できればアジア人でありますように……!
日本の近くの国なら、その場合、人が住んでるところまで行けば、日本の大使館があるかもしれない。
そしたらそこで助けてもらえる。
大使館が無くても、ちゃんとしてそうな人を探して、日本人だとアピールしたらなんとかなるかもしれないじゃん。
……もしアフリカとかだったら絶望だ。
メッチャ遠いし。
加えてあそこ、恐ろしく治安悪い場所あるそうだし。
生き延びれないかもしれない。
あぁ、でも。
近くても、そこだったら一発アウトの国、あったなぁ……そういや。
日本と敵対してるし、国交無いもんね。あそこ。
そこでもありませんように……!
私は神様に祈った。
そしたら。
やってきた人を見て、私は絶句した。
カポ、カポという音を響かせて、やってきたのは荷馬車に乗った男だった。
一人で馬を操って、リアカーみたいな荷車を引かせている。
その男筋肉ムキムキで。
革鎧を着てて。
モヒカンで。
髪の毛赤くて。
悪党ヅラだった。
腰に、明らかに生活用じゃない、戦闘用の片手斧を下げている。
年齢は30才くらいかな?
若者とオジサンの中間、みたいな。
……ええと。
肌の色は、黄色人種っぽいんだけど、格好が明らかに普通じゃない。
……日本どころか、地球かどうかも怪しいんだけど。
何あれ? コスプレイヤー?
……でも逆に、出て行っても安心のような気がするなぁ。
あんな格好で悪事働くなんて、それこそ、ギャグなんでは……?
どうしよう……決断するべき?
そう思い始めていた。
そのときだった。
近くの茂みがガサガサ動いたのだ。
何だろう? と思ってそちらを向いたら。
……見たことも無いような、犬が出てきた。
至近距離で。
茶色い犬で、なんか、狼みたいに見えた。
でっかい。乗れそう。
で、そいつ、ハァハァ言いつつギラギラした目でこっちを見ている。
……ええと、絶対ここ、日本じゃないわ。
日本でこんなもん、絶対うろついてない。
それだけは自覚して。
「きゃあああああああ!!」
叫んでしまった。
「何奴!?」
すると。
荷馬車で馬を操ってたモヒカンさん。
荷馬車を止めて、腰の戦闘用の片手斧を引き抜き、ひらりと降りてこっちに来てくれた。
というか、今このモヒカンさん、何故か日本語を話した。
どういうこと?
やっぱここ、日本なの!?
「ぬぅ! これはノライヌ! 倒すべし!」
駆けつけてくれたモヒカンさんは、私に襲い掛かろうとしている犬を見るや否や険しい表情になって、斧を振り上げ、突っ込んできてくれた。
そして。
迷いなく斧を振るって、犬の頭を一撃で叩き割ってくれた。
キャイン! という悲鳴を残して、犬は死んでしまった。
飛び散る血潮。私にも少し飛び散った。
そのまま、その大きな犬は横倒しにどうと倒れた。
……助かったの?
あまりに突然のことに、理解が追いつかない。
「危ないところでござったな」
モヒカンさんは手を差し伸べてくれた。
……ここは、手をとるべき……?
見た目は怪しい人だけど。
助けてくれたのは間違いないわけで。
「あ……ありがとうございます」
……私は、手をとった。
ここで、私をどうこうするつもりなら、この行動自体ありえないよね?
モヒカンさんは、荷馬車の方まで連れて行ってくれて。
そこで私を休ませてくれた。
「しかし……ええと、よろしければお名前を教えていただけますかな?」
ちょっと照れ臭そうにモヒカンさん。
で、一応「拙僧はガンダ・ムジードと申します。戦いの神の神官をしておりますが」と名乗ってくれたので
流れ的に名乗らざるを得なくなった。
「……クミ、だと思います。名字については……分かりません」
正直に告白。
私の言葉を聞き逃せなかったのか、その後、付随して事情を喋る羽目になり。
私は、この初対面のモヒカンさんにほぼ全て話すことになってしまった。
……まぁ、ついでにこのモヒカンさんからも、ここについての話を聞けたので、収穫はあったんだけど。
それによると、どうもここはやっぱり日本じゃ無いらしく。
ゴール王国って国らしい。
というか、予感はしてたけど。
やっぱり地球でも無かった。
「地球」という言葉を出すと、ムジードさんに……このモヒカンさんね……顔に疑問符を浮かべられた。
ムジードさん、このナリで戦いの神オロチの神官で、ついでに冒険者をやってる人らしい。
……オロチっていうのは、この世界の創世神話に関わる三大法神の一柱で、人生における挑戦や闘争を尊ぶ神様とのこと。
興味があったので、詳しく聞こうとしたら喜んでもらえたけど「今は仕事でござるゆえ」と、ようは「後で」って言われてしまった……。
ムジードさんは昔はパーティを組んでたらしいけど、今はこのように、一人でも出来る仕事を受けて……今回は荷物の輸送……細々と稼いで生きてるんだって。
「クミ殿は何も覚えてござらんのですな」
「ええ、全く」
……話してて感じたけど。
この人、ムジードさん。
多分悪い人じゃないっぽい。
ナリについても「故郷の里の民族衣装でして」と言われた。
そうなのか。民族衣装がそうなんだったらしょうがないよね。
で、今。
荷馬車に乗せてもらってる。
自分に関する記憶がほぼ無いことと、現在自活手段がほぼ無いことを伝えたら
「とりあえず拙僧が拠点にしている街にいきましょう」と言ってもらえて。
今、ムジードさんが拠点にしている街・スタートってところに向かってる。
……しかし。
こういうの、何て言うんだっけ?
どっかで、似たシチュエーションの話を聞いたような……?
『でね、こういうの、異世界ものって言うんだけどさ。……さん』
そのとき、脳裏で誰かが喋ってる記憶が蘇り、私はそのキーワードを思い出した。
そうそう。異世界。
……どうやら私は、異世界転生、もしくは転移をしてしまったらしい。
「そういえば」
がたごと揺られて、荷物と一緒に荷馬車の荷台に乗りながら。
私は、御者をしているムジードさんに話しかけた。
ちょっと、疑問に思ってたことがあったので。
「なんでござろうクミ殿?」
馬の手綱をとりながら、ムジードさんは返事をしてくれた。
いやね、別に非難するつもりは無いんだけどね?
実際、すごく怖かったし。
でもちょっと、言い方が気になって。
「何で野良犬は倒すべしなの?」
……倒すというか、殺す?
ムジードさんの様子見ると、中世っぽい雰囲気プンプンなんだけど。
その時代から、野良犬の殺処分って習慣あるっての、普通のことなのかな?
その辺詳しくないけど、疑問に思ったから聞いたんだ。
言ってること、おかしくない? って思ったから。
そしたら
「いや、当然でござろう!? ノライヌですぞ!?」
驚かれた。
「え? どうして?」
私が聞き返すと
「……ああ、そういえば、クミ殿は別の国からいらっしゃったんでしたな。それでご存じないのか……」
クミ殿が居たというニホンという国は、ノライヌが居なかったのですな。
羨ましそうに言われてしまった。
……なんか、おかしなことになってる気がするんだけど?
「いや、居たけど」
「なんと!! それでそのようなことを仰るのか!?」
すごく驚かれた。
「……ニホンの住民は、ノライヌを恐れてはおらんと?」
「問題だとは思ってるけど、恐れているというとそれは違うかも」
「なんと!」
……うん。
なんかすごくズレてる気がする。
どうして驚かれてるんだろう?
「……野良犬がうろついてても、ゴミ漁られて散らかるだけでしょ? ……そりゃまぁ、噛みつかれてケガする人が出るかもしれないから危ないって言えば危ないかもだけど……」
「それだけで済むはずがないでござろう!」
素直な感想を言うと、信じられない! って風に返される。
……続く言葉で仰天した。
「婦女子を手籠めにして、苗床にするでござるぞ! 奴らは!」
……は!?
苗床!?
ここで、自分の勘違いについて教えてもらうことになってしまった。
どうも、あのノライヌと呼ばれた犬みたいなもの。
厳密に言うと、犬じゃなくて。
そういう名前の魔物だそうで。
この世界の創世神話に関わるという、三大混沌神の一柱「姦淫神マーラ」とかいう神様が創造した、オスしか生まれず、繁殖に人間の女性を利用する犬みたいな魔物だとか。
……ということは。
私、あのときムジードさんに助けてもらえなかったら、今頃あの犬みたいなものに襲われてた?
そういや、あの犬みたいな生き物、目の輝きが普通じゃ無かった……!
なんて恐ろしい世界なの……!!
私、危うく伏姫になるところだった……!!
青くなって、震えてしまった。
ムジードさんありがとう。
本当にありがとう……!!
私は深く感謝した。
「しかし、ノライヌをご存じないご婦人とは……ニホンとは本当に平和で素晴らしい国なのでしょうなぁ」
手綱を操りつつ、ムジードさんは言ってくれた。
ムジードさんの話からすると、ノラとは、この世界では「オスしか生まれず、繁殖に人間を利用する魔物」を表す接頭語らしく。
他にも
ノラウシ、ノラウマ。
海に行くと
ノラタコ、ノライカ、ノラクラゲ
が居るらしい。
この世界の婦女子は、皆子供の時から「ノラには気をつけなさい」と教わるそうで。
ムジードさんとしては、ノライヌを知らない私が信じられないそうだ。
……だろうね。
私がこの世界の住人だったら、娘には真っ先に教えると思う。
「気をつけてくだされよクミ殿。ここはニホンとは違うのでござる」
……ムジードさんに言い聞かされてしまった。
うん。ソウデスネ……
心の底から同意。
そしてしばらく揺られていた。
すると
「……ああ、見えてきましたぞ」
ムジードさんの声。
「あれがスタートの街の門です」
気をつけながら身を伸ばし、覗き込むと。
荷馬車が向かう先に、石壁で守られた、街が見えてきた……。
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