09 元社畜と大盛な貝の網焼きセット

「おねーさん、今日は何、食べ、て……」


 弾むように明るかった少年の声が、段々と暗くなっていくのが分かる。そんなにやばいものを食べているつもりはないんだけれど。


 今日も例によってギルド併設の食堂でご飯。ギルド併設の食堂で出されているのに、わたしより冒険者歴の長い少年が知らないメニュー、ということはないだろう。

 しかし問題はメニューではなかったらしい。キッとわたしの正面に座る人物に睨んだかと思うと、噛みつくように声を荒げた。


「おねーさん! 知らない人とお酒飲んじゃダメって言ったじゃん!」


「えぇ……別に知らない人じゃないんだけど……」


 普段、わたしが相席をほいほい受け入れるのを見て、「危ないから」と少年に注意されることが多いが、今日ばかりは違う。


「安心するがいい、少年よ! 俺と彼女は――そう、友人だ!」


 わたしの正面でからからと笑うのは、エルフの剣士さん、その人であった。



 貝が食べたい。


 ギルド長に魚料理を奢ってもらってから数日。わたしはずっとそんなことを考えていた。

 久しぶりに魚料理を食べたら、舌は完全に海鮮の気分になってしまっていた。


 一番食べたいのはサザエの壺焼き。肝の苦味がたまらなく恋しい。次点で、ホタテのバター焼きも食べたい。

 大ぶりの貝を焼いて食べるのが一番だが、あさりのような小さめの貝が入った料理でもいい。

 まあ、こっちの世界に、元の世界のような貝類があるのかは知らないけど……。なにせ、こっちの世界でまだ貝料理は食べていないので。


 とにかく、貝が食べたい。


 そんな考えが、頭の中から離れなくて。

 先日、ギルド長と一緒に行った店に貝料理があったのは見かけたが、あのときは今ほど貝の気分じゃなかったのだ。かといって、今からあの店に行くのは……。


 貝は、殻ごとのものを買おうとするとなかなかに高いが、身だけの料理なら、そこまで高くなかったりする。殻が装飾品に使われるので、その余った身が安く売られるのだ。

 とはいえ気分は網で焼いたサザエ、もしくはホタテ。いや、でも、あさりの酒蒸しもありかな……などと、買うお金もなければ、そもそも存在するのかも分からない料理に思いをはせていた。


 そして今日、わたしは見つけてしまったのだ!


 ギルド併設の食堂のメニューに、『貝の網焼きセット盛り』という、今のわたしの為だけにあるような、そんなメニューを!

 普段頼む料理の三倍くらいの値段はするものの、そこはギルド併設の食堂メニュー。ギルド長に連れて行ってもらったお店よりはまだ安い。普段ならためらうものの、どうしても貝が食べたい今なら出せちゃうお値段。


 わたしはウキウキで料理を頼み――運ばれてきた料理に、ちょっとだけ後悔した。

 七輪のような道具と、ドドンと置かれた貝の盛り合わせ。貝はどれも見たことのないものだったが、普通においしそうだった。

 そう、料理自体は何も問題ないのだ。問題は――。


「……ちょっと……そこそこ……いや、かなり……多くね?」


 アホみたいな量の貝が問題だった。

 成猫が二匹くらい、丸まって寝られそうなほど大きなザルの上に、山盛りでいろんな貝が載っている。


 どう見ても食べ切れる量じゃない――。


 こんなに多くてこの値段なのか、と聞くと、なんでも、最近、一番近くの海で派手な討伐があり、魔物が減って漁獲量が上がり、魚や貝、魚介類等々が豊富に採れるようになったものの、供給過多気味で貝が余ってしまい、ダメになる前に盛り合わせで売ってしまえ、ということになったらしい。

 それにしたって多いでしょ……。


 わたしは現実逃避も兼ねて、一緒に頼んでいた、ヨネネシュという、日本酒っぽいお酒をちびちび飲んだ。

 残す、という選択肢はないが、どう食べるか……と悩んでいると、ふと、食堂の入口から、エルフの剣士さんが入ってくるのが見えた。


 知り合い、見つけた!


「剣士さん!」


 わたしは救世主、と言わんばかりに声をかける。まだ会って三回目、実質は二回目にも関わらず、ずうずうしいか、と思わないでもなかったけど、出された料理を食べ切れない方が問題だ。

 幸いにも、剣士さんはわたしに気が付くと、嫌な顔一つせずに、こちらへ来てくれる。


「久しぶりだな!」


「お久しぶりです! いきなりで悪いんですけど、今食堂に来たってことはこれから食事ですよね? わたしの奢りなので、これ、一緒に食べませんか?」


 というか、手伝ってくれませんか? と、わたしは、貝が食べたくて注文したはいいけれど、明らかに食べ切れない量が来てしまった……と事情を説明する。

 いきなりのことだったが、剣士さんは「ならばご相伴にあずかろう!」と快諾してくれた。

 めちゃくちゃ助かる……。



 と、言うのが一時間程前のこと。

 しかし、貝はまだ四分の一ほど残っていた。


 わたしは女性にしては食べる方だと思うけど、別に大食いってわけじゃないし、剣士さんも、小食ではないにしても男性にしては食べない方だった。

 二人で頑張っても四分の一ほど残り、食べきるのを諦めたわけではないが、今すぐに食べるのはちょっと……と駄弁っていたところに、少年がやってきたのだった。


「……僕も今日はここで食べる!」


 なんだかむすっとしている少年は、どこからか椅子を引っ張ってきて、ドカっと席に着く。椅子の移動自体は誰でもやっているし、特に咎められることでもないけど、元はと言えばわたし一人での食事のつもりだったので、三人となるとテーブルが狭い。ましてや、でかいザルと七輪もどきがテーブルをほとんど占領していて、少年が何かを頼んだとしても置くスペースはない。置けてコップくらいだ。


「少年、料理頼んでも置くスペース、多分ないよ?」


 大丈夫? と聞いたのに、少年は「おねーさんは僕がここでご飯食べたら迷惑なの」と、少し不機嫌そうに言った。


「いや、別に構わないけど……」


 さっきまで機嫌が良さそうだったのに。どうしたんだろう。そういう年頃なんだろうか。思春期の子って難しいな……。


「でも、わたしたちもうお腹いっぱいで、これすぐには片付かないし」


「……余ってるの? 僕が食べようか?」


 その言葉に、わたしと剣士さんは思わず顔を合わせてしまった。正直――めちゃくちゃ助かる。


「やー、助かるなあ。おねーさんが焼いてあげるから、少年はどんどん食べて食べて」


 そう言いながら、わたしは貝をひょいひょいと網の上に載せていく。

 助かる、という言葉に反応したのか、少年は、ふふん、と少し、得意げな笑みを見せた。そう言うところはまだ子供っぽくて少し可愛い、と思ってしまったのは内緒である。


 言ったらきっと、また拗ねてしまうと思うので。

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