Day.29 白昼夢
白昼夢【魔女の昔話】
城内のいたるところから不協和音は聞こえていた。侍従たちの噂話、家臣たちがこぼす愚痴、王族たちの横暴な振る舞い。城内がこんなだから、きっと民は苦労しているだろう。
自室で自習するよう教師に言われ、私は机に向かっていた。一応、王族用の部屋を与えられてはいるけれど、それにしては質素な部屋だ。でも、文句を言える立場でもないし、そもそも言うつもりもない。
私は私の運命を受け入れて、大人しく勉強するだけだ。
部屋の外には見張りと警護を兼ねた兵がいるが、室内には私一人。勉強の合間、休憩がてら空想の世界にひたる。母が生きていたらどんな人生を過ごしていただろう、とか。幼い時、私に良くしてくれた乳母は今頃どこで何をしているだろう、とか。
思い出と想像が幻となって、次々に映像として頭に浮かぶ。その中に、
「……ん?」
炎に包まれ燃え落ちる王城、の映像が、見えた気がした。
「白昼夢、かな……」
「いいや、それは白昼夢じゃないぞ」
足元から初めて聞く声がした。驚いて席を立つ。
「……誰?どこにいるの?」
「ここだよ、ここ。嬢ちゃんの影の中さ」
低い声に導かれるように足元の影を見れば、ふたつの歪んだ瞳があった。警戒心を最大にして、影の中の瞳を睨む。
「あなた、誰?魔物?」
「俺はこの国の初代国王に封印された魔王さ。ま、今となっては元魔王だけどな」
「元?」
「そう。俺の本体はこの城の地下にあるんだけどな、長いこと封印が解けなくてなぁ。今となってはそこらへんの魔物と同レベルの存在さ。ところで、嬢ちゃん。あんた面白い目を持ってるな」
「目……?」
「嬢ちゃんがさっき見てたのは、これから起こり得る未来だ。白昼夢なんかじゃない。嬢ちゃん、相当な魔力の持ち主だなぁ。羨ましいぜ」
「はぁ……?」
突然現れた元魔王(の分身?)に羨ましがられるという、よくわからない状況に私は首を傾げる。自称元魔王はニヤリと、笑う時のように、影の中で瞳を細めた。
「ずいぶんいい身なりだが、嬢ちゃん、見たところ訳ありだろう。なあ、俺の封印を解いてくれないか?そうしたら、嬢ちゃんの使い魔になってやるよ」
「ふぅん。取り引きってわけね……。あれ?」
また白昼夢──じゃなかった、ひとつの未来が見えた。燃える王城を背に、私が黒い狼にまたがって駆けてゆく。そんな映像が頭の中で再生される。
「……そうね。そんな未来も悪くないわね」
「よし、取り引き成立だな」
こうして私は、
「えぇぇ!?それが師匠と使い魔の出会いだったんですか??え、じゃあ、この狼が元魔王……??」
深い森の中の小さな家で、私たちは暖炉の火にあたっていた。
最近弟子にしたこの少年は、好奇心がとても強い。私の使い魔である狼にも、全く恐れることなく接する。
「そうよ、この子は元魔王。まあ、魔王だった頃の特別な力は、ほとんどないけれどね」
「ちょ、ちょっと待ってください。てか、師匠の出自って??」
「私?私は某王国の第四王女よ。母は侍従だった時に国王に見初められて第二王妃になったの。母が病気で亡くなって、私は肩身の狭い第四王女だったけれど。あ、これも全部『元』がつくわね。あの国は民の反乱があって、城は燃やされて王族は私以外捕らえられて……全員処刑されたかしらねぇ?」
「さらっと黒いこと言いますね……」
「うふふ。もう、昔のことよ」
私たちの昔話に、彼──使い魔の狼は、私の足元で興味なさそうに小さな息をもらした。
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