05
「今は、その、青慈と付き合って、他は皆断ったんだけど……断ったはずなんだけど……」
ちょっと遠い目をしていらっしゃる。断ったはずなのに、諦めてもらえていないのだろうか。「今日だって青慈と二人でデートのはずだったのに」とつぶやく姿は力ない。
そして、少しの沈黙の後、姫鶴は絞り出すように声を発した。
「本当は、ヒロインとくっつくのが正しい世界なんだろうな、とは分かってるんだけど……でも、死にたくないし、青慈だけは諦めたくないし……っ」
ぽた、ぽた、と彼女の頬を涙が伝う。その涙はとてもきれいなもので、嘘を言っていないことが、分かる。姫鶴の瞳には、情がうるんでいた。
「ゲームをプレイしてるときは、青慈が最推しで、ガチ恋勢も名乗ってたわ。最初、転生したんだって分かった時も、ゲームとプレイしている時の様に、キャラとして接してた。それに、とにかく、死なないようにしなきゃって。生き残る道を探すのに必死だった」
ぐす、ぐす、と彼女がはなをすする音と、ひく、と時折しゃっくりをあげる音が部屋に響く。
「でも、だんだん、分からなくなって。本当は、どこか似た世界で、ゲームと同じ展開にはならないんじゃないかって、思うようになって。でも、設定資料集に書かれてたようなことや、過去の回想シーンと似たような場面に出くわすたび、肝を冷やすの。馬鹿よね。それでも、たまに、ゲームのことを忘れて、彼を一人の人間として見てしまうの」
そうして、目が離せなくなる。
彼女は、ふすまの方に顔を向けた。その先には店があって――そして、青慈がいる。
姫鶴の目は、完全に恋する女のものだった。
本当に、純粋に。彼のことを好きになってしまったのだろう。
「えっと……姫鶴でいいのかな。キャラの名前、合ってます?」
「姫鶴って呼ばれて長いし、今は前世の名前よりこっちの方が……うん? 合ってる? え、どういうこと……?」
「じゃあ、姫鶴。わたしね、喪ルケミストなんですよ」
喪ルケミスト。『黎明のアルケミスト』の一部ユーザーのネット上での呼び名である。喪女とアルケミストを組み合わせた造語なのだが、経営ゲームのほうにハマりすぎて、乙女ゲームで一人も攻略していないユーザーのことを指すものだ。どちらかというと、喪ルケミスト本人らが自虐で使い始めた名称なので、馬鹿にする意味合いはない。
「しかも免許皆伝!」
「えっ、免許皆伝って……コンプしたの!? 万道具全部!?」
姫鶴は驚きの声を上げる。すっかり涙がひっこんだようだ。
経営パートは、やりこみ要素としての面が強い。本編と連動しているとはいえ、本編を進めるためのクエスト分だけ万道具を作ると、図鑑の達成率は10パーセントにも満たない。10パーセント未満の万道具だけで本編はクリアできてしまうのだ。
そんな図鑑をすべて埋めると、免許皆伝、と言ってトロフィーがもらえるのだ。ちなみにもらえたからと言って何か本編攻略が有利になるとか、そんなことはない。
完全なる自己満足だ。
「だから、大丈夫ですよ! わたし、攻略キャラには全く興味ないので!」
「安心していちゃついてください!」と笑顔で言い切ると、「ええ……」と信じられないと言わんばかりのような、少し間の抜けた姫鶴の声が部屋に響いたのだった。
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