04
カウンターの中には、扉が二つある。
一つは万道具の制作や修理を行う工房へ繋がるもので、もう一つは扉を開けると廊下を隔てて一つの和室へとつながるものだ。五畳半のこの和室は、休憩スペース兼応接室として使っている。ちなみに廊下の向こうにある扉を開けると、わたしが家として住んでいる住居スペースへとつながる。
和室のふすまを締め切ると、ちりん、と長押にひっかけていた鈴が鳴った。ふすまのすぐ上のものが鳴ったかと思うと、部屋の四隅に飾られた鈴もまた、ちりん、と同時に。
音を外部に漏らさないための万道具である。名前は遮音鈴。四隅に設置し、その四点を結んだ範囲内の音は外から聞こえなくなる、というものだ。
「この度は、ほんと、ごめんなさい!!!」
ふすまが閉められて、遮音鈴が鳴った直後、姫鶴は土下座する勢いで頭を下げてきた。
「違うの、違うのよ! いや、確かに推しには多少の下心あったけど、こんなつもりじゃなくて!」
「こんなつもり、とは?」
突然の謝罪だったが、話が全く見えない。
わたしは姫鶴の前に腰を下ろし、彼女に頭を上げる様に頼む。土下座される覚えはない。
「私、死にたくなくて!」
「……うん?」
「貴女の推しは誰だか知らないけど、私、大体のルートで死んじゃうし、でも、嫌だし、回避しようと思って! そしたら、そしたら……」
「え、姫鶴死ぬの?」
「えっ」
姫鶴がぱっと顔を上げてきょとんとした表情を見せた。
「れ、『黎明のアルケミスト』のプレイヤーじゃないの……?」
「それはやったことあります。すごくハマってました」
わたしの言葉を聞いた姫鶴は怪訝そうな表情をちらっと見せた。「それなのに知らないの? マジで?」と言いたげな顔である。
そうか、ライバルヒロインが死ぬような作品だったのか……全然知らなかった。
「ごめんなさい、続けてください」と続きを催促すると、困惑しつつも詳しく話を教えてくれた。
彼女はわたしと同じく現代日本の生まれ。あまりゲームやアニメと言ったオタク趣味はなかったらしいが、『黎明のアルケミスト』だけは別で、友人から勧められて試しにプレイしたらドハマりしたのだという。
わたしとはまさに逆のプレイスタイルで、経営パートは必要最低限、恋愛パートはコンプリートしてからも繰り返し遊んでいたらしい。
ある日、強盗事件に巻き込まれて命を落とし――この『黎明のアルケミスト』の世界へと転生した。ライバルヒロインとして。
ライバルヒロインの姫鶴は、各キャラのルートでヒロインがハッピーエンドを迎えると死んでしまうようだ。ハッピーエンドのその上、トゥルーエンドだとしばしば生き残るらしいが、それでも幽閉や家から勘当という、あまり姫鶴にとってはいいと言えないエンドになるのだ、と、恋愛パートがさっぱりなわたしに、姫鶴というキャラクターの説明を軽くしてくれた。
いざ姫鶴に成り代わってしまった彼女は、必死になって死亡フラグを回避し、幽閉や勘当という結果になってもいいように準備を進めていたそうだ。
しかし、彼女は気が付いてしまった。
なんだかおかしなことに、攻略キャラ全員から好かれてしまっている、と。
一瞬、自意識過剰か? とも思ったんだが、話を聞くにつれそうなんだな、と納得するしかなかった。直接好き、と告白したものものもいれば、明らかにそういった態度をとるものもいるし、挙句、本来ヒロインと起きるはずのゲーム内イベントを起こしたこともあったらしい。
でもまあ確かに、言われてみれば、先ほど見た、店内でのやり取りをみていれば、彼女が彼らから一定以上の好意を受けているというのも納得できる。
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