けっちゃく……
ルシフェルに首を掴まれていると、わたしの後方から強い意思の籠った声が聴こえてきた。
「魔王にでも何でもなるから、私に力を寄越せッ!!」
――――このときを待ってた!
「ふんっ!」
わたしは体内に潜めていた魔力をルシフェルにぶつけて大きく跳ぶ。
魔力回路が無くとも、魔力を飛ばすことぐらいはできる。ただ制御力がないためにすぐ霧散してしまう欠点がある。でも、わたしとルシフェルの距離はほぼゼロに等しかった。魔力は霧散する暇もなくルシフェルにぶつかった。
「お姉ちゃん! コレをッ!!」
乃愛に『白金に輝く鍵』を投げる。
『白金に輝く鍵』は乃愛に受け止められると、光の粒となって霧散し、乃愛の身体を包み込んだ。
わたしの身体から魔力と力が奪われていくのを感じる。
「夜!」
ただの少女となってしまったわたしには今までの行動がかなりの負担となり、地面には着地することもできない。
だが、地面に落ちる直前で柔らかい感触に拾われた。
「夜、お姉ちゃんね。全部思い出したよ。どうして夜がルシフェルと戦えたのかはわからないけど、今やるべきことはわかる……!」
「お姉ちゃん……」
このとき、わたしは『エレオノーア』と呼ぶことが出来ず、『お姉ちゃん』と呼んでしまった。もう魔王としての価値観すらも残ってない普通の『月宮 夜』という少女になってしまったのだろう。
「夜のことを虐めた悪魔をお姉ちゃんが抹殺してくるから、待っててね」
わたしは地面に降ろされてヴァルター・鈴木と同様に、セシリアに預けられた。陽菜と凪もあの戦いに捲き込まれてはいけないと察したのか、わたしたちの元へ戻ってきた。
そして乃愛とルシフェルの目に見えない戦闘が始まる。普通の女の子になってしまったわたしには二人の戦闘は最早見えない。所々でキンキンキンキン聞こえてくるだけで手抜き漫画みたいだ。
「――勇、お兄ちゃん……」
勇者の姿を見たら今後はそう呼ばなければならないのかと思うと、思わず口から漏れてしまう。それと同時に嘗てない程にまで目を輝かせた勇者がこちらを振り向いた。
あっ、しまった――――
「夜ちゃん、もう一回言ってくれないか?」
「……勇者」
「何でだよ! さっきは『勇お兄ちゃん大好き♡』って言ってくれただろ!」
お前の脳ミソはどうなってんだ。
「言ってないからお姉ちゃんの所に行ってきて」
あの戦闘に介入できるのは勇者だけだ。勇者は魔王を倒すために生まれた存在。それならば『鍵』を吸収したルシフェルにとって、勇者は天敵と呼べる存在だ。
「仕方ない、可愛い妹の頼みだ。特別に本気出しちゃうか」
勇者が謎の気迫を纏って乃愛の元へと走り出した。走り出したと言っても、わたしから見ればその場から消えたようにしか見えなかったけど。
「可愛い妹って……私のことは可愛くないってこと?」
「勇者はそう思ってるみたいだよ」
余計なことを言った勇者が悪い。あとで陽菜にボコボコにされるがいい。
その頃、勇者も加わったルシフェルと乃愛の戦闘では見事なコンビネーションでルシフェルを圧倒していた。
「グハッ!」
地響きがするとそこには大きなクレーターが出来ており、その中央にはボロボロになったルシフェルの姿があった。
「バカな……魔王の力は確かにこの俺が!」
「ああ、それは夜ちゃんが本物の『再誕の鍵』を作るために取り除いたゴミパーツで作られた市販の鍵だぞ」
「そんなわけがあるか! これほどにまで強い力がゴミだと? ふざけるのも大概にしろ!」
ルシフェルから今までにない程の気迫を感じる。周囲にある魔力がルシフェルの方へと流れているような……
「フハハハハハハッ!! どうだ! これが魔王の力だ!」
ルシフェルが高笑いをしていると、バチバチという音が聞こえてきて小さく爆発した。
「グォッ!? な、なんだ! 何故だ!」
ルシフェルは自身に起きた現象に納得出来ないでいた。
「鍵って何を含んでるか、知ってるか?」
ルシフェルは「なんだ突然変なこと言い出して」という顔を一瞬したが、勇者の言った言葉の意味をすぐに理解した。
「まさか――――!」
「そうだ。お前たち悪魔の大好きな『鉄分』だ。お前はそれを自らの魂に刻み込んだんだよ!」
悪魔は『鉄』に弱く、ごく少量の『鉄』を飲み込むだけで死ぬことすらあり得る。どれだけ表皮が分厚かろうと、直接体内に干渉してしまえば大ダメージになり得る。魔王の強大な力を前にソレが鉄で出来ていることに気づかなかったのだろう。
ルシフェルの魂に少しずつ溶け始めた鉄は着実にルシフェルの身体を蝕み、魂を溶かし始めていた。
「そんな、バカな――――!」
「さあ、これで終わりよ! 《メタルサイクロン》!」
鉄で出来た渦がルシフェルを押し潰そうとする。
鉄属性の魔法、初めて見た……
「クッ……このまま死んで堪るか!」
「――――!?」
そのとき、ルシフェルと目が合った。
ルシフェルの目が紅く光ると、わたしにとてつもない頭痛を感じた。
「うあぁぁぁぁぁああああッ!!!」
頭が痛い! こんなの……耐えられ――
「私の夜に手を出すんじゃねぇ!」
「グォォォォオオオオッ!!!」
乃愛が頭痛に襲われたわたしを見て、鉄の渦でルシフェルを呑み込み、押し潰した。その瞬間、確かにルシフェルの命は消滅した。
余計なお荷物を遺して――――……
「夜! しっかりして! だいじょ――」
乃愛のその言葉は途中で止まってしまう。
乃愛の膝から上半身を起こした夜は、きょろきょろと不安そうに辺りを見渡している。
そして振り返って乃愛と視線を合わせると、少女はこてんと首を傾げた。
「……おねえちゃん、だれ?」
「えっ……?」
乃愛は夜の夜らしくない幼くも無垢な言葉を聞いて時が止まったように固まった。
それは勇や陽菜、セシリアたちも同様で、彼らもまた現実を受け入れるまでに時間が掛かった。
「お嬢様、ご自分の名前わかりますか?」
そんな中、最も早く行動したのは夜が産まれてから母親や兄妹よりも長い時間共に過ごしたメイド――凪だった。
「なまえ……? えっと……わかんない?」
夜は寂しげにわからないと答え、それを聞いた凪はとてつもない虚無感を感じた。
けれど彼女はそれを表情に出さず、ただ黙って夜を抱き締めた。
「そんな……こんな事って……!」
陽菜が嗚咽を漏らす。
全てがハッピーエンドで終わるはずだった。
ルシフェルを倒して、今まで通りの楽しくて騒がしい日常が続くはずだった。
けれど、最後の最後で一人の少女を失い、全てが変わった。
誰もが現実を受け入れたくなかった。
ただ一人、何も知らない無垢な少女は首を傾げていることしかできなかった。
「お家、帰ろっか。私たちの大切なお家に」
「お家?」
「そう。そしたら今日はお姉ちゃんと一緒に寝よっ」
「うん」
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