小学生になった魔王様、最後の戦い



 乃愛のタンスを弄って当たりパンツを引き当てると、ペットボトルロケットのように飛んだルシフェル。

 そこに立っていたのは他でもない乃愛だった。


「魔法使った気配、まるでなかった……」


 アレ、多分魔法の行使とか一切していない素の力だろうな。このわたしですら乃愛が移動して蹴る瞬間を目撃することが出来なかった。

 アレなら最強クラスの魔物をワンキル出来るな。ルシフェルはさすがというべきか、まだ原形を留めている。飛んで行った瞬間に見えたからわかっている。


「おい、俺たちが苦戦に苦戦を敷いていた強敵が一般人に吹き飛ばされたぞ」

「お姉ちゃんは一般人じゃないよ」

「そうだな。一般人にあそこまでの力はないもんな……なんでお前がここにいるんだよ」


 勇者の隣で腕を組ながら未来ちゃんと同じように頷いていると、勇者がこちらを見てきた。


「朝起きて着替えて朝ごはんを食べようと思ったらここに居た」

「ルシフェルが召喚したとか言ってたな」

「お前らは唯々キモかったけど」

「うぐっ」


 わたしの一撃が刺さったのか、勇者が未来ちゃんと一緒に固まった。

 別に怒っているわけではないが、良き友として「キモかった」という事実を報道してあげる必要はあった。


「お嬢様、乃愛様。おはようございます」

「おはよう、凪」


 乃愛はよくこの光景を普通に無視して凪に挨拶できるね。普通はさっさと帰りたいとか思わない?


「《防壁展開》!」


 未来ちゃんが防御魔法を使うと、それに弾かれた弾が地面に当たり、砂を巻き上げた。

 復活するの早くない!?


「さて、おふざけはここまでだ。今度こそ『再誕の鍵』を貰うぞ。フンッ!」

「危ねッ!」


 ルシフェルはわたしに目掛けて魔力弾を放つと、全身擦り傷だらけの勇者がわたしを抱えて魔力弾を避ける。

 それに乗じて未来ちゃんが氷魔法を使ってルシフェルの動きを封じようとし、氷魔法を避けたルシフェルに陽菜が何処で手に入れたのかは知らないが、剣で一撃を叩き込む。


「その程度の攻撃では傷一つ付かんぞ」

「くっ!」


 年相応の少女と同じぐらいの筋力しか持たない陽菜では剣を振るったところで前世ほどの威力はなく、容易くルシフェルに防がれた。

 ヴァルター・鈴木が言うにはそれなりに強かったらしい。わたしは戦ったこともないから知らん。


「ハァッ!」

「甘い!」


 背後から斬りつけるヴァルター・鈴木の剣を躱して腹部に拳を入れた。咄嗟に魔法で防御したものの、ヴァルター・鈴木はこちらの方まで飛ばされて倒れた。

 急所は何とか免れてるけど、これ以上は戦えるように見えなかった。


「少し休んでて」

「ありがとうございます……」


 ヴァルター・鈴木を休ませると、わたしはヴァルター・鈴木が落とした剣を拾い上げてルシフェルと対峙する。


「少しだけ時間を稼ぐから、その間におねがいね」

「……ああ、わかった」


 傷を負った勇者をセシリアの元へ行かせて身体の治療をさせる。


「凪、わたしたちも行くよ」

「はい、お嬢様」


 凪がメイド服のスカートの下から刃物を取り出して片手に持つ。

 珍しくメイド服だなぁ~って思ったけど、まさかメイド服の時はいつもこんなの持ち歩いてるの……? メイド服=戦闘服っていう概念でもあるの?


「さて、久しぶりに全力でやるよ!」


 剣を構えて全速力で走り出す。

 わたしは魔王の力を解放すれば以前勇者と戦った時と同じ力がある。ただ、前回それをやってしまうと山が崩れる可能性があったので手加減しただけだ。

 まあ、この力はもうすぐ無くなってしまうんだがな。

 こっちはやっておくから、上手く乃愛を説得してくれよ。


「はあッ!」


 陽菜に襲いかかったルシフェルの右腕を遠心力を最大限に利用した攻撃で吹き飛ばす。

 戦闘における行動とは、奇襲攻撃こそ最強なのだ。


「子供の姿でも魔王は魔王か……力は勇者と同じぐらいか。流石に今の一撃は堪えたぞ」

「そいつは良かったね」

「だが、お前が前に出るということはアイツらが結界を張ってまで守った意味がないんじゃないか?」


 ルシフェル……お前は何もわかってない。


「この国には『攻撃は最大の防御』っていう言葉がある。お前を倒せれば死ぬことはないって意味なんだよ!」


 大きく振りかぶった一撃。流石に読めていたのか、避けられた。

 そしてルシフェルは高らかに笑った。


「あの世界の人間よりもよっぽど合理的な思考だ。逃げてばかりいるよりも、消してしまえば安全だもんな。『平等』という言葉が成立するぐらいにまでおかしな世界だ。そういう思考だってあり得るということか」


 ルシフェルの背後に居た凪が刃物で斬りつけようとするが、ルシフェルはそれを諸ともせずに防いだ。魔法も何も使っていない。素の表皮の硬さだけでだ。


「!」

「痛くも痒くもないな」


 ルシフェルの一撃。凪はそれを持ち前の反射神経で躱し、距離を取る。そこにルシフェルの追撃はなかった。

 理由は勇者たちが頑張ってくれていたおかげで翼は切り落とされているからだ。翼で普段追撃を行っているので、身体が動かなかったのだろう。

 わたしも陽菜の手を引いてルシフェルから距離を取る。


「《雷の矢サンダー・アロー》!」

「チッ、小賢しい……一気に片付けるとするか」


 ルシフェルが指をパチンと鳴らすと、ルシフェルを中心に大きな爆発が起きた。

 少しばかり距離を取っていた上に未来ちゃんが防御魔法を使ってくれたため、身体にダメージは無かったのだが、爆風によって身体の軽いわたしは簡単に吹き飛ばされた。


「ひゃあっ!」


 地面に転がって二、三回転することで止まった。ルシフェルの方を見ようと、顔を起こすと少し離れた場所に『鍵』が落ちていた。


「!」

「これは……」


 ルシフェルは『鍵』を拾い上げて、今までわたしから感じていた気配がその『鍵』から放たれていることを確認するとニヤリと笑った。


「なるほど。自らの命が惜しくなったのか?」

「…………」

「実に人間らしい思考だ。新世代の魔王の前には意味のないことだというのに」


 ルシフェルは自らの胸元に鍵を差し込み、それを体内に吸収した。鍵を吸収したルシフェルの右腕と翼は再生し、先ほどよりも強い力を感じるようになった。


「これが魔王の力か……フハハハハハハハハハハッ!! 素晴らしい! 全身に力が溢れる!」


 わたしが立ち上がろうとすると、ルシフェルはわたしの首を掴んで持ち上げてきた。


「うぐっ……」

「どうした? その程度の力じゃ、この俺には勝てんぞ」


 ルシフェルの筋力は格段に上がっていて、今のわたしでは到底抜け出させそうにない。それどころか声すらも上手く出せず、苦しい。


「お嬢様!」

「邪魔だ」

「あぐっ!」


 凪が近寄ろうとするも、ルシフェルが一歩も動かずに凪を地面に押さえ付けた。重力魔法の類いだろうが、非常に強い。

 そのとき、わたしの後方から強い意思の籠った声が聴こえてきた。


「魔王にでも何でもなるから、私に力を寄越せッ!!」







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