最後の休息

 深夜、わたしは乃愛の部屋を訪れていた。


「お姉ちゃん、寝てる?」

「起きてるよ。もしかして寝られないの?」


 部屋の入口付近で小さく頷くと、乃愛は掛け布団を捲り上げてベッドの上を二回ほど叩いた。


「おいで」


 乃愛のベッドに入ると布団をかけた。乃愛はわたしの背中に手を回す。


「夜はもふもふしてて気持ちいいね」


 乃愛がわたしを抱きしめる。乃愛が抱きしめてくれると、わたしはクッションが身体を包み込んでくれるのでとても寝やすい。乃愛の鼓動を聴いているだけで落ち着くのだ。






 ◆





 翌朝、わたしはいつもより遅くに目を覚ました。理由はいつも起こしてくれる筈の凪が全然起こしてくれなかったからだ。それどころか起き上がろうとすると、乃愛が再び布団へと寝かしつけようとしてくる始末。まあ、悪くないから良いんだけど。


「今日は凪も鈴木もお出かけするみたいだし、お昼まで寝てよっか」

「うん……」


 何かルシフェルとかいう変なヤツのことを忘れているような気がしなくもないけれど、今さらわたしのすることなんてない。もうわたしの役割はほぼ終わったのだ。

 つまり、魔王関係で最も人質に取られそうな乃愛を護衛することがわたしの仕事だ。ここでダラダラして居ようが、文句は言わせない。今頃勇者たちが凪たちと協力して頑張ってくれているだろう。


「……目が覚めちゃった?」

「うん……」


 わたしがなかなか寝付けなくてソワソワしていると乃愛が話しかけてきた。いつも睡眠時間は九時間ピッタリなので、それ以外の時間に寝たり起きたりするのは落ち着かない。


「今日は暑くなるみたいだし、起きよっか」


 そうか。もうそんな時期か……

 夏は嫌いだ。わたしの肌は日光に弱く、真夏だと日射しを少し浴びただけでも吸血鬼のように全身に激痛を感じる。そのため真夏に外出は最低限に抑えられ、外出時は周囲の人間に暑苦しいと思われるぐらい重装備にする必要があるのだ。

 あのときは魔法があったのでうまく温度調節を出来ていたが、今なら熱中症待ったなしだろう。

 まあ、そうは言ってもまだ六月だしそこまで問題はない。長時間日光に当たらないようにすれば、半袖でもワンピースでも問題なく外出できる。


「夜の着替えはこれで良い?」

「うん、いいよ。ありがとう」


 乃愛からフリルが少しばかり付いている黒色のワンピースを受けとる。黒系統の服は前世の影響からかお気に入りなのだ。

 他の色も基本的に嫌いではないが、一番しっくりくるのは黒色の服だ。どうでも良いかもしれないが、唯一嫌いな色はピンクだったりする。

 凪や乃愛にも言われたけど、ピンク色というカテゴリーが似合わないのだ。ありとあらゆる面でピンク色にこと嫌われているので、意地になった。


「お姉ちゃん、どう?」

「うん、似合ってるよ。……あっ、ちょっと待ってね」


 乃愛がタンスの奥をがさごそと弄り始めた。わたしはなんだろうかと首を傾げていると、黒色で無地のヘアピンを渡された。


「夜ってこういうの全く付けないし、少しぐらいは着飾るのに慣れておかないと色々大変だろうからね」


 乃愛はヘアピンをわたしの髪に付けて鏡を見せてくる。

 白い髪に一つだけ配色の違う黒い存在がただならぬ存在感を放っていた。


「これでかわいい夜の顔よりもヘアピンに目が行くよね。夜の可愛さに気付く余計な男を減らせる……!」


 何か乃愛がぶつぶつと呟いていたが、鏡に写るヘアピンに夢中になっていたので全く聞き取れなかった。話しかけて来ないのなら、大したことでもないのだろう。


「じゃあ朝ごはん食べに行こっか」

「うん」


 乃愛はわたしの手を引いて部屋の扉を開ける。そこには辺り一面、木々一つない山奥のような光景が広がっていた。

 どう考えても十年間暮らしてきた我が家の光景ではない。


「ん?」


 乃愛は扉を閉じて軽く目を擦る。わたしも同じように目にゴミでも入ってしまったのかと、目を擦った。

 再度乃愛が扉を開けるがやはり光景は変わっておらず、わたしと乃愛は目を合わせた。


「ウチってこんな殺風景な家だっけ?」


 そんなわけがない。いくらなんでも広すぎる。この部屋は扉を開ければわたしの部屋がある筈だ。……わたしの部屋はどこ行った?

 さっき乃愛がわたしのワンピースを取りに行った時は確かにあった筈だ。こんな殺風景な光景はなかった。

 試しにスカートの下から手裏剣を取り出して遠くに投げてみた。

 手裏剣は奥行きがないと思わせるかのごとく、遠くへと飛んで行き、かなり離れた場所の地面にカツンという音を立てて刺さった。


「壁紙……じゃないね……夢?」


 乃愛がわかりやすく頬を軽く引っ張るが、現実であることを確認したようだ。

 乃愛は部屋にあった替えのスニーカーがあったため、それを履いて外の様子を見てみることにした。

 一方のわたしは裸足であるため、岩や石がゴロゴロと落ちている場所を歩く訳にもいかない。


「すぐに戻ってくるから大丈夫だよ」

「やだ! ひとりにしないで!」


 この空間が何なのか把握できない以上、乃愛から離れて行動するのは非常に危険だ。ここは無理やりにでも一緒に行動するべきだ。


 えっ? 羞恥心? 元魔王としての威厳?


 なにそれ、ちょっとよくわかんない。


「しょうがないなぁ……」


 乃愛はため息を吐きつつも、嬉しそうにしながらクローゼットからサンダルを取り出した。サンダルは乃愛用であるため、サイズが大きくてパカパカしてしまうが、この際履ければ何でも良い。


「お姉ちゃんから手を離さないでね」

「うん」


 乃愛の指にわたしのとても小さな指が絡まる。乃愛はわたしの手を絶対に離すまいと少し強めに握ってる。


「お姉ちゃんが付いてるからね。怖くないよ。落ち着いてね」


 ……乃愛の手汗がすごい。

 説得力には欠けてるが、おかげで落ち着くことができた。


「なんだろう、この音……」


 乃愛に言われて気づいた。ここからはかなり遠いが、何か金属と金属がぶつかり合うような音が聞こえる。この音は……まさか勇者か?

 となると、ここはセシリアが作った結界の中か。……なんで乃愛の部屋だけここにあるんですかね。

 こんなの魔法さえ使えたら何とかなったのに! 魔法が使えないことがここまで苦痛だなんて……!


「――――っ! お姉ちゃん、こっち!」

「えっ?」


 わたしは乃愛の手を引いたまま岩影に隠れる。何かがスゴい勢いでこちらへと迫って来てるのを感じたからだ。岩影からひょこっと顔を出して覗いてみると、やはりと言って良いのか、ルシフェルが乃愛の部屋を一直線に目指して走ってきた。


「あれは……プレハブかの?」

「いや、違う! あの扉にあるプレートを見てみろ!」


 ルシフェルを追ってきた勇者一行は目の前にある建物に驚いていた。

 一見プレハブのように見える建物の正体は乃愛の部屋。それを裏付けるかのように、扉には『乃愛の部屋』と書かれたプレートが飾られていた。


「フハハハハッ! 残念だったな! ふか~い眠りについてる『夜ちゃん♡』は部屋ごと召喚してやったのだ! 貴様らの大好きな『夜ちゃん♡』が死ぬ姿をそこで見るがいい!」


 ヒトの名前を呼ぶときだけ声を裏返すな。『♡』を付けるな。気持ち悪い。貴様それでも悪魔か。


「マズいぞ! このままだと『夜ちゃん♡』が殺されちまう!」

「何とかして『夜ちゃん♡』を起こすのじゃ!」


 お前らも悪魔の真似をするな。

 それともなんだ? お前らが言い出しっぺなのか?

 それとわたしはとっくに起きてるからな。


「フハハハハッ! さぁて『夜ちゃん♡』、お出迎えでちゅよ~……あれ? 居ない……だと!?」


 そりゃね。こっちに居るもん。というか乃愛の部屋を漁り始めるな。

 ちょっ、おまっ、そこは乃愛のパン……


「死ねっ、この変態野郎がッ!!!」


 光の速さで壁を突き抜け、何処かへ飛んで行ったルシフェル。わたしと勇者一行は驚きのあまりにフリーズした。

 そして、先ほどまでルシフェルが居た場所にはわたしと一緒に岩影から隠れてこっそりと見ていた筈の乃愛の姿があった。


「魔法使った気配、まるでなかった……」




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