魔王のやるべきこと



 『再誕の鍵』……それは魔王の力の源であり、手にした者は人智を越えた力が手に入るとされている。初代魔王から受け継いだ世界の『覇者』としての称号でもある。


「それはつまり、魔王の力を失うという訳ですよね?」

「今なら筋力と魔力の出力が若干低下するぐらいだし、生命的には何の問題もないから平気だよ。それに次の所有者が決まるまでは所有権もそのままだから、問題はないよ」

「……それなら切り離してしまいますよ。勇者も良いですね?」

「ああ」


 わたしがセシリアを抱っこして魔法が使い易いようにすると、セシリアは魔法を使用してわたしの魂に干渉してきた。

 ちょっと息苦しいが、何だか全身を撫でられているようでとてもふわふわする。その息苦しさですら、どこか擽ったく感じる。


「ふあっ……あっ……ひゃんっ!」


 自然と声が漏れ、身体がピクピクと痙攣する。とても不思議な感覚だ。

 それから二分ぐらいで『再誕の鍵』の切除が完了した。


「ハァハァ…………」


 だが、魂を三分近く弄られていたこともあって脱力する。


「これ私じゃなかったら失敗してますよね。最悪死ぬ可能性だってありましたよね?」


 聖女ならできると信じてたし、実際上手く行ったんだから良いでしょ……っと、セシリアに対して答えてあげたかったけれど、うまく言葉が発せず喋れなかった。


「お嬢様、そのだらしないお顔は殿方の前ではお止めください。品が無いと思われてしまいますよ」


 凪がわたしを支えるようにしてわたしの身体を起こすと、勇者が視界に入ってきた。勇者は気まずそうに目線を逸らしていた。

 あの勇者がここまで気まずそうにするとは、わたしはいったいどんな表情をしていたのだろうか……?

 右手には確かに握られている白金プラチナ色に輝く鍵。こうして見るのは、母上から戴いた時以来だ。


「セシリア、ありがとね」

「ぐっ……魔王滅ぶべしとか言ってた自分が情けなくなるような表情でお礼をしないでください」


 どんな表情だよ。少し嬉しそうに言っただけだろ。


「お嬢様、そろそろお帰りになられないと、ご夕食までに帰れないのですが、如何なさいますか?」


 凪に言われて気付いたが、もう既に日が暮れ始めていた。凪には誰にも見つからない場所まで車を移動してもらい、わたしは車ごと家まで《転移》することにして、家まで帰ってきた。


「ただいま!」


 その日、わたしは夕食を食べると早々に眠ってしまった。

 考えてみれば今日は色々あった。

 まさか四話にも渡って同じ日が続くなんて思いもしなかっただろう。わたしでも二話あれば終わると思っていたんだし。


「お嬢様、寝言でのメタ発言はご遠慮ください……」




 ◆




 翌朝。わたしはいつものように起きて、朝食を食べていた。

 今日は乃愛とランニングを終えた後、陽菜の家に行って来ようと思う。


「ごちそうさまでした」


 ヴァルター・鈴木が買ってくる早朝限定のカレーパンはいつ食べても美味しい。

 さすがに毎日食べてれば飽きるかもしれないけど、週に一度食べる分には全く飽きない。週に一度の楽しみというヤツだ。


「お姉ちゃん、行こっ!」

「ジャージのまま朝ごはん食べるほど楽しみなのはいいけど、お姉ちゃんが着替え終わるまでは出られないからね?」


 確かに楽しみではあるけれど、そこまで楽しみではない。どちらかというと今日は少しばかり時間が欲しいのだ。


「じゃあすぐに着替えてくるから、夜は玄関で待ってて」

「うん!」


 わたしは着替え終えた乃愛と小学校までランニングして、シャワーで汗を流した。

 そのあとは陽菜の家に行って、セシリアと共に勇者の部屋を占領した。


「陽菜の部屋でやれよ」

「ヘタしたら爆発するからちょっと……」

「尚更俺の部屋でやるな!」


 なんやかんやで勇者を説得すると、陽菜が未来ちゃんを連れてやって来た。

 未来ちゃんは一応自称大魔法使いなので、陽菜と同じように魔力タンクぐらいにはなるだろうと思って呼び寄せたのだ。


「セシリア、結界を」

「はい」


 セシリアが魔力が外に洩れないよう、結界を展開する。魔力が洩れ出てしまうと勘づかれてしまうおそれがあるからだ。


「魔力を繋げるよ」


 勇者と陽菜と未来ちゃんに魔力パスを繋いで魔力タンクにする。勇者から流れてくる魔力が少しばかりピリピリして痛いが、気にしている余裕はない。

 『再誕の鍵』と『普通の鍵』をテーブルの上に置いて、今まで倒したシャドウウルフの魔石を媒介に作業を開始する。


「うぐっ……」


 魔力が思う以上に吸い取られる。身体が悲鳴をあげている。この吸収量、わたしの最大出力を軽く上回っている。

 このまま続ければわたしの魔力回路が壊れちゃう――――!

 おねがい! 早く終わって――――!


「うぁあああああああああああっ!!!」


 パキンッと身体の中にある何かが割れるような音が響くと同時に、先ほどまでそこにあった魔石が跡形も無く消滅していた。どうやら成功したようだ。

 急激に多大な量の魔力を失ったわたしたちは疲れ果ててその場に倒れた。何もない天井を見つめる。

 頭がぐわんぐわんする……身体に残ってる魔力は残りわずか。さっきの音は間違えなく魔力回路が逝ったな。

 かろうじて二、三本残ってるぐらいだ。これだと下級魔法が一日一回使える程度だ。

 ……まあ、これさえ完成してしまえば安い代償だ。


「陽菜、魔力回路生きてる?」

「私は夜が抑えてくれたおかげで大丈夫だったけど、夜は大丈夫なの?」

「二、三本残った。あとは全滅」


 わたしの報告を聞くなり、陽菜は目を見開いてわたしのことを見てきた。他人の魔力回路を守るために自分の魔力回路を犠牲にするなど、大抵考えられないことだからだ。

 魔力回路を失えば二度と魔法が使えなくなってしまう。そこまで重い代償を払ってまで他人の魔力回路を守る意味はない。


「夜、どうしてそこまで……」

「こうしないとヒトが死ぬ。それも億単位のヒトがね。……いや、億で済めばまだ良い方だよ」

「どういうこと……?」


 陽菜が訊いてきたからわたしはそれに答える。


「ルシフェルの狙いはこの『再誕の鍵』を使ってわたしたちの世界と地球……二つの世界を支配するつもりなんだよ」


 ルシフェルの狙いが『再誕の鍵』ならば、わたしの命を狙うのも納得がいく。わたしが魔王のときに『再誕の鍵』を狙わなかったのは単純に勝てないと知っていた。

 それに、もし奪ったところで人間に殺されてしまう可能性があったから。


「勇者には『再誕の鍵』の所有者を殺せる能力ちからがある。だからルシフェルは人間の国王に地雷を渡して勇者と魔王の双方を弱くする方法を選んだ」

「えっ? それって……」

「そう。わたしたちを転生させたのは間違えなくルシフェルだよ」


 この平和な世界である地球に転生させることで余計な干渉を行う邪魔者が現れる可能性は無に等しくなった。わたしたちがどこに転生したかはわからなかったようで、探すのに苦労したようだが思ったよりも早い段階で見つけられたのだろう。

 だからルシフェルは魔物を使ってわたしを襲わせた。


「でもまさかわたしがここまで強いなんて思わなかったんだろうね」

「お主、ワシがいなければ既に死んでおったがな」

「…………気のせいだよ」


 結局魔物じゃ殺せないことがわかったから本人登場したってわけだね。今は留置所だけど、そろそろ力を取り戻してる頃の筈だ。


「ルシフェルが力を取り戻すまであと数年掛かるって話じゃなかったの?」

「そうなんだけど、こればかりはわたしがこの国の制度について勉強不足と言わざるを得ない……ごめん」


 元の世界では逮捕されたら留置所で意味のない取り調べをして、そのまま裁判。あとは死刑の判決が下されて閉廷。以上が裁判の流れだった。まさか何日も留置所に入れておくとは思わなかったのだ。


「留置所には悪感情を多く持った人が多い。悪魔はそういうのが大好きだから、力を取り戻すのもそこまで苦労しなかったと思う」

「そんな……!」


 むしろアイツにとっては天国みたいな場所だった。少しばかりマズかった。

 だが、これで最低限の準備は整った。明日にでも決着をつけられるだろう。


「勇者、あとはお願い。わたしにはもう、これ以上は何もできない」

「……ああ、任せておけ」




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