魔王と勇者の歴史について



 日本で最も標高が高いとされる富士山。

 わたしと勇者とセシリアは凪の車に乗ってその富士山が見える山中湖の見える犬連れ込み可能のレストランにやって来た。


「これはまた随分スゲぇな……」

「それでどうしてこんな所に来たのですか」


 勇者は山中湖に反射している富士山に感激しているが、セシリアは富士山になど興味なしに訊いてきた。


「セシリアならおおよそわかってるでしょ」

「それはそうですが……」


 富士山が存在する北緯35度21分45秒、東経138度43分50秒……この座標はわたしたちの世界にある魔王城の位置と完全に一致するのだ。


「お待たせしました。富士山限定アイスミルクティーです」


 テーブルの上には注文した富士山限定のアイスミルクティーが三つ置かれた。


「富士山パフェになります」


 少し大きめのパフェがわたしと勇者の元に一つずつ置かれる。なんでもかんでも富士山って付ければ売れると思うんじゃない。

 ……まあ、買うんだけど。


「ではごゆっくり」


 店員さんがテーブルから離れて行くのを確認すると、わたしは早速勇者に踏み込むことにした。


「まず二人の知っている『魔王』について、洗いざらい吐いて貰うよ」

「幼女ですね」

「違う、そうじゃない」


 今のわたしについて語ってどうする。昔のわたしの印象を訊いてるんだよ。


「私から見れば人間絶対殺すマンでしたね」

「俺もまあ、だいたいそんな感じだな」

「……今だから言うけど、わたしは別に狂ってた訳じゃないからね」


 勇者たちの言い草だとまるでわたしが理性の欠片もないバーサーカーの如く暴れまわっている機動要塞みたいじゃん。


「伝承では確か……昔は人間と魔族が仲良く暮らしていたようでしたが、魔王というヤツが現れて魔族たちが狂ったように人間を攻撃し始めたのが対立する起因となったと聞いているんですが……」


 人間ども本当にクソだわ。歴史すらも都合の良いように変えようとするのか。

 これは一から説明しないといけないか……せめてセシリアぐらいは原因ぐらい知ってて貰いたかったんだけどな。知らないものは仕方ない。


「じゃあ『人間と魔族が仲良く』ってどういうことだと思う?」

「それは……一緒に稲作したり、魔獣たちと戦ったりするんじゃ……」

「アホか」


 魔族から見れば人間なんて不要な生物だ。魔族は寿命も長くて頭脳もある。加えて保有魔力は人間の十倍以上で、筋力だって数倍ある。本来ならば共存する必要なんて何処にもないのだ。

 魔族たちにとって人間とは動物園にいる猿と同じ扱いだった。それなのに共存とか、頭おかしいんじゃないの?

 猿と同じ布団で寝ろとか、どこの地獄だよって感じじゃん。


「あくまでそれはなの。魔族にとっては屈辱的だと言っても過言じゃない」

「つまり当時の人間たちにとって、魔族とは奴隷であったと……?」


 わたしはセシリアに頷く。

 セシリアがいると話がスムーズに進むから助かる。


「だからわたしは――は奴隷として苦しめられている同胞たちを助けることにした」

「それで人殺したとか言いませんよね?」

「言わないよ。……二人ともさっきから魔族ナメてない? 一応こっちにもプライドとかポリシーとか色々とあるんだよ?」


 勇者とセシリアは露骨に目を逸らした。

 コイツら……!


「最初はわたしたちだって人殺しもしないで白昼堂々と奴隷開放の四文字を掲げてデモ抗議してたんだよ」

「ずいぶん現代的な思考だな」


 当たり前だ。魔族の国の技術はこの世界の技術にも劣らない。拳銃については魔法があるのにそんな発想あるわけないだろって感じだ。爆弾なら考えたこともあったが、「環境に悪い」と言ってボツにした。


「で、当然のように無視し続けた国王がウザくて、仕方ないから夜中に誘拐しよう作戦に切り替えた」

「……まあ、うん。国王殺さなかっただけ、よく踏み止まったな」

「それで多くの命が助かった……でも、それと同時に救えなかった命もあった」


 わたしはギュッと拳を握りしめた。

 忘れもしない、あの惨劇――その光景が今も尚、目に焼きついている。


「助けた魔族たちは心に深い傷を受けたものも多く居たから、わたしは魔族の国のすぐ近くに小さな村を作った。……そしたら人間たちは何をしたと思う?」

「――――っ!」


 不意に涙が零れた。わたしの声が震える。

 セシリアは目を逸らし、勇者は目を見開いた。


「燃やしたんだよ……そしたら二人しか生きてなかった……」

「魔王様の後の義妹エレオノーア様とその姉エレオニーナ様でございます」


 わたしの声が徐々に弱々しくなって絞り出すような声になってしまったので、もう喋れないだろうと判断した凪が、付け足すように勇者たちに説明した。


「ですが、エレオニーナ様は瓦礫に挟まれており、救出するのに難航してしまい、そのまま亡くなってしまったのです。彼女は最後に魔王様に願いました。『もう二度とこんなことが起こらないようにして欲しい』と……。

 魔王様は大変お優しい方です。彼女の願いを叶えるにはどうするべきか、火事で亡くなった魔族たちはどうすれば報われるのか。会議に会議を重ねた結果、魔王様が出した答えは『人間を滅ぼす』ということでした」


 勇者とセシリアが納得のいったような顔をした。そこでわたしが口を開いた。


「わたしはあの日から二日に一度、死んだ魔族たちの記憶を見るようになった。それから時間が経ち、魔族たちを苦しめていた人間たちは死んだ。わたしだって止めたかった。これ以上は不幸な連鎖を生むだけだから……でも人間たちが死んでも尚、増え続ける憎悪。わたしはこれを抑えきれなかった。

 だからわたしは救いを求めた――――」

「神々が世界のために苦しめられる魔王様に下した『救い』はただ一つ……」


 凪がわたしに続けて説明をする。

 勇者とセシリアはまさかと思いながら目を見開いていた。


「それが『勇者』誕生の歴史。『勇者』は人間たちの救いではなく、わたしの『救い』だった……」

「ですが、『勇者』が魔族に敗れてしまっては元も子もありません。そこで魔王様は勇者を鍛えるべく、試練を課しました」


 魔法をより強化する六つの試練。

 勇者はその試練を難なくこなし、普通の魔族を圧倒する程の力を手に入れた。


「全ては魔王様の目論み通り、勇者は魔王城まで攻めこんで来ました」

「…………」


 凪が何度もチラチラとこちらを見てくる。

 やめて……! わたしが地雷を踏んじゃったのは本当に偶々だったんだから、やめて!


「今にして思えば、どうしてあのような威力のある地雷を仕掛けたのですか。人間たちから見れば魔王様を殺せない可能性だってありましたのに、杜撰過ぎではありませんか?」

「……確かにそうだな」


 おい。まさか考え無しであの地雷使ったとか言わないよな? 魔王城を崩壊させる以上に、魔王すらも倒せる威力の地雷だぞ。おかしくないか?


「いや、アレは国王から貰ったものでまさかあそこまで威力があるとは思ってなかったわけで……」


 国王が?

 だが、人間たちにあんな威力のある地雷なんて作れない筈だ。どう考えても魔族の国に住んでる誰かが国王に渡したとしか考えられない。……ん? もしかして――――!



 そのとき、わたしの頭の中で全ての線が繋がった――――


「お嬢様? そんなに暗い顔をされて、どうされたのですか?」

「……セシリア、魂に干渉できる魔法があるよね」

「えっ? はい、ありますけど……」


 それなら良かった。都合が良い。


「お嬢様! 何をするつもりですか!」

「セシリアにはわたしの中にある魔王の力の根源……『再誕の鍵』を取り除いてもらう」

「『再誕の鍵』……?」





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