魔王の欠片



 人間どもは全て、消してしまえば――――


「《カオスブレ」

「何をしているの?」


 失神したクラスメイトたちを指していた人差し指が大きな手に握られ、わたしの両目がもう片方の手に覆われた。

 そのまま後へと引かれると、感覚が失われて、どこに魔法を放てば良いのかがわからない。


「なにを……」


 魔力感知でもすれば良い筈なのに、魔力感知ができない――――いや、


「ダメでしょ、他の子を攻撃したら」


 わたしの視界を遮った誰かがわたしのことを撫でてくる。

 その温もりは懐かしくて、温かくて、甘えたくなる。……でも、どこか寂しい。


「ははうえ……?」


 不意に口から出たその言葉。

 次の瞬間にはわたしの目を遮っていた手が消え、わたしは「月宮 夜」という一人の少女として理性を取り戻した。


「これ、わたしが……」


 目の前に広がる光景にわたしはただ怯えることしか出来なかった。いつの間にかクラスメイトたちは一人残らず気絶していて、その大半は失禁していた。

 それだけなら、わたしだって「やっちゃった?」ぐらいで済ませられた。

 でもわたしは黒板に頭を打ち付けて頭から血を流していた陽菜を見て、冷静にはいられなかった。


「わたしが陽菜を……――――」


 怖かった。

 わたしが「魔王」という素質を持っていたせいで陽菜に怪我を負わせてしまった。

 わたしが転生なんかしたから、こんなことで理性を飛ばしてしまった。


 わたしがわるいんだ。

 ぜんぶ、わたしがいたから――――



「……ぅ…………ぁ………………」


 頬に水滴が流れる。咽の奥から絞り出されたかのように出てくるその声は紛れもなく、年相応の女性の声だった。


「夜ちゃん、どうしたの? ――――って、ええっ!?」


 聞き覚えのある声に反応して教室の扉付近を見た。美人教師がこの壮絶な光景を前に混乱していた。わたしはしばらくフラフラした果てに、腰を抜かしてその場にペタリと座り込んでしまった。


「夜ちゃん、なにがあったの!」


 頭から血を流して気絶している陽菜を抱えながら、わたしに訊いてきた。でも言うのが怖くて口にすることは出来なかった。一人でガタガタと震えていると、先生は隣のクラスからオバサン教師を呼んできて対処にあたった。

 わたしはというと、この中で最も重傷な陽菜と一緒に保健室まで運ばれた。


「すみません! 少しの間お願いします!」


 美人教師はわたしと陽菜を保健室に預けると教室へと戻って行った。保健室の教師は陽菜の頭部を見て、大変だと騒いで包帯を巻きつける。

 しばらくすると美人教師が戻って来た。


「夜ちゃん、お家の人に電話して迎えに来て貰うから、今日はゆっくり休んでね」


 美人教師はわたしにどんな状態だったのか、説明を求めることは一切なかった。そのまま凪が迎えに来て、わたしは家へと帰された。


「お嬢様……どうかされたのですか?」


 ベッドの上で座り込んでいると、さすがに見かねた凪が話しかけてきた。


「話してください。何があっても、私どもはお嬢様の従者です」


 珍しく凪が説明を求めてきた。

 いつもならば黙って引き下がるのに、どうして今回に限って……


「……わたしが抑えられなかった」


 奴隷という言葉を聞いて、昔のことを思い出して……これじゃ昔と全く変わらない。

 このままだと、わたしはまた同じことを繰り返してしまう。わたしが記憶を引き継いで生まれたばかりに、何の関係もない人間たちを捲き込んでしまう。

 それなら、もういっそのこと――――


「お嬢様が死ぬのは勝手かもしれません。ですが、残された乃愛様や皇太郎様、奥様方に陽菜さんたちご友人……もちろん私どももですが、お嬢様が居なくなったら大変寂しく思います。お嬢様はご自分の置かれている身を少しは理解してください。

 それに、お嬢様がすることはどこの世界であろうと同じことではありませんか。

 もう二度と、あの悲劇だけは繰り返してはならないのです。それがあのお方との約束なのでしょう?」


 ……そうだ。わたしが魔王として顕現し、あの世界を支配しようとしたのは同じことを繰り返さないようにするため――勇者はどんな気持ちでわたしと敵対したのだろうか、気になる。


 なぜなら――――





 魔族から見た『悪』というのは『勇者』のことなのだから――――




 いや、常識が違うから向こうから見ればわたしが完全に悪なのかもしれない。

 陽菜にも謝りに行かないといけないし、勇者を説得させないとあのシスコンは何をし出すかわからないからお話をしないとな。


「……勇者を拾って陽菜の元まで行く。凪、車出して」

「かしこまりました」


 折角のお話だ。

 それに『聖女』を名乗るからには、セシリアには知ってて貰う必要がある。


 勇者の家からセシリアを連れ去り、勇者の通う高校へと向かい、凪が勇者を誘拐。車に乗せて、陽菜のいる病院に向かった。


「陽菜の場所がなんでわかるんだ? 訊いた訳じゃないだろ?」

「発信器がごさいますので、お嬢様方のご友人の行動は全て網羅しております」

「なにそれ怖い!」


 わたしも勇者と同じ感想を抱いた。

 凪の行動一つ一つに狂気を感じる。


「そういえばなんでセシリアも?」

「『聖女』だからと呼び出されたんです」

「なんだそれ」


 ひとまず先に陽菜のいる病院に行く。話はそれからだ。シスコンが病院内に入るとややこしいことになるので、セシリアと一緒に車の中に閉じ込めておいた。

 凪と一緒に病院を訪れると、ちょうど陽菜が診察室から出てきた所だった。わたしがどのタイミングで行こうかとおどおどしていると、凪がわたしの背中を強く押してきた。


「夜……」

「ごめんなさい! わたしが抑え切れなかったあまりにそんな怪我させちゃって!」

「これならもう大丈夫だよ。ちゃんと治癒魔法も使ったし、何処からどうみても軽傷にしか見えないようにしたからね」

「でもわたしが怪我させちゃったことに変わりないから……」

「そっか。ありがとね、夜……」


 陽菜はわたしのことを抱きしめて頭を撫でた。


「わざわざ病院まで来て謝るとか普通そんな考えには至らないよ。ホント、夜は最高の親友だよ」

「ありがとう……陽菜……」


 それから陽菜に別れを告げてわたしは凪と車に戻った。帰り際に凪が陽菜のポケットに紙切れのような物を入れていたが、何だったのだろうか?


「セシリアさんを借りるというメモです。黙って持ち出す訳にも参りませんので」

「なるほど」


 言われてみればそうだね。

 わたし完全に気が動転してたから気づかなかったけど、これ明らかに誘拐だもんね。


「じゃあここから少し長くなるけど、運転お願いね」

「かしこまりました」


 凪が車のエンジンを着けると、車を発進させた。





「……なあ、どこに向かうんだ?」

「富士山」

「フジサンっ!?」



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