取り戻しつつあった日常



 あれから約一ヶ月ぐらい経ち、わたしたちは今まで通りの日常を取り戻していた。


「おは夜」

「おはよう……なにその挨拶?」


 朝起きてリビングで朝食を食べようとすると、先にリビングでテレビを見ていた陽菜が謎の挨拶をしてきた。


「さっさと朝ごはん食べちゃってよ。遅刻するでしょ」

「ふぁーい……」


 あくびをしながら陽菜に返事をして、テーブルの上にある食パンを一枚手に取る。うとうとしながら食パンを貪っていると、背後から凪が髪の毛を梳かしてくれる。

 その頃、二階から降りてきたヴァルター・鈴木が体操着とクラブ活動で使うジャージが入っている鞄とランドセルのセットをソファーの上に置いて並べていた。


「夜、これぐらい自分で準備したら?」

「教科書をランドセルに入れるのはわたしだから……」

「……うん。それは偉いと思う。偉いんだけど、髪の毛ぐらい女の子なんだから早起きして自分でやりなよ」

「むり」


 早起きなんてものができるなら陽菜が家に来た頃に起床なんてしない。わたしはどれだけ頑張ってもこれ以上早くには起きれないのだ。


「ごちそうさまでした」


 朝食を食べ終えたわたしは、ランドセルを背負って鞄を持った。陽菜は遅刻するからといつものように急かして玄関までわたしを引っ張る。凪とヴァルター・鈴木に見送られながら、わたしは陽菜と家を出た。


「どうして早く食べてくれないの! 夜のせいでいつも遅刻ギリギリじゃん!」

「五分前には着いてるんだから良いじゃん」


 どこもギリギリなどではない。むしろ余裕を持って行動している。魔王城に居た頃なんて会議の一分前に起床ということだってザラにあった。《転移》で遅刻はしなかったが、服装は寝巻きだった。それでも何か言われたことはない。


「むしろ『そのパジャマ似合ってますね。マジ最高っす!』って言われたよ」

「そりゃ王様に目掛けて『パジャマで会議に来るな』なんて言えないからねっ!」


 えっ、マジで……? じゃあもしかして、会議が終わってわたしが会議室から出た後でみんなわたしのことバカにしてたの?

 アイツら『うわっ、見たか今日の魔王様クマさんパジャマだったぞ。可愛すぎだろ』『魔王様もまだまだ子供っぽいですよね』とか裏で言ってたのか――――!


「私は魔王がクマさんパジャマとか着てたら大爆笑してただろうから、夜の前で笑ってないだけ忠誠心高いと思うよ」

「ううっ……」


 今になって考えてみると恥ずかしい。あの見た目でクマさんパジャマとか言われたら、わたしだって笑っちゃいそうだ。どうしてもう少しマトモなパジャマを選ばなかったんだわたし―――――!

 あぁ死にたい! あんなのもう黒歴史だ!


「でも、可愛いものが好きっていうのは今もだよね」

「だって目が引かれちゃうんだもん……」


 それに今は女の子だから別に恥ずかしくないもんだ!

 問題なのは前世のあの見た目で可愛いぬいぐるみを集めて、大量のぬいぐるみに囲まれてすやすやと眠りに就いていたあの忌まわしい過去だっ!!


「もう記憶消そうかな……」


 どうせ魔王だったときの記憶なんて大したことない。人間の醜い部分が写っている映像が二日に一回、流れてくる身体なんだ。凪たちだって地球での記憶さえ覚えていれば問題ない。……ホント、消しても問題ないんじゃないかな?


「そんな魔法あるの?」

「ない」


 そんなものがあったら、魔法の存在を見られたアリスちゃんに使っている。

 ……ああ、そういえば今日はクラブ活動があるからアリスちゃんと一緒なのか。あのガチロリコンが更正してくれていることを祈ろう。


「おはようございます」

「おはよう陽菜ちゃん。夜ちゃんもおはよう」

「おはようございます……」


 校門前で挨拶当番をしていた美人教師に挨拶を強制されて学校の敷地内に入る。わたしと陽菜はそのまま流れるように教室へと向かい、教室の扉を開けた。


「なにこれ?」


 黒板にはデカデカと相合傘が描かれており、その下には未来ちゃんとクラスで一番頭脳の回転が悪い少年の名前が書かれていた。


「これはまた随分個性的な傘の絵だ。まるでピカソの絵を見ている気分だね」

「えっ、そこ?」


 何となく落ちはわかっている。だから敢えて触れないようにしてたのに、陽菜はどうしようもないな。まあ、これをやった人間よりかは遥かにマシなんだけど。


「わたし、こういうの手加減できないんだ。胸糞悪いし陽菜に任せた」

「ちょっと夜っ!?」


 わたしは空間にあった全てを無視してランドセルを机の上に置く。残りは陽菜が何とかやってくれるだろう。


「――――ぃ」


 朝から不愉快だ。どこの世界だろうと人間という本質には代わりないのか。まあ歴史を習えば何となく人が如何に傲慢かは手に取るようにわかるが……


「――――ぃ!」


 いっそのこと拳銃やライフルの勉強でもしてそれに対抗する魔法を試行錯誤してみようかな。そしたら世界だって簡単に滅ぼせる。凪たちだって反対はしないだろうし。


「おいって言ってんだろうがッ!」


 クラスメイトの男子がわたしの手首を掴んでいた。先ほどから何度も話しかけていたようだが、完全に聴覚と感覚をシャットアウトしてたから気づかなかった。

 なぜかクラスメイトたちは全員、わたしのことを見ていた。大声


「なに?」


 何か回収物でもあったのだろうか? 一応話だけは聞いておこう。


「お前も手伝えよ」

「なにを?」


 掲示物? それなら少しぐらい手伝ってあげるけど……


「なにってこの生意気な奴隷の調教に決まってるだろ!」


 少年の声がわたしの脳内で木霊する。


 奴隷――――


 奴隷か――――



『やめて……やめてください……お願いします……』

『ダメだな。教育がなってない。オラッ、あと二百回だ!』



 ――――……



 鮮明に写し出されるわたしが次期魔王として生活をしていた幼少期の頃の記憶。

 わたしが人間という生物の醜さを初めて知ったのは、人間というものがどういう生物なのかを知るべく、人間の国へと訪れたときだ。多くの魔族を奴隷とし、痛みつけ、過酷な労働を強いていた。


 きっと、その時だろう。

 わたしが勇者と戦う運命を選んだのは――





 嗚呼、やっぱりか……



 ――――


 この種族は……人間は……





「――人間」


 突如として聞こえた底冷えのする声に、その場の誰もが一瞬耳を疑った。

 本来のわたしを知らない人間からは想像できない程、底冷えた声だった。


「夜っ!」

「邪魔」


 わたしの前に誰か知っているヒトが立ち塞がったけど、どうでもよかった。人間どもは消せば良い。こんな遺伝子的な連鎖があるから人間はその醜さを余計に見せつけるのだ。それならば、その新たな火種が生まれる前に消してしまえば良い――――


「人間は、殺さ、ないと……」


 魔王としての本能なのか、魔族としての本能なのか、それともわたし自身の記憶からなのか、どれかはわからないけど、人間は生きていてはいけない生物だと告げている。

 それならば、人間は消せば良い――――


「《カオスブレ」

「何をしているの?」


 クラスメイトたちを指していた人差し指が大きな手に握られ、両目を覆われた。




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