突然のラスボス。そして、さよなら
避難訓練の最中、校長がぐちぐちと文句を垂れていると校庭に十匹のシャドウウルフが現れた。今まではどれも人目がないタイミングで現れていたのにも関わらず、今回は多くの一般人がいるタイミングでの出現。混乱しないわけがなかった。
『夜! アレはマズいんじゃない!?』
『わかってる! でも陽菜。まずは作戦会議だよ!』
《隠蔽》や《隠密》は周囲が一定以上暗くならないと効果が薄い。どれだけ気配を殺しても姿が見えればバレてしまうし、どれだけ見えにくくしても太陽の光が反射して色を出してしまうので、姿が見えてしまう。
シャドウウルフの魔法に反応して攻撃してくる特性を考慮すると《隠蔽》も《隠密》も使用できない。魔法で殺られる前に殺る作戦も、他の生徒たちがいる状態でやるのは悪手だろう。
奴らの狙いは間違えなくわたし。前に出れば一瞬で餌食になる。となると……やっぱりコレを使うべきか。
わたしはポケットから取り出したボールのような球体に視線を送る。この球体は以前、セシリアがシャドウウルフが人前で出た際に使うと役立つと言って渡してくれた代物。何が起こるかはわからない。
『効果もわからないようなモノに頼るのはどうかと思うんだけど、どうする?』
『とりあえず使ってから考えない? セシリアが渡したモノならさすがに大爆発なんてあり得ないと思うし』
特に他に方法が思い付いたという訳でもなかったので、わたしは陽菜の提案に乗り、ボールを使うことにした。
ボールは投げれば効果を発動すると言っていたのでわたしは周囲にバレないよう、こっそりと投げた。
「ひゃっ!?」
投げたボールからはピンク色の煙を吐き出して、校庭中を包み込んだ。だが教師たちの反応がない。もしかしたらわたしたちみたいに魔力を多く含んでいる人にしか見えないのかもしれない。
ボールから吐き出された煙は風に流されて徐々に校庭から消えていき、全体の様子が見えてきた。
「……えっ?」
周囲を見回してみると、わたしと陽菜と未来ちゃん以外は全員眠りに就いていた。おそらく一定基準以下の魔力値しか持ってない人間にのみ効果が表れるのだろう。
確かにこれなら誰にも見られずにシャドウウルフを倒せるけど、やりすぎのような気がする。
「……セシリアにはあとで問い詰めよう」
「そうだね」
有効時間がいつまでかがわからない以上、速攻で終わらせるべきだ。
わたしはポケットから五枚の手裏剣を取り出して魔力を込める。
「一撃で終わらせる――――!」
両手から放たれた手裏剣は円を描くかのようにシャドウウルフを切り裂いた。手裏剣が当たらなかった個体には、魔力操作で投げた手裏剣を操って無理やり命中させた。
そして、最後に掌へと戻ってきた手裏剣をポケットにしまって他の生徒たち同様、地面に横になった。あくまで何も知らない一般人を装うのだ。
魔石回収は一番シャドウウルフに近い場所にいる陽菜がやってくれてる。
なんやかんやあったけど、効果は二分ぐらいで消えた。
教師たちも混乱しているようだったが、副校長のオバサンが「とりあえず消火器訓練にしましょう」と言い出したことにより、うんざりしてた校長の長話が終了した。
あのオバサンも校長の長話が嫌だったんだろう。
それから三十分ぐらい経って、避難訓練も終わったわたしたちは下校することになった。
「今回はちょっと雑だったね」
「私は見たの初めてだったから、何とも言えないんだけど……」
そういえばそうか。一回目は未来ちゃんで二回目は勇者だったからな。陽菜はシャドウウルフを見たことがない。わたしは毎回見ているというのに……って、わたしを狙ってるんだから当たり前か。
「……んっ!」
後ろからただならぬ気配を感じたので、振り返ると八本の投げナイフがわたしの目前に迫っていた。刃に毒が塗られている可能性も十分にあったので、受け止めるなどということはせずに避けることを選んだ。
投げナイフが飛んできた方を見ると、そこには一人の男の姿があった。わたしはその顔に見覚えがある。何となく予測はしていたが前世の時と姿がまるで変わっておらず、少しばかり動揺してしまう。
「悪魔ルシフェル……」
陽菜の呟くような声が聴こえてきた。あの悪魔はわたしの配下であったものの、忠誠心なんてものは欠片もなかった。そもそも悪魔自体、わたしは信頼してないから配下に置くことすら拒もうとしたが、いつの間にか勝手に魔王城に住み込んでいた。
だが実力こそ本物で、強さはわたしに匹敵しなくもないぐらい強い。わたしが死んだあとで魔界を通じてこの世界にやってきたのだろう。
「お久しぶりですね。魔王様……?」
「あいにくだけど、もう辞めた。勇者にだって負けたし。だいたい何しに来た?」
ルシフェルはわたしの質問を聴いた瞬間に笑い始めた。
「魔王様……いや、今は夜ちゃんだったかな? ずいぶん可愛らしくなっちゃったねぇー? ちょっとお兄ちゃんのために死んでくれない?」
その意地汚い声を出しながら腑抜けたことを言い出したルシフェルは正直キモかった。
「断る」
わたしが指をパチンと鳴らすと、夕飯の食材が入ったエコバックを肩に持った凪とメルトリリスをリードで繋いでいるヴァルター・鈴木がわたしの前に駆けつけてきた。
明らかに買い出しと犬の散歩中の二人だが、偶然近くに居てくれたのでルシフェルの姿が見えたときに呼び寄せておいたのだ。
「二人とも、例のアレを使って」
「「御意」」
凪とヴァルター・鈴木がポケットから取り出したのはどうみてもその辺に落ちていそうな石ころ。
「魔王の配下ともあろうヤツらが石ころだと? 笑わせてくれるな!」
二人はルシフェルの挑発を無視して同時に石ころを投げる。ルシフェルはそんなことが何らかの布石であると確信し、石ころを無視して凪とヴァルター・鈴木から目を離さなかった。
一方、その投げられた石ころはルシフェルの翼に命中して地面にボトリと落ちた。
「…………」
「…………」
「…………は?」
石ころが布石だと思っていたのに、何も起きなかった。それどころか突然陽菜だけを抱えて逃げ出した二人を見てルシフェルは呆けた声を出した。
その路上に残されたのはわたしとルシフェルのただ二人。マジで何もない。
「フハハハハハハ! 笑わせてくれるな! アホすぎて笑いが止まらんぞ!」
「…………」
わたしは怯えるようにゆっくりと後に下がりながら、距離を取る。その距離を詰めるようにルシフェルは歩み寄ってくる。
「夜ちゃ~ん? 怖くないよ~。お兄ちゃんが優しく殺してあげるからね~?」
わたしは右手を左胸に当て、心拍数が上昇していることを確認する。その場でペタリと座り込んでルシフェルがこちらへと近付いてくるのをジッと見る。
「良い子だね。このまま殺してあげるよ」
ルシフェルが包丁を片手に持って、振り下ろそうとする。
だが、わたしからは思わず笑みが溢れた。
「この時を待ってた―――――」
ランドセルの左側に着いている黄色いモノに手を掛けてソレを引き抜いた。
「……なんのつもりだ?」
周囲に鳴り響く甲高い警戒音。コレの意味なんて、異世界から来た悪魔は知る余地もなかった。
突然の警戒音が鳴り響き、近所に住んでいる人たちが「なんだなんだ?」と騒ぎ立てながら家から出てくる。
そして刃物を持つ謎のコスプレをした怪しげな男に襲われそうな少女を見て、その弱い少女を守るために大人たちは立ち上がった。
「お、お前ら何なんだよ!」
「もう大丈夫だからね。怖かったでしょ」
「うん……」
わたしはこの近所に住んでいるオバサンに手を掴まれてルシフェルから離れた。それと同時にいつまでも鳴り止まない甲高い警戒音が近くで自転車に乗って見回りをしていた人物を引き寄せた。
「貴様! 何をしている!」
「なんで警察が……!」
現状を理解していないルシフェルは突然の警察に驚き、その翼で空を飛んで逃げようとした。
「クソッ、どうなってやがる……!」
何故かルシフェルは空に飛ぶことが出来なかった。それどころか、魔法の酷使一つ出来なかったのだ。
その答えは凪とヴァルター・鈴木が投げたあの石ころだ。セシリア特製のアレは魔力を根刮ぎ奪い取る効果がある。地球には魔力が微量にしか存在していないため、自らの体内で魔力を作ることができない悪魔にとって、この環境は最悪と言っても過言ではない。
ルシフェルは魔力を失い、人智を越える力を無くした。
――――すなわち、逃げ道などもうどこにも存在しない。
ルシフェルは警察官に取り抑えられ、刃物を所持していたことから現行犯逮捕へと繋がった。
「チックショォォォオオオオッ!!」
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