避難訓練の日


 強大な敵尿意との戦いに無事、勝利を収めたわたしたちは二時間目と三時間に控える体育のために、クラスメイトの女子たちと一緒に着替えをしていた。


「いやー、一時間目からひやひやしたねー」

「誰のせいだと思ってるの……」

「それはごめん。でも一人だけスッキリした状態で授業を受けるなんて不公平じゃん?」

「授業を抜け出して一人だけスッキリしてたヤツが何を言うか」


 いや、音読の授業だったからね。抜け出す機会ならいくらでもあった訳だし、消えたわたしに気付かないクラスメイトたちが悪い。何なら《テレパシー》で話してたのに全く気付かなかった陽菜と未来ちゃんが一番悪いと思う。

 だからわたしは無罪であると……お……も……う……?


「ひ、ひな……? それはなに……?」

「急にどうしたの?」


 わたしは小刻みに震えながら陽菜の胸元にピッタリと着いている白色の布切れが何なのかを問いただした。未来ちゃんも元お爺さんだというのに、わたしと同様に震えていることから察するにこれは女の子としての本能なのだろうか。陽菜が大人への道を先に歩んでいることが少しばかり羨ましく感じた。


「ふふんっ、羨ましいでしょ? まあ、お子さまな夜と未来ちゃんにはまだまだ不必要なものなんだけどね」

「あっ、陽菜ちゃんもブラだ」

「ホントだ!」


 先行してブラを着けていたクラスメイトたちが陽菜に群がり始める。それに釣られてまだブラをしていないクラスメイトたちも陽菜が気になって遠巻きから様子を窺っている。

 まだブラを着けているヒトが少数派のこのクラスでは、ブラを着けているヒトはブラを着けていない女の子にとって憧れの存在なのだ。


「凪にお願いしてみよっかな……」

「辞めときなよ。クラスで一番おチビちゃんな夜には百年早いってものだよ」

「…………」


 百年経ったら人間だともう死んでる可能性が高いんだがな。というか男子諸君、いくら教室がカーテンで仕切られているからと言っても聞き耳を立てるのは良くないぞー。こっちは全部わかってるんだからな。

 よしっ、着替え完了! 陽菜の腹を軽く殴って体育館に行きますか!


「ふんっ!」

「あまい!」

「イッタァァイ!!」


 陽菜を殴ろうとしたらギリギリで避けられて、後ろにあった黒板に思いっきり手をぶつけた。

 魔力で身体強化をしてなかったせいで余計に痛い。でももし身体強化をしていたら黒板が壊れるところだったから、結果的には最悪の事態を免れた。でも――――


「どうして避けるの!?」

「当たったら痛いじゃん!」

「痛みが快感に変わるヤツが良く言うね!」

「そんな変態はお兄ちゃんだけだからッ!」


 それはごめんなさい。誠に申し訳ありませんでした。わたしが加減を知らないあまりに勇者をMに目覚めさせてしまって、猛烈に反省しております。


「わかればよろしい」


 それから体育の授業が始まり、軽くストレッチをした後にマット運動の練習となった。

 お茶を飲みながらバク転することすら余裕でできる程、身体の操作性が常人をかけ離れているわたしたちにとってはそこまで難しいものではなかった。だが他のクラスメイトたちは一部難航しているようだった。

 二時間目と三時間目の間には三十分の休み時間が入るため、三時間目にも体育があるわたしたちは着替えずに体育館でドッチボールで遊ぶことになった。

 戦力は平等になるように陽菜&未来ちゃんチームVSわたしand moreの対決となる。


「いや、おかしくない!?」

「だって陽菜ちゃん強すぎるじゃん」


 クラスメイトの一人が言うと、他の全員で「うんうん」と頷きながら肯定した。わたしはドッチボールにはそこまで本気になれないので、かなり手を抜いている。だが陽菜は子供相手だろうと無我夢中にボールを振るい、一人でクラスメイトたちを壊滅に追い込もうとしてくるのだ。そんなヤツは一人でも十分だと、全員が納得している。


「一人が寂しいと思ったから戦力となるお友達も一緒にしてあげたんだけど?」

「いや、戦力っていうか、むしろマイナスなんだけど!?」


 未来ちゃん、体力ない上に誰かを壁にしようとしてくるから……うん。十分な負荷を与えたね。これで戦力はイコールになった!


「もういいよ。どうせ雑魚を何人束ねようが私には届かないんだし」


 そのセリフ完全に魔王が言うヤツじゃん。わたしですらまだ言ったことないのに……羨ましいッ!

 それからドッチボールで陽菜が無双して、わたしも適当なところで当たって終わりにしておくと一瞬で勝敗が決まった。ちなみに未来ちゃんは敢えて当てないようにしてた。

 フィールドに残ってた方が足手まといになってくれると誰もが予測していたからだ。

 まあ、予測通り未来ちゃんは見事に陽菜の足を引っ張ってくれたね。負けたけど。


 そして休み時間も終わって三時間目と四時間目の授業をこなして昼食を挟み、五時間目が終わりに近付いていた。


「あっ、避難訓練だ」


 クラスメイトの誰かがそう言うと例の「訓練! 訓練!」という固定アナウンスが流れてきた。クラス中が少しずつ騒ぎ出すも、美人教師の指導が入り速やかに全員が机の下に隠れる。

 しばらく経つと、放送で校庭まで避難するように指示が出た。


「みんな、落ち着いて防災頭巾を被って、廊下に並んで。防災訓練の『おかし』を忘れないようにね」


 押さない駆けない喋らないとか言ってるけど、実際に火事とかが起きたら混乱の最中、みんな走って逃げると思うんだけどな。落ち着いて歩いて行ける程のんびりなヤツはこの世界に居ないだろ。

 あっちの世界だとエルフ族がかなりのんびり屋さんだ。火事でも「わぁ~燃えてる~すごーい」ぐらいの認識で、逃げようとすらしなかったからな。アイツらの脳みそが一番の強者だったよ。

 廊下で二列に並ぶと校庭を目指して最短距離で移動を始めた。校庭が見えてくると、校長が貧乏揺すりをしながら待っていた。


「今回も話が長そうじゃな……」

「うん……」


 わたしの横を歩いている未来ちゃんが呟いてきたから、わたしも頷いて答えた。

 そして全校生徒が校庭に集い、列になって座らされた。今日は消防署のヒトがやってきて消火器訓練をやるとのこと。

 まあわたしはやらないから関係ないけど。


「えー、皆さんが集合するまでに十分と三十八秒掛かりました。これだけの時間があったら火はどうなるのか。これが訓練でなかったら死んでいる! 弛んでいる! 特に五、六年生! いつまでもぐちゃぐちゃと喋りおって! 一年生の方が立派ではないかッ!」


 あー、うるさいうるさい。わたし四年生だから関係ないし、そんなことはあとで言ってくれます?

 だいたい十分と三十八秒って、いちいち細かいんだよ。なんでそんなこと測定してるんだ。


「ここにいる先生たちはな! 君たちのことを思って……」


 ん? どうしたんだ? 校長を含めて前に経っている教師たちが同じ一点を見ているような……

 わたしは教師たちが見詰めている方を振り返って見てみるとそこには十匹の黒い狼のような魔物――シャドウウルフの姿があった。


「んんっ!?」



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