転生女子小学生たちの天敵



 ゴールデンウィークも終わり、今日からは学校だ。

 だがその前に、ヴァルター・鈴木から凪の記憶についての調査結果が出た。普通に戻ってるらしい。顔を合わせてみると、凪が跪いてきた。

 凪には勇者との関係やその他諸々のお話を済ませて、なるべく今まで通りにするよう頼んだ。これであと記憶が戻らないのは乃愛だけだ!


「メルトリリス、行ってくるね」


 わたしは庭でゴロゴロしているを撫でて、門の外で待っている陽菜の元へと向かう。


「おはよう陽菜」

「夜遅い!」

「そんなに遅くないよ」


 何ならいつもよりちょっと早いよ。

 いつもは陽菜が家に入ってきてから朝食を食べ始めてるんだからね。

 わたしと陽菜は相変わらず他愛もない話をしながら学校へと登校した。


「今日は避難訓練があるから、放送が鳴ったら机の下に隠れるように。それと今日の体育は体育館集合ね。……それじゃあ今日のホームルームはここまで! みんな授業の準備始めて!」


 美人教師がそう言うと、ホームルームが終了して各々が一時間目の国語で使う教科書とノートを取り出し始めた。

 避難訓練か……六時間目の授業が無くなるから悪くはないんだけど、校長先生の話が長いからとにかく疲れる。どうしてあんなにちんたらとお話することができるのだろうか?

 「皆さん今日の避難訓練お疲れ様。今回は四年生と三年生が早かったですね。他の学年も負けないように次回も頑張りましょう。以上!」で良いじゃん! それなのに他の学年が遅いだの弛んでるだの、ふざけたこと抜かしやがって!

 わたしなんて完全拘束された状態でも一秒あれば安全圏に移動できるんだぞ。てめぇが職員室で呑気にお茶飲みながら「訓練! 訓練! 地震です!」とか鳴らしてる間にわたしは外で待ってることすらできるんだよ。少しは身の程をわきまえろ。


「夜、トイレ行こー」

「うんわかったー」

「ワシも行くとするかの」


 陽菜に誘われてトイレに行こうとすると、珍しく未来ちゃんがついてきた。

 陽菜もわたしも一日の流れが決まってしまっていて、この時間と昼休みと帰宅前には必ずトイレに行くのだ。

 帰宅前にトイレへ行くようになったのは小学二年生のときのこと――――


「夜? 今、なにを考えてるのかな?」

「…………」


 陽菜の笑顔がこわい……。そんなに怒るようなことでもなくない? だって小学二年生だよ? 事故っても仕方ないじゃん。


「アレは黒歴史だからダメなの!」

「あの日はスカートで良かったね」

「……やっぱり夜も同じ目に遭うべきだよ」


 陽菜が妙に低いトーンで声を放つと、身体が動かなくなった。

 拘束系の魔法か……。しかもこれ解除するのに時間掛かるヤツじゃん。


「このままだとわたしが教室の扉前で立ち止まってる変人になっちゃうからやめてくれない?」

「他の子に迷惑になるから別のモノにするべきじゃな。……ところで黒歴史とはなんじゃ?」


 未来ちゃんが陽菜に黒歴史とは何か訊いた。すると陽菜は黙ってわたしと未来ちゃんが教室から出られなくなる結界を展開して、一人でトイレに向かって行った。


「で、黒歴史とはなんじゃ?」

「やめろ。死にたくなければ訊くな……」


 わたしと未来ちゃんの実力を持ってしてもこの結界魔法は解除に少しばかり時間が掛かる。授業開始までには間に合わないだろう。わたしたちは諦めて席に戻って軽く話ながら国語の準備を始めた。

 それから少し経つと陽菜が戻ってきて、授業が始まった。


「今日から新しい文章になるから、一人ずつ読んでいきましょう。じゃあ角のヒトたちでじゃんけんして、勝ったヒトから始めましょう」


 陽菜は壁側の席先頭だ。よって、じゃんけんをするためだけに立ち上がる。

 ちなみにわたしは陽菜の真後ろに居て、その右横には未来ちゃんが座っている。


「夜、今回こそ私が勝ってみせるよ!」

「いや、無理だよ。というか音読回数が増えるからにして」


 陽菜はじゃんけんで勝ったことがない。こんなことあるのかと思うぐらいにまで勝てないのだ。だから、今回の音読は一番最後の方になるのことが予測できる。


「じゃんけーん、ぽんっ!」


 ほら負けた。他の子はみんなパーなのに、一人負けじゃん。さすがと言ったところだ。

 ……さて、この文量だと読むのは二回ぐらいだな。三回はないだろう。



 それから音読が始まり、しばらく経った頃に異変は起きた――――



「…………」


 ヤバい、めっちゃトイレ行きたい。

 非常に困った。もうすぐわたしの番が回って来てしまう。しかも今回に限って長文だ。どうしてこういうときに限ってこんなに長いんだ。普段の一行から二行程度の文はどこに行った? この量、四行はあるぞ。

 さすがにこのタイミングでは授業を抜け出せない。せめて陽菜が読み終わって全員の注意が窓側に向いたときだ。


「じゃあ次は夜ちゃん」

「は、はい……」


 今漏らしたら学生生活が終わる。陽菜の路上お漏らしとは比べ物にならないぞ。今漏らせばわたしはずっと虐められること間違えなしだ。女性の身体というのは膀胱が小さい。漏らさないように気を付けながら、わたしはゆっくりと立ち上がる。


「ちーちゃんはお母さんの影を……」


 わたしは気を付けながらも何とか読み終えて、次の文を陽菜にパスした。その際に偶然未来ちゃんと目が合った。

 どうやら未来ちゃんも我慢していたようで股を抑えながら蹲っていた。


『夜たん、ワシはおしっこに行きたいぞい』

『黙れ。わたしだって我慢してるんだよ。陽菜のせいでトイレに行けなかったことがまさかここまで響くなんて思ってもなかったんだよ』


 未来ちゃんが《テレパシー》で話しかけてきたので、わたしも《テレパシー》を使用して未来ちゃんに話す。


『お主魔王じゃろ。何か方法はないのか』

『無くはないけど、最悪全員道連れだよ。教室中がアンモニアと糞の臭いで包まれても良いというならやるけど!』


 さすがに私情で他の子に迷惑をかける訳にはいかない。陽菜ぐらいなら問題はないが、時間魔法を使ってクラスメイト全員が脱糞するのは衛星と精神的によろしくない。

 間違えなく教室が封鎖エリアになる。


『……とりあえず陽菜は道連れにしよう』

『そうじゃな』


 わたしは音読している陽菜の下腹部に時間魔法を使って干渉する。ここまで不潔なことに魔法を使うのは始めてだ。

 ちなみにこの時間魔法は一方通行のため、時間を戻すことはできない。できたら自分に使って身体の状態を一時間前に戻してる。


「――――っ!」


 陽菜も異変に気づいたのか、太ももを擦り合わせ始めた。そしてそのまま音読を終えると、わたしのことを睨みながら席に着いた。


『アンタたちふざけないでよ! 私までおしっこに行きたくなっちゃったじゃない!』

『陽菜がトイレに行かせなかったからワシらが苦しんでるんじゃ。苦しみは分かち合うべきだと思わないかね?』

『思わないっ! 二人ともそこでお漏らしさせてあげようかッ!?』


 ヒェッ!? そ、それだけはご勘弁を!

 授業はあと二十分。それまで堪えるのはこの身体ではさすがに無理がある。

 どのみちこの窮地を脱する方法が必要だ。


 …………よしっ。


『じゃがそうなれば陽菜。お主もただでは済まないぞ?』


 うぃー……ギリギリセーフ……。危なかったなぁ……。久しぶりに生命の危機を感じたよ。


『でも先に未来ちゃんみたいなボケたおじいちゃんが放尿しちゃうもんね!』

『誰がボケたおじいちゃんじゃ! ワシはボケておらんぞ!』


 あっ、トイレットペーパーが少ない。

 まああとで用務員さんが新しいの用意してくれるでしょ。

 さて、バレないうちに戻ろう。《転移》!


『夜! さっきから黙ってないで……なんでそんなに平然としてるの? もしかして漏らした?』

『いや、漏らしてないよ』


 一人でこっそりトイレに行ってたことは黙っておこう……。あっ、時間魔法使われると厄介だから多重結界でガードしておこう。

 それからわたしがこっそりトイレに行ったことが二人にバレると、二人はここぞとばかりに授業を抜け出そうとしたのだが、二人が同時に居なくなるとバレる可能性があることから醜い争いが始まったのだった。


 いやぁ、尿意がここまで強敵だったとは知らなかった……。これからは気をつけよう。




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