勇者、ただいまごうもんちゅう!



 日が暮れて時間も夜遅くなった頃。

 わたしはいつもより早く乃愛に寝かしつけられようとしていた。


「明日はお家に帰るから、早めに寝ようね」


 普段なら二十二時ちょっと前に寝る筈なのに今はまだ二十時ぐらい。いくら家に帰るからと言っても少しばかり早すぎるような気がする。一応陽菜に伝えておこう。


 陽菜に《テレパシー》で乃愛のことを伝えると、わたしは寝たフリをして乃愛が部屋から出ていくのを待った。

 これほど怪しい行動をしているのだ。確実に部屋から出ていくに違いない。


「もう寝たかな?」


 乃愛は軽くわたしの肩を揺する。わたしは寝たふりをしているので、その程度じゃ起きる仕草を見せない。


「おやすみ、夜」


 乃愛はわたしの頭を二、三回撫でると部屋を出ていった。

 わたしは《魔力探知》で近くに乃愛たちが居ないことを確認して、ベッドから起き上がる。そのままドアノブに手をかけて扉を少しずつ開けてキョロキョロと見回す。

 居ないことはわかっていても、なんか気になってしまうのだ。


「夜、こっち」


 右を向くと陽菜がわたしを呼んでいたのでわたしは陽菜と合流して階段を降りた乃愛をバレないように追いかける。

 勘の良い凪と合流されたら間違えなく見つかるので《隠蔽》と《潜伏》の両方で気配と姿の両方を遮断する。


「夜、この先って……」

「リビング?」


 乃愛がリビングに入るのを確認すると、わたしと陽菜はリビングの前まで移動して少しだけ開いている扉の隙間からリビングを覗く。

 すると、普段は絶対に乃愛が行かない台所に乃愛と凪の姿があった。


「これは……」


 何かあると察したわたしと陽菜はこっそりと中に侵入。そのまま台所へと地面を這って移動した。


「あれ?」


 乃愛と凪の姿がない。

 先ほどまで間違えなく台所に居た筈なのになんで?


「夜、隠し通路かも」


 わたしと陽菜は隠し通路を探すべく、台所を探し始めた。モノは動かすと凪にバレるから、目視だけで判断する。

 どこだ? どこにある?

 ……そうだ! 《魔力探知》で乃愛と凪の場所を探ろう。そうすればおおよその隠し場所がわかるはずだ。


「えっ……?」


 予想外の位置に乃愛と凪の反応をキャッチし、わたしは恐る恐る後ろを向いた。


「お嬢様、お許しください」

「ギャフッ!?」


 首に強い衝撃を加えられ、わたしはその場に倒れた。

 あぶないあぶない……気付くのが遅れてたら気絶する所だった。でもここは気絶したフリをするのが一番得策だろう。

 ……というか陽菜はどこ行った? 姿が見えないんだけど。


「いつの間に起きてきたのかな? 凪が動くまで気付かなかったんだけど……」

「乃愛様、ひとまずこれでお嬢様が目を覚ますことはないでしょう」

「夜には悪いけど、ソファーで寝てて貰おうか」


 わたしは凪に運ばれてソファーの上で寝かされる。上から毛布をかけられ、完全におやすみモードだ。

 で、陽菜はどこ行った?

 わたしの《魔力探知》ですら引っ掛からないんだけど、いつの間に腕を上げたの?


「さあ行こう。私の可愛い夜を汚したクズに断頭の時だ」

「お嬢様のため、この凪。行って参ります」


 いや、行かなくて良いから。勇者を殺すのはやめろ。こっちの戦力が減る。

 凪が戸棚の上にあったお皿を一枚、時計回りに回すと台所の壁が回転して隠し通路が出てきた。


 そんなシステムわかるわけねぇだろ。皿を回したら扉が開くとか知らねーよ。


 わたしが《隠蔽》と《潜伏》を使ってもなお、凪に見つかったことを考慮するにわたしは追いかけてもすぐに見つかってしまうだろう。ここは陽菜に全部任せることにしよう。


「寝よっ」


 わたしは残りを陽菜に丸投げしてそのまま眠りに就いた。





 翌朝、わたしが目を覚ますと縄で全身を縛られた勇者が全裸で庭に放置されていた。


「なにしてんの」


 庭に生えている草が勇者の穢らわしい部分に密着しており、二度とそこには行きたくないと思えるほど気持ち悪かった。

 でも山奥で全裸になるというのは解放感もあってなかなか悪いものではないのではないかと若干気になってたりする。


「陽菜、ちょっと全裸でその辺走ってきて感想を聞かせてよ」

「やだよ。露出狂じゃないし」

「勇者が露出狂なら陽菜も露出狂でしょ?」

「いや、アレは好んでやってる訳じゃないから」


 ん? でも好んでなくてもやってるよね?

 つまり、やれと言われたらやるって感じのアレだよね?


「私をそこまで変態に仕立て上げたいか」

「うん……あっ、昨日結局どうなったの? わたし気絶させられちゃったから覚えてないんだけど」

「ウソをつくな。私はアンタがソファーの上で快適に眠る所をしっかり見てたんだよ」


 ちぃっ、バレてたか。

 そんなやりとりを軽く済ませると、わたしは陽菜から昨夜何があったのかを聞いた。


 わたしが眠りに就いた後、乃愛と凪が隠し通路を通って勇者の元まで会いに行ったらしい。二人を追いかけた陽菜は何故か凪に見つかり、腹を蹴られそうになってヒヤヒヤしたみたいだ。


「凪に見つかるとか、陽菜って雑魚なんじゃないの?」

「一撃丸々受けた夜には言われたくないよ。私の場合は避けたんだから」

「…………」


 腹を蹴られそうになった陽菜は、ギリギリで……本当にで後少しズレていたら窒死するレベルのに避けることができたらしいです!

 その真偽は不明ですが!


「どんだけ認めたくないの……」


 それはともかくとして、陽菜は勇者を殺そうとノコギリを手に持った二人を止めるべく交渉に走ったらしい。「夜が知らないうちに殺したら、夜が反撃できないでしょ」と。

 脳ミソが中途半端に壊れてる二人は意図もあっさりと納得してそのまま放置しようとした。

 だが、そこでヤツは現れた。


 シスコンを極めしド変態……皇太郎だ。


 皇太郎は「その程度じゃ甘い! 俺の可愛い夜に手を出した罪、万死に値する! とりあえず今夜は全裸で庭に放置だ!」と強く言い放った。

 乃愛自身も勇者が許せなかったようで、手に持っていたノコギリで勇者の服をひん剥き全裸にした。

 その後、勇者は外に運び込まれて一晩が経ち、わたしが目を覚ましてあの光景を目撃したということらしい。


「うん、おおよそは理解したよ」


 つまりわたしはこのあと、正義の名の元に勇者をボコボコにするってことだろ?

 魔王が正義っていうのもどうかと思うが。


「お嬢様。私はこれから帰りの身支度を致しますので、それまでの間お嬢様を苦しめたあの者にこちらの武器で好きなだけ攻撃してください」


 凪から木製バットを渡された。

 乃愛たちもさっき、片付けしてくるとか言ってたから誰も居ないということか。誰の目もないから気にしないで思う存分これで撲れという意味なのだろう。


「それでは私はこれで。ご準備が整い次第、ベルを鳴らしてお迎えに参ります」


 つまり来るときは音を鳴らしてやるからその隙に逃げろと……どこまでもわざとらしい演技だな。


「うん、わかった。ありがとう」


 凪は部屋の扉を閉めて外へ出ていった。


「……さて、撲るか」

「なんで!?」

「わたしだってやりたくないよ。でも傷痕とかないと凪がまたやらかしそうだし……」

「百里あるね。仕方ない、撲りに行こう」


 お前それでもアイツの妹か。そう思ったけど、わたしもそれしか方法が思い付かないから撲りに行くことにした。

 わたしと陽菜はベランダから外に出て木製バットを片手に勇者がいる場所へと近付く。


「ごめん勇者。色々と迷惑かけて……今からもっと迷惑かけるけど」


 わたしがバットを振り上げると勇者は目を見開いた。


「わかった。わかったから、とりあえずそのバットは降ろそうか。それは夜ちゃんみたいな可愛い女の子が扱って良い代物じゃないから……な? 陽菜も何とかしてくれない?」

「ごめん。色々考えた結果、これが最善策なんだ……」

「これが最善策ってどういうことだよ!?」


 陽菜は仕方なく勇者に事情を説明した。

 すると勇者は深くため息を吐いた。


「いや、化粧にしろよ」

「「あっ」」


 なるほど! その手があったか!

 魔法で作った化粧はこの国にある化粧の精度よりも大きく進歩しており「もはやこれ整形じゃね?」とか言われるほどにまで素晴らしい技術となっているのだ。

 加えて魔法で作られた化粧は余程強い威力の水をかけないと落ちないようになっているのだ。

 つまり、痣や傷の化粧を施せば、勇者は無傷で済むということだ。


「お前ら仮にも女の子だろ……これぐらい気付けよ。バカかよ」


 カチン。

 ほーう……この禁獄の魔王に向かってバカと言うか。なるほど、この勇者はずいぶんと死にたいらしい。


「陽菜、化粧魔法を用意してくれてる所悪いけど、その必要はないからいいよ」

「……そっか! お兄ちゃん、私忘れ物ないか確認してくる! 夜、またあとでね!」

「陽菜! ちょまっ――――!」


 陽菜はそそくさと逃げて行き、家の中へと戻って行った。

 勇者は顔を青染めながら、わたしの様子を窺う。


「あ、あの……夜様? 先ほどのことは謝罪致しますので、どうかご勘弁を戴けないでしょうか?」

「あっ、いいよいいよ。……死んで詫びてもらうから」


 容姿からは考えられないぐらい低いトーンで話すと、わたしは勇者に木製バットを振り下ろした。


「ア"ーーーーーーッ!!!」



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