勇者救出作戦 ~わたしのやることは乃愛の足止めだけどね!~
勇者を救出する作戦を考えていると、そろそろ心配になってきた乃愛が扉を少しだけ開けてこちらの様子を伺い始めた。
わたしたちは時間切れということで、とりあえず「陽菜は何もなかった」という事実を伝えて陽菜だけでも行動しやすくすることで決定した。
わたしに関しては乃愛が真面目に話を聞いてくれないし、そもそも勇者が逆さ釣りにしている所を見られているので誤魔化しが利かないと判断したのだ。
「そっか。ごめんね、勘違いしちゃって……でも怖かったよね? 夜みたいにされるのが怖くて仕方なかったよね……」
わたし、完全に汚された扱いされてる。
「うん……」
陽菜が俯きながら小さな声で返事した。
何が「うん……」だよ。お前まったく怖くなかっただろ。どちらかというと、勇者をボコボコにした乃愛の方が怖かっただろ。
「私、ずっと夜を慰めてたの。私何もできなかったから……」
「陽菜ちゃん、ありがとう。夜も一人じゃ寂しいだろうから、一緒に居てくれると助かるよ」
「うん!」
この子供っぽい態度をしている女児はいったい誰なのだろうか。こんなのわたしが知っている陽菜ではない。すぐバレると思うんだけど、乃愛って妙なところで抜けてるからあっさり騙されちゃうんだよなぁ……。
さっきから陽菜が《テレパシー》で指示通りにやれってうるさいから、乗っておかないとな。やれやれ……。
「お姉ちゃん抱っこぉ……」
「夜、寂しかったよね。今日はずっとお姉ちゃんと一緒に居ようね」
「うん……お姉ちゃんと一緒がいい」
乃愛に抱っこされたわたしは乃愛の背中に腕を回して抱きつく。それと同時に乃愛の視界から離れた陽菜に脱出の指示を出す。
陽菜の使命はこのまま勇者に接触して状況確認と、勇者が《テレパシー》で会話できるようにすることだ。
勇者の位置は生命反応からおおよその位置が特定できているのだが、その場所がまったく知らない隠し部屋だったのだ。陽菜には今のうちに隠し部屋を探してもらう。
乃愛はここで足止めしておくから、妨害札は凪と皇太郎だけだ。美人教師は未来ちゃんが身体を張って動けないようにしているから大丈夫だ。
そんなわけで、頼んだぞ陽菜。ここはわたしが引き受ける! 愛する兄の元へ急ぐがいい!
「夜、お姉ちゃんと遊ぼうか」
「なにして遊ぶの……?」
「バトミントン?」
またかよ。乃愛とやるバトミントンは楽しいから別にいいけど。
そんなわけでわたしは乃愛に着替えさせてられてバトミントンのコートがある外へとやって来た。
「今日はちょっと風が強いね。シャトルが飛ばされないように気をつけてやろっか」
乃愛の口数がいつもより多いような気がする。わたしが傷ついてるって勝手に思い込んでるから、気を使ってくれてるのか?
「じゃあ行くよ。それッ!」
乃愛がシャトルを飛ばす。わたしはなるべくいつもより元気がないフリをするために、いつもより弱めにシャトルを返す。
いつもより威力が低いことに気づいた乃愛は前へと踏み出してシャトルを高く打ち上げる。わたしを上に向かせるためなのだろう。
人間の身体というのは実に都合の良いものでどれだけ不安だろうが、どれだけ辛いことがあっても、上を向けば気持ちが楽になるのだ。
だが――――――
「ああっ!? シャトルが!?」
風が強いと言っていたのは自分なのに、高く飛ばせば当然シャトルは風に流されて遠くに落ちる。
幸いなことにシャトルは二階のベランダに落下し、紛失することはなかった。
普段ならシャトルを高く飛ばそうなんて考えもしないだろう。案外わたしよりも乃愛の精神の方が危険なのかもしれない。
「もういい」
「そう……じゃあお風呂入ろっか!」
乃愛は一瞬、暗い表情をしていたが、わたしに心配をさせないようにと明るく振る舞ってわたしをお風呂へと連れて行った。
なんか、罪悪感が出てきた……。
でもマトモに話せないし、どうして勇者に逆さ釣りにされていたのかと訊かれたら「勇お兄ちゃんがわたしを転ばせて足を掴んできた」と答えることになる。どのみち勇者がわたしに手を出したという事実に変わりないことから、何かが変わるということはあり得ない。
しかも、陽菜が「怖かった」という証言をしていることから乃愛が余計な妄想をすることぐらい簡単に想像できる。このまま放置しておいた方が反って良いかもしれない。
それに、このまま放置しておいた方が陽菜は動きやすいだろう。
「お姉ちゃん……」
「ちょっと夜っ!?」
乃愛の膝上で大人しく洗われていると、わたしは後ろを向いて泡まみれのまま乃愛に抱きついた。乃愛は頬で肩辺りをすりすりして甘えているわたしに顔を紅く染めていた。
「ほら、洗ってるんだから前向いて!」
「はーい……」
乃愛に身体を洗ってもらうと、乃愛が身体を洗い終えるまでお湯に浸かって待つ。
しかしこうして見てみると、乃愛ってなかなかナイスバディだよな。モデルさんみたいだ……わたしが元男でも羨ましいと思ってしまうぐらいにまで綺麗だ。乃愛はかなり可愛いし、テレビに出ていても不思議じゃない。
「そんなに見られるとお姉ちゃん、恥ずかしいんだけど……」
「ごめん……」
さすがに気づかれたか。でも、鏡に映った恥ずかしがる乃愛の姿はかなり可愛かった。
こんなに可愛いわたしのお姉ちゃんを皇太郎が狙っている。そんなことは許されない。わたしは何としてでも皇太郎から乃愛を守るんだ!
「夜、おいで」
お湯に浸かり始めた乃愛がわたしを呼んだので、わたしは乃愛に近付く。
すると乃愛は、わたしを抱っこして足を伸ばした。ここのお風呂は家ほどの広さはないものの、五人ぐらいまでなら余裕で入ることができる。
わたしと乃愛は一緒に居なくても足を伸ばすことぐらい可能なのだ。だが、座高が水深より少し高い程度しかないわたしは、お尻をつけようとすると鼻まで浸かってしまうため呼吸が出来なくなるのだ。
よって、わたしが足を伸ばすには乃愛にこうして抱っこしてもらう必要がある。
「わたしもお姉ちゃんみたいになりたい」
わたしは周囲よりも身長が低く、発育も悪い。最近はクラスメイトの一部がスポブラをし始めた影響もあってか自分の発育の悪さに疑問に思うことが多い。
別におっぱいが大きくなりたいというわけではないが、おっぱいというのは女性としての階級を示唆しているものらしいから少しぐらいは欲しいと思う。
このままでは近い将来、陽菜と未来ちゃんにバカにされてしまう。アイツらの煽り具合には遠慮がないからウザすぎるのだ。
「まだ慌てなくても大丈夫だよ。二年後ぐらいには夜も大きくなれるからね」
「うん……」
「それともお姉ちゃんがマッサージでもしてあげようか?」
乃愛はそう言ってわたしのお腹を擽ってきた。無理やりにでも笑わせてみたいらしい。
「んっ……んんっ!?」
擽るところがピンポイント過ぎて口を手で抑えてないと笑い声が出そうだ。大きな声で笑うと凪が「はしたない」とか言って怒るのでなるべく笑いを堪える。
しばらく堪えていると、乃愛も疲れたのか指の動きを止めた。
「ハァ……ハァ……おねえちゃんひどい」
「夜が思った異常に色っぽくて驚いたお姉ちゃんだった」
「え?」
「あっ、ううん。なんでもないよ」
今何か言ってたような気がするんだけど、まったく聞こえなかった。何を言ってたんだろう……?
「乃愛様、昼食の準備ができましたが、どうなされますか?」
「部屋に運んでおいて」
「かしこまりました」
凪が外から話しかけてくると、それに乃愛が答えた。
わたしと乃愛は昼食を食べるためにお風呂から上がったのだった。
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