勇者と魔王、本当に強いのは――!



 わたしと勇者の前に五匹のシャドウウルフが立ち塞がる。

 シャドウウルフたちは階段を占有していることから戦闘を避けることはできない。勇者も戦うために、抱えていたわたしを地面に降ろしてポケットからコンパクトナイフを取り出した。


「なんでこんなところに!」

「考えるのは倒してから!」

「あ、ああ! わかった!」


 五匹のシャドウウルフが同時にこちらへと向かって走ってくる。

 わたしは魔力を込めた手裏剣で攻撃を仕掛ける。投げた手裏剣は二枚、それと対になるように二体のシャドウウルフが姿を消した。

 だが、残りのシャドウウルフたちはわたしと勇者の元までたどり着いてしまった。


「…………えっ? きゃあッ!?」

「夜ちゃん!」


 三匹のシャドウウルフはわたしの隣にいた勇者をお構い無しに、わたしのことを狙って押し倒してきた。

 外傷はないが、シャドウウルフの体重が掛けられてわたしは思うように動けなくなってしまった。


「ぐっ! そこを……どけっ!」


 シャドウウルフの前足がわたしの両手を押さえつけており、わたしがどれだけ腕に力を入れても腕が地面に張り付いて動かない。

 魔力や記憶という点を除けば、わたしはただの何もできない少女と同じレベルなのだろう。


 あぁ、これ死んだかも……――――



 そう思った矢先に、わたしを押さえつけていたシャドウウルフの頸が飛んだ。

 頸を斬られたシャドウウルフは、そのまま魔石の欠片だけをわたしの上に落として消失していった。

 わたしが視線を上に向けると、そこにはコンパクトナイフを持った勇者の姿があった。


「たすけてくれたの……?」

「当たり前だろ。今はもう仲間だしな」

「そっか……ありがとう」


 わたしは素直にお礼を言って、勇者が差し伸べてくれた手を掴み、立ち上がる。服についた汚れを払って、それとなく魔石の欠片を回収する。

 勇者の手を掴んだときに何かが跳ねたような気がしたが、不思議と安心感があった。

 たぶん、これはわたしがただの女の子になってしまったが故のシャドウウルフに対する恐怖感……そして恐怖が取り除かれたことで感じた安心感なのだろう。

 どうやらわたしはここまで弱くなってしまったらしい……。


「気にするな。それに助けなかったら皇太郎や凪さんたちに殺されるし、陽菜すらも敵に回すことになるからな」


 わたしの頭に手を乗せて勇者が言ってきた。わたしは勇者の胸に顔を埋めてウリウリと顔を擦り付ける。

 誰かがそうやってわたしを甘やかしてくる度にわたしはダメになっていくような気がする。


「わたし、もう魔王ですらないんだね……」

「俺はそれでも良いと思うけどな。もう以前のように争わなくて済むし」


 争わなくて良い……わたしもあまり争いというのは好ましくない。そう言われてしまうと「もうそれでいいや」って流されてしまいそうになる。

 それでもわたしが魔王だったということに代わりはない。遠い昔に散って行った仲間たちはわたしがこんなところで呑気に暮らしていて何と思うだろうか。


「勇者、頼みがある」

「ん?」




 ◆




「本当にやるのか?」

「早くして。じゃないと凪に怪しまれる」

「はいはい……」


 わたしが勇者に言った頼みとは、今ここで勇者と決着をつけることだ。

 亡くなった仲間たち、人間たちのためにもこの戦いには『決着』が必要だ。彼らの死が無駄ではなかったと証明するために。

 負けた方は勝った方の言うことを何でも一つだけ聞くということにしておいた。観客席には陽菜とセシリアがいる。ジャッジはこの二人に任せた。


「じゃあ、いくぞッ!」

「来いッ!」


 身体に魔力を流して身体強化を発動。勇者へ一直線に走り込むと、拳と拳がぶつかる。

 身体強化を使ってギリギリ勝っているぐらいだろうか。勇者も身体強化を使っているとはいえ、筋力差もずいぶんと広がっているようだ。


「身体強化でそこまで上げられるのかよ」

「練度が違うの。わずか十数年程度で鍛えられた身体強化に劣るわけがないでしょ」

「元のままだったら確実にヤバかったな」


 互いに後ろへと飛んで距離を取る。わたしが少女の姿でなかったら――前世の魔王の姿であったなら、今の一撃だけで勇者は腕を骨折していただろう。

 後ろへと飛んだのは誤りだった。追撃をするべきだったのだろうが、平和ボケしていて身体が思うように動かないのだ。それは勇者も同じようで、お互いの平和ボケがどれほどのものなのかを思い知らされる。


「ふんっ!」


 魔力弾を勇者に目掛けて五発放つ。それを難なく躱してこちらへと一直線に突き進んで来る。


「せいっ!」


 勇者がわたしに蹴りを入れようと右足を伸ばしてくる。思ったよりも勇者の脚が長くて間合いが広い。後ろに引いても追撃がくるだけだ。


「《防壁展開》」


 わたしは防御魔法を部分的に展開して勇者の右足がわたしに届かないようにした。

 防御魔法につっかえた勇者の足を掴み、空へと投げる。すると今度は勇者が空から魔力弾を五発程度撃ち放ってきた。

 わたしがそれらを全て躱すと砂埃が舞い、辺り一面が見えない。


「けほっけほっ!」


 砂を少し吸ってしまい、咳き込む。

 その僅かな隙が、わたしにとって致命的な仇となった。


「セイヤァーッ!」

「ひゃあっ!?」


 勇者がわたしの足首を掴んで、わたしを押し倒す。

 その瞬間に決着が着いた――――。


「俺の勝ちだな」

「うん……わたしの負け」


 負けた。言い逃れもできないぐらい完璧に負けた。でも……この体勢、色々と問題じゃない?

 足首を掴まれて転ばされたから、スカートも翻っている。


「うわぁ、ロリコンの絵面じゃん」

「勇者様はロリコンですから、仕方ありませんよ」


 陽菜とセシリアの声が聞こえてくると、勇者も今の状況に気がついたのか慌てて立ち上がろうとした。

 けれど、勇者はわたしの足首を離さないまま立ち上がろうとしたので、動く気力もないわたしが逆さ釣りにされた。

 まるで何かの事後で腰に力が入らなくなった女の子がロリコン男に無理やり連れ去られる絵面に見えなくもなかった。


「セシリア、アレが世界を救った勇者の姿だよ」

「落ち着きなさい陽菜。アレは幼女に性的暴行を加えた犯罪者の姿ですよ」

「誰が犯罪者だッ!?」


 勇者が否定したのだが、わたしは今も逆さ釣りにされていてスカートがモロに翻っていた。

 少女のパンツを公衆の面前で公表しながら否定をしても、説得力が欠片もない。


「夜、ジョギングに行こっ~…………お?」

「あっ」


 草木の間にある細道からわたしをジョギングに誘いに来た乃愛と目が合った。

 何度も言うが、今のわたしは勇者に逆さ釣りにされてパンツ丸出し。先程までの事情を何も知らない乃愛が何を考えたのか、それを推測できないほどアホな人間は居なかった。


「夜、大丈夫っ!? アイツに変なことされてない!?」


 気がついたら乃愛にお姫さま抱っこされていた。

 いつの間にわたしは乃愛の腕のなかに? 全く見えなかったのだけど……?


「陽菜ちゃん、何があったの?」

「え"っ」


 わたしの頬に先ほど舞っていた砂埃を吸ったときに溜まっていた涙が流れるのを見ると、乃愛の表情が変わった。

 その乃愛から放たれる威圧感に恐れた陽菜は今にも泣きそうな表情をし始める。


「なるほどね~」


 勘違いをした乃愛が間違った出来事を勝手に想像して物語を作り、その結果を見て何が敵なのかを把握した。

 そして、勇者の方を振り向く。


「ヒトの妹を知らない所でずいぶんと可愛がってくれたみたいね?」

「まっ、待てっ。話せばわかる……!」

「夜も陽菜ちゃんも泣いてるのに、何がわかるのかしら?

 ――――死ねっ! このロリコン野郎!」


 乃愛がそう叫んだ瞬間には勇者が木の枝に干されていた。

 ……見えなかった。それどころか抱えられているのに蹴ったことすらわからなかった。

 一番強いのは魔王わたしでも勇者でもなく、乃愛だったみたいだ。


 ごめん勇者、一応謝っておく……でも悪いのはわたしを逆さ釣りにしたお前だ。




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