勇者とアイスクリーム
わたしたちは凪の運転で伊豆にある下町までやって来た。
ここが何処なのかはわからないけど、何度か凪に連れられて来たことはある。だから、だいたいどこに何があるのかは把握しているつもりだ。
「折角だからくじ引きしないか?」
皇太郎からの突然の発言。
それだけだと子供だけというパターンが生まれてしまう可能性があるので、凪が許すわけなかった。
なので、わたしと陽菜と未来ちゃんの三人は別のくじを引いてその色と一致した大人と行動することになった。
わたしとしても乃愛と二人きりになれるチャンスがあったわけだし、異論はなかった。
そう、なかったんだよ……あのときはね。
「今は大アリだけど」
「夜ちゃんは冷たいね。お兄ちゃんはちょっと寂しいよ」
「誰がお兄ちゃんだ。キモい」
結果はご覧の通り、勇者と二人っきり。これだけならまだ良かったのだが、何とも最悪なことに乃愛の相手が皇太郎だったのだ。
乃愛はわたしのものなのに、皇太郎が横から奪おうとしている。こんなこと許されるわけがない。だからやり直しを要求した。
……まあ、受け入れてくれるわけがなかったけど。
「くじ引きに賛同したのが運の尽きだったんだよ。諦めな」
もうくじ引きとかしない……
「ここは俺がエスコートしてやるよ」
「ふふっ」
思わず笑い声が溢れる。
勇者が魔王をエスコートするのか。可笑しな光景だ。昔だったら信じられない光景だっただろう。
仕方ない、ここは大人しくエスコートされてやろう。……途中で皇太郎を見かけたらぶっ飛ばすがなッ!
「じゃあ行くか」
「そうだね。あっ、あのアイスクリーム美味しそう……」
「そのパターンヤメロ。財布が吹っ飛ぶ」
冗談に決まってるだろ。
わたしをどんだけ大食いだと思ってるのさ。わたしの胃袋だとそんなに入らないよ。
……せいぜいパフェ二つが限界だな。
そんなわけで、まずはアイスクリーム屋に入ってアイスを食べることにした。
「何味がいいかな……?」
定番のバニラはもちろん、抹茶やチョコレートのそこそこ見かけるものからラベンダー味というあまり見かけない類いの味まで多種多様な味があった。
「折角だからラベンダーで」
「コーンでいいか?」
「カップで」
わたしはお嬢様だから、ゆっくり味わって食べる派なのだ。コーンで食べてたら間違えなく、わたしが食べるよりも先にアイスが溶けて落ちるだろう。コーンも悪くはないのだが、それで折角のアイスを無駄にするのは良くない。
故に、わたしは安全策であるカップを選ぶのだ。
しばらく待つとカップに入っているラベンダー味と称したラベンダー色……もとい、薄紫色のアイスクリームを渡された。
「いただきまーす」
ラベンダー味のアイスクリームをスプーンで掬って口に運ぶ。
「~~~~~~~~~ッ!!」
甘っ……最高かよ……。
ラベンダー味を味わっていると勇者がこちらを見ていることに気づいた。わたしは勇者の方を向くと、勇者の手に持つアイスクリームに目が行った。
「勇者は……何味?」
勇者の手にあるコーンの上には水色のアイスクリームが乗っていた。
水色から想定できる味があまり思い付かない。何味なのだろうか?
「ソーダ味だよ」
ああ、ソーダ味か。言われてみれば確かにそんな色をしている。
ふむ……そっちも美味しそうだな。
「一口食べてみるか?」
「いいの?」
わたしがソーダ味のアイスクリームをジッと見ていると勇者が声をかけてきた。
どうやらわたしの視線が気になって食べられないようだ。
「ほら、あーん」
勇者がスプーンで一口分を取って、わたしの前に差し出してくる。
ここまで嬉しくないあーんは久しぶりだ。皇太郎のとき以来かもしれん。大抵は凪だったから、凪が基準になっているが、嬉しいあーんは乃愛ぐらいだ。男は嫌悪すると思う。
例外としてヴァルター・鈴木にやられたこともあるが、あのときは体調が優れず、意識が朦朧としていたから何も考えられなかったから仕方ない。
今やられたらゼッタイに気持ち悪いと言うが。
「食べないのか?」
「……食べるよ」
恥ずかしいとかそういうのはないのだが、嫌悪感だけは溢れている。わたしはなるべく気にしないよう、目を閉じてパクっとアイスクリームを口に含んだ。
「おいしい……」
「そうか、良かったな。……ほら、早く食べないと溶けるぞ」
勇者に言われ、右手に持っていたアイスクリームに目を戻すと、少しばかり溶け始めていた。
わたしは少し急いでアイスクリームを口へと運んだ。
「おいしかった~……ごちそうさま」
「そろそろ行くか」
「うん」
わたしは勇者に差し伸べられた手を握り、お店を後にした。
次に行くのはたまたま近くにあった神社。折角だから御詣りでもしていこうということになった。
……あれ? なんでわたし、勇者と手を繋いでるんだ?
知らぬ間にすっかり餌付けされていたことに気づいて、わたしは勇者の手を振りほどいた。
「こんなにか弱い女の子を餌付けとは良いご身分だなッ!」
「いや、勝手に餌付けされただけだろ」
「ほわっ!?」
神社の階段に生えていた苔に足を滑らせて転びそうになると、勇者がギリギリでわたしの腕を掴んでくれた。
そのまま強い腕力でわたしの身を引き寄せて、抱えあげた。
「……ありがと」
礼は言う。でも抱っこは解せぬ。降ろせ。
「さっきから危なっかしいからダメだ。お前が怪我したら凪さんに怒られるの俺なんだからな?」
凪に怒られることが滅茶苦茶辛いことはわたしも十分にわかっている。勇者が凪に怒られるのは勝手だが、わたしが原因となればあまり良い気持ちにはならない。少しぐらいは勇者に協力してやるとしよう。
「……階段だけだからね」
「ありがとう」
「撫でるなッ!」
頭の上に乗せられた勇者の手を振り払って階段の最上段にある鳥居を見る。石でできた鳥居の下部には苔が大量発生しており、誰かが手入れをしている雰囲気はまるでなかった。余程古びた神社なのだろうか?
勇者が階段を上り詰めると、徐々に神社らしきものの屋根が見えてきた。
勇者が最後の一段を上った時にわたしは口に出た。
「ちっちゃッ!?」
わたしと勇者が長い階段を上った末にあったのは小さなお堂とお賽銭箱、鈴があるだけの簡易的な神社だった。
「ほら、御詣りするんだろ」
勇者が五円玉を渡してきた。わたしはその受け取った五円玉をお賽銭箱に入れて、鈴のついた縄を振って鈴を鳴らす。
そして手を合わせて御詣りを済ませると、わたしは勇者の方を向いた。
「じゃあ戻るか」
「うん、そうだね」
勇者は再びわたしを抱き上げて階段を降りようとする。だが、先程まで誰もいなかった階段には黒い狼が五匹ほど、こちらを睨んで立ち塞がっていた。
「シャドウウルフ――――!」
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