転生魔王様はお姉ちゃんに甘えたい
あれから熱も下がり、今日は休日だ。
わずか一日で治ってしまうとは、日本の薬学というのは凄まじいものだ。
「おはよー」
「おはようございます、お嬢様」
わたしがリビングに入って挨拶すると、凪の声が聞こえてきた。いつもなら二人の声がする筈なのだが、今日は一人だけのようだ。
「あれ? 鈴木は?」
「皇太郎様が朝一限定のカレーパンを食べたいと仰ったので、それを買いにパン屋まで走って行きましたよ」
ヴァルター・鈴木がパシらされてる……。前世じゃ絶対にあり得ない光景だったな。というかカレーパンならわたしの分も買ってきて欲しいのだが。
「お嬢様も欲しがると思ったので、一応頼んでおきましたけど、いりますか?」
凪から素晴らしきひと言が聞こえてきた。
さすが凪! 気が利く!
元主として誇らしいぞ! ……今はお嬢様だけど。
「いる!」
「では鈴木が帰ってくるまで、もう少しお待ちください。先にココアを淹れておきますね」
「ありがとう」
わたしは食卓に座って凪がココアを淹れるのを眺めて待つ。相変わらず手際が良く、一連の動作に無駄がない。前世でも凪はメイドをやっていたから、どこかで覚えてしまっているのかもしれない。
「夜様! カレーパンが三つも手に入りました!」
「鈴木、おかえり」
ヴァルター・鈴木がカレーパンの入ったビニール袋を見せてメガネをクイッとあげた。
カレーパンが三つか……脾肉な話だが、1つは言い出しっぺの皇太郎だ。皇太郎が言わなければカレーパンは元々なかったのだから納得するしかない。
そしてもう1つがわたし。これは凪が頼んでおいたからだ。最後の1つは考えるまでもなく乃愛だ。
しかし、ここで問題点が発生してしまう。この状況で乃愛がお礼を言うのは誰なのかだ。
普通に考えればヴァルター・鈴木だろう。彼がわざわざ早朝からパシって買ってきてくれたのだから。だが、カレーパンを食べられたのは皇太郎のおかげでもある。
もし皇太郎がそのことを口にすれば乃愛は間違えなく皇太郎にお礼を言う。そして皇太郎への好感度がアップしてそのままリンゴーン……いやいやいやいや! そんなわけがないッ!!
カレーパン1つで1リンゴンするというならわたしはカレーパンを十個は買ってくる。そしたらわたしは乃愛と10リンゴンできるぞ。
さすがにそんな簡単にリンゴンはあり得ない。でも皇太郎の好感度があがるのはなんかイヤだ。
そこでわたしの取った作戦はこれだ。
「お姉ちゃん、あーんっ」
「あーん」
「おいしい?」
「うん、おいしいよ。今度はお姉ちゃんが食べさせてあげるね」
そう。皇太郎の前で姉妹イチャイチャをしてやることだ。乃愛が皇太郎にお礼を言う隙間すら与えないレベルでイチャつく。
そして、お互いにカレーパンを食べさせ合うことでその時間を作り出す。わたしには「風邪のときにあーんっをしてくれたからそのお礼」という建前がある。
頼れるお姉ちゃんらしく在りたい乃愛にとって、これは断れない案件だった。
「ごちそうさまー! お姉ちゃん、今日も行くよね?」
「夜も行きたいの?」
「うん!」
「じゃあ少ししたら行こうか」
「わかった! 準備してくるー!」
わたしは二階に上がって着替えをする。
毎週土曜日と日曜日は乃愛とランニングをしている。元々は乃愛がスリムな体型を維持するためにやっていたことなのだが、わたしはただ乃愛と一緒にいたいからという理由だけで一緒に走ることにした。
最初こそ足を引っ張っていたが、今では体力もあがって乃愛と同じペースで小学校までの往復距離を走ることができるようになった。
それに合わせて走るために必要なパープル色のラインが入った白いジャージを買って貰った。
長ズボンも欲しいと言ったのだが、子供なんだから要らないと凪が拒否。それどころか黒のショートパンツを買わされてしまった。
ジャージを着ればジャージの丈に隠れてショートパンツなんて見えない。必要ないように思えた。
「足が寒い……」
ニーソやタイツは履かない。
走りにくいし、前に転んだときに破れてしまったトラウマがあるから。
わたしは転んでも軽症なら治癒魔法で治せるが、破れた服は直せない。お気に入りのニーソが破れたあの瞬間は今でもよく覚えてる。
あの日以降、わたしは足を露出してでも、ランニング時にはニーソやタイツを履かないことを心に決めた。
「夜ー! そろそろ行くよ!」
「今行くー!」
髪をシュシュで纏めてポニーテール。鏡でチェックして……よしっ! 問題なし!
わたしは部屋を出て階段を降りる。玄関には既に着替えを終えて、靴を履いている乃愛の姿があった。
わたしも玄関で靴を履く。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃいませ。車にはお気をつけてください」
乃愛と一緒に玄関を出て軽く準備運動をしたら出発だ。
「夜って今年で四年生だよね?」
「うん、そうだよ」
「クラブ活動って何にするか決めた?」
「まだだよ」
今年から毎週金曜日の六時間目に『クラブ活動』という授業が増えた。今はまだ無いが来月から始まるので、それまでに所属するクラブを決めなければならない。文化系も良いが、せっかくランニングをしているのだから運動系の方が良いだろう。
……そうは言ってもひたすら走るだけのクラブには興味ない。少しは面白味があった方が良い。
「じゃあさ、バトミントンなんてどうかな?」
「バトミントン?」
乃愛に勧められるが、バトミントンがいまいち何なのかわからず首を傾げて訊いた。
「ほら、昔よく二人でやったじゃん。羽根がついたシャトルをポンポンするヤツ」
「あー! アレね!」
乃愛に説明されて思い出した。
わたしがまだ小学校に通う前によく乃愛とラケットを振って羽根を飛ばしてたのだ。アレ、何気に楽しかったのを覚えてる。
「最近は手裏剣ばかり投げてたからすっかり忘れてた」
「だいぶ上達したよね」
少し前までは竹刀を振るってたし、その前はピアノ。さらにその前は外国語……と乃愛は様々なジャンルのモノに手をつけていた。
その傍らでそれに付き合っていたわたしもいつの間にか上達していた。
だからわたしがリコーダーを吹けないのは奇跡と言っても過言ではなかったのだ。
「今度は馬にでも乗る?」
「それはムリでしょ」
お家で馬を飼うと言ったら、さすがに凪が許してくれないと思う。
まあそれはさておき、バトミントン……やってみるのも良いかもしれない。
「お姉ちゃん、わたしバトミントンやってみる」
「じゃあお姉ちゃんが使ってたヤツあげようか?」
「いいの?」
「もう使ってないからね。べつにいいよ」
「ありがとう!」
乃愛からバトミントンのラケットを貰う約束をすると小学校が見えてきた。
わたしと乃愛は小学校の外周を回り、そのまま走って家に帰った。
「夜、だいぶ体力も増えてきたね」
「そうだね……」
「乃愛様、お嬢様。お風呂を沸かしてありますので、入ってきてください。着替えはこちらで用意しておきます」
「わかった。凪、ありがとね。行こっ、夜」
「うん!」
乃愛とのお風呂ももうだいぶ慣れた。今では洗いっこすらもできる。皇太郎に自慢してやりたい気分だ。でも自慢はしない。
自慢したら皇太郎もランニングするとか言い始めて一緒にお風呂に入るとか言い出し兼ねない。
乃愛と洗いっこをすると、ゆっくりとお湯に浸かりお風呂から出た。用意された着替えを着ると、乃愛の部屋に向かった。
「えっと、たしかこの辺に……あった!」
乃愛がガソゴソとクローゼットの奥を漁っていると、中からラベンダー色のラケットが出てきた。わたしと遊んでるときに使っていたヤツではない。
「お姉ちゃん、これ使ってたんだ……」
ずいぶんキレイだ。お手入れを欠かさなかったのだろう。
「バトミントンは夜と遊べれば十分だったから一年で辞めちゃったんだよね」
違った。ただ使ってないだけだった。
週に一度しか使わない上に夏休みなどの長期休暇では一度も使わないから、本当にそこまで使ってないと思う。
だからこんなにキレイなんだ……。
「久しぶりにやる?」
乃愛が昔使っていた青色のラケットを二つ取り出した。
感覚を取り戻しておくのも悪くないかもしれない。
「うん! やりたい!」
その日、わたしと乃愛は昔遊んでいたものを次から次へと出して色んな遊びを組み合わせながら楽しんだ――――――。
「バトミントンしながら手裏剣を投げ合うとは何事ですかッ! 外したらどうするつもりなんですか!」
「すいませんでした……」
「ごめんなさい……」
そして仲良く凪に怒られた。
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