勇者の妹とクラブ活動見学
休みが開けて、今日は月曜日。
だが、いつも居る筈のランドセルに黄色いカバーをした小学一年生の姿が見えない。
それどころかいつもより登校している小学生の数が少ないような気がする。
「もしかして学校休みだった……?」
「違うよ。今日はクラブ見学会だから下級生はお休みなの」
「なにそれズルい」
下級生休みとか最高じゃん。みんな大好き三連休じゃん。いいなーわたしも休みたい。
校舎に入るといつも通り多くの人たちが靴を履き替えており、下級生の休みは気にならなかった。
四、五年生は校舎が違うから当然だろう。
でもやっぱり休みは羨ましい。
「入るクラブ決めたら教室で休んでて良いらしいから、少し我慢してなよ」
わたしと陽菜は上履きに履き替えて教室へと向かった。
教室にたどり着くと、わたしはいつも通りランドセルを下ろして椅子に座る。前の席には陽菜が座る。
こういうときに出席番号が近いと便利だ。わざわざ出歩く必要がない。
「おはよう諸君! ワシじゃ!」
うわぁ~! 恥ずかしいヤツが来たぁ~!
あんなに勢いよく扉開けちゃって恥ずかしくないのか?
「どうした魔王よ。そんな顔を真っ赤に染めて」
魔王って呼ぶな。みんな見てるだろ。
わたしに変なあだ名が付いたらどうしてくれるんだ。ここは知らない人と見なして無視をしよう。
「おい魔王? おーい、どうした魔王よ。禁獄の魔お――――」
「黙れこの自称大魔法使いがッ!!」
「へぶっ!?」
何かがプツンと千切れたときには既に未来ちゃんの腹に拳を入れていた。咄嗟に防御魔法を使ったのか、感触がいまいちだったが、ダメージは入った様子だった。
わたしの通り名を教室で言うなッ! というかこの世界で使うなッ!!
「夜たん、すまなかった。許しておくれ」
『たん』ってなんだよ。まあ魔王って呼ばなければ何でも良いけど。
「次言ったら絶対に許すないから」
少し経つと美人教師が教室に入ってきてホームルームが始まった。
ホームルームでは体操着に着替えたら各自好きなクラブを見て決めるように言われた。
加入するクラブを決めて報告をすれば、昼食後に帰って良いそうだ。
「夜、一緒に周ろう!」
「うん、いいよ」
「仕方ない。ワシも付き合ってやるとするかの」
いや、べつにお前は来なくても良いよ。誘ってないし。
……とはいえ、断わるのも美人教師が近くにいる以上難しい。仕方ない、今回は諦めることにしよう。
「あなたたち一緒に周るのも良いけど、早く着替えないとみんな行っちゃうよ」
「はーい……」
わたしはランドセルの中から体操着袋を取り出して机の上に置いた。
わざわざ体操着に着替えないといけないなんて少し面倒だ……。
「夜ちゃん、未来ちゃん。二人とも一度ずつ体育休んだよね?」
「は、はい……」
「今日か明日の放課後に体力測定やるから、どっちかに必ず来てね」
「明日行きます」
美人教師の言葉を聞いて「今日はパス」という意思を表明した。
だって折角早く帰れるというのに、放課後まで学校で待機とか面倒くさいこと極まりないし。
「未来ちゃんが五十メートル走とハンドボール投げで、夜ちゃんがシャトルランだね」
シャトルラン……なんという地獄……。
お前普段からランニングしてるんだから余裕だろって言われそうだから言っておくが、ランニングというのは景色が変わる上に乃愛がいるから楽しいのであって、永遠と往復しているだけなんて詰まらない。
「ただ走らされているだけ」という事実が苦痛なのだ。
「そんな絶望した顔をされても先生じゃどうしようもできないから、頑張ってね」
「くっ……」
わたしは着替えを済ませて陽菜たちと教室を出ると、美人教師は教室の鍵を閉めて職員室へと向かって行った。
「あの美人教師、優しいフリして意外と曲げないんだよね……」
子供の心理を上手く利用しているというかなんというか……言葉には出来ないのだが、ちょっとばかり解せない点がいくつかある。
「佐倉先生みたいな大人になりたいな……」
横から陽菜の声が聞こえてきて引いた。
マジで? あの美人教師、佐倉先生っていうの? よく覚えてたな。正直引くわー。
「夜が名前を覚えることが苦手なのは知ってるけど、せめて先生の名前ぐらい覚えておきなよ」
「ワシも最初の頃は『キミ誰だっけ?』と一日に三回は言われてたのぉ」
「それは盛ってる」
一日会わなければ確かに忘れるなんてこともあったが、そんな同じ日に何度も訊くような真似はしなかった。
前世で配下たちの名前だって覚えるのに苦労したが、一度覚えてしまえば忘れることなんて一度もない。今だって覚えている。
……メルトリリス? 誰だソイツ。そんなヤツは元々いなかった。
それは我が家の飼い犬兼門番だ。
「じゃあまずは料理クラブから行こっか」
わたしは陽菜に言われて場所を確認する。
料理クラブは家庭科室だから……ちょうどこの下にあるのか。外のクラブを見て周るにはどのみち下に降りないといけないみたいだし、寄っても良いか。
「うんっ、行こう!」
わたしたちはまず、家庭科室に向かった。
「クッキー良かったら食べてねー」
クラブの人から袋詰めされたクッキーを貰った。食べてみたらかなり美味しかった。
料理クラブ……これがクッキーを食べるだけのクラブなら即加入するのだが、残念ながらその「クッキーを作る」という行程がわたしの道を遮る。
元々バトミントンクラブ希望だが、わたしは生まれてこの方「料理」というものをしたことがない。前世も含めて全て凪がやってくれてたからだ。凪が優秀すぎるあまりにわたしはその辺が疎かになっているようだ。
今年からは家庭科の調理実習もある。今度教わることにしよう。
「次行こっか」
そう言って陽菜がわたしたちを外へと連れ出した。元々陽菜もアグレッシブに動きたいタイプだ。
だから料理クラブなんて行きたいと言ったときは変に思ったが、料理クラブでお菓子が食べられることを事前に知っていたのだろう。
「グラウンドって何か見たいのあるの?」
「サッカーに興味があってね。ちょっとやってみたいんだよね」
陽菜がサッカー? へぇ……意外だ。
てっきりバスケでもやるのかと思ってた。
「《物体形成》」
陽菜が突然、魔法を使った。陽菜の足元には魔法で形成された妙にリアルだが、かなり小さめのペンギンが五匹ほど現れた。
……はい? ちょっと待て。コイツはサッカーをいったい何だと思って――――!
「皇帝ペンギン」
「それはサッカーじゃないッ!!」
「アーーーーッ!!」
わたしは魔力を集めただけの魔力弾で陽菜のペンギンをぶっ壊した。ペンギンを壊された陽菜はわたしに掴みかかってきた。
「何してくれてんの!? 返してよッ!! 私の皇帝ペンギンを!」
「なんか卑猥な言葉に聞こえてきたからやめてッ!」
こっちとら元々所持していたペンギンは未使用なんだよ!
……ダメだ。コイツら放置しておくと、わたしの知らないところで何か大変なことを仕出かしそうで怖い。
二人が何か仕出かしてしまったら、いつも近くにいるわたしまで巻き沿いを受けてしまう可能性がある。
面倒だし二人ともバトミントンクラブに入れてしまおう。
それから陽菜たちを無理矢理説得させて、二人をバトミントンクラブに引き込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます