転生魔王様はおくすりが苦手



「へくちっ!」


 どうも皆さんごきげんよう。

 題名見ればわかると思いますが、わたしは風邪を引きました。


「夜、お姉ちゃんは学校行ってくるから、ちゃんと寝ているのよ」

「うん……」


 折角の乃愛と二人っきりの時間が終わってしまう。でも学校なら仕方ないか。高校生は忙しいみたいだし……。


「お姉ちゃん、いってらっしゃい」

「夜、お兄ちゃんには無いのか?」


 お前なんかに言う義理はねーよ。

 わたしは二、三回咳き込んで乃愛の方を見る。


「兄さん、夜は体調が悪いんだから無理させないの。……じゃあ夜、いってきます」


 わたしは乃愛に手を振って見送ると掛け布団を持ち上げて深い眠りに落ちようとする。


「夜! 学校行こッ!」


 が、そうは上手くいかないらしい。

 陽菜は今日も元気よく扉を開けて部屋に入ってきた。


「ごめん。風邪引いた」

「バカは風邪引かないっていうのに、変だね」


 陽菜が失礼なことを言うと少し咳き込んだ。頭もボーッとするし、これは本格的にヤバいかもしれない。


「寝かせて……」

「うぐっ……そんな顔で言われたら、からかった私がスゴい悪かったみたいになるじゃないの」


 事実悪いだろうに……。

 誰かさんが夜中に学校でリコーダー吹いてるから、アホに無理やり連れ去られたわたしが風邪を引いたんだろ。

 むしろ頑張って昨日学校に行っただけでもスゴいと思えよ。


「じゃあ帰りにでもまた来るよ……」

「うん、いってらっしゃい」


 陽菜を見送り、第二の邪魔者が消え失せた。本来なら最後の邪魔者である覗き魔がいる筈だが、そちらはもう凪が始末してくれた。

 よって、もうわたしの安眠を邪魔する者はいない。


「お嬢様」


 ……なぜ凪が。わたしにさっさと寝るように言ってきたのは凪だろうに邪魔するとは何事だ。

 はっ!? その手に持っている禍々しいものは……!


「お薬を飲みましょう」

「……いらない」

「ダメです。飲みましょう」


 ………………。


「にがいの、ヤッ!」

「じゃあお口開けましょうねー」


 凪がわたしの口を無理やり抉じ開けてお薬を投入しようとしてくるが、わたしは凪から距離を取って回避しようとする。


「お嬢様! 余計に悪化しますよ!」

「ただいまー」


 わたしが薬という劇物を避けていると、乃愛が扉を開けて部屋に入ってきた。

 どうして帰ってきてるんだ? 学校は?


「なんか今日、テストの振替で休みだった」

「そうですか」

「それで、どうかしたの?」

「はい……」


 「乃愛に余計なことを言うな!」っと、遠回しに凪へ伝えようとしたのだが、熱で上手く思考が回らない上に喉が詰まって上手く声が出せなかった。


「乃愛様、お嬢様がお薬を飲んでくださらないんですよ……」


 凪はわたしと乃愛が一緒にいるとヴァルター・鈴木と同様に乃愛のことは「乃愛様」と呼んでいる。

 わたしに関してはいつでも「お嬢様」呼びだ。

 乃愛の場合、妹の前で「お嬢様」呼ばわりは恥ずかしいのだろう。その感性もこの世界ならではのものなのだがな。


「じゃあヨーグルトにでも混ぜてみたら? 私が飲ませておくから、凪はいつも通りにしてて良いよ」

「そんなことっ!」

「いいって、今日は暇だし。それに、最近は勉強が忙しくてあまり構ってあげられなかったからね」


 乃愛がわたしの頭を撫でると、凪は「わかりました。ではヨーグルトをお持ちしますね」と言って部屋を出ていった。


「ほら、夜。いつまでもそうしてると熱が下がらないよ」

「うん……」


 乃愛がわたしをベッドに入れて横に寝かせる。するとすぐに凪がヨーグルトを持って来たので、ヨーグルトが喉を通りやすいように身体を少し起こした。

 苦くてマズい薬を飲むのは本来ならごめんなのだが、仮にも元兄なので義妹の乃愛にそんな弱々しい姿を見せるわけにもいかない。

 ここは例えヨーグルトを使ってでも、薬を飲むのだ。


「はい、口開けて。あーんっ」


 あーんっ……だと……!? 思わぬところで前世の夢があっさりと叶ってしまった! 

 義妹のあーんは普通のご褒美というレベルじゃない! 世界征服をして人類を皆、従えたときに貰えるご褒美だと言っても過言ではないッ!! それをこんなにあっさりと……風邪、恐るべし!


「ほら、いつまでそうしてるの。食べないといつまでも良くならないよ?」

「うっ……」


 良いのか? 義妹のあーんをこんなところで貰ってしまっても!?

 ……でも薬を飲まないと良くならないんだろ? な、なら……仕方ない……か?


「乃愛様、お嬢様はお薬飲めまし――――」


 ハッ!? これはよくあるお預けパターンだ! そんなことはさせないッ!


「んっ!」


 スプーンに掬われた一口分のヨーグルトを口に含む。少しばかり苦いが、ヨーグルトの甘味と中和されて普通に飲むよりかは遥かにマシだ。


「……飲めてますね」

「だから言ったでしょ? ヨーグルトに混ぜれば飲めるって。ほら、あーん」

「あーん……」


 てめぇの入る隙間はねーよと言わんばかりの態度で凪の方をチラチラと見る。


「乃愛様もあまり部屋に籠らないようにしてください。風邪が移ってしまっては大変ですので」

「わかったよ」

「それではわたしはこれで」


 凪が余計なひと言を残して部屋を出ていった。これではヨーグルトを食べ終わったら一人ぼっちにされてしまう。せっかく乃愛に甘えられるチャンスだというのに……。

 そしてヨーグルトは意外と量が少なく、呆気なく食べ終えてしまった。


「よく食べられたね。じゃあ寝よっか」


 乃愛が再びわたしを横に寝かせると、わたしの胸部付近をポンポンと叩くと立ち上がった。このままでは乃愛が部屋から出て行ってしまう――――!


「……ん? どうしたの?」


 気付けばわたしは乃愛の裾を掴んでいた。

 ここまでやって何でもないと言ってしまうのは勿体無い気がする。ここは恥を忍んででも甘えてしまおう。


「お姉ちゃん……わたしが寝るまで一緒に居てほしいな……」

「仕方ないねー。まだ一人じゃ寂しい年頃だよね」


 乃愛は若干嬉しそうに言っていたが、まるで自分に言い訳を聞かせているかのように聞こえた。

 もしかして乃愛はもっとわたしに甘えて欲しかった……とか?

 ……そんなわけないか。乃愛が手を繋いでてくれてるおかげで不思議と安心感がある。これなら早く眠れそうだ。


「おやすみ、夜……」


 わたしはゆっくりと瞳を閉じると、そのまま深い眠りへと落ちていった。


「夜はいつまで経っても小さいね」

「乃愛、夜は寝たか?」

「兄さん。今ちょうど寝たところですよ」

「じゃあさ。久しぶりにゲームでもやらないか?」

「……兄さん、夜よりも甘えん坊さんに見えますよ」

「ソイツは悪かったな」




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