小学生魔王様、夜の日常 後編
学校に着くとまず、昇降口で靴を上履きに履き替える。
そこでクラスメイトたち数人と挨拶を交わして軽くお話しながら教室へと向かう。
「それで飯村くんが先生に怒られてたの」
「男子ってホント学習しないよねー」
女子の会話って華があるのかと思ってたけど、実際はこんな風に愚痴を言っている……
「南ちゃんは飯村くんの話ばっかりしてるけど、好きなの?」
「ち、違うよ! アイツは友達で!」
「ほらやっぱり好きなんじゃ~ん!」
……風に見せかけてただの恋ばなをしている。女子はこういったお話と匂い付き消しゴムが大好物なのだ。
「夜ちゃんは好きな人とかいないの?」
飛弾した。
でも俺の好きな人になんて一人しかいないしな。隠すことでもない。
「お姉ちゃんが大好きだよ!」
「出た。夜ちゃんのシスコン!」
「一方的な想いなんだけどね!」
「うるさいな!」
変なことを言うな!
毎日抱き合ってるんだから両想いに決まってるだろうが!
「夜ちゃんの理論ってよくわからないよね」
「でもウチと比べると確かに仲良いよねー。私のお姉ちゃんなんていつもうるさいし」
「確かにそうかも。私の弟だって生意気でうるさいし!」
しれっと俺の心の声を読み取っていくな。当たり前の流れ過ぎて一瞬気づかなかったわ。
「夜って何を考えてるのかわかりやすいもんね」
「なら今度から喋らなくていい?」
ここまで来ると無言でも会話が成り立つような気がするから試してみたいんだが。
「まあ、それでもいいけど……」
「けど?」
俺は教室の扉を開けて座席に座ると陽菜が一つ前の席に座った。
すると陽菜が俺の頬っぺたを掴んできた。
「その心の中の言葉遣いは直さないとね!」
「ひは! ひはひぃ!」
心の中の言葉遣いとか直したら魔王としての存在意義とかなくなっちゃうだろッ!
だいたい、態度は全部女の子らしいんだから心の中ぐらい良いじゃないか!
「やれやれ、夜はわかってないね」
「なにが」
「TSっ娘といえば一人称は『オレ』か『ボク』って相場が決まってるの! それから徐々に男と経験を積み重ねて『わたし』になっていくの! それなのに夜は元から一人称は『わたし』だし、心の中では『俺』とか言って! 相場を壊すつもりなの!?」
「知らねーよ」
おっと、思わず素のまま声に出してしまった。あまりこういったことを声に出すと凪が何をし始めるかわかったもんじゃないからやめておこう。
……というか『TSっ娘』ってなんだ?
「そもそもわたしをそのTSっ娘というのにしないでくれる?」
「元男なんでしょ?」
「まあ……うん」
「じゃあTSっ娘だよ」
意味がわからん。意味がわからんけど、バカにされていることだけはよくわかる。
「夜」
「なに?」
「やっぱり今日は二人でお泊まり会にしよっか。未来ちゃんは明日誘おう」
「? まあ、いいけど……」
どうしてこの流れで二人に? ……今しれっと二日連続でお泊まり会にしたな。別にいいけど。
「そういえばその未来ちゃんが来てないね」
陽菜がキョロキョロとした後に訊いてきた。
……たしかに。いつもなら俺たちがここで座っているとババア口調で話しかけて来るはずなんだが、今日は姿を見せないな。
「はい、それじゃあみんな席に着いてー」
学校で人気の高い美人教師が教室に入ってくると、ざわめいていた教室は一転、沈黙を守って着席した。
去年のオバサン教師ではそんなことなかったのに、学年が変わって担任が美人教師になった瞬間この態度……。
人間というのはどこの世界だろうと変わらないものなんだな。
そして新学期を迎えて、三回目のホームルームが始まった。
ちなみに未来ちゃんは風邪を引いてお休みだそうだ。
「今日から授業が始まるから、チャイムが鳴るまでには席に着いてるように。それじゃあ各自授業の準備して」
教師がパンッと手を叩くと、机の中から一時間目の授業で使う教科書やノートを取り出したり、トイレに行ったりと各自授業準備をし始めた。
「なんか去年とは大違いだね」
「年増のオバサンの言うことより、綺麗なお姉さんの言うことの方が子供たちは素直に聞いてくれるんだろ」
俺と陽菜はトイレに向かいながらお喋りをしている。連れションというヤツだ。
おっと、噂をすればここはその年増のオバサンが担当している教室じゃないか。おかしいな、妙に冷たい視線を感じる。
「夜、それは年増のオバサンに失礼だよ」
……が、別に「年増のオバサン」と言っているだけで、誰もこの教室の担任教師が年増のオバサンとは言ってないので気にしない。
「夜って意外と先生たちに目をつけられてるから気をつけた方がいいよ」
「なんで?」
俺はそこまで不良生徒じゃないぞ。教師たちから目をつけられる要素なんて皆無に等しい。それなのに何故……。
「何か問題が起きると毎回夜が関わっているからよ」
「失礼な。人間どもが勝手に争ってるだけじゃないか。わたしには関係ないじゃん」
俺が堂々と言ってやると、陽菜は深く溜息を吐いた。
なにその溜息。腹立つんだけど。
「そうだよね。夜だもんね……わかるわけないかぁー」
「うざっ」
「ここじゃアレだし、帰ったら教えてあげるよ」
帰ったらって……何時間後の話だよ……。
帰宅後、俺は陽菜が家に来る前に今日はお泊まり会をするということを凪に伝えた。
「わかりました。じゃあ陽菜さんの夕食も用意しておきます」
「うん。凪、よろしくね」
「お嬢様。お飲み物はどうしますか」
凪が俺に訊いてくる。
飲み物か……何が良いだろうか。陽菜が遊びに来るわけだし、陽菜が飲みそうなものに合わせておこう。
「紅茶をお願い。あっ、宿題もするから部屋までお願い」
「かしこまりました」
「じゃあよろしくね」
俺は階段を上がって自室に行った。
自室まで戻るとランドセルを置いてパーカーを脱いだ。パーカーはハンガーにかけておく。
外はまだ寒い時期だが、部屋の中ならパーカーは不要だと思うぐらいには暖かい。
「夜ー! 遊びに来たよー!」
扉が勢いよく開くとそこには陽菜と凪がいた。
もう来たのか。まだパーカー脱いだだけだというのに、二人とも早すぎじゃないか?
「お嬢様、紅茶を淹れました」
「ありがとう。そこ置いておいて」
あまり気にするのもバカみたいだし、いいや。
凪は紅茶をテーブルに置くと、部屋から出て行った。
「それで、朝の『アレ』ってなに?」
「アレ? ……あー、すっかり忘れてた」
「おい」
「じゃあちょっと立って」
俺は陽菜に言われるがまま立つと、鏡の前まで移動させられた。
鏡? これだけのためにわざわざ家で?
「そこに映っている白髪の女の子の特徴を言ってみて」
いや、俺じゃん。鏡見てるんだから俺しかいないに決まってるじゃん。
まあいいや、特徴ね。えっと……
「白い髪とパープル色の瞳を持った純血の日本人とは思えない配色で、顔立ちも整っていてとても可愛らしい」
「そうね。なんかムカつくけど、全くもってその通りね。
……こんな可愛い女の子が近くにいるのに、一般の男の子は何も想うことがないと思うの?」
……そっか。そういうことなのか!
「つまり俺が可愛いすぎて恋しちゃったことが原因で色々と事件が起きていたということか!」
「そうだよ……ん? 今、俺って言った?」
………………あっ。
しまった。つい心の声が漏れてしまった。
陽菜に目を向けると陽菜はニヤリと笑っていた。その笑顔が俺に恐怖を与えてくる。
「夜ちゃん? 夜ちゃんは女の子だよねー。女の子が俺なんて間違っても言ったらどうなるかわかるよねー?」
「あっ……ああ……」
く、来るな! こっちに来るなァーッ!
「大丈夫だよ。怖くないよー。……心の中まで女の子にしてあげるだけだから」
「ひぅ……!」
ピギャアァァァアアアッ!!!
この日、『俺』は『わたし』になった。
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