小学生魔王様はリコーダーが吹けない!
俺がわたしになった翌朝。
わたしは身体が重たいことに気づいて目を覚ました。
「すぴぃー……」
わたしの身体の上には寝ている陽菜が乗っていて、到底起き上がれそうになかった。
だからなんでそうなるんだッ! どんだけ寝相が悪いんだよッ!
……え? いつから心まで『わたし』になったと錯覚していた?
「残念だったな! 変わったのは一人称だけだッ!」
「うるひゃ~い」
「うぐっ!?」
寝ている陽菜に蹴られた。コイツ絶対起きてるだろ。顎にクリティカルヒットしたぞ。
……決めた! 俺は今後一切、陽菜の隣で寝ないッ!
それから陽菜を退かして着替えを済ませると、わたしは今日の授業で使うものを準備した。
「今日は音楽があるんだっけ?」
リコーダーか……アレだけは未だに理解できん。
まずどうしてあんな器用に音が出せるのかわからないし。同じように持っているのに、一人だけなんかめっちゃ高い音出ちゃって注目浴びるし。わけがわからない。
だから音楽は嫌いだ。俺は音楽家を目指してるわけじゃない。
よって、音楽をやる必要性はない。
「ヴァルター・鈴木、朝食準備しといて」
「御意」
どうせ扉の前で待ち構えているだろうと思って声を出して話しかけてみたら案の定、彼は扉の前に居た。
忠誠心があるのは良いことなのだが、今の俺は一応女性だということを認識して欲しいものだ。
今はまだ良いが、俺が成長して乃愛と同じ年ぐらいになった時には覗き魔として扱われるようになるだろう。
現状でも既に凪と乃愛から怪しまれているというのに……困ったものだ。
それから陽菜を起こして朝食を食べ、共に学校へと登校した。
「ワシ、復活じゃッ!!」
「出たなロリババア」
「誰がロリババアじゃッ! 我は全智の大魔法使い、未来様であるぞ!」
未来ちゃんの声が響くと教室が静まった。
わたしは目を手で覆い隠し、何も見えないようにした。
あーっ! 何も聞こえませーんッ!!
こんな恥ずかしい子、知り合いでも何でもございませーんッ!!!
「ヨシヨシ……」
陽菜がわたしの頭を撫でて、慰めてくる。
あの技はわたしの弱点だ。ただでさえ恥ずかしいのに、前世でアレの魔王バージョンをやっていたから余計に恥ずかしい。
あの当初はアレが挨拶みたいなものだったから何の抵抗もなくやっていたんだが、今となっては非常に恥ずかしい過去だ。
「みんな席ついてー……なにこの沈黙?」
美人教師がチャイムが鳴ると同時に教室へ入って来たが、現状を把握出来ておらず少しばかり首を傾げていた。
◆
少しばかり時間が経って、地獄の音楽がやって来た。先ほどから音楽教師のオバサンと目が合う毎にオバサンが苦笑いをしてくる。
きっと心の中では「あー、あのクソ雑魚リコーダー使い、このクラスだったんだなー」って思ってるに違いない。
言っておくがわたしは元魔王であって、リコーダー使いじゃない。
「そういえば聞いた? 夜中に誰も居ないはずの音楽室からリコーダーの音が聴こえてくるんだって」
近くの女子がひそひそと話していた声が聴こえてきた。
この世界の子供って怪談話とか好きだよな。転生する前の世界だったら洒落になってないぞ。
実際にアンデッドとかゾンビとかうじゃうじゃいた。下手すれば殺されるし……だからそんな話をするのは、教会のヤツらが子供たちに危ないから近寄るなという意味で教える時ぐらいだしな。
ちなみにアンデッドとかゾンビとかは全然配下でも何でもないぞ。わたしが統べていたのは魔人族と魔族と吸血鬼が代表で、あとはその他諸々がちょっと居るぐらいだ。
「ほう、幽霊とな。その程度、このワシが退治してくれるわ! この二人と共になッ!」
「は?」
「へ?」
俺と陽菜の呆けた声が同時に響く。
急にご指名を喰らったのですが。この自称大魔法使い様はいったい何を仰有っていらっしゃるのでしょうか?
「そこ、ずいぶん賑やかですね。では前で歌って貰いましょうか」
……他人のフリしよ。
俺は未来ちゃんに目掛けて大きな拍手を送る。するとクラスメイトたちも拍手をし始めた。
これで俺もクラスメイト側だ。周囲に溶け込むことで被害を免れる。
名付けて『野次馬作戦』だ。結果はものの見事に成功し、俺は歌うことを免れた。
「…………チッ」
未来ちゃんの隣に座っていた陽菜は逃げられなかったようだ。スゴい顔で睨んできた。
そして未来ちゃん筆頭の四人が歌を歌わされると、リコーダーの練習が始まった。
「月宮さん、リコーダーを持ってこっちに来なさい」
「……はい」
音楽教師による個人指導が始まった。去年一人だけピィーピィー鳴らしてたから当然なのかもしれない。
「そんなに強く吹かなくていいの。弱くゆっくりと、なるべく長く吹けるようにするの」
それぐらいなら去年も同じように教わったから問題なくできる。
わたしはいつも通りにリコーダーを吹いてみせる。
「月宮さん、できるじゃないの! これならすぐにできるようになるからね。じゃあまずは『ド』の音から」
音楽教師が『ド』の運指を見せて吹くと、綺麗な『ド』の音が鳴った。
「さあ、やってみて」
わたしも音楽教師と同じように指をリコーダーに添えて笛を吹く。
鳴ったのは綺麗な『ド』でも、汚ない『ド』でもなく、ただの『ピィーッ!』という騒音だった。
「…………ごめんなさい」
「い、良いのよ。誰もが一回で成功することじゃないから……ね?」
音楽教師はそれでもめげず、今度はわたしの指を先生が抑えてわたしがリコーダーを吹くだけの状況を作り出した。
「じゃあこれで吹いてみて」
わたしは言われるがまま吹いてみるが、同じような騒音しか鳴らなかった。挙げ句の果てには陽菜からピィーピィーうるさいと言われた。
「放課後、先生と一緒に練習しましょうか」
「はい……」
お泊まり会は未来ちゃんが病み上がりなので明日に持ち越されている。リコーダーの練習をする時間は十分にある。
そして放課後……
陽菜はざまあ見ろという顔で煽り、颯爽と帰って行った。あの顔を見たときは妙に苛立ちを感じた。
けれど、未来ちゃんが「幽霊が出るまで音楽室に居る」とか言ってたから音楽教師とワンツーマンは免れた。
「まずは『ド』が吹けるようになりましょう」
リコーダーの特訓は五時近くまで続いたが、一向に吹けるようにはならなかった。
「ある意味才能の域ね……」
帰り際にそんなことを言われた。未来ちゃんも俺が帰ると同時に音楽室から追い出されてさっさと帰るように言われてた。
「仕方あるまい。……のう魔王や。今夜迎えに行くから家まで案内せぇや」
わたしの肩に手を掛けて不良の恐喝ごとく家の場所を案内するように強要してきた。
今さらだが、未来ちゃんも転生者だ。勇者パーティーで魔法使いをやっていた元お爺さんである。
どうやら勇者パーティーは四人全員、見事に転生していて記憶も戻っているようだ。
対して我が魔王軍はどうだろうか。
唯一記憶が戻っている配下は覗き魔へとジョブチェンジを果たし、約一名は現在も行方不明。オマケに残った二人はまだ記憶が戻っていない。
数では魔王軍の方が勝っているというのにマトモな戦力になる者が誰一人としていない悲惨な状態だ。
乃愛と凪は陽菜のときみたいに突然記憶が戻る可能性があるからまだ良いが、覗き魔と行方不明者は場合によっては切り捨てる覚悟すらも必要になるだろう。
……え? メルトリリス? 誰だソイツ。そんなヤツは知らんな。
「魔王や。ワシを無視するということは別に、お前の正体をクラスメイトたちにバラしてしまっても構わんのじゃろう?」
「…………」
恐喝されたわたしは泣く泣く未来ちゃんにお家まで案内してあげました。……ぐすん。
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