本編

小学生魔王様、夜の日常 前編



 桜が降り注ぐ春の季節。

 この世界にやって来て、早くも十年が経った。


「夜、学校行くよ」


 仲良くなって六年経った大親友。高橋陽菜は、毎日のように俺が朝食を食べ終えるのを待っている。


「…………」


 いつの間にか馴染んでるよな。俺ですら違和感を持たなくなってきてるし、身体の方も然り気無い癖や仕草も徐々に女らしくなってきてる。気をつけていても、気付けば女の子座りだったなんてザラにある。

 ホント、慣れって怖いな。


「夜、筆箱忘れてるよ」

「あっ、お姉ちゃん! ありがとー!」


 今年で高校生になった乃愛は、制服姿で俺に筆箱を渡してくれた。

 俺は筆箱を受けとると乃愛に抱きつく。


「夜はいつまで経っても甘えん坊さんなんだから」

「お姉ちゃんが大好きだからいいの!」


 こういうことをさらっと言える辺り、女の身体は都合が良い。もし男のままだったら「キモッ」とか言われて引かれることは間違えないだろう。


「まったくもう……! 陽菜ちゃん、夜のことよろしくね」

「わかった! 夜、学校行くよー!」

「ちょまっ!」


 陽菜が俺の首根っこを掴まえて、乃愛から俺を突き放す。

 おい、まだノーア成分が補給できてないんだぞ! このままだと俺は死ぬぞ! 禁断症状で死んじゃうぞ!


「はいはい、禁断症状なんて起きないから学校行くよ」

「なんでわかるの」


 完全に無表情だった筈だ。

 この魔王である俺の思考を読み取るとは、ただ者じゃないぞ。


「ある程度のことなら何でもわかるよ。夜の行動って昔から何一つ変わってないし」

「え"っ」


 マジで?

 俺はすっかり成長していると思っていたのだが……


「ほら、学校行くよ」

「ちょっ! 髪は引っ張らないで!」


 陽菜が俺の雪のような色をした白髪を引っ張って玄関へと向かう。

 それに合わせて執事のヴァルター・鈴木とメイドのルーシー・佐藤――最近は『凪』と呼んでいる――がお見送りに来た。


「い、いってきます!」

「いってらっしゃいませ、夜様」


 なぎさは軽く微笑みながら見送り、ヴァルター・鈴木はいつものキリッとした顔で執事らしく見送った。

 以前まではメイド服と執事服を着ていた二人だが、お父さんの出張で両親が家を開けるようになってから私服になっている。

 両親は今、世界中を旅して様々な事業を手伝っているらしい。家に帰ってくるのも正月やお盆休みといった時期のみで基本的には日本に居ない。

 ……まあ居てもそれはそれで乃愛と触れ合える時間が減るから良いんだけど。




「……お泊まり会?」

「そう。未来ちゃんと三人で」


 登校中、陽菜がそんなことを言ってきた。

 未来ちゃんこと『吉田よしだ 未来みらい』は去年から同じクラスで休み時間によく話す仲だ。家は学校を挟んで反対側にあるため、通学路で一緒になることはまずない。

 それで……お泊まり会だっけ?


「場所は?」

「え? 夜の家以外にどこかあるの?」

「…………」


 陽菜の家とか未来ちゃんの家とかあるだろうに……確かに我が家が一番大きいから否定はしないけど。


「そもそも一般家庭には執事やメイドなんて居ないんだからね?」

「そうなの?」

「そうだよ!」


 えっ? 家にメイド一人居ないとかあり得るの? そんなのもはや平民じゃね?

 これだけ貴族街みたいな場所が平民の住む場所だと言うの?


「何を考えてるのかは詳しくわからないけど、これだけは言えるわ。平民ナメんな」

「別にナメてないよ。ただ下等生物ごときがよくものけのけとこの街に住めるなって思っただけだから」

「はいはい、さすがは自称魔王様ですね。考えることが可笑しすぎて、ある意味感動的だよ」

「自称じゃなくて事実なんだけど」


 陽菜は俺が魔王であること知っている。

 それは二年前のある日に突然、陽菜の記憶がのだ。

 少しばかり動揺したが、それを期に俺と勇者は現状で把握していることを全て伝えた。幸い、陽菜は好戦的な性格をしていなかったため厄介事は免れたのだが、三日ぐらい口を聞いて貰えなかった。

 転生してから最もショックを受けた時期だった。

 俺は転生してからというものの、陽菜と一緒にいることが多く、陽菜の居ない日常など考えられなかったのだ。最終的には俺の精神が保てず、陽菜に泣きすがったことをよく覚えている。


 それ以降は陽菜も今まで通り接してくれるようになったが、呼び方が「夜ちゃん」から「夜」に変わった。

 本人は魔王相手に呼び捨てをして良い気になっているらしいが、俺からみれば生まれて初めて家族以外の親しい仲間ができて嬉しかったりする。


「それで、お泊まり会大丈夫? 大丈夫だよね。夜って暇人だし!」

「おい」


 勝手に決めるな……と言いたいところだが事実暇人だから何も言えないのが惜しい。


「じゃあ今夜ね!」

「こんやッ!?」


 速すぎじゃないかッ!? 普通は明日とかじゃないの!?


「ご不満でしたか? ?」

「うぐっ……」


 学校が近く、多くの小学生が周囲にいる中でその呼び方をしてくるとなかなか辛いものがある。

 陽菜は一言だけで俺をクラスから孤立させることが可能なのだ。「夜は自分のことを魔王だって言ってる」というだけで俺はクラスメイトたちから頭のおかしい人認定されてハブられるようになる。

 いや、ハブられるだけならまだ何とでもなるが、問題なのはそのあとだ。教師から呼び出されて三者面談なんてことになったら凪や乃愛に俺の痴態が晒されてしまう。それだけは阻止しなければならない。


「ごめんなさい。わたしが間違ってたからやめて……おねがいだから……」

「その表情で泣きすがるのは卑怯だよ」

「ん? 今なにか言った?」

「何でもない」


 そうか? 気のせいだったのか?

 ならいいや。何か言ってたような気がしたんだがな。

 気にしても仕方ないな。


「そういえば昨日の宿題難しくなかった?」

「そう? わたしは楽しかったけど」

「魔王が勉強を楽しむとか……」

「その呼び方やめてよぉ……」


 こっちは勇者の妹ごときに俺のメンタルはズタズタにされてて、プライドだって欠片も残ってないんだよ。頼むからこれ以上俺の傷を抉らないでくれ。


「ああ、ごめんごめん。……夜ってそんなメンタル弱いの?」

「結構貧弱だよ……玉座に居たときは強がってたけど、勇者たちが部屋に入ってきたときは漏らすかと思ったし……」

「漏らしてたら私たち、なんて言えば良いのかわからなかったよ」


 そりゃそうだろうな。

 勇者が万叔父して魔王城に乗り込んだと思ったら目の前で魔王がお漏らしして泣きわめく……どんな世界線だよ。一応これでも三百歳ぐらいの魔王様なんだぞ?

 三百歳のおじさんが勇者を目前に漏らしましたとか、勇者たちはどうすれば良いんだよ。俺だったら間違えなく引いてる。


「でも元から弱かったメンタルがさらに弱くなったのは間違えなくあの時だよ……」

「ああ、あの時ね。あの時の夜ってば何度も何度も泣きながら謝ってきたし、魔王を屈伏させた事実が心地よかったよ」

「もう魔王じゃないもん」


 ふんだ。どうせ俺は地雷で死んだだけの元魔王で今は魔法が使えるだけのただの幼女だし。どうでもいいさ!


「ごめんって。ほら不貞腐れないの。あとでケーキ持って行ってあげるから」

「わかった」

「素直だね」


 いや、ケーキを前に出されちゃったら仕方ないだろ。あの甘くて美味しいお菓子は食べたことがなかったからな。初めて食べた時は感動したぞ。

 アレは魅惑の味だ。逆に釣られないのが不思議だ。


「変な人について行かないでよね」

「大丈夫。ついて行っても魔法で殺せば良い」

「極端過ぎでしょ」


 そんなもんじゃないの?

 こっちとら『逆らったら殺す』制度を設けていた魔王軍だぞ。それぐらい普通じゃね?


「人殺しはダメ。あと知らない人について行ったらダメだからね!」

「わかったよ……」



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