優越感

 地主じぬし正勇せいゆうが森に潜む巨大な蛙、クストス・アクア・アルタを屠り哄笑を上げている最中、学校に地主じぬし正勇せいゆう以外の転移者達がチラホラと転移をして来ていた。

 そんな彼らはいきなり響き渡る哄笑に何だ何だと疑問を思っている。

 明らかに人の声で上げられた哄笑、明らかに動物の鳴き声では無いその笑い声は、森の中に学校校舎が存在する事を認識している彼らにとって、ある種不気味とすら思える音だった。

 その不気味ささえ感じさせる声が、学校の生徒であると言う事を認識する迄、彼らの一部は森の中にある程度の知識を余裕する存在が居るのでは無いかと思う事になる。

 自分の上げた笑い声が、校舎に転移してきた者達に疑問や不気味さを与えているなどとは露程も思わず、地主じぬし正勇せいゆうは自分のインベントリへとクストス・アクア・アルタを収納した。

 地主じぬし正勇せいゆうにとっては名前など知らないただの巨大な蛙であり、異世界へと転移して初めての獲物を引っさげて、校舎へと悠々と帰って行く。

 転移者達が順次転移してきている校舎の中、まだまだ全員が転移してきていない為、何処か静かな校舎内では、やや緊張感が漂ってはいるが急な環境の変化にパニックが起こらずにいた。

 これは何故か?

 生徒達の多くは何かしらの形で異世界転移というものの知識を保有していた。

 昨今は数多くの異世界転移や転生物のアニメやマンガ等が存在している為に、自分達がどの様な状況なのかという事を即座に理解出来ていたからである。

 勿論、彼らはアマテラスという形でイナンナと意思疎通をしている事もある。

 そして、それは生徒だけでは無く、教師陣も同様であった。

 教師という立場である為に、生徒の流行廃りには敏感である。

 それ故に、教師である彼らもまた、異世界転移や転生物のアニメやマンガを見た事は無くとも、生徒との対話の中でそういったジャンルの物語がある事自体は知っていた。

 異世界転移などと言う異様な自体に直面しても、緊張こそ校舎内にあるがパニックになっていないのは、異世界に転移するという状況を即座に飲み込んでしまう精神構造になる為の環境があった為だ。

 そんな中、誰よりも早く転移してきて、森の探索を終えた地主じぬし正勇せいゆうの姿を目聡く見つけたクラスメイトが声を上げる。

「あれって地主じぬしだよな?」

 そうして、下駄箱が並ぶ玄関口へと向かう地主じぬし正勇せいゆうを向かえる人集りが形成されたのだった。


 都立第六商業高等学校、主管指導教諭津貫つねかおり

 ホームルーム担当クラスを持たず、教諭の生徒指導を指導する立場にある。担当教科は簿記で、授業では商業簿記と工業簿記を教え、全商公益財団法人全国商業高等学校協会全計公益社団法人全国経理教育協会が監督する簿記能力検定試験一級取得を目指した授業内容で日々教鞭を振るっている、この六商都立第六商業高等学校の名物とも呼べる先生である。

 齢四十六歳になる彼女であるが、何の因果か自分が教える生徒が度々話題に上げる異世界転移に因って異世界に渡ったが、彼女はどっしりと構え現在の状況を把握するべく動き出していた。

 転移前より授業を行っていた三年B組の教室に既に転移していた生徒達に声を掛け、別のクラスの生徒とスマートフォンで連絡が出来るかどうかの確認をして貰う。

 電波が繋がらず音信不通と言う事を確認すると、教室に転移してきていた生徒達数名を連れながら校舎内の各教室を巡っていった。

 そして、二階の一年の教室前を渡る中、明らかに人の声と思しき哄笑が遠くから聞こえ、怯える生徒達が若干名いる中、彼らに声を掛けながら歩みが止まらないようにしている。

 明らかに転移してきた生徒の数が少ない中、数少ない教師陣とも合流。

 合流出来た人達で玄関口のエントランスで点呼をとり、誰が居て誰が居ないかを確認している最中、一人の生徒がふと外へと視線を向けると其処には見知った存在が居た。

「あれって地主じぬしだよな?」

 その生徒は偶然地主じぬし正勇せいゆうと同じクラスの生徒だったようで、何気なく口に出していた。

 その一声を発し徐に窓に近寄るその生徒に続くように、何だ何だとばかりに外の様子を見る為に移動する生徒達。

 教師陣は生徒がいると言う事で、確認の為に窓から外を眺めて確認をする。

 其処にはご機嫌な様子で枝を振り回しながら歩く一人の生徒がいた。

 ここに居る全員が思った。「なにしてんだ?あいつ」と。


 鼻歌交じりに意気揚々と言った趣で、玄関口を潜ったその先には三十人程の人集りが出来ていた。

「お?結構転移してきてるな」

 等と宣いながらマイペースに上履きへと履き替える地主じぬし正勇せいゆう

 この時彼は集まった人達を見て強くないなと思いながら、ゆったりと動いている。

地主じぬし~、この状況で何をやってきたの~」

 と、それに焦れるかのように発言をしたのは津貫つねかおり

 何処かの方言が癖として残っているのだろうか、やや特徴的イントネーションと語尾に若干の伸びがある話し方をする声を聴いた地主じぬし正勇せいゆうは、

「ツネちゃんか」

 ボソリと聞こえないように呟く。

「いや~、ちょっと能力の確認がてら散策をね。」

 そして、その次には何でもありませんよといった軽い感じで一言。

「何をそんな軽く…、解ってるの~?」

「解ってるからこそだよ。

 ツネちゃんはアマテラス様に会わなかった?」

「会ったわよ~。

 だからといって一人でなんて不用心すぎるわよ~」

 後頭部に手をやり頭を掻きながら地主じぬし正勇せいゆうはこれに反論を返す。

「俺がここに来たときは誰も居なかったんだ。それに、いつ来るかも解らないし、そもそも来るかどうかも解らなかったからな」

 何処か投げやりな印象さえ与える程の話し方で答える地主じぬし正勇せいゆう


 まーあ~、一人でないのは有り難いか。

 ツネちゃんがアマテラスと会っているみたいだし、何かしら能力を貰えているだろう。

 ってことは、他も何かしら能力があるはずだからな。

 後は、どの程度かと言った話だが、そこはこれから確認して聞けば良いか。


 津貫つねかおりと会話をしつつ胸中でそう結論づけると、

「ま~、何だ。不用意だったのは認めるよ。襲われたしな」

「大丈夫だった?」

「特に怪我も無く殺せたぜ」

 なんて事は無いとばかりに言った何気ない一言。

 地主じぬし正勇せいゆうにとっては何の問題も無い一言だが、命の遣り取りから遠い場所。平和な日本で生きてきた彼らにとっては想像すら出来ない事だった。

 それこそ、アニメやマンガじゃ無いんだからと言った感じで流すものが殆どだったが、一部の生徒はここがどの程度の危険を孕んでいるのかに意識が向かっていた。

「殺したって…、貴方~そんな簡単に」

「転移する前だったら確実にこっちが殺されてたな。今だから楽勝だったが。

 だから、ここで生きていく為には、身を守れるだけの力が必要だ。

 だれが、何を出来るのか。つまり、どんな能力を与えられているのかはハッキリさせて置いた方が良いんじゃ無いか?」


 よし、自然な流れで話を持って行けたぞ。


 地主じぬし正勇せいゆうはそんな事を思いながらさらに言葉を紡いでいく。

「因みに何だが、参考程度に俺が仕留めたモンスターを見てみるといい。」

 そういいながら足を動かす地主じぬし正勇せいゆう

「そこそこ、でかいから離れてな」

 インベントリに納めていた巨大な蛙を徐に取り出す。

 インベントリから取り出された巨大な蛙であるところのクストス・アクア・アルタは、唐突にその場に現れた。

 ここは学校の玄関口、直ぐ隣は下駄箱が並んでいるのが見渡せるエントランスホールに、場違いな様相を呈する蛙の死体。

 あちらこちらから、息を飲む声が聞こえてくる。

 小さな悲鳴にも似た声を上げる生徒もいる中、地主じぬし正勇せいゆうは目の前の人集りに視線を向ける。

 そこに在ったのは巨体の両生類に対する忌避感、死体に対する嫌悪感、そして、それを怪我の一つも無く仕留められる地主じぬし正勇せいゆうに対する憧憬、又は容易に生き物を殺せる存在に対する恐怖であった。

 様々な表情が見え隠れし、巨大な蛙の死体へと視線が集中する中で、彼らの顔を覗き見る地主じぬし正勇せいゆうの表情は優越感に浸っていた。

「ちょっと、森の中に入っただけでこんなのと遭遇する場所みたいでな。

 出来る限り早く誰がどんな能力を与えられたのか確認した方が良いと思うんだがどうだ?」

「そ、そうね~。これはかなり危険な場所ね~。」

 一速く思考を復帰させた津貫つねかおりであったが、その表情は強ばり目の前の蛙の死体へと注がれている。

「じゃ、一旦これはしまうぞ。」

 スンと擬音語が聞こえてしまう程に唐突に死体が消え去った。

「ここで話すのも何だし、何処か適当な教室で話そうか」

 話の流れの主導権を握った地主じぬし正勇せいゆうに導かれ、近くの一年B組の教室へと移動する面々。

 移動した先で、地主正勇の能力の公開、そして自分の能力の確認方法などを教わり、それぞれがどんな能力を与えられたかを黒板に記していく。

 だが、そこには地主じぬし正勇せいゆうのアマテラスの英雄と、それにより獲得出来たクラスと職業以外は名前が書き連ねるだけとなっていた。

 地主じぬし正勇せいゆうは心の中で思った。


 今後転移してくるヤツが居るかも知れないが、余程の事が無い限り俺より強いヤツは居ないかも知れないな。

 だとしたら、コイツらは俺がいなければ安全ではないと言うことだろ?

 やりたい放題じゃ無いか。


 そんな地主じぬし正勇せいゆうの胸中とは逆に、それ以外の生徒と教師は顔色を悪くしていった。

 あんな巨大な蛙と戦えるだろう存在が一人しか居ない事に。

 そのたった一人を失えば自分達がたちまちに窮地に陥るだろう未来を想像して。

 そして、出来得るならば、この後転移してくるだろう生徒なり教師なりが、何かしらの能力を与えられている事を願っていた。

 また、自分が何故異世界転移したのにも関わらず、ステータスが表示出来るようになっただけの無能なのかと嘆きもあった。

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