能力喰らい

 転移した都立第六商業高等学校の校舎とその敷地と、元々在った森との境界に地主じぬし正勇せいゆうは佇んでいた。

 目の前に一本巨木を視界に収めてそれを見上げる。

 直径は優に二メートルは超える幹、枝葉の生えている所まで十数メートルはあるだろうか、その遠くに見える葉から溢れる日の光を浴びて、十メートル程の高さの木々が群生している。

 高さ百メートルを超える巨木の足下に生える立派な大樹達。

 その大樹達も巨木と比べれば小さく見えるが、これまた時を感じさせる立派な幹を持っている。

 巨木から溢れる僅かな光を頼りに、その身を維持する様は感嘆の一声が漏れるだろう光景。

 巨木を見やり口を開けつつ見上げる様を晒していた地主じぬし正勇せいゆうであったが、満足したのか脚を動かし始め森の中へと入っていった。

 巨木と大木に遮られる事により地表に届く光は極々僅か。

 仄暗く鬱々とした森の中をゆっくりと歩んでいく。

 一応程度だが迷わないように用心し、学校の校舎が見える範囲だけと考えて森の散策を始め、歩みを進める地主じぬし正勇せいゆうだった。


 この世界、この土地の森は兎角深い。

 遠くから見上げればその樹上を拝む事は出来るだろうが、一度森の中に分け入れば木の天辺を見上げる事など出来なくなる。

 高さもそうだが広がりも又深い。

 歩きで移動すれば森を抜ける為に掛かる日数はどれ程になるかも解らない程。

 さらに言えば脅威となる動植物も多い。

 幻想的な世界特有の様々な魔物が跳梁跋扈する場所、それが地主じぬし正勇せいゆうが学校校舎と共に転移して来た森だ。

 森の木々から齎される様々な恵みは、草食性の動物や魔物だけでは無く、肉食性の動物や魔物にとっても楽園と思える程ある。

 そんな森の奥深くに急に現れた人工物という異物。

 何の脈絡も無く存在するこの校舎を遠巻きに眺める存在が居る。

 そんな彼は、自身の理解が及ばない構造物から離れていく影を見つける。

 彼は捕食者だ。動いている物を見つけるとそれを捕食せずには居られない性質を持っている。

 学校が現れ光が振り注ぐ場所には容易には近づけなかったが、自ら森の中に入ってくる存在には、何の躊躇も無く近づいて行くのだった。


 足下には苔に覆われ所々地面が除く程度、下草はシダによく似た草久が所々に生い茂っていた。

 陽光が届かない所為だろう、足下は苔に足を取られなければ比較的歩きやすい。

 森へと入ると直ぐ其処に比較的最近朽ちたであろう一本の木があった。

 元々は数十メートルサイズだったで在ろうその木は所々腐り始めているようだが、都合良く乾燥している一本の枝を見つけると、地主じぬし正勇せいゆうはそれを手に取り歩みを進めていく。

 ピっと風音が鳴る程の速さで手にした枝を幾度か振り抜き、具合を確かめながら歩みを進めていく。

 どうやら武器の代わりにでもするようだ。


 ここまでにしておこう。


 先ほどまでのハイテンションは消え失せ、光が届かない故に湿度が高く、木々の天蓋の所為で熱が籠もる森の中を歩いていた地主じぬし正勇せいゆうは、すっかり落ち着いた精神状態で判断を下し元来た道を引き返そうとした。

 そんな折徐々に近づいてくる音に気付く。

 足音に何かを引き摺る音。草葉が揺れる音も鳴り響いてきていた。


 何か居るのか?


 音の来る方に意識と身体を向けながら、ジリジリと学校に向けて後ずさりで移動しつつ警戒をしているとそれは見えた。

 森の風景に溶け込む保護色となった肌、でっぷりと肥え太った身体に太い四本の足。

 身体を地面に引き摺りながら移動するのは、体高が二メートルを越す巨大な蛙であった。

 一度認識してしまえば、何故に気付かなかったと思える程の巨体。

 発達した後ろ足、湿り気のある葉の緑色と木の幹の茶色の肌。ギョロリと地主じぬし正勇せいゆうを見つめると言うよりは眺めるように捉える瞳。

 森の中で自ら生み出した水源を中心にして住み、水分補給した哀れな存在を狩る蛙がそこに居た。


 いやいやいや、最初はゴブリンとかそういったザコモンスターじゃないの?


 ドスンと音を響かせる足音、それと同時に聞こえてくる腹を引き摺る音。

 圧倒的な体重を感じさせる重低音が徐々に近づいてきた。

 口を開く蛙、そこから伸びるのは長大な舌。相手を捉える為に放たれた一手を交わす。


 くそ!なんでいきなり強そうなモンスターなんかとエンカウントするんだよ!


 疑問、憤りを感じながらも、まだまだ余裕のある思考を保つ。


 でも、今の攻撃を見る限り何とかなるか?


 相手を見据え次の行動に備えながらもそう分析する。


 鑑定スキルがあれば悩まずに済んだのに。


 未だに踏ん切りが付かない地主じぬし正勇せいゆう

 ステータスという摩訶不思議な物を身につけたとはいえ、未だに感覚的には一度も命の遣り取りなどをした事もない高校生。

 異世界チートでウハウハと浮かれていた心は既に無く、目の前の脅威にどう対処するべきかを考えていた。

 見た事も無いような巨体を持つ蛙、本来であれば死を感じるような状況であって尚地主じぬし正勇せいゆうは冷静だった。

 心は理解せずとも身体は理解していたのだ。

 目の前の存在が自分のステータスで対処可能な事を。

 それを意識して自覚出来ないが故に彼が逡巡しているその間に、巨大な蛙は伸ばした舌が戻りきり全てを口の中に収めると同時に、発達した後ろ足を使用して水平方向にジャンプを繰り出した。


 げっ。


 急激な突撃を敢行する蛙に驚きながらも、猛威を放つであろう突進を避けるべく足を動かす。

 するとそれに反応するようにその発達していない首を巡らし、地主じぬし正勇せいゆうを視界に収めた蛙が次の取った行動は、中空に浮いている状態から再度の舌による攻撃だ。

 突進を避ける為に踏みだし動いていた足は、その舌を避ける為に移動先を替えるべくベクトルを変化させようと地面を踏みしめる。

 が、苔に足を取られて避けきれなかった。

 来る衝撃を想像し身を固める地主じぬし正勇せいゆう地主じぬしは舌の一撃を右肩に受けてしまう。

 だが、訪れた衝撃はそんな覚悟をあざ笑う程軽い物だった。


 あれ?そんなに痛くない。


 そう、地主じぬし正勇せいゆうのステータスはあれほどの巨体から繰り出される攻撃力に抵抗出来るだけの防御力を備えていたのだ。

 舌があった右肩を見つめる瞳に攻撃的な光が宿った。


 ハハ、何だよ、弱いじゃないか。


 先ほど拾った枝を竹刀に見立て青眼の構えを取ると、地表面の凸凹を意識しながら摺り足で近づいていく。

 ジャンプにより近づいていた蛙の巨体に直ぐ様近づくと攻撃を繰り出していく。

 その動きは対人を想定した、地主じぬし正勇せいゆうが習った剣道のそれ。

 相手を切り裂く斬撃では無く、相手を打ち据える撃剣。

 幾度も幾度も打ち据えられる枝、枝、枝。

 一見して何の変哲も無い枝は装備した事により地主じぬし正勇せいゆうのステータス影響下に入り、枝のステータスにプラスされていた。

 さらにクラス剣道家とスキル五行の構えの影響を受け、1%程度とはいえ確かに補正値が乗った一撃が連打となって目の前の巨体を打ち据えていく。


 びびって損したじゃないか!


 生物を打ち据える事に興奮を憶え一心不乱に甚振っていく。

 一方的な攻撃の末、地主じぬし正勇せいゆうはふと気付く。

 目の前の蛙の動きが鈍ってきている事に。


 早くしねよ!


 さらに情け容赦なく打ち据えられる枝。

 そして程なくすると、その巨体は一切生命の息吹を感じさせなくなる。

「よえー、よえーな~!」

 響く声。

 興奮した声が森の中を駆けていく。

 そして、地主じぬし正勇せいゆうの身を駆け巡る力の奔流。

 

 あー、これが殺す感覚。最高だ。

 そして、今身体を巡るこの力の奔流は何だろう。

 すごくイイな。

 ステータスオープン


ステータス

HP3,400/3,400

MP3,400/3,400

SP3,400/3,400

攻撃力340

魔攻撃力283

防御力226

魔防御力200


レース

アールビーテリウム


クラス

剣道家


スキル

言語理解

インベントリ

五行の構え

介者剣法

アマテラスの英雄


経験値

8,471/11,249

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