反発無き部屋

 彼地主じぬし正勇せいゆうは子供の頃から夢見がちな男の子だった。

 幼少の頃誰もが夢見る空想上の物語。そこで活躍する正義の主人公に憧れていた。

 歳を重ねる毎に現実を体感する事によって、少年は現実を見つめる事になっていくのだが、それでも彼は憧れていた。

 その結果として彼は所謂サブカルチャーと呼ばれる物の中でも、アニメやマンガ等に傾倒していくようになっていった。

 彼が高校生になる頃合いには、スマートフォンで簡単にWEB上で公開されている様々な小説に出会える環境が整っていた。

 そこには、異世界に何らかの形で旅立ち、そこで生きていく主人公達が描かれていた。

 彼は憧れた。そんな異世界で活躍する主人公達に。

 彼は嫉妬した。そんな異世界で活躍する主人公達と自分を比較して。

 何故自分は凡庸なのだろうか?

 もしこの凡庸さが、物語で語られるような物で、転移や転生をする前の主人公の生い立ちと同様ならばどれだけ良かったのだろうかとと。

 そんな事を考えながらの高校生活は彼に彩りを与えなかった。

 主人公に憧れて剣道を習いもしたが、何時しかその熱はアニメやマンガのコンテンツを消費する為だけに傾けられていった。

 そんな時に今回の転移が起こったのだ。

 元から彼は渇望していたのだ。

 異世界へと渡り、そこで描かれているような強さと輝きを。

 それ故に容易に神群の思惑を受け入れてしまう。

 そこには一切の躊躇無く、自分が思い描いている世界が開かれると信じて疑わない愚直な少年が居ただけだったのだ。


 漆黒の空間。あらゆる物をその闇の中に収めてしまうような場所に、地主じぬし正勇せいゆうはポツネンと在った。

 ぼうっと佇むその姿は、意識無く周囲の光景を瞳に映すばかりで意思がないさまだ。

 そんな折一柱の女神が彼の前に降臨した。

「初めまして地主じぬし正勇せいゆう、私はアマテラス。今回の転移について説明をしに来ました」

 アマテラスの声を聴き意識が覚醒する正勇せいゆう、瞳に意思の光が灯った。

「え?」

 何処か寝ぼけているような声を上げながら、目の前に居る美しいと思える女神を眺めながら、周囲へと意識を向けてどこに居るのかと疑問を持った。

 その疑問に答えるようにアマテラスは声を掛ける。

「ここは世界と世界の狭間です。貴方はとある事象によりこれから異世界へと旅立ちます」

 ポーッとした表情をしていたのは数瞬、彼は自分に投げかけられた言葉の意味を理解していくにつれ、その心に歓喜がにじみ出してくるのを感じた。

 渇望していた異世界の転移が、夢現と思っていた物語の中の空想の出来事が、あの夢にまで見た異世界への旅立ちが今ここに結実していると言う事を実感して感情が波打った。

「はい」

 正勇せいゆうは自身の心が暴走しないようにするのに精一杯で、物語のような気の利いた言葉が一切思い浮かばず、素直に返事を返しつつ笑顔を女神へと向けていた。

「貴方にその事情を話す事は出来ませんし、貴方が他の世界に転移すると言う事は既に事象として確定してしまっています。

 なので、これから向かう先で少しでも優位となるように私から貴方へと力を授けましょう」

 緊張しているのは目の前の存在が頂上の存在と言うばかりでは無く、正勇せいゆうの求める美しさを兼ね備えた絶世の美女と言う事もある。

 そういった複数の要因から来る緊張を胸に、アマテラスから力の奔流が流れ込んでいく。

 それは光の奔流だった、その光は正勇せいゆうの身体に何の抵抗も示さずにすんなりと吸収されていった。

 まるで周囲の漆黒があらゆる光を飲み込んでそこに在り続けるがの如くであった。

「貴方には私の加護を与え、戦士として最上の可能性を与えました。

 これを使い、これから向かう世界で活用して下さい」

 正勇せいゆうは理解した、自分に流れる力の在り様を。ステータスオープンと心の中で思うと目の前に様々な情報が羅列した。

「流石です。それは自身の力を確認する為だけでは無く、伸ばすときにも活用出来ます」

 正勇せいゆうは、興奮を憶えながらアマテラスの言葉へと応える為首肯をしながら自身の力を確認していた。


ステータス

HP3,400/3,400

MP3,400/3,400

SP3,400/3,400

攻撃力340

魔攻撃力283

防御力226

魔防御力200


スキル

アマテラスの英雄


「私が与えた加護により貴方が元いた世界の常人の能力を遙かに凌駕する身体能力と、戦士としてあらゆる可能性を秘めるスキルが発現しているはずです。

 ここでその能力値を見ているだけでは実感は湧かないでしょうが、実際に身体を動かせば解るはずです」

 両の掌を握っては開きを繰り返しながら「あー」と、生返事を返している正勇を他所にアマテラスは言葉を繋げる。

「ここに止まれる時間が無くなってきました。

 最後に貴方に幸多からん事を」

 その耳障りの良い声を聴きながら正勇の意識は再び閉じていく。


 そこは教室だった。

 今までのは夢だったのかと思うか思わない位の時間が流れる前に、正勇せいゆうははたと気付く。

 誰も居ないと。

 あの夢心地の中の様なアマテラスとの邂逅の前には確かに一緒に授業を受けていた同級生の姿がまるで無い。

 周囲へと視線を巡らせ外を眺めると、教室の窓の外の景色が一変していた。

 東京郊外の長閑な住宅街では無く、木漏れ日指す森がそこには広がっていたのだ。 

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