デイフの殻

 仄暗い場所。光源となるのは茫洋と光を放っている足下に宙に頭上に存在する不可思議なデイフの水のみ。

 そんな場所に黒髪赤瞳の一糸纏わぬ神が一柱。

 イーティス神群は転移を司る女神イナンナである。

 水が跳ね、ぶつかりながら時間がゆったりと流れゆくこの場所に、突如として四百名を越える人間達が空間から徐に出現した。

 それまで何の意図も無いままに、気まぐれで動いている様相を見せていた、光をボウと放っていた水が動き出す。

 この水しか無い場所に突如として現れた人間達は、意識の無いまま水に掬い取られる事によって、地にその身を打たれる事無く中空に漂う。

 そして、水に支えらた意識の無い彼らを、彼らを受け止めた水が包み込んでいく。

 やがて無色透明だった水は、寄り集まる事により向こう側を見渡せる、水を湛え薄緑色をした容器と変貌していく。

 その替わった姿はまるで透明の殻を持つ卵の如く印象を見る物に与えるだろう。

 だが、その卵の中に入っているのは未来ある生命の坩堝では無く、既にかたちを得て成長した人間。

 だが、その人間達は次第に溶かされていった。

 その様はまるで新たな生を授けんとするようであった。

 一度成長しきった身体を溶かし、デイフの水と混ぜ合わせ、新たに身体を再構成していく。

 そして、元々在った身体を原料とし作り替えられた彼らの身体は、元の身体の特徴を有しながらより眉目に優れた容姿を持っていた。

 そんな生命の破壊と再構築という光景を生み出す為にデイフの水を操作しているのはイナンナ。

 彼女の仕事は異世界転移を司る事。

 つまりこの光景は異世界へと転移する為の何かしらの準備という事になる。

 水の殻の中で彼らは異世界の環境に適用するように、再構築の際に見た目以外にも様々な変化を加えられている。

 免疫機能の調整に代表される肉体機能の調整と、世界の理との適合性の検査。

 さらに世界の理を介した能力の付与。

 これらを行いながら深層心理に働きかけ、彼らに異世界転移が行われた事を自覚させていく。

 肉の鎧を剥がされた魂は、容易にその有り様を変容される。


 この場所は異世界へと渡る為の準備を行う場。

 身体を作り替え、精神を変容させ、魂を順応させる場所。

 外界からの影響を極力排したここで、彼らは転移者としての在り様を手に入れていく。


 デイフの水、それは転移を司るイナンナの力。

 デイフの殻、それは転移を行う者達の揺り籠。


 デイフの殻がバシャリと音を立て水へと戻る。殻が割れ彼は孵化した。

 彼の名は地主正勇じぬしせいゆう、今回の転移者の中で最も世界の理との適合性が高く、最初に準備が終わった一人の学生だ。

 彼は最初の転移者として、他の場所に保管されていた高校校舎と共に送られていった。

 そんな事など露知らず、他の転移者達は殻の中で孵化の時を夢見の中で意識せずに待っていた。

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