最終話 〜マツイ リョウスケ〜

 出し抜けな一人旅行を一日で済ませたあと、僕は鏡を見ていた。そこに映るボクはどこか心ここにあらずだった。まるで、僕が見えていないかのように。

 「僕が鏡を見ていない時、彼は何を見ていたのだろう?」ふと思った。

 

 「キミは何を見ているんだい?」


 僕は尋ねた。


 「何も見えていないよ。」


 彼はそう答えた。


 「僕も見えてないのかい?」


 僕はそう尋ねた。


 「何も見えてないんだよ、本当に。」


 彼はそういうと、泣き出した。


 僕はその様子を訳もわからず見ていた。僕は言葉を発することが出来なかった。何故か、彼は赤い涙を流していたのだ。


 「鏡には、何も映らないんだ。ボクの姿を映してくれないんだよ。」


 彼はそう言った。


 僕はどうすればいいか分からなかった。その場から去ってしまうこと以外には。僕が彼を目にした、最後だった。




 僕は、気が付いたら寝室で寝ていた。あまり、昼寝をしないのだが、今日は疲れ切っていたのだろう。

 起きると、時刻は午後六時になっていた。とても体が重く、何もする気にはなれなかった。だが、僕にはしなければならないことがあった。

 重い足取りで、僕は洗面所に向かった。彼がどうなったのか、しっかりと確認しなければならない。

 鏡は赤一色に染まっていた。それに、鏡に彼の姿はなかった。というか、何もないのだ。

 僕はパニックになった。わからないことばかりだった。


 何故、彼は消えてしまったのだろう?


 何故、鏡が赤くなっているのだろう?


 僕は今、どんな顔をしているのだろう?


 どうすれば、いいのだろう?


 答えは何も分からない。


 三十分くらい思いに耽りながら、鏡を見ていると、鏡にマツイ リョウスケが映った。彼は、村上春樹の本を読んでいた。しかし僕には、彼が何を考えているのかが、分からなかった。

 僕は、彼が言ったことを思い出した。


 「自分自身が何を考えているか、分からないんじゃ、自分が自分じゃ無いみたいじゃないか。」


 確か、彼はそう言っていた。

 

 そうこうしてる間にマツイ リョウスケは次のページに進もうとしていた。


 「パシャ、」


 後ろで本のページを捲る音が聞こえた。


 僕は驚いて、後ろを振り返った。


 そこには、本を読んでいるマツイ リョウスケがいた。


 マツイ リョウスケは、僕の全てを見透かしたような顔でこっちを見た。


 僕は、今なら自画像を描けそうな気がした。マツイ リョウスケは細い目という、特徴的なパーツを持っていた。


 「これは夢なの?」


 マツイ リョウスケは、僕に尋ねた。


 「夢じゃない。」


 僕は小さな声で、そう答えた。




          了

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赤の鏡〜そこに映るのは〜 素面の暇人 @515215

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