第一印象を訂正しておくためのレポート

 グラスを傾けても乱反射する光がプカプカ浮いているだけで、目を凝らしたところで求めてるものが見えるわけでもなかった。


 何が欲しいのかもわからないし、ただ体をアルコールで浸したい。特に頭痛もないし、とにかく自分がそれを欲してる。なんだ欲しいものがあるじゃないか…と自問自答して、自分が少し酔っていると自覚した。背後から人が近づく気配がわかる。わかるということは、まだ飲んでも大丈夫だなと、彼は高を括った。


「なんでまた飲みに来てるんだよ。おまえ懲りないな」

 自分の斜め後ろから声がした。笠原拓だ。呆れ顔をこちらに向けている。伊野田は笑みを浮かべてグラスを掲げた。

「荒地とおさらば記念だ」

「琴平さんにどやされるぞ」

 拓はそう言いながら、隣の席に腰掛けてドリンクを注文した。彼が酒を一口含むのを待ってから、伊野田は訪ねた。


「あんた、これからどうするんだ?」

「……、来た道を戻ってみようと思う」

「なんで」

「俺が探してる物って、昔にありそうだから」

「やすっぽい歌みたいな理由だな」

 伊野田は、うはは、と控えめに笑い声をあげた。

「うるさい。いきなり笠原本社に乗り込むわけにもいかねぇし。戻ったところで情報漏洩罪とか理由をつけて捕まっちまうだろ。だから少しずつ戻りながら、デザイナーベイビーについて探るよ。情報は都度送る」

「そうか」


 伊野田は手にしたグラスを揺らしながら、バーカウンターを眺めた。どこかからか視線を感じる。テレビではホッケーの試合が放送され、店内にはダウナーミュージックが流れている。


 カウンタの反対側のボックス席から女性がこちらを、自分を見ていることに気が付いた。二人いる。肌を程よく露出させた光沢のあるワンピースに、髪が艶やかなのはラメでも塗っているのか店の光のせいなのかはわからなかったが。

 拓は、伊野田がそちらを敢えて見ないようにしていることに気づき、ふと思い出して訊いた。


「前さぁ、なんでバーで女の誘い断ったんだ?」

 すると伊野田は、少し躊躇いつつも、どこかバツが悪そうに口を開く。

「興味ないから」

「え?」 

 何を言っているのか意味がわからず、拓は素っ頓狂な声を上げた。伊野田は「あぁ」と声を上げて髪を掻きむしったあとに、体の向きをこちらに向けて力説を始めた。ご丁寧にジェスチャー付きである。彼は人差し指をピンと立てて拓を見据えた。


「そうじゃなくて、ええと…言い方が良くなかったな。女の子は素敵だと思うよ。でも仲良くなっても仕方ない。先がないから」

「え?」先ほどと同じトーンで、半眼の拓が首を突き出しながら声をあげる。


「極度の潔癖症…っていつもなら説明するが、デザイナーベイビーとしての性質問題だ。自分の素材のせいで、人に触ると発疹が起きるんだよ。運が悪ければ失神する。簡単にいえば人間アレルギーだな」

 伊野田は苦い顔をしながら両手でホールドアップの姿勢を取った。ちゃんと話すから、話題にも体にも触れてくれるなということか。


 それを聞いた拓は表情をにやにやと緩ませて、まるでイタズラを思いついた子供のように笑みを浮かべている。いやらしいほど三日月型になった目を伊野田に向け、顔を近づけて面白がるように口を開いた。


「なーるほどぉー。つまりおまえってまだ…え?…その外見で? まだなの?」

「だまってろ」

 

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