ピンチ回避のレポート(1)

 派遣警備のオートマタはにこやかに挨拶をし、荒地一体の警備をして回っていることを簡単に説明したあと、一斉スキャンをしたらすぐに立ち去ると言い、右手を掲げた。それ自体がスキャン機能のはずだ。拓は目を瞑った。ほんの一瞬、カメラフラッシュのような小さな閃光が店内で起こり、全員のスキャンが完了した。


 彼女が「ありがとうございました」とマスターに礼を言いドアへ振り返ったので、カウンタの男はまた穏やかな顔に戻り、テーブルの方へ体を戻した。しかしオートマタが退室することはなかった。


「あら? IDエラーが一件ありますね。どなたでしょう?」

 そう言って振り返り、首だけを左右に動かしながらまっすぐこちらに向かって進んでくる。その目が明らかに自分を捉えたので拓は思わず口をつぐんで目を見開いた。


 しかし横では男が再度、目を細めて警戒していることに気づく。男が後ろ腰に右腕を回しているのは、何も腰痛というわけではないだろう。装備がそこにあるからだ。表情は穏やかな振りをしているようだったが琥珀色の瞳がどこか緊張を帯びている。


 オートマタは拓の目の前で足を止めた。再度スキャンしようと右手のひらを掲げて見上げている。エラーが自分ではないとわかった客たちは、興味はないのかこちらを見ているものは殆どいなかった。隣の男の視線が気になりはしたが、拓はわざとおどけてみせた。


「あれ?俺か」

「はい、そのようです。ご協力お願いします」

 拓は、「お手柔らかに頼むよ」と言い席を立ち、まるでダンスのエスコートをするかのように彼女に接近した。掲げられた右手が自然に閉じられるように、自分の手を被せてから両手で覆った。さながらマジシャンのような手つきで、拓は手元を見ることなく、わずかに手の位置をずらして密やかにオートマタをハッキングする。


 自分のリスト型端末から出力させたマイクロホログラムを一瞬でその手首にかざし、何事もなかったかのように手を離した。音もしなければ、声もあがらない。強いて言えば、円環が一瞬ブレたかもしれないが、肉眼で捉えられることはないので、誰も気づくことはない。これでほんの短時間であるがこちらの制御に置くことができ、跡が残らない。相手が笠原工業製の機体ならなおさら楽に対応できた。オートマタが瞬きする間の出来事だった。それは拓の偽造IDを期限切れ未更新IDと判断処理し、「すぐに更新するように」注意をしてから、また入口の方へ進んでいった。

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