【改稿版】第7話 十万人記念凸待ち配信(その2)
『さて、それじゃあユキくんを段ボールから引っ張り出して20万人記念配信を続けていくよ』
『こ、ココママ、二十人じゃなくて十人だよ……』
『戯れ言を言ってるユキくんはモフモフの刑に処すよ』
『も、もふもふ?』
『もちろん、次のオフコラボでユキくんを抱きしめてモフモフするんだよ』
『っ!? そんなことされたら僕の体が持たないよ……』
『私は全然歓迎だよ!?』
『歓迎しないで!?』
手をわきわきさせながら近づいてくるココママのアバター。
今回はオフコラボではないために直接的な危険はないはずなのに、なぜか本当に背後から襲われそうな雰囲気を感じる。
サッと後ろに避けるけど、やはり何事もなかった。
『どうしたの?』
『な、なんでもないよ!? そ、それよりも先輩を待たせたらダメだよね!? つ、次にいくよ』
次に通話を繋いだのは
一期生の中では見た目がすごくギャルで中々話しかけにくそうに思えるが、実際はすごく優しい、シロルームでは比較的珍しい清楚枠を担当している。
特に見た目とのギャップが良いのかな?
ただ、初めて話すとなると緊張してしまう。
『あ、あの……、こんわふー』
『ふははっ、私がきた!!』
『お帰りください』
永遠先輩に掛けたはずなのになぜか朱里お姉ちゃんに繋がってしまう。
不敵に高笑いするお姉ちゃんに僕は反射的に返答していた。
『つ、冷たくないか? 緊張しているであろうゆっきゅんのために一肌も二肌も脱いで全裸待機していたのに――』
『あかりん先輩はもう最初に凸してくれましたよね? それに風邪ひいたらダメですから服は着てください』
『もう、お姉ちゃんって言ってるのに』
『言って欲しかったら邪魔をしないでください』
『わ、わかったよ。それじゃあイリアンに変わるよ』
朱里お姉ちゃんがそういうと通話はそのままに声がわかる。
『全く、あかりちゃんがごめんね。ユキくんの緊張を解こうとしてくれたの。悪気はなかったからほどほどに許してあげてね』
『あ、あ、あうぅぅ……』
あまりにも突然の永遠先輩の優しい声に、僕は思わず上擦った声を出してしまう。
『そんなに緊張しなくてもいいよ。全部私に任せてくれたらいいからね』
『あぅあぅ……。あ、ありがとうございま……、痛っ』
その場でお辞儀をして机に頭をぶつけてしまう。
『だ、大丈夫!? ユキくん』
ココママが心配してくれる。
『う、うん、大丈夫。そ、それよりもこんわふー。じ、自己紹介をお願いしてもいいですか?』
『そんなに緊張しなくてもいいよ。深い常闇からこんばんは。私は
『と、常闇からこんわふー。僕は……』
『あははっ、ユキくんのことは知ってるよ。段ボールハウスに住んでる拾い放題の子犬ちゃんだよね?』
『拾い放題ではない……ですよ?』
『もう私が拾いましたからね?』
『大丈夫。私もココユキ賛成派だよ。ユキユイも可愛い子達がわちゃわちゃしてていいんだけど、やっぱり安定はココユキだよね?』
なんだろう? 開始数秒で清楚が吹き飛んでしまったように思えるのだけど?
『ゆっきゅんはお姉ちゃんのものだぞー』
朱里お姉ちゃんの声が遠くから聞こえてくる。
もちろん永遠先輩はその声を無視して話を続ける。
『あのあの、その……、僕とは普通に接して貰えると……その……』
『大丈夫だよ。私はその辺の分別をしっかりわきまえてるからね。ナガメちゃんみたいに割って入るようなマネはしないからね。眺めているだけでご飯食べるからね』
『……全然大丈夫じゃないですよ』
『えぇぇ!? 別にこのくらい普通だよ?』
“全く普通じゃないw”
“先輩ブレイカー”
“今まで積み上げてきたイメージがw”
『ユキくん、そろそろ……』
『あっ、そ、そうだった。えっと、トークデッキ、トークデッキ……』
『今日は黒のえっちぃやつだよ?』
『な、なんで先に、しかも一番聞きにくい奴を答えてるのですか!?』
『こういうときの定番だからね』
『定番にしないでください……』
さすがに恥ずかしくなって顔を真っ赤にする。
これ以上深掘りされても困るので、僕はトークデッキから一枚抜き出していた。
『えっと、【最近はまっていること】はなんですか?』
『うーん、はまってることかぁ……。ここ最近ちょっとバタバタしてて行けてないのだけど、例えばパンケーキの食べ歩きとか?』
『おいしいですよね。山のように積み上げられたホイップが乗ってるやつとか』
『私も好きですよ。あのイチゴの甘酸っぱさが甘さ控えめのホイップと合うんですよね』
『話してたら行きたくなってきたよ。今度みんなで一緒に行かない?』
『えっ!?』
『いいですね。行きましょう』
『あ、あの、僕は……』
『じゃあ、決まりね。今度日程送るから』
『ぼ、僕、まだ返事をしてないのだけど……』
何も言わずにトントン拍子に決まっていってしまう。
でも、ココママはわかってるはずだよね?
その、僕が男だってことを……。
『それじゃあ、ユキくんとココママ、またね』
話すことだけ話して永遠先輩は去って行ってしまった。
僕に拒否する暇を与えずに……。
“オフコラボ決定w”
“さすがに配信はないでしょ”
“ユキくんの体力がすでにゼロの件”
“一期生が続いてるってことは次は最終兵器の出番じゃないのか?”
呆然としていた僕だったが、コメント欄の言葉で覚醒する。
そうだった。次は一期生のまとめ役で、自分にも他人にも厳しい海星コウ先輩だ。
シロルーム随一の常識人である彼女を前にすると朱里お姉ちゃんでも震え上がるところから、飼い主の異名を欲しいがままにしている、とか。
アバターの見た目はすごく優しそうな人なのだけど、人を見た目で判断してはいけないことは、これまでの出来事ではっきりと分かっている。
再び緊張してきて、思わず段ボールの中へと入りたくなる。
もちろんそれを許してくれるココママではなく、段ボールは跡形も無く消されたあとだった。
『ぼ、僕の家が!?』
『はいはい、また新しいのを準備してあげるからね』
『えっと、僕はもう入ってもよかったのかな?』
困惑気味のコウ先輩の声が聞こえてくる。
『ご、ごめんなさい。ど、どうぞ。
『暖めるどころか消し炭になってるけどね』
呆れ顔を見せるコウ先輩。
迷うこと無く即ツッコミを入れてくるところは、普段と何も変わらないようだ。
この調子ならいずれ朱里お姉ちゃんに使っている巨大ハリセンで僕も……。
『わわっ、す、すぐに新しいものを用意します……』
僕は大慌てで新しい段ボールのアバターを出していた。
『やっぱり段ボールなんだね……』
『えっと、落ち着かないですか?』
『僕はその、周りの視線が気になって落ち着かないかな』
どうやら段ボールの良さは分かって貰えなかったようだ。
『ところで僕の自己紹介がまだなんだけど?』
『そ、そうでした。こんわふー、どうぞ』
『あははっ、そこまで緊張しなくてもいいんだよ。僕の名前は
『よ、よろしくお願いします。僕は……』
『そこは省略して良いよ。僕も含めてみんな君のことは知ってるからね』
口に人差し指を当ててくる。
その姿があまりにも似合っていて、僕はすぐに顔を染めて唇を触ってしまう。
『あうぅぅ……』
『ふふっ、とても可愛い子犬くんだね。このまま持って帰ろうかな?』
『ダメダメ!! ゆっきゅんは私のものなんだよ!』
ここでも朱里お姉ちゃんが登場する。
一体何人の朱里お姉ちゃんがいるのだろう。
『こらっ、あかり! 邪魔したらダメでしょ!』
『だって、コウが私のゆっきゅんを盗ろうとしてるんだもん』
『貴方のものでもないでしょ!』
『私のだもん! ゆっきゅんは私が見つけたんだもん!』
朱里お姉ちゃん……。
まるで子供のように駄々っ子になっている朱里お姉ちゃんにコウ先輩の額は徐々に険しくなっていく。
『その大事な後輩くんの晴れ舞台でしょ。僕たちで精一杯盛り上げようって一期生で集まったのでしょ』
『でも……、でも……』
『それにユキくんにはココママがいるのだから大丈夫よ』
コウ先輩は優しい視線を僕たちに向けてくる。
確かに朱里お姉ちゃんは最初から何かと心配して色々と手伝ってくれていた。
きっと無理やりこの世界へ飛び込ませたことに罪悪感でも感じていたのだろう。
同期ということもあり、僕がココママに頼ることが多くなってからも影ながら心配してくれていたようだ。
『って一期生のみんなが全員集まっていた?』
『うん、そうだよ。みんなでユキくん同時視聴枠を取っているよ。あとでアーカイブで見てね』
先ほどまで同様に光り輝くような笑顔を見せてくる。
ただ僕にはそれがどす黒い悪魔の囁きのように思えるのだった。
『えっと、その……』
『もし見てくれないならアカリたちが何を言い出すかわからな……』
『見ます! 絶対に見ますから余計なことは言わないでください』
『うん、安心してよ。僕がしっかり目を光らせておくからね』
むしろその目が怖いんだけど……。
コウ先輩に若干の苦手意識を抱いてしまうのだった。
『あっ、ユキくん。トークデッキ……』
『そ、そうだった。えとえと、コウ先輩への質問は……【最近はまっていること】。あっ、二回連続……。ち、違うものを……』
『これで大丈夫だよ。僕は最近小物を作る事にハマってるんだよ。髪留めとかね。今度ユキくんにも作って上げようか?』
『えっと、僕は髪留めをつかわな……。ううん、ありがたく使わせて貰いますね』
『それじゃあ、今度渡しに行くからそれ付けてオフコラボしようか』
『……えっ?』
『じゃあ、またくるよ』
爽やかに挨拶をしたあと、コウ先輩は颯爽と去って行った。
後に残された僕はただただ呆然とし続けるのだった。
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長々とお待たせしました。連載再開になります。
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