【改稿版】第7話 十万人記念凸待ち配信(その1)
【大代こより視点】
最初の勢いそのままにあっという間に祐季のお気に入り数は十万人を超えて、すでに二十万人も目前に迫っていた。
やっぱりすごいよね、祐季くん。
このあとの十万人突破記念の凸待ち配信で最初に行く予定。
祐季くんから“ゼロ人なんてなったら僕泣いちゃうよ……。お願いだから来て……”と泣いて懇願されてしまったら行くしかなかった。
だからこそ私は配信前からすぐに通話できるように準備していた。
おそらく祐季くんのことだから凸待ちゼロ人の状態が続けば続くほど、配信をやめたくなってくるはず。
それに……。
「祐季くんのはじめて……。やっぱり私がもらいたいからね」
それにしてももうじき始まるとはいえ、すでに待機している人が二万人を超えている。
それだけたくさんの人が祐季くんの配信を楽しみにしてくれているのだろう。
そして、今まではなかったユキくんが段ボールに入ったり出たり、画面外に逃げていったりするアニメーションが流れ出す。
なにげにこのアニメーションも初めてで思わず見入ってしまう。
ただそれで凸待ちの通話がワンテンポ遅れてしまうのだった。
◇◆◇◆
【小幡祐季視点】
『《犬拾いました》十人記念凸なし待ち配信だよ《シロルーム三期生/雪城ユキ》』
3.1万人が視聴中 ライブ配信中
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『えっ、な、なんか人多くない?』
マイクをミュートにしていたと思うのだが、やり忘れていたようで記念配信の第一声はアニメーションが流れているタイミングのその言葉となってしまった。
“こんわふー”
“声漏れてるよ”
『えっ!? わわっ。ご、ごめんなさい。今切ります』
アニメーションが終わったタイミングで僕はミュートにする。
ただ、すっかり忘れて配信を開始しようとしていた。
「みなさん、こんわふー。シロルーム三期生、雪城ユキです。京は僕のお気に入り十人突破記念に着てくれてありがとうございます」
もちろんその間、僕は必死に挨拶をしていたのだが、妙にコメントの反応がなかったので、急に不安になり出してくる。
「ぼ、僕、変なこと、言ったかな? み、みんな、反応がほしいな……」
やや涙目ながら言ってみるが反応はない。
「うぅぅ……、な、なにか僕、したかな?」
涙を拭っているとそのとき、ようやくコメント欄に反応がある。
“何も聞こえないよ”
[真心ココネ]
“ユキくん、ミュートになってない?”
「えっ?」
慌てて画面を確認すると確かにミュートになったままだった。
そのことに気づいた僕は恥ずかしくなり、真っ赤に顔を染めながら段ボールの中に隠れてミュートを解除する。
『あわわわわっ……。ご、ごめんなさ……。あうぅぅぅ……』
[真心ココネ]
“頑張って”
『ココママ、ありがと……。ぼ、僕、頑張……ひゃぁ!?』
凸待ち配信ではあるもののまだ配信内容も説明してないタイミングで通話に入ってくる人がいた。
しかもその人が突然話してくる。
『はははっ、みんな、待たせたね。みんなのアイドル、あかりんだよー』
『あ、あの、アカリン先輩……』
『ちっちっちっ、ゆっきゅん、そうじゃないでしょ? 私のことはお姉ちゃんだろ? ワンモアプリーズ』
『あ、アカリンお姉ちゃん……』
『うむ、その通り。しかし、ゆっきゅんの声は思わずグッとくるね。このままお持ち帰りしてホテルに直行してもいい?』
『あ、あの……、まだ配信内容を犬好きさんたちに話してないのですけど……。僕は一回喋りましたけど……』
『なら問題ないよ。ゆっきゅんがみんなのパンツの色を聞いていく配信だったよね?』
『なっ!? そ、そんなことしませんよ!? て、適当なことを言わないでください……』
『またまた。ちなみにゆっきゅんのパンツの色は何色かな?』
『い、言わないですよ!? と、とにかく少しだけ待っていてください』
『パンツの色を確認するんだね。いいよ、妄想しながら待ってるね』
完全に朱里お姉ちゃんに会話の主導権を握られてしまう。
まだまともに配信を始められてもいないのに……。
ただ、朱里お姉ちゃんの暴走によって僕の緊張がすっかり解けていたことも事実であった。
『み、みなさん、こんわふぅ。シロルーム三期生の雪城ユキ……です。今日は僕の十人記念配信に来てくれてありがとうございます』
『すでに二十万人間近だけどね』
『あーっ、あーっ、聞こえない。僕は何も聞こえないよ』
いくら耳を塞いだところでどんどんお気に入りは増えている。
それどころかさらに速度が加速してもう数十人で超えるところまで来ていた。
『二十人記念配信は明日かな?』
『そ、それはマネちゃんと相談します。で、では予告通りその……凸待ち配信を始めたいと思います』
『もう始まってるけどね』
『そ、それは突然アカリンお姉ちゃんが入ってきてしまったからで……』
『はははっ、常識にとらわれないのが私の良いところだよ』
『と、とにかく、一人でも来てくれたら嬉しいな……って繋げるつもりだったのにもうアカリンお姉ちゃんが来てしまったから何言うかわからなくなっちゃったよ』
『それならパンツの色を言ってくれたらいいんだよ』
『なんでそんなにパンツに拘るの!? 僕のパンツの色なんてみんな聞きたくないよ!』
『聞きたいに決まっているだろう!? ちなみに私は履いてないよ』
“ご褒美です”
“聞きたい”
[羊沢ユイ]
“うみゅっ!!”
『ってなんで聞きたくないって人がいないの!? アカリンお姉ちゃんも勝手に言わないで!? と、とにかく凸待ち一人目はアカリンお姉ちゃんでした。ありがとうございました。ぱちぱちぱち……』
『まだだ。まだ、私は帰らないよ、ユキくんの段ボールは誰にもわたさな……』
そこで朱里お姉ちゃんとの会話を切る。
さすがに悪いかなと思ったのだが、すでに次の……というか本来一番最初になるはずの人がスタンバっているのだ。
僕から声をかけておいて二番手にしてしまったのだからなるべく早く繋いでおきたかった。
『わわっ、もう二人目の人が来てくれてるよ。次は誰だろう? 繋いでみるね』
本来最初に呼ぶ予定だった人との会話をつなげる。
『……』
『……』
『……』
『……』
なぜか何も喋ってくれずに沈黙が場を支配する。
『えっと、どうしたの、ココママ?』
『つーん』
『な、なにかしたかな?』
『ユキくんの初めて、取られましたから』
『は、初めてって……』
『わ、私がユキくんに誘われたんですよ!?』
『わわっ、そ、それは秘密だよ!? 凸待ちゼロ人じゃ僕の精神が持たないからってココママに頼んだって。……あっ』
ココママに釣られるように全部話してしまう。
『しょうがないですね。今度会った時にギュッとさせてくれたら許してあげます』
『そのくらいなら……、えっ?』
『やったー。約束しましたよ。みなさんも聞いていましたよね? 今度のオフコラボ配信はユキくんを抱きしめながら配信します』
『だ、抱きしめながら、とは言ってないよ!?』
『ユキくん、約束を破るのですか?』
『うぅぅ……、わ、わかったよ。コラボ配信をしなかったら良いんだよね……』
『ちなみに明日がオフコラボ配信の予定ですよ』
『あ、明日は僕、体調不良になるから……』
『それなら看病に行きますね』
なんとかして抱きしめを回避しようとする僕と何としても家に来ようとするこよりさん。
先に折れたのは……僕の方だった。
もう予定を発表しているからね……。
『わ、わかったよ。明日の配信時間は一分ということでよろしくね』
『二十四時間耐久ですね。がんばりますね』
『……やっぱり逃げていい?』
『明日の配信は二十時からです。みなさん、見に来てくださいね』
『か、勝手に告知して……』
『ところでユキくん、凸待ち配信なのですから私に聞きたいこととかってないのですか?』
『えっ……? あっ、そ、そうだった』
本当なら僕から色々と質問をして答えてもらう、って形を取るつもりだったのだが、最初の朱里お姉ちゃんからして暴走をしていたせいでまったく凸待ちの形を取れていなかった。
『で、でも何を聞いたらいいのかな?』
『はぁ……。まったくユキくんは、と言いたいところですけど、ユキくんらしいからいくつか会話のカードを持ってきたよ。これに準じて話せば簡単に質問ができると思うよ』
『あ、ありがとう。ココママ、本当に助かるよ』
そこでココママから受け取ったトークカードは六つだった。
【今日の天気】
【コラボでやってみたいこと】
【ユキくんのことをどう思ってるか】
【最近はまっていること】
【好きな段ボールの柄】
【今履いてるパンツの色】
『せっかくだからユキくんが話しやすいトークデッキを聞いてみていいですよ』
『えっと、それじゃあ……、今日の天気はどうかな?』
“敢えてのそれ?w”
“言うと思った”
『……ユキくんらしいですね。えっと、今日は……星がきれいですね』
『えっと……、すごく曇ってて星は見てないよ?』
『もう、そこは頷いてくれたらいいんですよ。まったくユキくんは、お約束がわかってないですね』
なにか決まったやり取りがあるトークカードらしい。
ただ天気を聞くだけなら聞きやすかったのだけど、お約束を知らなければ今みたいに恥をかいてしまうだけだった。
『ご、ごめんね。えっと、うん……でいいの?』
こよりさんに言われるがまま頷いてみる。
『ありがと。これからもよろしくね』
『……? うん、よろしく、でいいのかな?』
こよりさんのことだから僕がちゃんとこれからも配信していけるように気を遣ってくれたのだろう。
なぜか頬に手を当てて嬉しそうにしているこよりさん。
『それじゃあこのあとも頑張ってね。おつここー』
『おつここだよー』
手を振ってこよりさんが抜けるのを見送る。
ただ一人になった瞬間になんだかもの寂しさを感じてしまう。
思えばこの一週間は激動の一週間だった。
こよりさんと一緒に配信をしたり、彩芽と耐久配信をしたり……。
目まぐるしい一週間はずいぶんと僕を成長させてくれたようだった。
もう配信で困るようなことはほとんどない(僕基準)。
もはやベテラン配信者といっても過言ではない。
凸待ち配信もあとくるのは彩芽とあとは同期のカグラさんくらいだろう。
話慣れた二人ならば多少噛むことはあっても問題なく話せる。
更にこよりさんからトークデッキまでもらっているのだから今の僕は無敵だ。
あとの不安はちゃんと凸待ちに来てもらえるか、ということだけだが、こよりさんの他に彩芽にも声をかけている。
全くのゼロ人になるということもないので、あとは安心して配信終了まで構えているだけでいい。
もはや完璧な状況。
これだとマネちゃんにも怒られないよね。
初手でミュートし忘れとミュートで開始のダブルミスを噛ましたことはすっかり記憶から消去していた。
『あっ、次の人が来たみたいだね。一体誰だろう? こんわふー』
まだ彩芽に言った時間より早いので、おそらくカグラさんだろう、と思いながら気軽に挨拶する。
ただ、帰ってきた挨拶は全く違うものだった。
『余は
『えっ!? あっ……、は、はい……』
予想もしない来訪者に僕は思わず段ボールに隠れて頭を下げてしまっていた。
ど、ど、どうして? ま、まだ一期生とは喋ったこともないよね? ど、どうしたらいいの?
ぼ、僕、なにを喋ったら良いの!?
『あうあうあう……』
『どうしたのじゃ? あっ、もしかして余のことを知らんのか? 百合の香りがした場所に現れる悪魔じゃぞ?』
『そ、そんな香りなんてさせてないよぉ……』
『ココユキはぁはぁ……』
もはや配信に乗せて良いのかわからないような顔をしていたのだが、先輩を乗せないなんてことも出来ないのでそのまま続けていた。
『そ、そんなことをしたらココママに悪いよぉ……』
『ならユキくんならいいのじゃな?』
『で、できたら僕もやめて欲しい……かな?』
『それはできない相談じゃ。こんな可愛い女子を前にして理性を保っているなんて、それこそユキくんに悪いのじゃ』
『むしろしっかり理性は保って置いてくださいね!?』
初めて会話しているはずなのになぜだろう。身の危険を感じる。
とりあえず自分を守るために早くトークカードを切ることにする。
『は、初めて話す陸地先輩にはこれを聞こうかな? 僕とのコラボでやりたいことはなんですか? あっ、コラボはやりたくないってお返事も歓迎ですよ?』
“断り歓迎w”
[羊沢ユイ]
“うみゅ、コラボしたいの”
『……ユイはもうコラボしたでしょ』
『わ、我の希望のコラボじゃと!? そ、それはもちろんユキくんとココママの間に挟まれて、幼子二人に……はぁはぁ』
何だろう。背筋がゾッと冷たくなるのを感じる。
思わず身の危険を感じてしまうような……。
『ゆ、ユキくんは私の後ろに隠れてください。ユキくんは私が守りますから』
突然割り込むようにこよりさんが配信に混ざってくる。
すると陸地先輩が更に嬉しそうに配信に乗せられないような恍惚とした表情を見せてくる。
『こ、これを待っていたんじゃ。ココユキに挟まる我。いい。すごくいいのじゃ』
『えっと、あの……。つまり二人のコラボじゃなくて、三人以上でコラボをしたいってことでいいのですか?』
『もちろんじゃ。いつじゃ? いつにする?』
『えっと……あの……』
『では来世ということでいかがですか?』
『うむ、来週じゃな。予定を空けておくのじゃ。あと我のパンツの色は黒じゃからな』
言いたいことだけいうと陸地先輩は荒い息のまま通話を切っていた。
なぜか吐き捨てるようにパンツの色を言っていくのはシロルームのお約束なのだろうか?
朱里お姉ちゃんも言っていたし……。
『えっと……、つまりはどういうこと?』
『何も聞かなかったことで良いと思いますよ』
『うぅぅ……、なんでこうも予定外のことが起きるんだろう……』
『それが凸待ちですしね。まだまだユキくんと話したい先輩はたくさんいそうですけど、大丈夫ですか?』
既に次にスタンバっているのは同じく一期生である永遠イリア《とあいりあ》先輩である。
朱里お姉ちゃんと同期。
おそらく同じくらい弾けた人物なのだろう。
ようやく配信に慣れてきたばかりの僕だと荷が重い相手であることには間違いない。
でも、いつまでもこよりさんに頼るのもどうなのだろう?
『ユキくんの成長はわかってますよ。でも、無理をするよりもユキくんが楽しむことも大切ですからね。それに私もユキくんと配信出来ると楽しいですよ』
『こ、ココママ……。そ、それじゃあ一緒にお願いしてもいいかな?』
『もちろんいいですよ!』
こうして僕はココママとコラボしながら凸待ちの後半戦を挑むことになるのだった。
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七話は下手すると三分割になりそうです。
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