【改稿版】第6話 雑談だよ

 ……僕、いつの間に寝てたんだろう?



 重たい瞼をゆっくり開くと窓から橙色の西日が差しこんでいた。


 時刻は夕方。

 どうやら疲れがかなり溜まっていたようで、ぐっすり眠ってしまったようだった。


 もう思い出したくないけど、あれだけ長時間ホラーゲームをして叫び続けたら、その反動で眠っても仕方ない。


 そして、僕の隣には結坂さんが丸まって眠っている。

 同じベッドには少し寝相が悪いのか、やや服がはだけ、肌がちらっと見える結坂さんの姿が……。



「って、えぇぇぇ!? ど、どうして結坂さんが僕の部屋に!?」

「うみゅ、祐季? おはよう」

「うん、おはよう……って違うよ!? ど、どうして結坂さんが僕の部屋に!?」

「うみゅ? ここ、私の部屋だよ?」



 寝ぼけ眼を擦りながら結坂さんはゆっくりと起き上がる。

 白くもこっとしたパジャマを着ていた彼女。

 その姿を見て僕は思わず顔を真っ赤に染めていたが、結坂さんはまったく気にした様子はない。



「わわっ、ぼ、僕、もしかして昨日あのまま寝ちゃってた?」

「にゅふふっ、祐季の寝顔を独り占めしながらの配信なんてとっても楽しかったよ」

「えぇっ!? 僕が寝ちゃったあとも配信してたの!?」

「もちろんだよ。ココママの悔しそうなコメント、見せたかったな」

「僕、こよりさんを困らせちゃったの!?」

「……そういえばどうして祐季はココママのことを“こよりさん”って呼んでるの? 私のことは他人行儀なのに」

「えっと、それはこよりさんがそう呼んでほしいっていったから……」

「……彩芽」

「??」

「それなら私のことは彩芽って呼んで」



 こよりさんもそうだし、名前で呼んでもらいたいものなのだろうか?

 知らないうちに僕も名前で呼ばれてるし。



「わかったよ。彩芽さん」

「……彩芽」

「彩芽さん」

「むぅ……、わざとやってる?」

「えっ、どういうこと? ちゃんと彩芽さんって」

「……彩芽。同級生でしょ? 敬称いらないよ」

「うっ、わ、わかったよ。彩芽……さん」

「やっぱりわざとでしょ? うーん、そうだね。例えば“一回敬称をつけるごとに一抱きつき”とかにしよっか」



 彩芽さんはにっこり微笑む。



「ちょ、ちょっと待ってよ、彩芽さん。まだ僕はいいって言ってな……」



 その瞬間に彩芽さんが抱きついてくる。



「んっー、やっぱり祐季は良い抱き心地だね」

「わわっ、い、いきなりやめてよ」



 僕は必死の抵抗として手足をバタつかせていた。

 ただ、簡単に逃がしてもらえなかった。



「それなら“彩芽”って呼んでほしいの」

「わ、わふぅ……。彩芽。これでいいんだよね?」

「うん、いいよ。配信中も敬称は禁止だからね」

「あぅぅ……。わ、わかったよぉ……」



 僕が承諾するとようやく彩芽は笑顔で離してくれる。



「約束だからね。ちゃんとリスナーみんなにも監視してもらうように頼んでおくからね」

「こ、怖いよ、さすがにそれは!?」

「あと、祐季のスマホ、さっきから何度も鳴っていたよ」

「えっ? うそっ!?」



 スマホを見ると色んな通知がとんでもない数だった。

 まずはカタッター。当然の如く99+になっている。これは最近いつもなので気にしないことにする。

 次にディーコード。こちらも99+になっている。

 特にこよりさんからの個人チャットがとんでもない数だった。



“大丈夫?”

“生きてる?”

“へ、返事欲しいな”

“ゆ、ユキくん、私、何かしたかな?”

“ユイちゃんとお泊まりなんてしてないよね?”



 どうやらこよりさんに心配かけてしまったようだ。

 だからこそ僕は“心配かけてごめんなさい。もう大丈夫”と送っておいたのだった。



「わわっ、マネちゃんから電話が来てるよ……」

「すぐにかけた方が良さそうだね」

「うん……」



 僕はすぐさまマネちゃんに電話をかける。



「あ、あの、もしもし……」

「小幡さん、ご無事ですか!?」



 マネちゃんは食い気味に大声を出してくる。

 僕は思わず少し耳を離す。



「えっと、はい。大丈夫です。ちょっと寝不足だっただけで……」

「体調が悪かったりとかしたら言ってくださいね。そのときは配信を延期させたりしますから」

「わ、わかりました。それじゃあ今日から体調が悪いです!」

「はいっ、元気になってもらってよかったです」

「えっと、僕の話、聞いてましたか?」

「もちろんですよ。では今日の配信もよろしくお願いしますね」



 相変わらずマネちゃんは全く僕の話を聞いてくれずにそのまま電話を切っていた。

 ある意味僕のことをすごく理解してるとも言えるが……。



「えっと、そ、それじゃあ僕はそろそろ帰るよ。その……、配信の準備をしないといけないみたいだから……」

「送って行こうか?」

「だ、大丈夫だよ!?」

「でも、祐季は可愛らしいから心配だよ」

「すぐ近くだから大丈夫だよ」



 何度かのやり取りの後、僕が彩芽の家を出ることができたのは配信一時間前で、家に戻ってくるとすでに配信間際になってしまった。


 碌に準備もできていない僕は緊張してる暇もなく、慌ただしい動きのまま配信を開始していた。




 ◇◇◇◇




『わふーっ、雑談だよ《シロルーム三期生/雪城ユキ》』

 1.5万人が視聴中 ライブ配信中

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『み、みんな、こんわふぅ……。シロルーム三期生の雪城ユキだよ。無事に生還したよぉ』



 いつもならとんでもなく緊張しているはずの挨拶もすでに五回目。

 もはやベテランと言っても過言ではない。

 だからこそ詰まることなくすらすらと話すことが出来ていた。



『今日は犬好きさんのみんにゃと……』



 うん、たった数回で噛まずにすらすら会話できるはずない。

 そんなことできるのは超人だけだ。

 僕は所詮、ただの一般人なのだからうっかり噛んでしまうのもしかたない。


 そもそも一人での配信はまだ指一本で足りるほど。

 ううん、あれも結局はこよりさんが傍にいたので、完全に僕一人の配信は今回が初めてといっても過言ではないかもしれない。



 顔を真っ赤にしながら必死に脳内で言い訳をしていた。


 こんな噛み噛みな配信、きっと見ている人も帰っていくだろう。そう思ったのだが、残念ながら僕の予想と相反してコメント欄は大盛り上がりだった。



“噛みはご褒美”

“ユキくんらしいよね”

“今日も可愛いね”



『わわっ、べ、別に可愛くなんてないからね!? そ、それよりもなんと僕もマカロンで質問を募集できたんだよ!? みんな、気づいてたかな? ……うん、全部ユイのおかげなんだけどね。色々と教えてもらって……じゃなくて、今日はそれを読んで質問に答えていくよ』



[真心ココネ]

“呼び方変わった?



 たった一回だけのことなのにこよりさんから鋭いコメントの刃が飛んでくる。


 こよりさん、大体僕の配信で見かけるけど、自分の配信は大丈夫なのかな?

 僕なんて自分のことでいっぱい過ぎてみんなのアーカイブすら追えてないんだけど……。



『えっと、うん。その……、色々とあって……』



“意味深”

“そういえば昨日ユイっちのところで寝てたね”

“ま、まさか朝帰り!?”



『朝帰りじゃないよ!? 帰ってきたのはさっきだから夜帰り? 別に普通だよね?』



[真心ココネ]

“もっとひどいですよ!”



『そ、そんなことよりもマカロン! ほらっ、マカロンに行くよ!』



 僕は適当にマカロンから質問を読み上げる。

 本当なら厳選したかったのだけど、そんな余裕はなかったのだ。



『えっと、“ユキくん、こんわふー”。うん、こんわふーだよ』



 挨拶が書いてあるとついつい読んでいる途中でも返してしまうのは仕方ないことだった。



“初配信で初々しい姿を見せたユキくんですが、実際にどのくらい配信経験があるのですか? 気になって朝と昼と夜しか眠れません”

『って、そんなに寝てたら寝すぎでナマケモノさんになっちゃうよ』



 ネタだとわかりつつもつい失笑をしてしまう。



『えっと、これを書いてくれたのは“七瀬奈々”さんだね。他にもいくつかマカロンをくれてたみたいでありがとう』



 いくつか……というかよく調べてみると半数を超えそうなほど色んな質問を送ってくれているようだ。



 もしかしてシロルーム好きな人なのかな?



 厳選をしていなかったからこそ真っ先に選んでしまったのは、ある意味七瀬さんの作戦勝ちだろう。



『えっと、僕はあの時の配信が初めてで、その……、色々とみんなを困らせちゃったよね。ココママにも手伝ってもらっちゃったし……。でもでも、もう大丈夫! もう雑談ならしっかり配信できるようになったよ! えっへん』



 口ではそう言っているが、実際はまだまだ不安な部分は多く、そもそも根本的に他の三期生とは違って、オープニングやエンディングもまともにできていない。


 他の人とは圧倒的に経験値が違うのだからゆっくり進んでいきましょう、とマネちゃんから言われているので、僕自身できることから始めていたのだ。



[真心ココネ]

“もう私の助けもなしでいいですね”



『えっと、ごめんなさい。嘘です。まだまだココママには助けてほしいです。見捨てないで』



 こよりさんのコメントを見て秒で頭を下げてしまう。


 できることが増えてきたと言っても正直まだまだできないことの方が多い。

 そもそもこよりさんと彩芽とは会ってオフコラボができる仲にはなったのだけど、とてもじゃないが他の人とはできる気がしない。


 それに一対一だから何とか話せているのだが、これが複数人となると黙っている自信が僕にはあった。



[真心ココネ]

“それじゃあ私ともお泊りオフをしましょうね”



『はいっ。ってええぇぇぇぇ!? だ、ダメだよ!? そんなこと……』



 そんなことを言っているとディーコードにマネちゃんからの通知が入る。


“今週は厳しいですが、来週以降なら大丈夫ですよ。予定入れておきますね”



『あぅあぅ……。ま、またマネちゃんは勝手なことを……』



“何かあったのか?”

“今日は画面出てないね”



『えっと、来週以降にマネちゃんがココママとのコラボを予定してしまったみたいで……。だ、だから、よ、よろしくね?』



 その瞬間にコメント欄が爆発したように歓喜の狂気に包まれるのだった。

 もちろんそれが収まることはなく、しばらくあわわっ、とあたふたしていたのだが、大きく深呼吸をした後、話を戻すのだった。



『この話はおしまい。ぼ、僕はシロルームに来てから初めて配信した。これでこのマカロンはおしまいだよ』



 両手を叩いて、次のマカロンへと移っていく。



『今度のマカロンは……ってあれっ? ユイからだ。えっと“ユキの今日のパンツは…”ってわわっ、な、なにを書き込んでるの!?』



[羊沢ユイ]

“うみゅ、惜しかったの”



『惜しいって……。一体僕に何を言わせようとしてたんだよ……』



 あきれ顔を浮かべながら次のマカロンへと移る。



『次は、“ユキくん、こんわふうみゅー”ってなんか混じってるよ!?』



 おそらくこの人はユイの羊飼いさんで、たまたま僕の方を見て合わせてくれたんだろうな。



『とにかく見に来てくれてありがとう。ユイの方のお気に入り登録をよろしくね』



“まさかの他人推薦w”



『続けるね。“そろそろユキくんのお気に入り数が十ま……十人を超えますが記念配信はするのですか?”。うーん、さすがに僕には荷が重いよ。いくら十人を超えるからって……』



[真心ココネ]

“ユキくん、十人じゃなくて十万人ですよ”


[羊沢ユイ]

“うみゅー、記念配信楽しみなの”



『さすがに十万人なんて天文学的数字になるはずないので、きっと僕のチャンネルにバグが発生してるね。運営さんにしっかり報告しておくよ』



“ユキくんの脳内がバグw”

“登録者数を疑うw”


[美空アカリ]

“記念配信用イラスト、準備してるからね”



『わわっ、し……、アカリンお姉ちゃん!?』



 何とか本名を言いかけたのは堪えたものの、“お姉ちゃん”呼びは止まらなかった。

 言ったあとに気づいた僕はすぐに恥ずかしくなり、傍の段ボールの中へとその体を隠してしまう。



[美空アカリ]

“にゅふふっ、良い表情だよ、ゆっきゅん。もう一回言ってみようか”


[真心ココネ]

“ゆ、ユキくん。私のことも『お姉ちゃん』って呼んでいいのですよ?”


[羊沢ユイ]

“うみゅー、ユイのこともお姉ちゃんで良いの”



『ち、ち、違うよ!? そ、その、アカリンさんは先輩だからその……』



[美空アカリ]

“『お姉ちゃん』を忘れてるよ? そんな悪いゆっきゅんにはエッチなイラストを描いてあげるという罰ゲームを”



『アカリンお姉ちゃん、それだけはやめてぇぇぇぇ』



 結局エッチなイラストきょうはくに負けてしまい、僕が朱里お姉ちゃんのことを配信でもお姉ちゃん呼びする羽目になってしまったのだった。



『あっ、ココママはママだからココママだよ。ユイはどちらかといえば妹じゃないのかな?』



[真心ココネ]

“ま、ママじゃないですよ!?”


“誰も反論できない正論だ”



『それで僕はしっかりものだね』



[羊沢ユイ]

“それは違うの!!”



 どこぞのツンツン頭の弁護士とか希望の高校生みたいに強調して反論してくる。

 おそらくはいまここで声が入っていたなら思わず耳を塞いでしまうほどの大声だっただろう。



『ふふふっ、いくらコメントで言ったところで僕は反論しなくてもいいよね』



 犯人っぽく大胆不敵に笑って見せる。



『と、とにかく、記念配信は十人を超えてからだからまだまだ先の話だね。十年後くらいにできるといいな。……ってなんか急に加速してない!? そ、そんなに増やさなくていいよ!? むしろ減らしていいんだよ!?』



 僕の願いとは裏腹にそのまま続けるとあっという間に十万人を超えてしまいそうだったので、慌てて配信を終えることにした。



『そ、それじゃあ、今日のところはこのくらいにしておくよ。お、おつわふぅ』




 ◇◇◇◇




 配信を切ったあとのお気に入り登録者数は伸び続けている。

 もはやバグではなく、完全にパソコンが壊れただけにしか思えない。


 あっ、本当に壊れているのかも。

 それならこう、斜め三十五度から思いっきり金属バットで殴りつけて……。


 もちろん僕は野球をしたことがないので、家には金属バットなんて代物はなかった。

 あってもチョコバ〇トくらいなものである。


 それでぺちぺちとパソコンを叩いていると当然のごとくマネちゃんから電話がかかってくる。



「もしもし……」

「小幡さん、おめでとうございます! ついに十万人突破ですね!」

「気のせいです。ではこれで……」



 そのまま流れるように電話を切ろうとするが、当然ながらマネちゃんに止められる。



「せっかくですので明日の配信は十万人記念配信にしますか?」

「も、もしかしたら今晩にナイアガラのように落ちるかもしれませんし」

「それはないので安心してください」

「あぅあぅ……。そ、そんなに急がなくてもえっと……今から予定変えるのもあれですから来週とかにしたりとかは……?」

「……確かにそれもありなんですよね。でも来週もなかなか配信予定が詰まっていますよ?」



 そう言いながらできあがったスケジュールを送ってくれるマネちゃん。



 月曜日:雑談配信→10万人記念配信に変更

 火曜日:オフコラボ配信。真心ココネ

 水曜日:ゲーム配信。

 木曜日:ゲーム配信。

 金曜日:コラボ配信。神宮寺カグラ

 土曜日:収益化記念配信。

 日曜日:反省会配信。



 スケジュール欄が隙間なく埋まっており、思わず僕は頭を抱える。



「あの……」

「さすがにこれ以上は入らないですよ。でも小幡さんがやる気なら一日二回配信とかでも……」

「むしろ年二回配信でいいのだけど……」

「だ、ダメですよ!? せっかく人気が出てきてるのですからここが踏ん張りどころですよ!」

「そ、それなら週一回とか……」

「そうですね。来月くらいからは週一回のお休みを考えてもいいかもしれませんね」



 ブラック企業も真っ青な提案をしてくる。


「や、やっぱり僕、Vtuberには向いてなかったですね。今までありがとうございました」

「って逃げたらダメですよ!? それにほらっ、今小幡さんが逃げちゃうと大代さんとか結坂さんが寂しがっちゃいますよ」



 確かにこよりさんとか彩芽は僕と配信している時でも楽しそうにしていた。

 流石にその二人を差し置いて自分だけ逃げる、という真似はできない。



「ズルいですよ、その言い方……」

「大丈夫ですよ。その代わりに小幡くんが一人きりにならないように色々と交渉してますから。また成果が出たら話しますね」

「なんだか嫌な予感がしますけど、わかりました。ところで記念配信って何をしたらいいのですか?」

「なんでもいいですよ」

「……えっ?」

「でも、今回は準備の時間もあまりありませんし凸待ちとかにしますか?」

「そ、それいいですね。きっと誰も来ないので、一人ぼんやりしてるだけですもんね」

「そうですね。そうなるといいですね」

「わかりました。それじゃあ10人記念配信は凸待ちにしますね」



 これが地獄の始まりだと知らずに安易に僕は承諾してしまうのだった。



 ――――――――――――――――――――

今回と次回(予定)はほぼ一から書いてます。

特に次回のはあのキャラやこのキャラが出てくる予定です。お楽しみに

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