【改稿版】第5話 春のホラー(下)

◇◆◇◆

(結坂彩芽視点)

 ホラーゲームを始めた祐季。

 最初は“このくらいならよゆーだよ”と言っていたのだが、すぐにボロが出てしまう。



「うぅぅ……、ど、どうして舞台が呪われた洋館なの……。昼間の学校とかじゃダメなの……?」

「学校にもたくさん怪談噺、あるよね?」

「な、ないよ! そんなの一切ないよ! ないからねっ!」

「トイレの花子さんとか……」

「わー、わー、聞こえない。聞こえないよー」



 祐季は顔を真っ赤にして耳を塞いでしまう。

 その姿を見てつい思う。



 なんだろう、この可愛い生き物。



 期待するリアクションを期待以上にやってくれる祐季に、思わず悪戯心が芽生えてしまう。



“祐季、そこにゾンビがいるよ”

“ひゃぁぁぁ!?!?”

“足元に死体があるよ”

“知らない。僕は何も聞いてないよ”

“祐季、電話”

“聞こえない。聞こえない”



 涙目になりながらも真面目にゲームはする祐季。



「あっ、そろそろ配信時間だよ。初めて良いかな?」



 祐季は必死に耳を閉じ、何度も頭を下げていた。



 さて、許可ももらったから今日も始めようかな。

 私はスッとスイッチを切り替えると羊沢ユイらしく、ゆっくりとした口調をし始めるのだった。




◇◇◇◇


『《♯羊布団 ♯ユキユイ》オフコラボ! ホラーゲー、ユキくんがクリアするまで終われまてん《羊沢ユイ/雪城ユキ/シロルーム三期生》』

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 開始したのは良いものの隣にいる祐季はぬいぐるみに抱きついて涙目だった。



『ぐすっ、こ、怖かったよぉ。あんなの、クリアなんて無理だよぉ』

『うみゅー。ユキ、もう配信始まってるの』

『わわっ、ちょっと待って。ま、まだ僕、喋れないよ……』



 必死に目を擦っているが、涙が止まることはなかった。

 当然ながら動画を見始めたばかりの人たちには状況が理解できない。



“ユイちゃんに虐められたの?”



 そう勘違いされてしまうのも仕方ないことだろう。



『ち、違うの。ユキはただホラーゲームをして泣いてただけなの』

『な、泣いてなんかいないよ……』



“どう見ても鳴き声です”

“ユイちゃん、キャラが崩壊しかかってるw”



 コメントで言われるまで気づかなかったが、本当に確かにユキと話をしていると自然と素に戻ってしまうようだ。


 気をつけないといけないかな。



『うみゅー! みんな気のせいなの。ユキが戻ってくるまでに挨拶を済ませるの。うみゅー、ユイはシロルーム三期生、羊沢ユイなの。今日はユキを拾ってきたから家で飼うの』

『だ、誰が飼われるの!?』

『ユキなの』

『ひ、拾われてないからね』



 ぬいぐるみをギュッと抱きしめながら震える声で言ってくるユキ。



『でもユキ、挨拶もまだなの』

『あぅ……。わ、わふぅ、雪城ユキです。今日はただのオフコラボと聞いていたのに突然苦手なホラーゲームをさせられています。もう逃げようと思います』

『ということで段ボールは没収してるの。今日は一日生ユキでお送りするの』

『か、勝手に取らないでよ!?』

『ぬくぬくなの……』



 勝手に段ボールを私の方へと移動しておく。

 トロンとした垂れ目と羊っぽいパーカー、大きなクッションが相まってもはや段ボールがベッドのようにしか見えなくなっていた。



“ユキくん、今日はちゃんと話せてるね”

“相性がいいのかな?”



『うみゅ、ユイとユキは名前も近いしもう一心同体なの』

『ぜんぜん関係ないよ、名前!? で、でも、気負わなくていい分、少しは話しやすい……かな?』

『ココママに勝ったの』



[真心ココネ]

“ユキくんを寝取られました…”



『べ、別に一緒に寝てるわけじゃないからね!?』

『うみゅ、寝ないで耐久だもんね』

『やっぱり寝て良いかな?』

『ダメなの』

『うぅぅ……』

『うみゅ、それじゃあまずはマカロン、いってみるの』

『その間くらいこの画面、消したらダメかな?』



 相変わらず祐季の前にはホラゲーのオープニングが流れ続けている。



『うにゅ、ダメなの。それじゃあユキ、読んでくれる?』

『えとえと、この画面を読んだら良いのかな?』

『うみゅ、そうなの。よろしくなの』

『えっと“ユキくんの本命はココママかユイちゃんのどっちなのですか? それともポン姫ですか?”って何これ?』

『うみゅ、早速教えて欲しいの』



 顔を真っ赤にしてあたふたとしている祐季の姿に思わず笑みがこぼれるが、なんとか堪えて聞いてみる。

 するともぞもぞと手を弄びながらうつむき加減に言ってくる。



『ぼ、僕はココママもユイさんも好きだよ。そ、その、困っている僕を助けてくれるし……。あれっ? ユイさんは僕を困らせてくる? えっとそれだと……』

『うみゅ、ユキはユイの事が一番ってことみたいなの』

『えっ、そんなことは言ってな……』

『それじゃあ次の質問へいくの』



“誤魔化したなw”

“やっぱりママは強し”



『べ、別にそういうわけじゃないの。それよりも次を読んで欲しいの』

『えっと、“うみゅー、いつも眠そうにしているユイっちですが、一日にどのくらい眠っているのですか? またどのくらいの睡眠時間が欲しいですか?”』

『うみゅ、ユイは毎日十二時間しか寝てないの。あと十二時間は寝たいの』

『それだと一日中ってこと!?』

『うみゅ、やっぱりあと十五時間くらいほしいの』

『一日を超えちゃったよ……』

『うみゅ、ユキはどのくらい寝てるの?』

『うーん、僕は大体22時に寝てるから八時間くらいかな?』

『すっごくショートスリーパーなの。少なすぎて死んでしまうの』

『むしろ普通だよね!?』



“俺、もっと少ないんだけど”

“ユキくん、すごく早寝”



『ただ、ここ最近はぜんぜん寝てないかも。配信でばたばたしちゃって。二時間とか三時間が多かったよ……』

『っ!? それは大変なの! こっちにくるの』

『なになにってわわっ!?』



 祐季の頭をすぐに私の膝の上に持ってくる。



『ゆ、ユイさん、えっとこれって……』

『うみゅ、膝枕なの』



[真心ココネ]

“あぁぁぁぁぁぁ!!??”


“ココママが壊れたw”



『うみゅ、ユキはいつでも寝ると良いの。ユイがいつでも膝を貸すの』

『あぅあぅあぅ……』

『うみゅ? どうしたの?』

『大丈夫。僕は大丈夫だから……』



 顔を真っ赤にしながら手足をバタつかせる祐季。



『それじゃあこのまま次のマカロンにいくの』

『こ、このまま!?!?』

『次はユイが読むの。えっと“うみゅー、ユイっちのもこもこが柔らかくて気持ちよさそうなのですが、実際にどのくらい気持ちいいのですか? 触った感触も含めて教えてください”。中々目の付け所がいいの』

『いいのかなぁ……』

『だからはいっ』



 祐季の前に腕を差し出す。



『えっと、これって?』

『うみゅ、触って』

『あぅあぅあぅ、そんなこと僕にできるわけないでしょ!?』

『うみゅ、ユイが良いって言ってるの。ほらっ』



 祐季の前に更にグイグイと腕を出す。



『や、やめてよもう……』



 真っ赤な顔をしながらその手を押し返そうとしてくる。

 そのときにその手が体のとある部分に触れる。



『うみゅっ!?』

『わわっ、ご、ごめ……』

『大丈夫なの。もっとたっぷり触ると良いの』



“何を触ってるんだ……”

[真心ココネ]

“ゆ、ユキくん!? 何触ってるの!?”



『な、何ってその……あの……』

『うみゅ? ユイ、柔らかかった?』

『う、うん……、ってそうじゃないよ!?』



“い、いったい何が起きてるんだ!?”

“ダメだ、私はもう逝く……”

[神宮寺カグラ]

“ち、ちょっと何をしているの!?



『うみゅ……、ユキ、そろそろベッドに向かうの……』

『あの……、ユイさん、もしかしてわざとやってるの?』

『うみゅ、当然なの』



 私は思わず笑みをこぼしてしまう。



“い、一体どういうことだ?”



『か、勘違いさせてしまってごめんなさい。ただ僕がユイさんのほっぺを触ってしまっただけだから』

『ユイのほっぺはぷにぷになの』



 祐季の手は私のほっぺに触れており、その結果、彼の顔は限界まで真っ赤に染まり上がっていた。



『妄想が捗った?』

『僕は反応に困ったよ!?』

『グルグル表情が変わって楽しかったの』

『勝手に人を使って楽しまないでよ……』

『むしろユキが楽しんだほう?』

『ち、違うよ!? と、とにかくこの話題はおしまい!!』

『次はユイがユキを楽しむ番?』

『そ、そんなわけないでしょ!?』

『でもユイだけ触られるのは不公平だよね?』



“全くだ”

“名案だね”



『ちょ、ちょっと!? コメントの反応もおかしいよ!? 僕とユイがじゃれ合うのが楽しいの!?』



“楽しい”

“わくわく”



『うみゅ、リスナーに求められてるなら仕方ないの』

『し、仕方なくないよぉ』



 後ろに下がるユキをじわじわと追い詰める。



『あ、あの……、その……。ぼ、僕を襲うつもり……?』



 小動物のように震えた声で言ってくる。

 ただ、返事をせずににっこり微笑み返す。



『や、優しくしてほしい……な』

『うみゅ、約束はできないの』



[真心ココネ]

“ユキくん、今助けに行きます”

“ココママが必死だ”



『ふふふっ、ユキはもらったの』



 ユキに飛びついて抱きしめる。

 そして、そのまま腰に手を回して……。



『えいっ』



こちょこちょ……。



 そのまま祐季の脇腹をくすぐる。

 すると祐季はその場で笑い転げていた。



『あははっ、ゆ、ゆいさん、や、やめ……』



 そして、ついに祐季はその場に倒れていた。



『はぁ……はぁ……』

『ユキを倒したの。ぶいっ!』

『ぶ、ぶいっ、て僕はモンスターじゃないよ』



 祐季は呼吸を整えてからゆっくり起き上がっていた。



『うみゅ、そろそろユキの緊張もほぐれてきたし、マカロン返しもおしまいにして、ホラーゲームを……』

『わ、わふっ、そ、それじゃあ今日の配信はここまでです。お疲れ様でした』

『うにゅ、勝手に終わらせたらダメなの。ほらっ、ユキは画面の前に座って!』




◇◆◇◆

(小幡祐季視点)



『ほ、本当にやるの……?』

『うにゅ、当然なの』



 先ほどまでの砕けた感じとは打って変わり、モニターを前にした僕は緊張のあまり体が強張っていた。

 つけたヘッドホンからは恐怖をかき立てるような音楽が流れているので、仕方ないだろう。


 しかし、そんな僕を前にしても結坂さんは容赦がない。

 絶対に僕を逃がさないという意思を感じてしまう。


 これがこよりさんなら優しく一緒にやってくれたのだろうけど。


 ……あれっ? 結局僕がやることに変わりはない?



 恐怖のあまり僕はすぐに青ざめていた。

 特に練習の時はまだ夕方だったからマシ……といっても怖いものは怖かった。

 それが今は夜。

 恐怖はより一層かき立てられていた。



『うぅ、どうして今が夜なのぉ。太陽さん、戻ってきてよぉ』

『うみゅ、明日の朝になった戻ってくるの』

『遅いよぉ。今すぐに帰ってきてよぉ』

『諦めるといいの。それよりもう始まるの』

『それよりって、僕にとっては死活問題だよ。ひっ!?』



 タイトル画面が出た瞬間に驚いて目をギュッと閉じる。これなら怖いものを見なくて済む。

 あとは……どうやって魔王討伐ホラーゲーをクリアするか……。


 アドベンチャー系ならただ会話を進めたらいいだけなのだが、今回は移動パートがある。

 進む先がわからないと攻略のしようがない。

 いくらちょっと練習したからといってろくに進み方は覚えていない。


 でも、今回はオフコラボ。

 つまり、一人っきりで攻略するわけではない。

 困ったときには素直に結坂さんを頼れば良いんだ。



『ゆ、ユイさん……、す、進む先を教えてくれないかな?』



 結坂さんに聞いてみたけど、返事がない。



 ど、どうして……?

 さっきまで一緒に配信してたはずなのに……。



『ゆ、ユイさん、ど、どこに行ったの……?』



 恐る恐る目を開く。

 まだボタンを押していないので、モニターはタイトル画面のまま。

 配信画面にもユキくんとユイさんの姿が映っている。


 しかし、周りに結坂さんの姿だけがなかった。



『えっ!? ゆ、ユイさん!? ほ、本当にどこ行ったの?』



 目を開き、周りを見渡す。

 すると、そのタイミングで肩を叩かれる。



『ゆーきー』

『ピィァァァァァァ……』



 突然聞こえた結坂さんの言葉に飛び跳ねそうになるくらい驚いて、その場で顔を伏せ、ぶるぶると怯える。

 目からは大粒の涙が流れ出していた。




ユイ :『うみゅ、ユキは驚きすぎなの。飲み物とってきたから渡そうとしただけなの』



 結坂さんの手にはペットボトルのお茶が二本。

 本当に飲み物を取ってきてくれたようだ。


 ただ、僕は結坂さんが何事もなかった安堵感からその体に思いっきり抱きついてしまう。



『ゆ、ユイさん……、よ、よかったぁぁぁ……。お化けに襲われたのかと思ったよぉぉぉ……』

『大袈裟なの。それよりその、そろそろ離れてほしいの。そ、その、さすがに突然抱きつかれたらユイも恥ずかしいの……』



 結坂さんが少し照れた表情を浮かべていた。

 しかし、恐怖から僕はどうしても離れることができなかった。



『も、もう少しだけこうしてていい……?』

『うみゅぅ……、仕方ないの。ユキの好きなだけくっついてると良いの』



 結坂さんはため息を吐きながら頷いていた。



『うん……、ありがとぉ……』



“悲鳴助かる”

“まだ始まってないのに”

[真心ココネ]

“ぐぬぬぬっ”



『うみゅ、大丈夫? 無理そうならまずはユイが――』

『ううん、が、頑張る。ゆ、ユイさんが僕のために考えてくれた企画だもん。で、出来るだけは頑張るよ』



 ようやく動けるようになったので、僕は再びコントローラを手にホラーゲームに取り掛かる。

 ただし、チラチラと結坂さんがどこにも行かないかを確認しながら――。



『うみゅ、大丈夫なの。もうどこにも行かないの』

『う、うん……、信じてるよ……』



 そう言いながらもチラチラと結坂さんを見るのを忘れない。



『もう、ユキにはユイがいないとダメなんだから……』



[真心ココネ]

“ユキくんのママは私だよ!!


“ココママがママを認めてるw”



『えとえと、怖いんですけど、ゲームの紹介をしてもらいます。ユイさんに。ぼ、僕は耳を塞いでるから……ってなんでヘッドホンを付けるの!? うぅ……、さ、さっきより音がはっきり聞こえちゃうんだけど……』

『やっぱりゲームをするならヘッドホンは必須なの。それじゃあ、今日していくゲームを説明するの』



 ユイさんがそういうと配信画面にホラーゲームの詳細が表示される。


 それは有名なホラーアドベンチャーで、美術館から異なる世界へ飛ばされた主人公の少女を操って、元の世界へと戻る。というただのホラーではなく、しっかりとしたストーリーと謎解きの要素があり、名作として名高いゲームであった。



『説明するのは面倒だからいつも通りなの』

『えっ、な、なに……へ、変なことをしないでよ……』

『うみゅ、それじゃあ早速始めていくの』

『うぅ……、序盤を少し触ったから余計に怖いよ……。ひぃ……』



 ゲームを始めると、すぐにちょっとした仕掛けで悲鳴をあげてしまう。



『はぁ……、はぁ……』



 僕は少し息を荒くして、目に涙を浮かべていた。

 すると隣で結坂さんが応援してくれる。



『うにゅー、ユキくん、みんな応援してるの。頑張るのー』

『う、うん、頑張……ピィァァァァァァ!?』



 突然ゲーム内でマネキンだと思っていたものが動き出して、思わず大声をあげてしまう。



『うみゅ、とっても良い叫びっぷりなの』

『うぅ……、変なことを言わないで……、ピィァァァァァァァ!?!?』



 結坂さんにツッコミを入れようとしても、ゲームのせいでまともにツッコめない。



『うみゅ、好きなことをし放題なの』



“悲鳴助かる”

“悲鳴も可愛い”



 コメント欄では散々な言われようだった。

 そもそも僕の悲鳴なんて誰が聞きたいんだろう……。


 うぅ……、こんなホラーなんかに負けては男が廃る。

 な、何かの本で確か男は包容力で女性を守ってあげるものだと書いてあった。

 ぼ、僕がホラーゲームてきから結坂さんを守らないと!



 チラっと結坂さんの方を見て、更に気合いを入れる。

 その瞬間にまたゲーム内で絵画が動き出す。



『ピィァァァァァァ……!?!?』



 思わず大声をあげてしまう。

 その姿を見て結坂さんはにっこりと微笑んでいた。



『うみゅ、ユキも喜んでくれて嬉しいの』




◇◇◇◇



『ひぐっ……、ひぐっ……、そ、そろそろ終わり……だよね?』

『ユキ成分が満タンなのー』



 ずっと叫び続けて四時間後。

 いつの間にか僕は結坂さんの膝の上に座り、すっぽりと彼女の腕の中に収まっている。


 そして、結坂さんは満足そうな表情を浮かべていたが、僕は全く余裕がなくそのことについては触れない。


 ずっと悲鳴を上げすぎて、反抗できる気力がなかったのもある。

 しかし、それとは別に側に結坂さんがいるという安心感のおかげでホラーゲームの恐怖も幾分か和らいでいた。

 その点だけは感謝していた。


 ただ、この企画を持ってきたのも結坂さん、ということは忘れていない。



『わふぅぅぅ……、ゴ、ゴールまだぁ?』



“ユキくん、頑張れー”

[美空アカリ]

“いいぞ、もっと叫べー”



『ユキ、もうすぐで一回目のエンディングだよ。あとちょっとだから……』

『そっか……、もうすぐゴールなんだね……。もう、ゴールしてもいいよね……』



 時刻はすでにニ時を回っている。

 最近まともに寝ていない僕はすでに眠気のせいでふらふらであった。

 もちろん原因はそれだけではないが――。



『ユキ、まだゴールしたらダメなの。それは死亡フラグなの』



 みんなの応援とすぐ近くから結坂さんの声援を受けながら、僕はなんとかエンディングへとたどり着く。


 一回目ということもあり、エンディングはノーマルエンド。

 それでも頑張ったということもあり達成感はすごかった。



『や、やったよ、みんな……。僕、クリアできたよ……』

『よく頑張ったね、ユキ』



 結坂さんが頭を撫でてくれる。



『えへへっ……、あ、ありがとう……。ユイさんが抱きしめてくれたおかげで僕も恐怖が――』



 そこで僕の動きが固まった。


――そ、そういえば僕、いつからユイに抱きしめられていたのだろう?


 自然と顔が赤く染まっていく。そして、慌ててその場から離れようとする。



『あわわわっ……、ご、ごめん、ユイさん。ぼ、僕、ずっと、ユイさんに抱きしめられていて……、その……』

『うみゅ、ゆいもユキ成分をたっぷり補充できたから満足なの』



 結坂さんが笑顔を見せてくれる。

 それを見て僕はホッとため息を吐いていた。


 だからこそ気づいていなかった。

 結坂さんが“一回目のエンディング”と言ったその意味を。



“おつー”

“おつわふー”

“おめでとー”



 コメント欄が祝福一色になる。



――祝福されると気持ちいいね。頑張った甲斐があるよ。



 僕は笑顔でみんなに返事をする。



『えへへっ、みんなありがとう。怖かったけど頑張ってよかったよ。すごくストーリーもよくて、その、最後は怖さもあったけど、やっぱり先が気になってなんとかクリアすることができたよ。みんなの応援のおかげだよ。本当にありがとう』



 クリアしたという安堵感からようやく心の底から笑うことができた。


 ホラーゲーム。

 確かに怖かったけど、でもここまで達成感があるのならまたやってもいいかな。


 それに気づかせてくれた結坂さんには感謝の気持ちしかなかった。



『ユイさんもありがとう。すっごく楽しかったよ』

『うみゅ、楽しんでくれてるならよかったの』



 ……? なんだろう、今の言葉に何か違和感を感じたのだけど?



“ユイっちなら全てのエンディングを見るまでの耐久かな?”



 コメントを見てて、ようやく違和感に気がつく。

 そうだ、終わりならここで最後の挨拶をしているはずなんだ。

 それで綺麗に終われるはずだから。


 でもユイは動こうとしない。

 まるでまだゲームはかのように。



『えとえと、も、もう放送、終わるんだよね?』

『うみゅ? もちろん、ゲームをしたら終わるの』

『そ、それじゃあもう終わらないと……』

『うみゅ? まだユキはクリアしてないよ? エンディング、全部見てないよね?』

『え゛!?』



 嫌な予感はこれだったんだ……。

 

 結坂さんは配信を見ていればわかるけどいつも耐久している。

 超長時間配信で全てのエンディングを見て当然。

 元々一つのエンディングを見て終わり、なんて考えはなかったんだ――。


 僕を抱きしめてくれている結坂さんはにっこり笑顔で告げてくる。



『うみゅ、残りのエンディングも頑張るの』

『あのあの、こ、これ以上は僕の体がその……』

『うみゅ、最後まで楽しまないとなの』

『あうあう……、ぼ、僕はもう十分に楽しんだし、ほらっ、たくさん叫んでもう喉がその……』

『うみゅ? みんなもここで終わるのはよくないよね?』




“こうなったユイっちは誰も止められないな”

“ユキくん、頑張れ”



 コメント欄に味方はいなかった。


 そもそもここは結坂さんの配信枠。

 みんな耐久配信に慣れているのだ。



『うぅ……、わ、わかったよぉ……。や、やればいいんだよね……』



 覚悟を決めた僕は全エンディングを目指して突き進んでいくことになった。

 もちろんすぐ後に悲鳴が木霊し始めることになる。



◇◇◇



 全てのエンディングを見終えた時、すでに日が上りきったあとだった。



『うぅ……、怖かったよぉぉぉ……』

『よしよし、よく頑張ったの』



 すでに涙目になりながら結坂さんの胸元で震えてしまう。そんな僕の頭を結坂さんはゆっくり撫でてくれていた。



“ユキくん、お疲れ様”

“よく頑張ったね”



『僕……僕……が、がんばった……、すぅ……』

『ユキ、どうしたの? えっ、ユキ!?』



 心配そうな声を上げる結坂さん。

 しかし、それに反応することもなく僕は限界が来てしまい、放送中にも関わらず糸が切れたかのように意識が落ちてしまうのだった。

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