【改稿版】第3話 初配信振り返りコラボ(上)

「祐季くん、お疲れ様。よく頑張ったね」



 終わった瞬間にこよりさんが頭を撫でてくる。



「えへへっ、まだこよりさんに頼りっぱなしだったけどね」

「そこはこれからだよ。ゆっくり慣れていこうね」

「うん」

「それじゃあ、三期生振り返り配信の司会も頑張ろうか」

「うん。……えっ?」



 突然振られた重要な役に僕は困惑してしまう。



「ど、ど、どうして僕なの!? 司会はこよりさんじゃないの!?」

「はぁ……、初めてみんなで会話した時の話、忘れちゃってるでしょ?」



 こよりさんに言われて、僕は僅かばかりの容量しかない脳内メモリーを探る。

 もちろん自分に関係ないであろうことは深淵の底に抹消しているため、振り返り配信の司会のことなんて全く覚えていなかった。



「え、えへへっ……」

「可愛く笑ってもダメだよ。あー、でも可愛いなぁ。持って帰ってもいい?」

「し、司会を変わってくれるなら……?」



 こよりさんはしばらくの間、真剣に悩み込み、悔しそうに口を噛み締め、血涙を流しながら言う。



「こ、これはみんなで決めたことだから……」



 僕の貞操は守られたけど、破滅ルート司会は避けられないものとなってしまった。



「ど、どうして僕なの!? どんな約束だったの!?」

「それはね……」



 こよりさんはみんなで通話をした時の話をしてくれる。




 ◇◇◇◇




 それはこよりさんと電話した次の日のことだった。

 チャットでとある文字が流れてきたことで、僕の不安が掻き立てられていたのだった。



【真心ココネ】 今日13:11

 今晩20時に全員で通話をしませんか?



 とんでもない提案がこよりさんからされていた。

 しかも即座に。



【神宮寺カグラ】 今日13:11

 もちろん構いませんわよ

【羊沢ユイ】 今日13:12

 うみゅー、いいよー



 二人が賛成してしまったので、もはや通話することは確定的となってしまった。



【雪城ユキ】 今日13:13

 う、うん……



 本当は断りたいのだが、みんなが賛成している中で反対の意見も出しにくい。

 事なかれ主義の僕は結局その提案に同意することしかできなかった。


 そして、その日の夜。


 僕はなんとかして通話ができなくなる方法を探していた。

 例えばパソコンの電池が切れて……。

 ってパソコンは電源刺してるから電池切れなんて起きないんだった。



【真心ココネ】 今日19:55

 ユキくん、準備はできてる?

【雪城ユキ】 今日19:57

 で、できてないよ

【真心ココネ】 今日19:57

 なら大丈夫そうね

【雪城ユキ】 今日19:58

 えっ?



 僕の言葉は無視されて、その後すぐに通話がかかってくる。



 それに出ていいものか少し迷って、一分ほど経ちそうになって覚悟を決めて“通話開始”のボタンを押す。

 すると開口一番、カグラさんが大声を出してくる。



「やっと来たの!? 遅いわよ!」

「っ!? ご、ごめ……」



 思わず怯んでしまう。何とか言葉を発しようとする。

 すると、こよりさんが助け船を出してくれる。



「ダメだよ、カグラちゃん。ユキくんは臆病な子だから優しく、ね。そうでないとまた隠れちゃうよ?」

「か、隠れないよ!?」

「べ、別に怒ってるわけじゃないわよ。ただ、あまりに遅いから何かあったのかって心配したでしょ」

「うみゅー、カグラはさっきまで“ユキが来ない”ってそわそわしてた」

「言わなくてもいいでしょ!?」



 カグラさん、本当に心配してくれてただけなんだ……。



「あ、ありがとうございましゅ……」



 思いっきり噛んでしまい、僕は恥ずかしさからこのまま消えたくなっていた。



「これから始めるのに消えたらだめだよ!?」

「で、でも、僕がいなくても……」

「大事なことだからね。通話が終わったらいくらでも隠れていいから」

「あうぅ……、わ、わかったよ……」



 こよりさんから頼まれたので、恥ずかしさを押し殺してなんとかこの場に踏みとどまる。



「それにしてもこの子がスカウト組なのね。まるで素人みたいじゃない」

「うみゅ」



 二人は訝しんだ声を出してくる。



「えっと、僕はその……“みたい”じゃなくて素人だから……」

「はいはい、ユキくんへの質問攻めはあとからね。先に改めて自己紹介をしましょう」

「昨日チャットでもやったじゃない?」

「実際に話すのは初めてでしょ? 二人もいいよね?」

「うみゅ」

「えっと、ぼ、僕は……」

「ほらっ、二人とも良いって」

「むしろ一人、断りたそうな人がいるけどね。まぁ、私もいいわよ」



 ため息交じりにカグラさんが承諾する。



 あれっ? 僕の意思は?



 まるでそんなものは最初からない、と言わんばかりに当たり前のように自己紹介が始まる。



「私は真心ココネまごころここねこと大代こよりです。歌うことが大好きなので歌枠とか雑談枠をしていこうと思ってます。あと、ゲームはパーティー系がメインかな? みんな、コラボしてね」

「まぁ、気が向いたらね」

「うみゅ、一緒にお昼寝配信しようね」

「ぼ、僕は人前で歌うのはちょっと……」

「もう三人ともそんなこと言ってコラボしたいんでしょ? じゃあ次はカグラさん、お願いしていいかな?」



 こよりさんに指名されてカグラさんは一度咳払いする。



「私は神宮寺カグラじんぐうじかぐらこと田島瑠璃香たじまるりかよ。基本的に人気が出るならなんでもやるわ。でも得意なのはFPSかしら?」



 FPS? GPSの仲間かな?



 そんな見当はずれなことを考えてしまう。



「よろしくねー。FPSかぁ。やったことないけどしてみようかな?」

「うみゅー、楽しみなのー」

「えとえと、よ、よくわからないけど僕もやってみようかな?」



 多分写真を見てどの場所か答えるゲームのことだよね?

 平和そうだし、探してる間無理に喋らなくても良さそうだから僕向けだよね?



「えっ? ユキくん、やるの!? それなら一緒に練習しよっ。カグラさんをコーチに呼んで」

「な、何勝手に決めてるのよ!?」

「えっ、ダメなの?」

「そんなわけないでしょ。私の特訓は厳しいわよ」

「……あれっ? 僕も一緒にすることになってない?」

「「もちろん(でしょ)!」」



 綺麗にハマって、コラボの約束をさせられる。

 ただ、まずはソフト……というか、ゲームを配信する方法を覚えないといけないので、先は長そうである。



「わ、わかったよ。そのうち……ね」

「それじゃあ日程は私から連絡しますね。一応マネちゃんにも確認しないとだし」

「せいぜい私の人気にあやかると良いわよ」



 あっ、そうか。

 人気な二人に囲まれてたら僕なんてすぐさま画面の隅に追いやられるはず。


 すみっこユキくんだ。

 

 そう考えると少しはやる気にもなる。



「うにゅー、眠たいのー」



 隣からあくび混じりのトロンとした声が聞こえてくる。



「あっ、ごめんね。次はユイちゃん、お願いしていいかな?」

「うみゅ。ユイは羊沢ユイひつじさわゆいなの。本名は結坂彩芽ゆいさかあやめ



 あれっ? 結坂ってどこかで聞いたことある名前のような……?


 不思議に思ったものの知り合いのいない僕に特定の誰かのことが思い出せるはずもなく、よくある名前ということで結論づけることにした。



「ゲーム配信か睡眠配信をするの。よろしくぅ……」

「寝ちゃダメだよ!?」

「寝てないの……」



 ユイさんは自由奔放な性格のようだ。

 逆にその方が僕も気取らなくていいから楽かもしれない。



「それじゃあ最後はユキくん!」

「……」



 気が楽だと思ったのは気のせいのようだ。


 名前を言われた瞬間に忘れようとしていた緊張感が戻ってきて、足が震え、目の前が真っ白になり、口がパクパクと動いていた。


 しかし、言葉が出てくることはない。



「大丈夫だよ。ゆっくりでいいからね」

「えぇ、時間はいくらでもありますから付き合いますわよ」

「うみゅー、寝て待ってるの……」



 みんな優しい言葉を掛けてくれる。

 その言葉に僕は思わず目からは涙がこぼれそうになる。


 覚悟を決めると僕は大きく深呼吸をして声を発する。



「ぼ、僕はゆ、雪城ユキゆきしろゆきです。本名は小幡祐季。その……、配信は全くしたことのない初心者で、全然分からないことだらけだけど、やれることから頑張っていこうと思います。よ、よろしくおねがいしま……いたっ」



 お辞儀をするタイミングでモニターに頭をぶつけてしまう。

 すると、その声を聞いた他の三人から笑い声が上がってくる。




「あははっ、よろしくね。大丈夫、痛くない?」

「まぁ、なにか教えて欲しかったらいつでもコラボしてあげるわよ」

「一緒にゲームしよーなの」



 優しい同期の彼女らとなら一緒にやっていけるかもしれない。

 そう思わされる出来事だった。



「あっ、そうだ。初配信の後、みんなで振り返りコラボがあるでしょ?」

「うみゅー」

「そうね。初配信がどうだったか話し合うのよね?」

「……えっ!? そんなのがあるの!?」



 僕だけが知らなかったようだ。



「マネちゃんが言ってなかった?」

「えっと……」



 なんか言ってた気もするけど、自分の初配信のことを覚えるだけで精一杯だった。



「い、言ってたかもしれない……かな?」

「もう、ちゃんと覚えてようね。そのことも話し合いたいんだけど、せっかくだからこうしない?」



 こよりさんがニヤリと微笑みながら言う。



「初配信後、振り返り配信が始まった時に一番人気のある人が司会をするっていうのはどうかな? その人の枠で配信するの」

「それはいいわね。どうせ私が勝つに決まってるけど」

「うみゅー。ユイが勝ってみんなでお昼寝コラボするの」

「ま、まぁ、それなら……」



 この三人を差し置いて僕に人気が出るなんてあり得ないし。



「それじゃあ決まりね。私も負けないからね!」



 こんなやりとりが通話中にあったのだが、自分には無縁だろう、ということですっかり記憶から消していたのだ。




◇◇◇




「……あっ」

「思い出した?」

「うん、でも僕には関係のないやつだよね?」

「どうしてそう思うの?」

「だって一人でまともに初配信もできない僕にそんな人気なんね出るはずないし……」

「それじゃあせっかくだし、みんなの分を見ていこっか」




 まずはこよりさんのチャンネルから見てみる。



チャンネル名:kokone_Room.真心ココネ

チャンネル登録者数3.6万人



 そこには圧巻の数字が表示されていた。



「こ、こよりさん、すごい! すごいですよ。もう3万人超えてる!」

「うん、なんか祐季くんとコラボしてから急増しちゃって……」

「そんなことないよ! みんなこよりさんの方が好きなんですよ!」



 力説していると“もう、かわいいなぁ”とお約束のように抱きしめてくる。



「こ、この数字だとやっぱり司会はこよりさんで決まりだよね。うん」

「どうだろうね。次はカグラさんだね」



チャンネル名:kagura_Room.神宮寺カグラ

チャンネル登録者数2.3万人



 やっぱりこよりさんと比べると少し下がっている。

 ただそれでも数字としては圧倒的である。僕なんて数千……、ううん、それは欲張ったかも。百人もいてくれたら万々歳である。



「その次はユイちゃんだね」



チャンネル名:Yui_Room.羊沢ユイ

チャンネル登録者数2.4万人



 数字としてはカグラさんとほぼ同等。

 おそらく配信順番が作用して、ユイさんのほうがリスナーが多かったのだろう。



「それじゃあ最後は祐季くんだね」



チャンネル名:Yuki Room.雪城ユキ

チャンネル登録者数7.3万人



 なんかとんでもない数字が見えた気がしたけど、気のせいだった。



「僕は7.3人か。うん、僕にしては頑張った方だよね」

「……わざと“万”を抜いてるよね?」

「だ、だって、どうして僕だけこんなに高いの!? 数字がバグってるよ!? あっ、わかった。きっとこのパソコンが壊れてるんだよ」

「パソコンは壊れてないし、この数字も妥当だよ。だってユキくんはトレンド入りするくらいにバズってたでしょ?」

「えっ、バズ……? お風呂?」

「カタッターでたくさん反応されたってことだよ」

「でもみんな同じなんじゃ……」

「ここまでバズったのは祐季くんだけだよ! だから……ね」



 なんだか嫌な予感がする。



「じ、じゃあ僕はそろそろ、用事を思い出したから帰るね」



 こよりさんから離れようとするものの、彼女は流してくれなかった。



「どこに行くつもりかな? ここが祐季くんのお家なのに」

「わ、わふぅ……。は、離して……」

「だーめ。離したら祐季くん、逃げちゃうからね」



 結局僕は配信開始まで逃れることができなかったのだった。

 そして、さっきからこよりさんが僕のパソコンを触って何かしてるなとは思ってたけど、配信の準備をしてくれていたらしい。




◇◇◇◇

『シロルーム三期生初配信振り返り《雪城ユキ/真心ココネ/神宮寺カグラ/羊沢ユイ》』

13,245人が視聴中 ライブ配信中

⤴732 ⤵1 ➦共有 ≡₊保存 …



 配信画面に僕たち四人が並んでいた。

 こんなにそうそうたるメンバーがいるのになんで僕が司会なんだろう。



『ほらっ、ユキ君。司会でしょ』

『うぅぅ……、や、やっぱり言うの?』

『当然でしょ!? ユキが始めないと誰が始めるのよ!』

『……カグラさん?』

『なんでよ!?』

『うみゅー。始めないの?』

『わかった。わかったよ。えっと、あの、その……、み、みなしゃん……』



 思いっきり噛んでしまった僕は恥ずかしくなって顔を真っ赤にしながら段ボールへと戻っていく。



『あっ、こらっ、逃げないの』

『うぅぅ……、ココママ。いぢわるだよ……』

『大丈夫ですよ。ユキ君ならきっとできますからね』



 今度はこよりさんが直接僕の頭を撫でて励ましてくれる。



 そうだ……。僕がなるとは思っていなくても約束をしたことだもんね。

 みんなやりたかったのにたまたま運だけで僕が勝っちゃったから。

 だからぼくはちゃんと司会をやりきる必要があるんだ。



『わ、わふっ。もう大丈夫。僕、頑張るよー!』

『その調子ですよ』

『ところでもう五分がすぎるけど、まだ誰も名乗ってないわよ』

『わわっ、そうだった。み、みんな、今日は僕たちの配信に来てくれてありがとぉ。色々とトラブルが……。その……。僕の配信で色々とあったけど、で、でもこうやって無事にみんな配信を終えることが出来ました。ありがとうございます』



 僕が頭を下げると他の三人は苦笑いをしていた。



『ユキ君、真面目すぎですよ』

『あなたのミスくらいこの私がカバーして差し上げますわ』

『うみゅ、この段ボール、もらっていい? 暖かそう……』



 ユイさんが僕の段ボールに向かって進んで行く。

 僕は慌てて止める。



『だ、ダメだよ!? これは僕の段ボールなんだからね!?』

『うにゅ、……残念なの』

『ほらっ、ユキくん、自己紹介』

『あっ、そうだった。ではそれぞれ自己紹介をして貰います。まずは僕からだね』



 そこで大きく深呼吸をする。



『わふぅ、みなさんわざわざ拾いに来てくれてありがとう。シロルーム三期生の雪城ユキだよ。今日はその……な、なぜか勝負に勝ったのに司会を押しつけられました……。途中で段ボールいえに引きこもるかも知れませんがよろしくお願いします。じゃあ、次』

『うみゅ、ユイは羊沢ユイなの。今日はユキの段ボールを回収するための来たの』

『……えっ!? こ、これは僕の大事な段ボールだからあげないよ!?』

『そういえばどうしてユキのアバターには段ボールが付いてるのかしら?』

『んー、なんでだろう? 突然“好きな箱は?”って聞かれて段ボールって答えたからかな?』



“ちょっ、それってw”

“さすがにそんなこと言われたら段ボールを書くよな”



 コメント欄でも呆れられている。



『えっ? えっ? ど、どういうこと? 他に箱って合ったの?』

『ユキくん……、その“箱”っていうのはVtuber企業のことだよ』

『……へっ?』



 もしかして、シロルームって答えてくれる事を期待していたの?



『そ、そんなの知らないよ!? みんなも知らないよね!? ねっ?』



 カグラさんは目を背ける。

 ユイさんは目を閉じてしまっている。

 こよりさんは何も言うことなく僕を撫でるだけだった。



“常識だよね?”

“まさか知らない子がいるなんて”



『うっ……、も、もう今日は配信終わり。おつわふぅ』



 恥ずかしさがついに限界突破してしまい、僕は段ボールの中へと入っていく。ことは僕を抱きしめているこよりさんに防がれたので、頭から段ボールを被って、画面を見ないようにするのだった。



――――――――――――――――――――――――

まだまだ長くなりそうなので、ここで区切らせていただきます。

一切配信内容を振り返っていません。

それどころかまだ自己紹介すら終わってないのがユキくんスタイルです。

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