【改稿版】第2話 三期生の初配信(下)

『《神宮寺カグラ初配信》私の話を聞くと良いわ《シロルーム三期生》』

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 自然と僕はココネさんの抱きしめられながら次のカグラさんの配信を見ることになった。


 こっそりチャットでカグラさんに“頑張ってください。応援してましゅ”と応援メッセージを送ると、配信準備をしているはずな彼女からすぐに返信がくる。



“私の心配よりあなたは自分の心配をしなさい。でも、ありがとうございますですわ”



 と逆に心配されてしまう始末だった。

 アバターの雰囲気とは違い、すごく優しい人ということは伝わってくる。



「こより……じゃなくてココネさんってカグラさんと会ったことあるんだよね? 普段はどんな感じだったの?」

「私が会ったのはオーディション会場だったから普段とは違うかも知れないけど、でも変わった人だったよ」

「変わった人?」

「うん、なんか独特の感性を持っている人だったよ? いい人なんだけどね」



 どうにも要領を掴めないのはココネさん自身がいまいち把握しかねているからだろう。



「多分見てたらすぐにわかるよ」

「……ところでいつまで撫でてるの?」

「ユキ君の配信までかな? ユキ君が緊張しないようにね」



 僕のため、って言っているけど絶対に自分のためだった。

 その証拠にココネさんの顔が嬉しそうにとろけていたのだ。



「あっ、始まるみたいだよ」



 待機中から画面が変わる。

 ただ、そこで先ほどココネさんが言っていたことがなんとなく理解することができる。



「……画伯?」

「すごい感性だよね」



 配信画面には赤やらオレンジやら緑やら青やらが不安を誘うように波模様に描かれていたのだ。


 抽象画とでもいうのだろうか?


 とりあえずこの絵のどこが良いのか分からない。

 それはココネさんも同様だったようだ。



「す、すごく個性的な人なんだね……」

「だから言ったでしょ」



 なんとも言えない気持ちを抱いているのは他の視聴者も同じのようで、コメント欄に困惑の声がたくさん上がっていた。

 ただそんなことを気にした様子もなく、堂々としたたたずまいでカグラさんが姿を現す。



『仕方ないから来てあげたわ。私は神宮寺カグラじんぐうじかぐら。今日はいかに私が素晴らしいかを教えてあげるわ』



 金髪の長い髪。黒のドレスを着て頭には王冠。

 抜群のスタイルをしたお嬢様風のアバターが表示される。


 これだけだと三期生として統一感がなさそうに思われるが、このカグラさんも頭には猫耳が付き、腰のあたりから細長いしっぽが出ている。

 猫系キャラのようだ。


 長い髪を触ると風になびいているようにも見える。

 ただ、その高飛車な態度にコメントでは早速弄りが始まっていた。


“はぁっ? 頼まれてないが”“高飛車キャラだな”“こういう奴ほど大きなポンをするんだよな”



 僕はこんなに弄りコメントが来たらとても耐えきれずにあたふたしてしまうだろう。

 しかしそこはさすがカグラさん。

 全く動じた様子はなく、さっと自己紹介を始めてしまう。




 ――――――――――――――――――――

【名前】

 神宮寺 カグラ(じんぐうじ かぐら)

【年齢】

 19歳

【髪型】

 金色の長い髪

【体型】

 胸は小さい、というかない。

(大きくしてと本人からは頼まれたのでなくしてください。本人には内緒ですが見た目が大きく見えるのはパッドということで)

【服装】

 黒のドレス服姿に頭には王冠。ファンタジーキャラ統一の三期生なので猫の獣人。

【詳細】

 王に内緒で配信をしている猫族の姫。基本的に傲慢ではあるもののその実はさみしがり屋。

 何に対しても興味を持つが、失敗の多いポンコツさん。

【配信予定】

 料理枠(失敗メイン)

 掃除枠(失敗メイン)

 家事枠(失敗メイン)

 雑談

 ゲーム枠(失敗メイン)

 ――――――――――――――――――――



 マネちゃんからのコメントがついているプロフィールが表示された。


 その瞬間にコメント欄が加速し、何のことかわからなかったカグラさんが自分のプロフィールを見た瞬間に真っ赤に赤面していた。



『いやぁぁぁぁ、忘れて忘れて。今のなし! なしよ!!』



 大慌てで手で画面を隠そうとする。

 その様子を指差しながら僕はココネさんに聞く。



「これもわざとなのかな?」

「この慌てっぷりは多分気づかずにやっちゃったんだろうね」

「僕も同じことをしちゃいそうなんだけど、大丈夫かな……」

「カグラさんがミスしてくれてるおかげで視聴者も耐性ができてるからマシだと思うよ」



 カグラさんには申し訳ないが、心の中で“失敗してくれてありがとう”という。

 でもそれがなんだか悪いことに思えてきて、チャットで“大丈夫だった? 落ち込まないでね”とコメントを打っておくのだった。


 それからもカグラさんは配信途中で何度もミスをし、最初の女王様風なのが一転。


“ポン姫様”という不本意なあだ名がつけられることになっていた。



『はぁ……、はぁ……、だ、だれがポン姫様よ!? と、とにかく今日はこれでおしまい。さっさとユイのところに行くと良いわ。URLは概要欄にあるから』



 怒涛の三十分であった。


 ミスがまた別のミスを生み、その結果コメントが加速

 それにカグラさんがいちいち反応するからまた盛り上がりを見せるのだ。


 大声を出し続け、少し息が上がったカグラさんがそれでもユイさんに繋げることだけは忘れない。

 まさにプロ根性なのだろう。


 更にあれだけ大変な配信の後なのに僕のチャットに“ユキこそ頑張りなさい。楽しみに見るからね”と応援の言葉を返してくれていた。



「本当に優しい人なんだね」

「そうだね。あっ、そろそろユキ君も準備しないとね」

「でもユイさんの配信も見たいよ……」

「もう、現実逃避しないの。あとでアーカイブでも見れるから」

「わ、わかったよ。準備してくるよ」



 準備も何もあとは配信開始を押すだけでいいように用意はしてあるのだ。

 でも、パソコンの前に座って配信前に気持ちを落ち着けるのも必要かもしれない。


 僕はリビングから自分の部屋へと向かう。

 ヘッドホンを付けて準備を始めたのだが、もうすぐ自分の出番ということで緊張から口の中が乾いてきたことに気づく。



「飲み物も用意しておこうかな」



 何気なく席を立とうとしたのだが、普段つけ慣れていないヘッドホンを外すのを忘れ、その線に引っかかってしまう。


 そこから先はゆっくりとした動きで、まるで走馬灯のように見えていた。


 まずはヘッドホンの線に引っかかったことでパソコンも動く。


 設置してるパソコンの大きさ的にそれで倒れるはずもないのだが、驚いた僕は慌てて倒れないようにカバーに入る。


 その際に別の線が腕に絡まり、それがパソコンから抜かれる。


 プツン、とパソコンが消え、モニターに暗闇が表示される。


 呆然とした僕はその場から動けなくなる。

 ただわかったことが一つある。


 このままでは配信ができなくなってしまうということに。



「と、とにかく今はもう一回起動しないと……」



 顔面蒼白になりながら、僕はコンセントを繋ぎ直し、パソコンを起動させるのだった。




◇◇◇◇




 強制終了による長い起動を終え、慌てて配信準備していたページを開き直す。



「こ、こよりさんと一緒に準備したのに……」



 あとは開始を押せばいつでも初配信ができるようになっていたはずが、素材から何から何までなくなっていた。


 おそらくパソコンを探せばどこかにはあるのだろうけどゆっくり探している時間もない。



「えっと、アバターを用意してプロフィールも……。あ、あれっ? ど、どこにいったのだろう。えとえと、も、もう時間がないよ……」



 すでに配信開始まで残り数分になっている。

 本当ならユイさんの配信を見つつ自分の配信の最終確認をしているはずだった。



 それが……。



 泣きたくなるのをグッと堪える。

 僕のために励ましてくれて、家にまで手伝いに来てくれたこよりさんのためにも、今の僕にできることをしよう。



 ジワリ滲んでいた涙を手で拭い、タイムリミットギリギリまで配信の設定を触るのだった。

 そして――。



「こ、これで大丈夫のはず……」



 時間になり僕は配信開始のボタンを押すのだった。




◇◆◇◆

(大代こより視点)


 祐季くん、大丈夫かな……?



 配信してる姿を見られたら緊張で何も話せなくなるかも、と一応隣の部屋でユキくんの前のユイちゃんの配信を見ていた。


 ただ、それでもあまり集中して見られない。



 同期の初配信をまともに見られないなんて反省ものだね……。



 とはいえ今は祐季くんが気になるのは仕方ない。

 特に昨日のあの絶望しきった顔をした祐季くんにみんなと話す楽しさを知ってもらいたい。


 だからこそ出しゃばらずにあくまでもサポートだけ。


 本当に困った時には助けられるように。


 まもなく祐季くんの配信時間が近づいてくる。

 自分の時と同等か、それ以上に緊張してしまい固唾を飲んで見守っていた。



 ちゃんと配信開始を押せるのかな?



 祐季くんが部屋から逃げ出そうとする様子はないのでおそらくは大丈夫のはず。

 大丈夫のはず……。



 静かな部屋に時計の音だけが鳴り響く。

 そして、時間になると配信画面が無事に切り替わっていた。



◇◆◇◆

(雪城ユキ視点)



『《雪城ユキ初配信》初めまして、拾ってくださいね《シロルーム三期生/新人さん》』

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 配信は無事に始めることができていた。

 でも安心したのも束の間、アバターがまるで動く気配がなく、画面中央には段ボールが置かれたままだった。



 その異変はコメント欄でも広がっていた。



“開始時間すぎてるのに始まらないね”

“何かトラブルかな?”



『あ、あれっ? 動かないよ? ど、どうするんだっけ??』



 流れるように動くコメ欄。

 過ぎていく時間。

 僕の焦りも次第に大きくなっていく。



 やっぱり僕じゃダメだったんだ……。

 そう思いかけたその時にたまたま流れるように早いコメ欄でとあるコメントが目に止まる。



[真心ココネ]

“ユキくん、頑張って”



 そうだった。この配信はこよりさんも見ているんだった。

 色々と協力してくれたのにあんまり無様なマネは見せられないよね?



 こよりさんが実際にアバターを動かしてくれた時のことを思い出し、その通りに触っていく。その結果……。



『や、やったー……、う、動いたよ……』



 ぴょこぴょこと動く段ボールアバターのシュールな絵。

 それでも長々と続いた戦いに“おめでとう”“お疲れ様”と慰めコメントがたくさん書かれていた。



『み、みんなありがとう。あっ、えっと、つ、次は何するんだったかな?』



 アバターを動かすことにやけになり過ぎてて、頭が完全に真っ白になっていた。

 すると、やっぱり僕が困っていることを一番に気づいてくれたこよりさんがコメントをくれる。



[真心ココネ]

“段ボールから顔を出して”

[神宮寺カグラ]

“落ち着きなさい!”



 更にカグラさんもコメントで応援してくれていた。

 他のシロルーム所属の人たちもコメントをくれていたらしいが、僕が気付けたのはこの二人だけだった。



『あっ、そっか。まだ段ボールの中に入ったままだったね』



 色々と動いて見たのだが段ボールの中からは何も出てこない。



『あわわわっ、な、なんで? 練習した時は上手く行ったのに……」



[真心ココネ]

カメラの位置、大丈夫? 動いてない?



 テンパってしまい、訳が分からなくなっているとこよりさんが再びフォローしてくれる。



『あっ、本当だ。カメラ、動いてる……。ココネさん、ありがとう』



 カメラを少し調整するとようやく顔が動くようになる。

 段ボールからちょこっと顔を出す。


 ただ散々待たせてしまったので恥ずかしくて、ほんの少ししか出すことができない。

 犬耳フードが段ボールから出てぴょこぴょこ動いていた。



[真心ココネ]

ユキくん、そろそろ自己紹介からはじめよっか?



『あっ、時間!? ぼ、僕は雪城ユキゆきしろゆきです。そ、その、あの……』



 言葉に詰まらせながらもなんとか自分の名前を言う。

 時間はすでに20分が過ぎていた。

 すると……。



 ピコッ!



 配信途中に何かの通知音が鳴る。

 それと同時にディーコードの画面が少し映る。



【マネちゃん】 今日21:52

プロフィールも貼ってください



『あっ、そっか……。プロフィールを張らないと……』



 ディーコードが配信画面に映ってるとは気づかずに僕はプロフィールの準備をする。

 するとこよりさんの慌てたコメントが流れてくる。



[真心ココネ]

ユキくん、映ってる! チャット画面が映ってるよ!



『えっ、み、見えてる!?!?』




 大慌てでディーコードの画面を消そうとする。

 しかし、消す前に更に通知がきてしまう。



 ピコッ、ピコッ。



『ぴぃぁぁぁ……』




 更に追い打ちをかけるチャットの通知におもわず目を回してしまう。



『消さないと。消さないと』



 消そうとしているのにその間に通知が来るので、余計画面に表示されてしまう。

 そんな悪循環の中、四苦八苦してようやくキャスコードの画面を消すことができた。




『はぁ……はぁ……、や、やったよ……。消せたよ……』



 すっかり息が上がってしまう。

 ただ、すぐに“自己紹介は?”というコメントを見て、プロフィールを貼ろうとしてたことを思い出す。



『自己……紹介? そ、そうだった。えとえと……。あっ、時間……』



 プロフィール画像を探していた時に今の時間が目に止まる。

 あと数分で30分が終わってしまう……。



 な、何をしてるんだろう……、僕。


 まともに配信できないなんてみんなに申し訳ないよ……。




 大慌てで今度は自己紹介を貼ろうとする。

 すると、そのタイミングでこよりさんからまさかの通話がかかってくる。


 配信中に出れるはずないのだが、マネちゃんがチャットで“出てください”と送ってきたので、そのまま通話に出る。


“自己紹介もせずに通話を始まる段ボールwww”


 すごく笑われているのがわかるが、もはやどうやってもこの配信は失敗だった。

 おそらくはこよりさんがそんな僕をフォローしてくれようとしてるのだろう。


 だからこそ僕は通話を取っていた。



『こにょ……、ココネさん、どうしましたか?』



 思いっきりこよりさんと言いかけて、慌てて言い直す。



「ユキくん、大丈夫?」

「えっと、あんまり大丈夫じゃない……かも」

「だよね。でもよく頑張ったよ。マネちゃんから許可をもらってきたから22時から30分、私とコラボしながらユキくんの初配信をやり直そっか?」

「えっ、いいの……?」



 今回は完全に自分のミスである。

 それを他の人にフォローしてもらうのが申し訳なく思って聞き返してしまう。



「当然でしょ? ということで22時から枠を取り直してオフコラボ初配信をやります。チャンネルはそのままでお待ちください」

「お、お願いします」



 結局僕の初配信は一切アバターを出さずに名前だけしか言えないという今までにない伝説を作ることになってしまった。



“ココネさん、ママみたい”

“ユキくんのママ”

“ココママだ!”

“ちょっと待て!? オフコラボだと!?”



 最後に爆弾を投げつけたこよりさん。

 そのおかげで次の配信準備の間、コメントが止まることなく、むしろ今まで以上に加速していたのだった。




◇◇◇◇




「まさかコンセントが抜けてパソコンが強制終了してたなんてね」



 一旦配信を終えるとこよりさんはすぐさま僕の部屋へと入ってくる。

 そして、すぐに抱きついてくると頭を撫でてくる。



「一人でよく頑張ったね。偉いよ」

「で、でも、みんなと違って自己紹介も出来なかったよ……」

「大丈夫。ユキ君も慣れたら出来るようになるよ」



 盛大な失敗をしたあとだからか、本来なら恥ずかしくてなんとか逃げようとするこよりさんの頭撫でも、どこかホッと落ち着くことができた。



「これで大丈夫だと思うよ。それじゃあ始めようか」

「う、うん……」



 さすがに先ほど失敗したから緊張してしまうが、その瞬間にこよりさんに抱きつかれてしまう。



「たくさんの人に見られて緊張するかも知れないけど、まずはユキ君が楽しまないとね」

「ぼ、僕が楽しむ……?」

「そうだよ。楽しい気持ちは伝染するからね。ユキ君が笑ってくれるとみんな嬉しいんだよ」

「そ、そっか……。で、でも僕に出来るかな?」

「そのために私がいるからね。困ったときは私に頼ってくれたらいいから」



 安心させるように笑顔を見せてくれるこよりさん。

 頼もしいその言葉に緊張が少しだけ和らぎ、ちょっとだけ自然な笑みがこぼれるのだった。



◇◇◇◇

『《雪城ユキ初配信?》初めまして、拾ってくださいね《シロルーム三期生/雪城ユキ/真心ココネ》』

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 配信開始と共に姿を見せる段ボールと真心ココネのアバター。

 お互いの顔を見合わせて、まずはこよりさんが話してくれる。



『さっきぶりのみんなも、はじめてのみんなも、揃ってみんな、ここばんはー。シロルーム三期生、癒やしの妖精、真心ココネですー。ママじゃないよー』



 すらすらと噛むことなく長い文の挨拶をするこよりさん。

 すっかりコメント欄では“ココママ”という呼び名が定着している様子だった。


 子供の僕をあやしている姿が印象的なんだそうだ。


 一方の僕は“段ボール”から抜けられていない。

 もはや本体が段ボール、なんて言われ始めている。


 こよりさんが“次はユキ君の番だよ”と言いたげな視線を向けてくる。



『はいっ、ユキ君はそろそろ段ボールから出てきてくださいね』

『わ、わふっ……』



 こよりさんに引っ張られるように僕のアバターが始めてリスナーの前に姿を現す。


 とはいえ下半身は以前と段ボールの中。

 銀色の肩より少し長い髪。

 白のワンピースの上から黄色の犬耳付きフードパーカーを着た垂れ目の少女。


 それが僕のアバター、雪城ユキだった。



『はい、ということでようやく姿を見せてくれましたね。こちらが雪城ユキくん、本体ですよ。自己紹介できるかな?』

『う、うん。僕は雪城ユキ……です』

『はい、上手に出来ました。ということで僕っこですよ、僕っこ。呼び方はユキくん、ユキちゃん、ユッキー、段ボールのどれでもOKです』

『ぼ、僕は段ボールじゃないよ!?』

『でも巷では段ボールが本体なんじゃないかって言われてますよ? いやなら出てきてください』

『この段ボールは僕の心のオアシスだから』

『わかりました。私がオアシスになるのでくっついてきてください』



 こよりさんが両手を広げてくる。



『そ、それをいうならココネさんもココママって呼ばれるよね? 僕もそう呼んで良いの?』

『私はママじゃな……。ううん、ユキくんのママなら大歓迎かな』

『……え゛っ!?』

『ほらーっ、ユキくん、ママですよー』

『わ、わふっ……』



 リアル側で思いっきり抱きつかれる。

 その姿がアバターでも表現されていた。


“これ、オフコラボだったよね?”

“もっとやれ”

“尊すぎて死ぬ”


 こんなコメントが急加速で流れている。

 正直ほとんど読めないので、目に止まった分だけしかわからないが。


 それよりも抱き付きだけじゃなくて頬をスリスリまで始めてしまったこよりさんから抜け出す方が先決だった。



『や、やっと抜けられた……。と、とりあえず身の危険を感じるから次に行くよ……』

『……残念』



 本当に残念そうな声を上げたこよりさんをスルーして、こよりさんと二人で作ったプロフィールを貼り付ける。


 するとそれをこよりさんが読んでくれる。



『えっと、まずさっき言った通り名前は雪城ユキくんですね。上から読んでも下から読んでも雪城ユキです。とってもかわいい子ですね。すごく好きですよ』


『わふっ、あ、ありがとうございま……って抱きつかないで』



 さすがに面と向かって『好き』と言われると照れてしまうが、そのあとすぐに抱きつかれるおかげで照れている暇はなかった。


 コメントの勢いが加速してもうほとんど目で追い切れない。

 とりあえず喜んでもらえているということだけわかったのでヨシとしよう。



『次、いきますね。飼い主ともだちを探している可愛そうなわんこ。配信予定は腕立てが一回もできないけど筋トレ枠?』

『うん、こんな軟弱な体じゃなくてちょっとは鍛えないとって――。自分に自信を持てたら、ココママ以外にも友達ができるかなって……』



 見た目がかわいらしいということもあって女子からは妹扱いされる上に男子からは露骨に避けられる。


 そしていつの間にかぼっちになっていた。


 もっと男らしくなれば……と考えたことは一度や二度では済まなかった。



『そんなこと言ったらおっきくて紳士的なお兄さん方がお友達になろうとしてきますよ。犯罪ですからね。ユキくんは私のものなので誰にも渡しませんよ!』

『ココママのものでもないからね!?』

『違うのですか!?』



 今日一番の驚きを見せてくる。

 ただそんな時にたまたま高速で流れるコメントの中に三期生の二人カグラさんとユイさんを発見する。



[神宮寺カグラ]

“私も友達になってもいいわよ?”

[羊沢ユイ]

“ユイは友達?”



『あっ、二人とも来てくれたんだ。ありがと……』

『それより応えてあげたら?』

『そ、そうだね。も、もちろん、二人がよかったら友達に……って僕がいうのもおこがましいのだけど、その……』



[神宮寺カグラ]

“聞いたわよ。もう忘れないからね”

[羊沢ユイ]

“うにゅ”



 二人とも僕と友達になってくれるようだ。

 嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。


 するとこよりさんが頬を膨らませて僕を抱きしめてくる。



『でも、ユキくんは渡しませんからね!』

『わ、わわっ……。だから急に抱きしめないで。ビックリするから』

『わかりました。ではこれから配信が終わるまで抱きしめますからね』

『言ったら何でもしていいってことじゃないからね』



 もちろんそう簡単に抱きしめたら離してくれない。

 仕方なくしばらくはされるがままにしておく。



『えっと、これで自己紹介は終わりかな?』

『違うよ?』

『あ、あれっ? 僕が教えてもらった設定はそれだけだけど?』

『挨拶は『わふぅ。拾いに来てくれてありがとぉ』で、語尾は『わふ』。 出来れば可愛い感じで言ってくれるとマネちゃんとしては嬉しいな……、と書いてありますね』

『そ、それはマネちゃんの願望でしょ!?』

『でもさっきから何度か言ってるよね? それともユキくん、なにか挨拶を考えられるの?』

『うぐっ……。わ、わかったよ。それを挨拶で使わせてもらうね』

『それじゃあここで練習してみよっか』



 こよりさんに言われるがまま、僕は少しだけ照れながら言う。



『わ、わふぅ……。みんな、今日も拾いに来てくれてありがとぉ……。シロルーム三期生の雪城ユキだよ。こ、これでどうかな?』

『ご飯三杯は行けます!』

『おかずじゃないよ!?』

『とりあえず切り抜き師さんは今のところを切り抜いて私のところに送ってください。お待ちしています』

『待たないで!? ココママの言うこと、聞いたらダメだからね? お願いだよ』

『まぁ、それは置いておいて次にいこー』

『僕からしたら死活問題だよ!?』

『ほらほら、せっかくの二回目なのに時間なくなっちゃうよ?』

『そ、そう言われると弱いよ……。次はなんだったかな?』

『タグだよ、タグ』

『あっ、そうだった。タグも決めないといけないんだったね……』

『マカロンとかで募集はしてないの?』

『う、うん、あんまり使い方がわからなくて……』



 マカロンとは匿名でコメントや感想、質問等を送れるカタッターと連動したサービスの一つだった。



『それならここで募集しましょうか。まずは皆さんの呼び方からコメントに書き込んでください。ユキくんが目に止まったものから選んでいきますから』

『よ、よろしくね』



 それから加速するコメントを凝視する。



『えっと、“飼い主””犬好き“”再生紙”あたりかな?』

『私は犬好きさんが好きですね。飼い主はダメですよ。ユキくんを飼うのは私ですから』

『ちょっ!? 何を言ってるの!?』



[神宮寺カグラ]

“私が飼ってやろう”

[羊沢ユイ]

“ゆいもユキくん、飼いたいの”



 コメント欄で三期生の二人まで飼い主宣言をしていた。

 もしかすると僕はこの三人に飼われそうになるのを躱さないといけないのだろうか?



『ふ、二人とも。何を言ってるの!? と、とにかく呼び名は“犬好きさん”で決定。この話はおしまい!』



“ココユキ、推せる”

“ココママ、ユキくんをください”

“俺はココママが欲しい”



 概ね好意的な感想が並ぶけど、こよりさんを欲しがっている人も出てくる。


 なんとなく……。

 なんとなくだけど取られたくない、と思ってしまった。



『ココママは僕のママなのであげません』

『ユキくんに告白されちゃった……』



 こよりさんがわざとらしく頬に手を当てて照れたそぶりを見せる。

 そこで自分が何を言ってしまったのか理解して、顔を真っ赤にして段ボールに隠れてしまう。



『そ、その、い、今のは告白というわけじゃなくて、その……あの……、ふきゅぅ……』

『あっ、ゆ、ユキくん、しっかりして……』



 恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤に染め上げて目を回す。


“これって初配信だよな?”

”初々しいカップルだ”

“ココユキが尊すぎる”



『ふきゅー……』

『ユキくんがしばらく戻ってきそうにないので、先に他のタグを決めちゃいたいと思いますー。次は生放送配信タグです』



 場を繋ごうとこよりさんが進行してくれる。



“生雪”

“ユキくん観察日記”

“犬拾いました”




『“犬拾いました”、いいですね。じゃあ、それで次はイラストタグを……』

『待って待って! 何勝手に決めて……』



 ようやく我に返った僕は慌ててこよりさんを止める。



『でも、犬好きさんたちはもうそのつもりですよ』



 コメント欄はおろか、すでにカタッターにも”配信タグは犬拾いました”って投稿されているらしい。


 恐ろしいほどに早い速度。赤い流れ星の人もビックリである。



『うっ……、わ、わかったよ。それじゃあ配信タグは“犬拾いました”で。次はイラストのタグだよ』



 今度こそまともなものを選ぼうとじっくり観察する。

 その甲斐もあってさっきまでよりも多くのコメントを拾うことがで来た。



“ユキくん観察日記”

“今日のわんこ”

“犬写真”

“ココユキ日記”



『ちょっと、私が入ってますよー。コラボの時しか使えないのでそれは却下ですね。それでユキくんはどれがいいですか?』



 どれもろくなものがない。

 しかし、犬好きさんたちが出してくれた案なので、一蹴しないで真剣に考える。



『そ、その……、犬写真……かな』

『はい、三人目の人、当選です! おめでとうございます!』



 “おめでとー”のコメントが弾丸のような速度で流れていく。

 僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 ううん、僕だと見逃しちゃうね。



『こ、これで全部決めたよね?』

『そうね。推しのマークは犬と足跡だもんね。あっ、そういえばユキくん、カタッターで今日の配信開始を呟いてましたか? 私見落としたかな?』

『あっ!? し、してない。やってくるよ』

『うん、いってらっしゃーい』



 大慌てでカタッターに放送開始の呟きをする。



 雪城ユキ@シロルーム三期生 @yuki_yukishiro

 21時半から30分、初配信を行います。

 是非見にきてくださいね。わふっ



 時刻は既に22時25分。


 一度目の配信は終えて、二度目のコラボ配信も終わろうとしている時間である。

 このタイミングでの告知は既にお祭りとなりつつある伝説の放送に更なる燃料を投下することに他ならなかった。



“放送終了のタイミングで開始告知をするの草”

“今来たけど、もう終わる?”

“草生えすぎと思ったけど、草以外何もなかった”



『あっ、い、今から来てくれた人がいるの!? ど、どうしよう……』

『短い時間ですけど、思う存分ユキくんを眺めていってくださいね』

『な、なんだか申し訳ないことをしちゃったよ……』

『大丈夫ですよ。少し休憩は挟みますけど、23時から三期生全員で初配信の振り返りコラボをします。今から来た人はそちらを楽しみにしてください』

『わ、わふっ。僕がカタッターを忘れてたばっかりに、ごめんね』

『それじゃあ、ユキくんの初配信オフコラボはここまでです。おつここ様でした』

『お、おつか――』



 最後は僕らしく挨拶の途中で途切れながら配信終了となった。

 でも、無事に乗り切れたことで安堵の息を吐いていた。

 それもこれも全部こよりさんのおかげである。



 ただ、本当に配信の最後まで抱きついてるってことは有言実行しないでほしかったな……。



 こうして無事に配信を乗り切れた僕は休む間もなく振り返り配信の準備を始めるのだった。


 その頃“雪城ユキ”というワードがトレンド一桁に入り、他にも“配信終了告知”とか“段ボール”もトレンドに入っていたのだが、慌ただしくしていた僕がそのことを知ることはなかったのだった――。



――――――――――――――――――――――――

ちょうどキリの良いところで切ることができずにとんでもなく長い一話になってしまいました。

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