【改稿版】第2話 三期生の初配信(上)
次の日にカタッターを開くとなんか通知が壊れてしまったみたいで99+という数字が表記され、今なお通知が来続けていた。
「えっ!? な、なにが起きてるの!?」
よく見ると僕の告知を色んな人が拡散してくれているようで、噂のバズリ、というものになっているようだった。
雪城ユキ@シロルーム三期生 @yuki_yukishiro
わ、わふ…。だ、誰か拾いに来てくださ
115万件の表示
@385 ↺2,211 ♡1.0万
ちょっ!? 僕の打ち間違いの告知がなんでこんなに見られてるの!?
しかも
更にアカウントの方も数値がおかしい。
雪城ユキ@シロルーム三期生 @yuki_yukishiro
1フォロー中 1.0万フォロワー
なに、このフォロワー数。
確かにシロルーム所属という時点でフォローしてくれる人も多数いるだろうけど、それにしても他の三期生に比べると倍くらい多い。
更にこの数字が今もなお増え続けているのだ。
しかも告知に付いているリプの大半が好意的なものだったのだ。
“配信も見に行くよ”
と書かれたリプを見るたびに“僕なんかを見に来てもらうのは申し訳ない”と思えてしまう。
可愛い美少女Vtuberを見に来たはずが出てきたのが男の僕。
炎上どころか大炎上してしまうのが目に見える。
さりげなく事情を知っているこよりさんやマネちゃんには相談したのだが。
“祐季くんは祐季くんらしくていいんだよ”
“ 男だってバレてもいいですよ。こんなに可愛い子が女の子のはずないですよね”
と答えにならない答えが返ってくる。
もちろん僕の性別が男であることは変えようもない事実で、どんな言葉を掛けられたところでこの気持ちが晴れることはない。
そんな恐怖が配信日が近づくにつれて膨れ上がっていく。
初めはチャットでやりとりするくらいの余裕はあったのだが、その回数は減り、配信日前日になるともはやスマホを見ることも叶わなくなっていた。
自分が炎上するだけならよくはないけどまだ飲み込める。
でもそれに伴って他の三期生や友達になってくれたこよりさん、僕を見出してくれたマネちゃんや朱里お姉ちゃんにまで影響が及ぶかもしれない、と考えると恐怖で何もできなくなっていた。
部屋は明かりをつけずに段ボールの上に三角座り。それでいて何もしていないので時計のゆっくりとした音だけが響いている。
“このまま遠くに逃げていきたい……”
でも僕に期待してくれている人たちを裏切りたくはない。
結局、進むことも戻ることもできずに、悩みを誰かに相談することもできずに停滞。
それが今の僕らしかった。
すると……。
“ピンポーン!!”
呼び鈴が鳴る。
誰か来客が来たようだ。
本当なら今は出たくなかった。
でも、呼び鈴は何度も鳴り続き止むことがない。
僕がここにいるとわかった上で来ているのだろう。
ゆっくりとした動きで立ち上がるとインターホンを確認する。
そこにいたのはこよりさんだった。
慌てて画面から目を背ける。
「こよりさん……、どうして?」
カメラから視線は外したのだが、音声はそのままだったためにこよりさんに聞こえてしまったようだ。
「どうして?ってそれはこっちの台詞だよ!? 連絡しても繋がらないし、心配で様子を見に来たんだよ!?」
「あぅあぅあぅ……」
思わず僕は言葉を詰まらせる。
「とりあえず中に入れてもらって良いかな? 詳しい話も聞きたいし……」
「う、うん……」
鍵を開けてこよりさんに入ってきてもらう。
真っ暗の部屋。
禄に寝ていないとわかる目元のクマと体調が悪いとわかる青白い顔。
虚ろな表情の僕を見た瞬間にこよりさんは抱きしめてくる。
「何かあったら連絡してって言ったよね!?」
「でも、僕の問題だから……」
「それでも、だよ! だって
やや怒り気味に言うこよりさんが自分のスマホを見せてくる。
その画面にはディーコードの三期生グループチャットが表示されており、みんなが心配しているコメントを書いてくれていた。
【羊沢ユイ】 今日11:25
ユキ君、大丈夫?
【神宮寺カグラ】 今日11:27
全く、連絡の一つでもよこして欲しいものですわ
【マネちゃん】 今日11:28
電話も繋がらないのですよ
【真心ココネ】 今日11:30
わ、私、家行ってみますね!
「ほらっ! みんなもこんなに心配してたんだよ!」
僕は慌てて布団で封印しているスマホを取りだしていた。
すでに通知は99+と上限で、みんな心配してくれていたことがよくわかる。
僕は目頭が熱くなってくる。
「こよりさん、ごめんなさい」
「うん、わかってくれたのならいいよ。ほらっ、とにかくひどい顔だから顔洗っておいで」
「うん、行ってくる!」
僕は洗面所で顔を洗う。
そこで自分の顔がかなり酷いものだったことに気づく。
“これは心配されるよね”
流石に目にできたクマは直らないが、それでも表情くらいはマシになるように念入りに顔を洗うのだった。
◇◆◇◆
(大代こより視点)
“祐季くん、寝ちゃった……”
相当参っていたようで、軽い食事をしたあと、二人でチャットの返事をしていたらそのまま、私にもたれかかるようにウトウトと初めて、そのまま寝息を立てていた。
緊張でまともに寝ていなかったのだろう。
今は安心してくれているようで、無防備に眠っている。
逆に誰からかまわずこんな姿を見せそうで不安になる。
でも初配信の緊張でこうなっていたのなら明日、一人にしてしまってはまた同じ状況になりかねない。
確かにシロルームは大手Vtuber企業だからそれだけ注目を集める。
元々一万人くらいの配信者だった私ですら緊張する。
でも、いくら緊張してるとはいえここまで酷い状況になるだろうか?
まだ祐季くんのことで知らないことがある気がする。
そう思った私は状況報告もかねてマネちゃんに電話をかけるのだった。
「大代さん、小幡さんはどうでしたか!?」
「もう大丈夫です。かなり参ってたみたいで安心したらすぐに寝てくれました」
「それはよかったです……」
マネちゃんも本当に祐季くんのことを心配していたようだ。
せっかくなのでさっき浮かんだ疑問を聞いてみることにした。
「初配信は緊張しますけど、さすがに祐季くんのは酷くないですか? 大なり小なり配信経験があれば……」
「ないんです……」
「……えっ!?」
「小幡さんは完全な素人。今回の初配信が文字通り初めての配信なんですよ」
マネちゃんのその言葉を聞いてようやく祐季くんの緊張が理解できた。
確かに自分が初めて配信した時、とんでもなく緊張した。
ちゃんと配信ができるかどうか……。
人が来てくれるかどうか……。
自分が上手く喋れるかどうか……。
祐季くんはそんな状態の中、アカリンのアバターという注目を集め、カタッターでのバズりから三期生では圧倒的なフォロワーを得て、大トリという同接が一番増える順番を任されているのだ。
そこまでの責任を同時に背負わせているのだから潰れそうになるのも仕方ない。
むしろその責任に押しつぶされそうになりながらも決して逃げ出さない祐季くん。
この小さな肩にどれほどの重責が背負わされているのか……。
少しでもその重荷を軽くしてあげられたら……。
「それなら明日、私は祐季くんの近くにいても良いですか? さすがに同じ部屋で配信はしませんので」
私がいることで祐季くんが安心してくれるのなら……。
「お願いできますか? 現状、小幡さんが一番信頼してるのは大代さんみたいですので」
“本当はマネージャーである私の仕事なんですけどね”と申し訳なさそうに言う。
「任せてください」
◇◇◇◇
(小幡祐季視点)
今まででは考えられないほど清々しい朝である。
まるでこれまでの出来事が夢かのように。
ただ、僕に抱きつくように寝ているこよりさんの柔らかい感触でこれまでの出来事が夢ではなく、今日が配信日当日であることに気づく。
確かに今でも配信するのは怖い。
それでも側にこよりさんがいてくれるという絶対的な安心感のおかげでその気持ちが和らいでいる。
おそらく今日も不安がってた僕のためにこうして泊まってくれたのだろう。
何にもできないけどせめて朝ごはんくらいは作ろうかな。
こよりさんを起こさないようにベッドから出るとまずは身支度を整える。
配信日当日ということもあり、まずは形から入るために朱里お姉ちゃんに用意してもらった犬耳フード付きワンピースと短パンという姿をしている。
さすがに銀髪のウィッグまではつけていないが。
しっかり着替えが終わるとキッチンへ向かう。
作るのは一般的な朝食。
卵焼きを作ったり、味噌汁を作ったり、鮭を焼いたり……。
手の込んだ料理までは作れないので、口にあってくれるといいな、と思いながら完成させる。
すると、ちょうどそのタイミングでこよりさんが起きてくる。
「なんだか良い匂いがするね」
「あっ、おはよう。ちょうど朝ごはんができたところだよ?」
「まさかこれを祐季くんが作ったの?」
「簡単なものだから口に合えばいいけど」
「私、朝からこんなにちゃんと料理したことないんだけど……」
「でも、味噌汁はレトルトだし、鮭は焼いただけだよ?」
「きっとたっぷり愛情が入ってるからこんなに美味しそうなんだよ」
こよりからしたら冗談で言ったつもりだった。
おそらく今までの祐季くんなら照れて必死に否定するだろう、と。
でも今日の僕の反応は違った。
「ふふっ、そうかもしれないですね」
少しだけ恥ずかしさを隠しきれずに頬は染まっているものの、ちょっとだけ素直になれた気がする。
すると、こよりさんは大きく目を見開いて驚いていた。
「ゆ、ゆ、祐季くんがデレたー! これはもうお持ち帰りしても良いってことだよね!? そういうことだよね?」
「そ、そんなことあるわけないよ!?」
「ふふっ、照れない照れない」
ほっぺたを突かれて僕は思わず頬を膨らませるのだった。
◇◇◇◇
それからこよりさんは一度家に帰ることになった。
本当ならこよりさんも落ち着いて初配信をするために自分の家でやりたいだろう。
でも今日は僕の家から配信してくれることとなったのだ。
配信中はリビングを貸してねって言われたので、驚きながらもこれを快諾した。
むしろこれは僕のためにやってくれているのだとわかるから。
それに他人の配信を見学出来る機会は多くない。
配信経験がほとんどない僕からしたらそれはありがたい機会である。
それに側に知り合いがいてくれる安心感は配信初心者の僕からしたらこれほど心強いものはない。
もちろん配信が始まったら一人であるのだが。
「ただいま」
「おかえりなさい。荷物、大丈夫だった」
「えへへっ、大丈夫だよ」
なぜかわざわざ来てくれたこよりさんのほうが嬉しそうに笑みをこぼしていた。
「なんか嬉しそうだね」
「祐季くんに“おかえり”って言ってもらえるの、まるで新婚さんみたいって思ったの」
「えっ……?」
「私が夫で祐季くんが奥さんね」
「それは逆でしょ!!」
「あははっ。リビング借りるね。配信の準備したいから」
「うん、いいよ。僕も見せてもらっても良い?」
「そうだね。せっかくだから見ていくと良いよ。あとカグラさんやユイちゃんの配信、一緒に見る?」
「うん、いいよ」
「やたっ。本当は同時視聴枠とか出来たら良いんだけど、祐季くんの配信は最後だしね」
「えっと、配信は無理しなくていいよ……」
「むしろ少しでも配信して人気を出したいよ、私は」
安定しているこよりさんだが、カタッターのフォロワー数は三期生の中だと低い方だった。
まだ配信が始まっていないので誤差とも言えるけど、どうしても人気が作用されるVtuber。
少しでも人気を集めたいと思うのは当然であった。
「いくらでも僕のフォロワーをあげるよ」
「大丈夫。いつか私の方が追い抜かすからね」
◇◇◇
ついに三期生初配信の時間になってしまった。
リレー形式で行われる配信は20時から開始され、一人三十分ずつ行われる。
そして全員の配信が終わったあと、一時間の休憩を挟んで23時から三期生全員でのコラボで反省会を行う予定となっていた。
順番は一番最初は真心ココネことこよりさん。
二番目は神宮司カグラさん。
三番目は羊沢ユイさん。
一番最後が僕、雪城ユキ。
待ち時間が長いほど、やっぱり緊張してしまう。
でもそれは今まで励ましてくれていたこよりさんも同じようだった。
「大丈夫。今まで通りにやれば良いから。私ならできる。うん、できる」
まもなく配信時間ということもあり、何度も自分を励ましていた。
でも僕はこよりさんが何よりも頑張っているのを知っている。
配信前の準備でもちょっとでもサムネイルの見た目がよくなるように弄っていたし、今回も話す内容を明確にメモしてそれを繰り返し読んでいる姿を見ている。
そこまで努力しているこよりさんだからこそ、絶対に成功してほしかった。
「大丈夫だよ。こよりさんなら成功するよ。なんていったって僕の推しVtuberなんだからね」
「あははっ、祐季くんにそこまで言ってもらえるなら頑張らないとね。あと配信開始したら私のことは“ココネ”って言ってね。リアルバレを防ぐために」
「そ、そうだったね、ココネさん。頑張って」
「ありがと。言ってくるよ」
さっきまでの緊張が嘘のように気合いを入れたこよりさん。
僕が隣の部屋に移動するのを見たあと、大きく深呼吸をして配信を開始するのだった。
◇◇◇◇
『《真心ココネ初配信》自己紹介枠。初めまして《シロルーム三期生/新人》』
5,147人が視聴中 ライブ配信中
⤴124 ⤵0 ➦共有 ≡₊保存 …
ギリギリまで隣の部屋にいたこよりさんと話していたので、危うくライブ試聴が間に合わなくなりそうだった。
もう既に五千人を超える視聴者がいる。
一体どんな配信になるのだろうか?
見知った人ということもあり、逆に僕の方が緊張してしまう。
そんな中、やや言葉を可愛さに寄せたこよりさんの声が画面から聞こえてくる。
『みんな、はじめましてー! シロルーム三期生の
長いピンクの髪をした小柄な……というか小柄すぎる少女だった。
おそらく身長は140もないだろう。
背中には薄く黄色い4枚の羽がある妖精。
ただし、声は可愛らしいお姉さん。
なんだか優しい気持ちになるところはアバター名の通りである。
そんなこよりさん……じゃなくてココネさんの挨拶のあと、“ここにちはー”というコメントが溢れていた。
カタッターでココネさんが書いていたからそれを使っているのだろう。
たださすがは五千人を超える視聴者数。
その数でコメントが打たれるおかげでかなり高速で流れていき、読み取るのも苦労するほどである。
ただ、それをココネさんは的確に処理していく。
『わわっ、コメント多いです。あと、ロリじゃないですよ!?』
僕は全く見えなかったけど、少し遡ってみると“ロリココネ”と書かれたコメントが確かにあった。
一体どうやって識別しているのだろう?
もしかすると実際に配信している人にはゆっくり見えるのかも知れない。
『もう、妖精さんは歳を取らないんですー。それじゃあ早速プロフィールを公開しますね』
見せてもらった進行予定の時間通りに進めていくココネさん。
このタイミングで履歴書みたいに書かれたプロフィールを出していた。
名前:真心 ココネ(まごころ ここね)
種族:妖精さん 年齢:まだまだ子供。ロリじゃないよ?
詳細:半分は優しさでできている。じゃあ、残り半分は愛に決まってるよね? 人と接するために生まれてきた妖精。
配信予定:歌枠、雑談枠
彼女の詳細がすごくわかりやすく書かれている。
おそらくどのように見せればいいか試行錯誤した結果、こう見せることを決めたのだろう。
ただ書いただけの僕とは大違いだった。
『ざっとこんな感じですね。私、歌うことが好きだから歌枠をメインに取っていきたいと思います。一応ピアノとかも演奏できますよ? あっ、今は近くにピアノがないのでまた今度やりますね』
にっこりと微笑むココネさんに僕は少し焦ってしまう。
本当ならここでピアノを披露するつもりだったんじゃないだろうか?
そうなると彼女の活躍の場を一つ奪ってしまったことになってしまう。
『ふふっ、さすがにピアノを引けるほど時間がありませんよ。安心してくださいね』
もしかして僕の心を読んでそれについて答えてくれたのだろうか?
何の脈略もない台詞を気づかれないように混ぜてくる手腕。
やっぱり手慣れてる感じがあるなぁ。
とてもじゃないけど、僕にはマネできそうもない。
ずっと感心し続けているとあっという間に配信時間である三十分が終わろうとしていた。
すると全く時計を見ている様子もないのにココネさんはまとめに入っていた。
『では、名残惜しいですが、今日のところはここまでですね。次はカグラさんですー。概要欄にURLを貼っておきましたので、移動、お願いしますね』
ココネさんの配信は無事に終わる。
まさかここまできっちり作り上げられるものなのだと感心した僕は、ココネさんの配信が終わるととすぐに隣の部屋に乗り込んでいた。
「すごかったよ。ここまでしっかりまとめ上げられるなんて……ってわわっ!?」
「ユキくーん、緊張したよー。少しだけ癒やしてー」
配信が終わったココネさんはかなり緊張していたようで、僕を抱きしめる手はやや震えていた。
だからこそ、いつも助けてもらっている彼女の力になれるのなら、と大人しく彼女にされるがままになるのだった。
――――――――――――――――――――――――
配信開始です。前とは見せ方を変えて祐季くん視点をベースに修正しております。
初配信は三分割されそうです…。
現在、改稿版を投稿しているカクヨム版以外は未公開や削除をさせてもらっております。
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