【改稿版】第1話 三期生始動(下)

 チャットでは様々な連絡事項やそれぞれの自己紹介をしてお開きという形になった。

 とはいえ、雑談チャットは常に動いているし、何か質問があればいつでも聞いてくださいとマネちゃんから合計十回は言われたし、グループチャットの後、個別に電話もかかって来て、さらに追加で色々と言われた。



 でもわかってないね、マネちゃんは。

 真の素人は質問することがわからないものなんだよ。



 自分で言っててため息を吐きたくなってくる。

 それに想像以上に疲れた。


 ただチャットでのやり取りなのに何もやる気になれないほど体力を奪われてしまったのだ。


 むしろ知らない人の前であれだけチャットした自分を褒めてあげたい。

 それもこれもこよりさんのさりげないサポートのおかげだった。


 こよりさんといえば三期生グループを見ていたせいで返事できていないが、個人チャットに連絡が来ていた。


 全くマルチタスクのできない自分を恨みたい。


 もしかするとやっぱりフレンドになるのは辞めます、なんて来ていたらどうしよう。

 もう誰も信じられなくなるかもしれない。



 震える手つきでこよりからのチャットを見る。



【真心ココネ】 今日14:45

今晩、通話しませんか? あの日のことを色々とお話ししましょう



 あの日?

 もしかして面接の日のことかな?

 って、今日の昼に来てる連絡だよ……。



 僕は大慌てでこよりさんに返事を書く。



【雪代ユキ】 今日20:22

お返事遅くなってごめんなさい。あまり上手く話せるかわからないですけど、いいですよ



 面接の時、こよりさんとは上手く話せた気がしている。

 少なくとも初対面であそこまで話せた人はこよりさんとマネちゃんと朱里お姉ちゃん……、あれっ、意外と多い?


 ただ、あくまでも僕が話しているというよりは振り回されているだけ。

 僕から頑張って一歩踏み出したのはこよりさんくらいなのだ。


 だからもう一歩、二歩、少しずつだけど頑張ってみるのもいいかもしれない。



【真心ココネ】 今日20:22

ではこれから通話しましょう



 えっ? 返事早くない!?

 と思っている間に通話が来る。



 もしかして間違いじゃないか、としっかり四コール鳴らしたあと、それでも切れなかったので恐る恐る通知に出る。



「も、もしも……」

「あのあの、祐季くんだよね!?」

「えとえと……、そ、そうだよ……」



 なんだか前の面接会場で会った時よりも数段高いテンションで話しかけられたことで、僕は思わず言葉を詰まらせていた。



「あっ、ごめんね。まさか本当に祐季くんと同期になれるなんて思ってなかったから。なれたらいいなって思ってたんだけどやっぱり狭い門だしね」

「……それだと僕がスカウトされたって知ってるんだね」

「うん……」



 やっぱりすでに知られてたんだ……。

 頑張ってオーディションで勝ち上がってきた人たちからしたらズルに見えるよね。



 こよりさんたちに申し訳なく思えてくる。


 その雰囲気を察したのか、こよりさんが言う。



「すごいよね。スカウト!」

「……ふぇ?」

「だってだって、シロルームのスカウト枠ってほとんどいないんだよ? 海星コウかいせいこう先輩くらいじゃないかな?」



 確かに0期生と呼ばれる人たちがイラストレーター兼配信者だったアカリンを誘って大きくしていったのがシロルームの始まりだと言われている。


 そのときのオーディションも『アカリン』の食指が動くかどうかだけが基準だった、とも噂されている。


 そして、アカリンこと朱里お姉ちゃんが“一緒にVtuberをやろう”って誘った相手がコウ先輩だった、ということだ。



「やっぱり二人は知り合いだったの?」

「えっと……、たまたま雨の中、家の鍵を探していた時に捕まったんだよ……?」



 あの時の状況を説明するとこよりさんはさらに大きな声で笑い出していた。



「あはははっ、まさかそんな面白おかしいエピソードでスカウトされていたなんてね」

「僕もびっくりだよ!?」

「だろうね。でも、そこがほらっ、アカリン先輩らしくないかな?」



 人の思い付かないような行動を突発的に行うからこそついた“暴走特急”という呼び名。

 でも、どこか憎めないキャラなのがアカリンなのだ。



「でも男の僕に突然Vtuberの話をして、女性ものの服を着せて、マネちゃんが枠まで押さえてくるんだよ? あの日ほど波乱な人生はなかったよ。なんとか落ちようって面接を頼んだらその場でアバター見せられるし……」

「ふふっ、でもわかるよ。祐季くん、なんか見てると拾いたくなるもん」

「そ、そんなことないよ!? ぼ、僕だってやる時はやるんだからね」

「そっか……。それなら告知も頑張らないとね」

「……えっ?」

「も、もしかして、祐季くん、聞いてなかったの? グループ全員が集まったからそれぞれ告知を始めていくって」

「……あははっ」

「笑って誤魔化さないの。もう、心配だなぁ。私、応援に行こうか?」

「えっ……?」

「祐季くん一人だと告知、サボるでしょ?」

「そ、そ、そんなことないよ。ただその日はちょっと……」

「体調不良はそんなすぐになるものじゃないからね?」

「な、なんでわかったの!? エスパー?」

「ふふっ、祐季くんのことならなんでもわかるよ」

「怖いよ!?」

「ところでさっきの話、どうかな? 時間はズラさないとだけど、告知をすることには変わらないから私、祐季くんの家に行って一緒にしようか?」

「そ、そうしてもらえると助かる……かな」

「それじゃあ待ち合わせだね。楽しみ」

「う、うん……」



 知らず知らずのうちに告知日当日、こよりさんと会うことになってしまった。




◇◆◇◆

【大代こより視点】



 大胆なことをしてしまった……。



 確かに機械に苦手そうで逃げ癖のある祐季くんを捕まえるには多少強引でも約束を結ぶしかない。



 でも、こうでもしないと祐季くんは会ってくれないし……。



 手に持っていた人形をベッドの方に投げつける。



「でもでも、これで告知日は祐季くんと二人きり……。二人きり……?」



 さっきまで全く意識していなかったはずなのに急に恥ずかしくなり、思わず頬に手を当てて俯いてしまう。



「ゆ、祐季くんって男の子、だもんね……」



 どうしても見た目も声も同性のように思えてしまう。

 しかし、彼は一応男らしい。

 それだと二人っきりになるのは問題あるのではないだろうか?



「あっ、マネちゃんに聞けばいいのか……」



 モヤモヤしていても埒が明かない。

 むしろこういう時のためにマネちゃんがいるのだから、とすぐさま電話をかける。

 すでに時間が二十一時を回っていることにも気づかずに。



「あの、マネちゃんですね」

「こんな時間に珍しいですね、大代さん。何かありましたか?」

「こんな時間……? あっ」



 ようやく自分が非常識な時間に電話を掛けていることに気づく。



「ご、ごめんなさい。私……」

「それだけ余裕のない事態が起こったということですね。大丈夫ですよ。ライバーの配信は夜が基本ですので、私たちも夜勤務です。それで、何があったのですか?」

「じ、実は……」



 マネちゃんに告知当日、祐季くんがちゃんと告知できるかを見るために家に行こうと思っている話をする。

 すると……。



「いいですね! おそらく小幡さんは何かに理由をつけて告知をサボろうとするはずです。例えば体調不良とか……」

「それはすでに言ってましたよ」

「……やっぱりですか? それでそれの何が問題なのですか? 同期の仲間が助け合うのは悪いことじゃないですよ」

「で、でも祐季くんは男なので……」

「あっ、そういうことですか。任せてください!」



 それだけ言うとマネちゃんの電話が切れてしまった。



“何を任せたらいいのだろう?”



 そんな疑問のまま、当日を迎えてしまった。




◇◇◇◇




 祐季くんの家の駅前広場。

 幸いなことに祐季くんの住んでいるというマンションは自分の家から三駅ほどのところにあった。

 時間は待ち合わせの一時間前。

 我ながら早く出過ぎたと思うのだが、緊張してじっとしていられなくなり、その結果、待ち合わせ場所へ向かったのだ。



“案外近いよね。これならいつでも通える……って違う違う”



 思わず首を左右に振る。


 待ち合わせ場所には祐季くんの姿はなかった。

 一時間以上早く来ているのだから当然と言えば当然である。


 そわそわとしながら目印となる像の前でスマホを見る。

 すると、近くにいた少女が上目遣いをしながら声をかけてくる。



「あ、あの……」

「どうしたの? 迷子?」

「ち、違うよ!? なんでいきなり迷子扱いなの!?」



 よく見るとその顔はどこか見覚えがある。

 少し化粧をしていて、髪はウィッグを使っているのか、白色。服装は犬耳フード付きワンピース。

 段ボールを用意すれば“雪城ユキ”そのままである。



「って、祐季くん!?!?」

「どこをどう見てもそうだよね!?」

「えっと、どうしてそんなことに……」



 あまりの可愛らしさに自然と頭に手が伸びて撫でてしまう。



「や、やめてよ、もう……」



 くすぐったそうに祐季くんは逃げてしまう。

 残念……。



「それよりもどうしてそんな格好をしてるの?」

「えっと、僕もよくわからないのだけど、一応念のためにこの格好をしてくださいってマネちゃんから言われたんだよ。その……、抵抗してたんだけど突然朝にマネちゃんと朱里お姉ちゃんが来て……」



 そこでマネちゃんが何をしようとしていたのか理解する。

 別に格好が気になるって言う意味じゃなかったのだけど……。

 うん、可愛いからいいかな。



「勝手に今の格好にされたんだね。とってもよく似合っているよ」

「男の尊厳がなくなっていくよ……」

「大丈夫だよ。元々なかったし」

「ひどくない!?」

「それよりも祐季くん、家に案内してよ」



 こよりは自然と祐季くんの手を握る。



「わ、わかったよ。でもどうして手を繋ぐの?」

「迷子にならないためだよ」

「そんな複雑な道はないよ?」

「祐季くんが、ね」

「流石に自分の家に帰るのに迷子になんてならないよっ!?」

「あはははっ……、ほらっ、いくよ」



 なんだか上機嫌になりながらこよりは祐季くんの家に着くまでその手を離さないのだった。




◇◆◇◆

【小幡祐季視点】


 なぜか握られた柔らかい手。

 ほのかに香る香水。

 たまに顔の前を通る長い癖がかった茶髪。

 僕よりも十センチ以上高くスタイルの良いこよりさん。

 白のシャツワンピースとベージュのワイドパンツというお洒落な着こなしをしている女性でぼっちとしては近寄りがたい存在でもあった。


 ただこうして手を繋いでいると姉弟にしか見えないはず。



“見て見て、あの姉妹、すっごく可愛いよ”



 何やら言い間違えている人がいけど、気のせいかな。



「姉妹だって。よかったね、祐季くん」

「ぜ、全然良くないですよ!?」



 でもなんだかこよりさんの機嫌は良さそうだった。

 何かの歌を口ずさみながら今にもスキップをし出しそうだった。


 っていうかこよりさん、歌うまっ!?


 一応仕方なくVtuberになると決まった時から歌の訓練は入れられていた。

 その結果、ろくにカラオケすら行ったことのない僕は、おたまじゃくしが骨折した音程、から、家出したおたまじゃくしの音程、にグレードアップしていた。



“下手なら下手なりに聞こえる声で歌ってね”



 最終的に諦められてしまった。

 でも、初めて人前で歌うのだからこんなものだよね。


 そう思っていたのだが、隣でこよりさんの口ずさむ歌を聞いて、自信をなくしていた。



「どうしたの、祐季くん?」

「なんでもないよ……。僕はつくづくダメだなぁって思ったんだ……」

「そんなことないよ。祐季くんは存在してくれるだけでいいよ。抱きしめさせてくれるだけでいいよ」

「一度もそんなことさせたことないでしょ!?」

「今日するから大丈夫」

「えっ!? 確定事項!?」

「本当は今したいのを我慢してるんだよ!? もっと私を褒めてくれていいでしょ?」

「今も後からも変わりないよ!?」

「えっ? 今からしてもいいってこと?」

「そ、そんなわけな……」

「むぎゅー♡」



 道中で抱きしめてくるこよりさん。

 結局、行きしは十分だった道が帰りは三十分もかかることになってしまったのだった。




◇◇◇◇




 家に着くとまずは服を着替えようとしたのだが、それはこよりさんに止められてしまう。



「ど、どうしてダメなの!?」

「えっと、その……。ほらっ、何事も形から入るでしょ? 運動とか……」

「それはそう……だけど」

「配信も同じなんだよ。アバターと一緒の格好をしてやれば緊張感が和らぐんだよ」

「えっ!? 本当なの!?」

「もちろんだよ。だから今日の告知もその格好だときっと上手くいくよ」

「わかったよ。告知が終わるまでこの格好でいるね」

「ところで祐季くんのアカウントはどれかな?」

「僕のはこれだよ」



 まだ何も書かれていない、本当にアカウントを取得しただけのカタッター。

 アイコンもなければヘッダーもなし。


 名前すらもなし。


 流石にそれを見たこよりさんがため息を吐く。



「ゆーきーくーん? こんなアカウントで良いと思ってるのー? 良くないよね? 良いわけないよね?」



 抱きしめて揺さぶってくるこよりさん。

 密着して接触されるとどうしても柔らかい感触もあるわけで……。



「よ、よ、良くないです!? 良くないですからは、離れて」



 最後には消えそうな声で伝える。

 なんとか離れてくれるこよりさん。


 僕の顔は真っ赤になり、こよりさんを直視できなかった。

 こよりさんのほうも顔を赤く染めていた。



「恥ずかしいならやらなかったらいいのに」

「それもこれも祐季くんが可愛いのが悪いんだよ!」



 再び抱きしめてくる。

 今度はそのまま膝の上に座らせてくる。



「えっと……」

「なにかな?」

「どうして僕は膝の上に座らされているの?」

「この方がパソコン、見やすいよね?」

「別に隣に座るのでも……」

「それだと操作を教えられないよ」

「……わかったよ」



 仕方なくこよりさんの膝に収まったままカタッターの使い方を聞く。



「まず最初だけど、私のアカウントを探します」

「こよりさんのアカウント? ……あった」

「見つかったらまずはフォローしてくれる?」

「うん」



 言われるがままこよりさんのアカウントをフォローする。

 すると間髪置かずにこよりさんからフォローされる。



「祐季くんのはじめて、もらっちゃった」

「……? 一人目って事?」



 こよりさんは頬を膨らませていた。



「次は名前を変えると良いよ。告知するのにアバター名じゃないと信じてもらえないでしょ?」

「あっ、そうか。えっと小幡……」

「本名入れたらダメだからね!?」

「じょ、冗談だよ。うん、冗談」



 慌てて小幡という部分を消して、雪城ユキ、と打ち込む。



「私とかだと名前の後ろに“@シロルーム三期生”って入れて三期生をアピールしてるね」

「それじゃあ僕もそうするよ」

「祐季くんとお揃いだね」

「他の一体ともお揃いだけどね」

「むーっ。良いですよ。一番は私のものですから」



 雪城ユキ@シロルーム三期生 @yuki_yukishiro

 1フォロー中 1フォロワー



 ようやくちゃんと名前を入れることができた。



「次はアイコンとバーナーですね。何か張りたいイラストありましたか?」

「……段ボール?」

「こんなに可愛いユキ君がたくさんいるのにどうしてそこなの!? ……いえ、それはそれでよさそうだね。うん、敢えてそういこっか」



 こよりさんの許可が出たのでバーナーとアイコンは段ボールに。



「うんうん、これで準備完了だね」

「……じゃあ今日は終わり?」



 思わず笑みがこぼれるが、こよりさんが笑みを浮かべたまま僕のことを見てくる。



「まったく祐季くんは。すぐにサボろうとするんだから」

「うぅ……、だって……」

「恥ずかしいのもわかるけど、もう少し頑張ろうね」

「わ、わかったよ……」

「……お持ち帰りしてもいいかな?」

「はいっ!?」



 あまりにも唐突なその言葉に僕は聞き返してしまう。



「じょ、冗談ですよ。あまりにも祐季くんが可愛らしいからお家で飼おうかなってそんなこと、ほんのわずかしか考えてないですよ」

「考えてるってことだよね!?」

「この段ボール、持って帰るのに良いサイズ……」

「やっぱり持って帰ろうとしてるでしょ!?」

「……そろそろ私の告知時間だね」

「あっ、誤魔化したよね!?」



 自分のスマホを素早く打つとそのまま投稿してしまう。



“そんなにあっさりでいいの!? 僕なんてボタンを押すのに一日くらい悩みそうなのに”



真心ココネ@シロルーム三期生 @kokone_magokoro

みんな、ここにちはー。シロルーム三期生の真心ココネです。

妖精の国から段ボールを拾いにやってきました。これからもよろしくね。



 ……なんで段ボール?



 不思議に思いながら順番に投稿されていく他の同期の投稿をこよりさんと二人眺めていた。



神宮寺カグラ@シロルーム三期生 @kagura_jinguji

ふんっ、仕方ないから来てあげたわよ。

神宮寺カグラ。シロルーム三期生よ。

私の配信を観にこないと承知しないわよ。



「カグラさんってお嬢様キャラだったんだね。孤高なネコって感じだったけど、新鮮だね」

「話した時はそうでもなかったけどね。多分アバターに合わせてキャラを作ってるんだよ」

「そ、それなら僕もキャラを作ってるよ」

「何もしなくてもこんなに可愛いのに更にキャラを作るの? そんなのもう何もしない自信がないよー」

「こ、こよりさんのそのキャラも作ってるんだよね? そ、そうだよね?」

「うふふっ、どうでしょうね?」



 手をわきわきとさせながらゆっくり近づいてくる



「そ、それよりもそろそろユイさんの告知が出るよ」



 身の危険を感じ、慌てて話題を変えるとこよりさんは残念そうな表情を見せていた。



 羊沢ユイ@お昼寝中 @yui_hitujgsawa

うみゅー。ゆいは羊沢ユイなの。おやすみー。



 さすがにあまりにも独特なその感じに僕はこよりさんの顔を見る。



「えっと、これでいいの?」

「ユイちゃんは少々特殊ですしね」

「そ、それなら僕も……」



“逃走中”なんて書いておけば解決できそうな気がしていた。



「祐季くんは逃げられないですよ?」

「だからなんで僕の考えがわかるの!?」

「愛だからですね」



 笑顔のこよりさんから顔を背ける。

 ついに僕の番……だけど。


 流石に緊張しすぎて段ボールに隠れたくなってくる。

 ただこよりさんが僕をがっちり抱きしめているために隠れることが出来ない。



「あ、あの……」

「どうしたの? 何かわからないことでもある?」

「な、なんでもないよ……」

「また隠すー。困ったときのために私が来てるんだよ」



 こよりさんが頼もしい言葉を発してくれる。

 目を回して頭が真っ白になっていた僕にとってはとても助かる一言だった。



「えっと、何を書いたら良いか迷っちゃって……」

「そうだね。普通に挨拶が良いけど、何でも良いんだよ。例えば目に止まった何か、とかでもいいし……」



 こよりさんに言われてハッとする。

 僕の視線の先には隠れるときのために置かれた段ボール。

 そこに書かれた"拾ってください"の文字。


 もはやこれしかないと言わんばかりに最高の告知材料がそこにあった。



「ありがとう、こよりさん」



 今日、こよりさんが来てくれて本当によかった。



「それなら今日のお礼に私のお願い、聞いてもらっても良い?」

「うん。……えっ!?」



 告知文を打つのに必死になっていた僕はついうっかりこよりさんに返事をしてしまう。

 さらにそちらに気を取られたせいで告知文も打ってる途中に投稿してしまう。



 雪城ユキ@シロルーム三期生 @yuki_yukishiro

 わ、わふ…。だ、誰か拾いに来てくださ



「あっ……」



 ユイさんよりも更に簡潔で、中途半端に途切れた内容に僕は恥ずかしさから顔を真っ赤にする。

 ただそんな僕以上にこよりさんが肩を振るわせて頬を朱色に染めていた。



「や、やっぱりこれは失敗……だよね?」

「……拾って帰る」

「えっ?」

「私が祐季君を拾って帰る。これはもう決まりだからね」

「そ、そんな決まりはないよ……」



 たった一行書くのに力尽きてしまった僕はカタッターを閉じ、しばらく開くことはなかった。

 その間にカタッターではお祭り騒ぎになっているとは知らずに。


 そして、“拾って帰る”というのがこよりさんの願いと勘違いしていた僕はそのことが頭から抜け落ちているのだった。




【一般人A】

“文字、途切れてるw”

【真心ココネ】

“ユキくんお持ち帰りぃー”

【ゆーりん】

“段ボールしかわからないw”

【美空アカリ】

“私の他にゆっきゅんを狙ってる奴がいるだと!?”

【ただのモブ】

“初配信が待ちきれないよ”




――――――――――――――――――――――――

遅くなりました。旧第一話をまだ三分の一しか消化できておりません。

ようやく次から配信開始です。

今日の22時更新予定になります。

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