【改稿版】第1話 三期生始動(上)

 先行してアバターが出来上がった僕だけど、他の人たちと比べて配信経験が全くないために、パソコンの使い方を教えてもらうところから始めていた。


 基本的には自由に触ってみたり、録画して編集を試してみたら、実際に動くアバターに感動したりして過ごしていた。


 そして、面接から一ヶ月過ぎた頃、僕の担当になった湯切さん。ううん、これからはマネちゃんと呼んでほしいと言われていた。


 中の人の情報は厳禁らしい。

 とはいえ、声や雰囲気から前世では何をしていた、とか推測されるのが常なのだが。


 ただ、中の人がバレてしまってはストーカー被害にあったりとかもあり得るらしい。

 シロルームはライバーに危険がないように日頃からかなり気を遣ってくれているようだった。


 そんなマネちゃんから連絡が届いた。


 ようやく三期生全員のアバターと名前が決まったらしい。

 それでディーコードに三期生のグループを作ったから参加するように言われるのだった。



「ぼ、僕がそんなところに参加してもいいのかな……」



 いつの間にか僕のスマホとパソコンにはディーコード、カタッター、MINE、アウトスタグラム、あとは当然ながらMeeTubeのアプリが取られており、アカウントも作ってくれていた。


 もちろんほとんど有効活用できておらず、起動も数回しかできていない。


 そんな状態で突然ディーコードを。

 しかも会ったことのない三期生の他の人たちとチャットしろなんて、僕からしたら宝くじを当てる並の難易度であった。


 ただ無情にもマネちゃんからグループの招待状が届いてしまう。


 それを押すか押さないか、何度も指がふらふらと動いているとマネちゃんから電話がかかってくる。



「……はい、小幡です」

「小幡さん、どうしてディーコードのグループに入ってくれないのですか!?」

「は、は、入ろうとはしたんですよ。で、でも……」

「もし入らないなら私が直接家に行って強制的に加入させますよ!?」

「ひ、ひぃぃっ。そ、それだけは……」

「それが嫌ならすぐにグループに入ってください! わかりましたね!?」

「は、はひっ」



 有無を言わさないマネちゃんの物言いに怯えながら、僕は仕方なくグループ参加のボタンを押す。


 追加されるディーコードグループ。

 三期生と書かれたそこにはすでにマネちゃんの他に三人のメンバーが入っていた。



 真心ココネまごころここね

 神宮寺カグラじんぐうじかぐら

 羊沢ユイひつじさわゆい



 それぞれのアバターデザインがアイコンとされている。

 ココネさんはファンシーな妖精の姿。

 カグラさんはお嬢様風の姿。

 ユイさんはその名の通り羊である。


 みんなとても可愛らしく見ているだけならほっこりとする。


 間に入ると死にたくなる。

 百合の間に挟まっている気分。

 穴があったら入りたい。


 なぜかパソコン機材と共に届いた巨大段ボールが今の僕の心のオアシスだった。

 スマホやモニターは見ずに段ボールの中に入って引きこもる。


 嫌なことを忘れられるのでとても良かった。


 ただグループに入った瞬間に飛んでくる無理難題。



『手を振って挨拶しましょう』



 なんていう僕にとっては激高難易度。

 まさにドラゴンを倒すのと同等の高ランククエストをFランク冒険者が押し付けられた感じである。



「無理無理無理。なんで知らない人に手なんて振れるの? もし無視でもされたらどうするの? そんなの僕、耐えられないよ。だって同期なんだよ。シロルームにいる限り接点があるんだよ!?」



 そんなことを思っていると突然ダイコンのお化けのようなキャラが両手をあげて震えている絵が連続で投稿される。



「ひっ!? な、何!?」



 もしかして僕が手を振っている動画を出すのが遅くてみんな怒り出したの?

 うぅぅ……、や、やっぱりやらないといけないんだよね……。



 ブルブルと震えながらカメラを準備する。


 一応そのうちビデオチャットとかで使うから、とPCカメラの使い方は教えてもらっている。

 アバターを動かす時にも使うものなので、リアルバレしないように注意するように、とも言われている。


 そんな恐ろしいこと誰がするんだろう……、と思っていたが実際に触ってみるとうっかりでやりかねないので注意しないといけないことがよくわかるのだ。


 そして、今回はメンバーでのチャット。

 当然ながら使うのはアバターなのだが……。


 手を振って引き攣った笑顔をしたアバター動画を貼ったつもりが、なぜか僕自身が映された動画を貼ってしまっていたのだ。



「あわわわっ、ま、間違えた。は、貼り直さないと……」



 ただ操作に慣れていない僕はあたふたとしている間に全員の既読が付いてしまうのだった。



【羊沢ユイ】 今日14:22

あはっ、まさかこうくるとはやるね。段ボールちゃん


【神宮寺カグラ】 今日14:22

予想外のポンコツさんですわね


【真心ココネ】 今日14:23

えっ



 当然ながらとんでもないミスをしてしまったあと、マネちゃんから電話がかかってくる。



「小幡さん!? なんで突然動画なんて出すのですか!? しかも顔出しで!?」

「アバターで出そうとして間違えたんですよ!? だ、だって、手を振ってくれって変なロボットが言ったから……」

「そ、それはただその台詞のボタンを押すだけでいいのですよ」

「えっ?」



 試しに言われた通りのボタンを押してみる。

 すると先ほど連投されたダイコンのお化けみたいに、変なロボットが手を振っている姿が投稿される。



「わかりましたか? わざわざ動画を出す必要なんてなかったのですよ。って聞いてますか!?」

「うぅぅ……、穴があったら入りたい」



 側にあるのは段ボールだけなのでその中に入る。



「段ボールに入ってるじゃないですか!?」

「ど、どうしてわかるのですか!? ま、まさかエスパー!?」

「やっぱり入っていたのですね。わかりやすい行動をするからですよ。まぁ、三期生の方々はいずれ顔合わせもあるでしょうから、一足先にバレてしまっただけ、ということにしましょう」

「あ、あの、あの動画って削除することはできないのですが?」

「うーん、できますがそのままにしておきましょう」

「どうしてっ!?」

「それは可愛いからですよ。本当はみんなに拡散したいところですけど、内々で楽しむだけにします」

「そ、そんなの困りますよ!?」

「まぁ、これだけのことをしでかしたわけですから普通にチャットすることはできますよね? 頑張りましょう」

「あっ……、はい! 頑張りましゅ」



 最後に思いっきり噛んでしまい、その恥ずかしさから言い直そうとしたのだけど、すでに電話は切れてしまっていた。



「そ、そうだよね。これだけ恥をかいたのだからもう大丈夫だよね?」



 自分に言い聞かせながらディーコードを見る。

 なんか“1”の文字がグループアイコンの上になぜかあるココネさんのアイコンに付いている。



「なんだろう、これ……」



 不思議に思いながらそのアイコンを押すと突然巨大なココネさんのアイコンが表示され“伝説的な会話の幕開けだ”なんていう文字が書かれ、『フレンドになりますか?』なんていう先ほどまでの手を振るとは高ランククエストとは桁違いな、負けイベントでしかない文字が書かれていた。


 僕なんかが友達だなんてココネさんに迷惑がかかってしまうよ……。


 そう思い、承諾ボタンを押せずにいるとココネさんからコメントがくる。



【真心ココネ】 今日14:31

もしかして祐季くん?



 その言葉にビクッと肩を振るわせる。

 まさか僕のことを知っている人がいることがいるなんて……。



【雪代ユキ】 今日14:32

はい…



 バレているのなら素直に返事をするしかできなかった。

 マネちゃんからリアルバレをするととんでもなく恐ろしいことが起きる、という話は何度も聞かされていた。

 今、まさに僕の身にそれが降りかかろうとしているのだ。


 ガタガタ……。


 あまりにも大きく体が震えるものだから段ボールが音を立てて鳴っている。

 ただ、ココネから来たコメントは予想もしていないものだった。



【真心ココネ】 今日14:32

そっか…、祐季くんも受かってたんだね。よかったよ。あっ、私だよ。大代こより。覚えてるかな?



 大代……あっ!?

 面接会場であった僕を励ましてくれたお姉さんだ。

 それでなんで僕のことがわかったのかようやく理解する。


 確かにあの場で会っているのだから見ればわかるのは当然のことだった。



【雪代ユキ】 今日14:34

覚えてるよ。こよりさんも無事に受かったんだ。おめでとう


【真心ココネ】 今日14:34

うん。祐季くんのおかげだよ


【雪代ユキ】 今日14:35

僕は何もしてないよ…


【真心ココネ】 今日14:35

そんなことないよ。あの時祐季くんと話したおかげで緊張が解けて自分を出すことができたんだもん。だからありがとう



 こよりさんからお礼を言われて思わず頬がにやけてしまう。

 ただ個人チャットばかりしていると再びマネちゃんから電話がかかってくる。



【雪代ユキ】 今日14:36

マネちゃんから電話が来たのでまたあとで


【真心ココネ】 今日14:36

うん、あとでね



 先ほどまで怯えていたのが嘘のように、見知った人が一人いたことに勇気をもらった僕はマネちゃんからの電話に出る。



「小幡です」

「小幡さん、ちゃんとチャットに戻ってくださいよ。せっかくみんな集まったのにあの動画だけだとダメですよ。知らない人ばかりで緊張するのもわかりますけど」

「えっ? でも僕、さっきまでチャットしてましたよ?」



 ついさっきまでココネと話し合っていたのだから間違いない。



「そんなことないですよ。グループチャットに書き込んでいないじゃないですか!」

「で、でも、ココネさんのアイコンのところで何度もやりとりしてましたよ?」

「……もしかして個人チャットのことを言ってますか?」

「個人?」

「それは個人間でやり取りをするところですよ。だからずっとグループに現れなかったのですね。とにかく一度自己紹介をするために三期生グループのチャットへ戻ってください」

「わ、わかりました……」



 なんかやりとりもいろんな種類があるようだ。

 覚えないといけないことがたくさんあり、頭が困惑してしまう。



「では、よろしくお願いしますね」



 マネちゃんからの電話はそれで切れる。

 そこで僕はもう一度ディーコードを開く。


 先ほどまでのこよりさんとの会話が現れる。



“こよりさんならいいよね?”



 少し緊張しながらもフレンド申請の“承認”ボタンを押すと僕は三期生チャットに戻るのだった。




◇◆◇◆ 

(大代こより視点)


 全員のアバターができたと聞き、いてもたってもいられなかったこよりは我先にとグループに参加していた。

 当然ながらチャットのアイコンはアバターで音声もないためにここではあの時のあの子がいるかの判断はできない。


 それでももしかしたら……。


 そんな期待を胸に抱いて中に入ったのだが、ちょっと前のめりすぎたらしい。

 中にいたのはマネちゃんただ一人だった。


 それから一人、また一人とメンバーが加入していく。


 アバターは個人の印象をモチーフにしているらしく、どこかしら雰囲気が似ているらしい。

 さしずめ祐季くんなら捨てられそうになっている子犬って感じだろう。

 自分のアバターが妖精なのは少し違和感があるのだが。


 ただ今参加した二人は祐季くんのイメージとはまるで違う。

 高貴なお嬢様風のアバターと面倒ごとが苦手そうな羊のアバター。


 祐季くんじゃない……よね? やっぱり一緒に受かるなんて難易度が高かったかな。


 少し残念に思ってしまう。

 あの場かぎりの接点。

 もう少し勇気があれば縁を繋ぐこともできたかもしれないのだが、自分が踏み込めなかったばかりに絆の糸が手からこぼれ落ちてしまった。


 ううん、面接に来るくらいにVtuberが好きなんだもんね。それなら私が頑張ってる姿を見てもらえれば……。



【羊沢ユイ】 今日14:13

来ないね、もう一人


【神宮寺カグラ】 今日14:13

体調でも崩しておるのか?


【マネちゃん】 今日14:13

呼んできますね


【真心ココネ】 今日14:14

何か用事あったのかな?



 一応今日は予定を空けておくようにマネちゃんから連絡が全員に回っていた。

 グループとして話すことがいろいろあるから、と。


 それで三期生チャットができたのは十四時である。


 まだ一時間経ってないとはいえ、予定を空けているはずなのに音沙汰がないのは少し気になってしまう。



 ただ、マネちゃんの電話後、すぐにグループに入ってきたので、あまり操作に慣れていないだけなのだろう、ということがわかった。


 ほっとしたのも束の間、そのアイコンを見て引っ掛かりを覚える。


 アバターを表示するはずの場所に移されているのはただの段ボール。

 目立つように書かれている『拾ってください』の文字があの時に出会った祐季くんを彷彿とさせる。


 しかも、名前は『雪代ユキ』。


 同じ“ユキ”という名前も引っ掛かりを覚えさせる要因となっている。


 ただ、茶目っ気たっぷりのアバターはおそらくアカリンさんが描いたものである。

 つまり、オーディションではなくスカウトされた人、ということになるのだ。


 まさか祐季くんが有名配信者?


 ううん、目に止まる配信者は片っ端から調べたが祐季くんらしき人を見つけることができなかった。

 有名配信者でないのならおそらくオーディション枠になるはず。

 だからここで祐季くんがやってくるとは思えない。


 思えないのだけど、どうしても期待してしまう自分がいるのも確かである。


 ただ、グループに入ってはきたものの中々チャットに何も書き込んでくれない。

 挨拶がわりの動く絵文字もなし。


 本当は素人?


 そんな疑問と待ちきれなくなり三人が挨拶ボタンを押した瞬間に突如として動画が離れたのだ。

 短時間のものではあるのだが、そこには見覚えのある少年の姿があった。

 いや、少女と言われても納得する可愛らしい顔つきの小柄な子が引き攣った笑みを浮かべながら手を振っている。



「祐季くん!?」



 こよりは思わず立ち上がる。

 その瞬間に机に置いていたお茶を溢してしまい、慌ててタオルで拭いていた。



「ま、間違いないよね? 絶対に祐季くんだよね?」



 間違えて投稿もあり得るので即座に動画は保存し、何度も見返していた。

 間違いなく面接の日、自分を助けてくれたあの少年に間違いなかった。


 その瞬間にこよりは目頭が熱くなっていくのを感じる。



「本当に……受かったんだ。よかった……」



 ただ、それと同時に浮かぶ疑問。


 どうして祐季くんがアカリンさんのアバターなのか?

 スカウト枠ならどこで目に留まったのか?


 でも、そんなことよりも一緒に活動できることが嬉しくて、すぐさま個人チャットを送ってしまう。

 フレンド申請とともに。


 するとしばらくすると祐季くんからメッセージが届く。

 流石にアバターからは自分のことがわからなかったみたいだけど、名前を言った瞬間にすぐに思い出してくれた。



 覚えていてくれたんだ……。



 嬉しく思う反面、いまだにフレンドが承認されないことに寂しさを覚える。

 そして、マネちゃんから電話が来たから、とチャットが終わってしまう。


 おそらくは三期生グループのところにあの動画以降何も書き込んでいないことが原因だろう。



 本当に何も知らない素人なんだろうな……。

 それならこれから色々と教えてあげたら仲良くなれるかな?

 でも私のことを知ってるならどうしてフレンド承認をしてくれないのだろう……。



 少し寂しさに苛まれていると突然、待ち望んでいたフレンド承認される。

 そして、祐季くんからコメントがくる。



【雪代ユキ】 今日14:43

僕なんかがこよりさんの友達になっていいのかわからないけど、承認ボタンを押しました。嫌ならすぐに削除してください



 どうやら祐季くんは自己肯定感がとんでもなく低いらしい。

 でも、面接を待っていた時に会った祐季くんも確かに似たような雰囲気だった。


 とっても可愛らしい男の娘。

 自分が男だってことを言えなくて、祐季くんのせいでもないのに勝手に傷ついて……。

 とっても繊細で触るとアイスのように溶けてしまいそうで……。


 でもだからこそ応援したくなってくる。

 せっかくの同期なんだからこれから何度もコラボすることもある。


 オフで会ったりもするだろう。



“祐季くんが笑って過ごせる場所を作ろう”



 これだけ人と接するのが苦手な祐季くんが背中を後押ししてくれたおかげで今自分はここにいる。

 だから祐季くんに恩返し、とは言わないけど隣で一緒に心の底から笑っていられるように頑張ろう。


 ただあまりにも恥ずかしいことを考えていることに気づき、顔が熱くなってくる。

 そんな照れを隠すように彼へのチャットに返事をしておく。



【真心ココネ】 今日14:45

今晩、通話しませんか? あの日のことを色々とお話ししましょう




――――――――――――――――――――――――

配信までたどり着くと言ったな。あれは嘘だ!!(全く辿りつきませんでした……)


配信外の強化、特にユキココはかなり強化すると思います。

今回を見ていただけますとわかる通りに。


他のキャラもより掘り下げる形で書いていきますので、配信までゆっくりお待ちください。

1話(下)は0時(に間に合えば)更新予定です。


旧更新前のものですが、どう残すかで少し迷ってますので、そちらも少し待っていただけるとありがたいです。(ボタンポチッ、で戻るのですが、改稿後のとややこしくなりそうで、どれがいいか迷ってるところになります)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る