第77話 王太子妃選考会が終わりました

 少しして。

 エディさまがなんとも言えない空気を察したのか、一歩、前に出てきて言った。


「王太子妃選考会は、コニー・ユーイング嬢が王太子妃となられることに決定いたしまして、終幕と相成りました」


 その言葉に、あちらこちらで、諦めたようなため息が聞こえる。


「お集まりいただいた皆様には、後日、王家よりの礼状および感謝の品が届けられるかと思いますので、必ずお受け取りを。またお帰りの際には……」


 そんな風に、細々とした注意事項が述べられていく。

 それが、選考会は終わった、という事実を現実として教えてくれる。


「では、これにて解散ということで、お願いいたします」


 エディさまのその言葉に、真っ先に立ち上がったのはジュディさまだった。


「ではわたくしは失礼いたしますわ。皆さま、ごきげんよう」


 何人かの令嬢が睨みつけてはいるが口出しはできないようで、颯爽と立ち去る背中を見送るばかりだった。


 その姿を見て、パラパラと椅子から立ち上がる者が出てくる。口々に愚痴のようなものを言ったりしていた。


「あーあ、ちゃんとやっておけばよかったかしら」

「仕方ないですわよ」

「それに、最初からダメで元々、って感じでもありましたし」

「わたくしもそんな感じですわ」

「いい夢を見たと思いましょうよ」


 終わってしまえば、そんな風にあっさりと諦められる令嬢もいるようだ。

 皆、ぞろぞろとベンチ裏に向かって歩き出している。

 私はそれを、少しぼうっとして、見つめていた。


「コニー嬢」


 ふいに話し掛けられて、私はばっと横を向く。


「はっ、はい!」


 私を見て、ウォルター殿下は口元を笑みの形にした。


「がんばってくれて、ありがとう」

「そ、そんな……お礼など」


 私ががんばりたいからがんばった。それだけのことなのだ。


「コニー嬢は本当に努力をしてくれた。たぶん、身体中、痣だらけだろう?」

「あ……ええ……」


 私が下手なばかりに、ボールがぶつかった跡がたくさんできてしまったのだ。

 そのうち消えるとは思うけれど、今はとてもみっともない身体になってしまっているのではないか。


 そんなことを考えているうち、殿下が少し顔を寄せて、密やかな声で言った。


「今度、見せてもらおうかな。その努力の跡を」

「そっ……」


 カーッと一気に身体中が熱くなった。

 まさかそんなことを言い出すだなんて思いもしなかった。

 なんだか殿下とそういう俗なことが結びつかなくて、うろたえてしまう。


「えっ、えっと、あの、と、とてもお見せできるようなものでは……」

「でも、私の妃となるのなら、いずれは見ることになるよ?」


 言っていることは際どいことのはずなのに、あまりにもさらりと言うものだから、私がうろたえているほうがおかしいのかと思えてくる。

 どうしよう。この場合、どう返したらいいのかしら。


「あの、それは」


 もちろん妃となれば、いずれはお世継ぎを産まなければならないけれど、今まではとにかく捕球することしか考えていなかったから、なにも浮かばない。


「嫌?」


 小首を傾げてそんなことを訊かれる。


「嫌っ、だなんて、ないです、あの」


 頬が熱くなってきて、なんだか汗も出てきたような気がする。私は慌てて自分の額に手を当てた。やっぱりだ。なんだかしっとりしている。


 そんな私を見て、殿下はぷっと噴き出した。


「えっ」


 今、笑われるようなことをしたのだろうか、と殿下の顔を見つめる。

 すると苦笑しながら、彼は言った。


「ごめんごめん、可愛い反応するから」

「かっ……」


 一気にボンッと血が頭に集まってきたような感覚がした。

 恥ずかしい。

 もしかしてこれは、からかわれているだけなのだろうか。

 殿下はにっこりと微笑むと、言った。


「まあ、これはまたいずれ。とにかく今日は疲れただろう。そのうち使者を送るから、それまではゆっくり休むといい」

「は、はい」


 殿下はこくりとうなずく私を見ると、片手を上げてエディさまのほうに歩いていく。

 私はその背中をぼうっとして眺めていた。


 本当に。本当に、私、この方の妃になるんだ。


「コニー!」


 呼び掛けられて振り向くと同時に、抱き締められた。


「おめでとう、コニー。よくやったわね」


 キャンディだった。


「あ、ありがとう」

「悔しいけれど、嬉しいわ。本当によかった」


 私を抱き締めていた腕を解くと、私に向かってキャンディは微笑む。

 本当に心からそう言ってくれているのがわかった。

 この人は、なんて大きな人なんだろう。


「キャンディの応援のおかげよ」

「当然、その通りだと思うわ」


 胸を張ってそう言う。しばらく見つめ合ったあと、私たちはくすくすと笑った。


「おめでとう」

「よかったっす」


 続いて、兄とジミーもやってきてくれた。


「応援してくれてありがとうございます。皆さまのおかげで捕球できました」


 私は彼らにもそう言ってぺこりと頭を下げる。


「いやもう本当に、最初はどうなることかと思ってた」


 兄が口の端を上げてそう言う。


「俺のコーチングのおかげっすよ?」


 ジミーもそう続ける。

 けれど本当に、彼らのおかげだろう。私一人では、絶対に無理だった。


 そんな風に四人で笑い合っていると、殿下がまた歩み寄ってきた。


「楽しそうだね」

「あ、殿下。いやね、今、俺のおかげってコニーちゃんに言われたんすよ」

「そうは言われてないだろ」


 ジミーの軽口に、兄が呆れたようにそう返している。


「でも本当にジミーのおかげですわ」

「ほらあ」


 ジミーの反応に、また皆で声を出して笑った。


「そうだね、ジミーはコーチの才能があるのかもね」


 殿下がそう返して、ジミーは得意げに胸を逸らす。


「でもっ、僕だって、ボールを握ることもままならなかったコニーに、キャッチボールできるまでに教えたんですよ!」


 慌てて兄がそう主張すると、殿下は小さく笑った。


「そうか。ラルフは意外にコーチに向いているのかもね」


 その言葉に、兄はふふんと鼻を鳴らした。

 そういえば、キャッチボールの練習を始めたころ、『コーチに向いているって言わせてみせますわ』と宣言したことを思い出す。


 よかった。それも達成できた。

 本当に、捕ることができてよかった。


 殿下はにこやかな面々を眺めてから、キャンディに視線を移した。


「キャンディ嬢」

「はい」


 小首を傾げてキャンディが応えている。


「話があるから、着替えたら応接室に来てね。場所はラルフが知っているから」

「は、はい……?」

「じゃあ、待っているよ」


 それだけ言うと、また片手を上げて、殿下は立ち去って行った。

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