第78話 三人の令嬢

 私はキャンディと連れ立って更衣室へ向かう。

 中に入ると、誰もいなかった。本選が始まる前も誰もいなかったから、当たり前といえば当たり前だろう。


「ああー、終わった終わったー!」


 言いながらキャンディはユニフォームを脱ぎ、下着姿のまま、どさっと椅子に腰掛けた。


「疲れたわ……」


 天井を見ながら、ぽつりとそう言っている。


「そうね、この二週間、ずっと練習してきたんだもの」


 急激に力が抜けていくような気がする。

 けれど私は気を抜いてはいけない。

 これからが本番に違いないのだ。


「明日からどうしようかなー……」


 キャンディが小さくつぶやく。

 そうだ。王太子妃選考会が終わった今、キャンディはここにいる必要がなくなった。

 わかっていたつもりだったけれど、彼女が自分の領地に帰っていくと思うと、寂しい気持ちが積もっていく。

 だから私は言った。


「うちでゆっくりしていかない?」

「うーん、今日はご馳走でしょう?」

「そう……かしら、たぶん」


 きっとお祝い、ということで私の好きなものが並ぶのではないだろうか。

 いや、まさかこんな結果が出るなんて、誰も予測していなかったかもしれないから、いつもと変わらないかもしれないけれど。


「じゃあ今晩は、ご相伴にあずろうかなあ。それで明日、帰ろうかな」


 明日。そんなに早く。

 けれどキャンディだって早く家族に会いたいだろう。それを考えたら無駄に引き留めることもできない。


「あっ、でも、殿下が着替えたら話があるって仰っていたわ」


 私の言葉に、キャンディは身体を起こした。


「あれ、なにかしら。嫌なことじゃないわよね?」

「きっと、いいことだと思うけれど」


 兄が言っていたのだ。『サイドスローで投げさせるといいかもって言っていたよ』と。

 もしかしたら話とは、選手として育てたいということではないだろうか。

 それがキャンディにとって、いいことなのか嫌なことなのか、と考えると、いいこと……のような気はするのだけれど。

 少なくとも、悪い話ではないと思う。


「早く着替えて行こうっと。嫌なことならさっさと聞いておきたいし」


 キャンディはバッと立ち上がると、すばやくワンピースに着替え始める。


 なんだか彼女との時間がどんどん短くなっていくような気がして、気持ちが沈んでいくような感覚がする。

 いや、ダメだ。寂しい寂しいばかりでは、キャンディにだって気を遣わせてしまう。

 私はにっこりと微笑んで言った。


「いい話ならいいわね」

「それを願うわ」


 そして着替え終えたキャンディは、荷物はそこに置いたまま、扉に向かって歩いていく。


「じゃあまたあとでね」

「ええ、またあとで」


 パタン、と扉が閉まったあと、私は一つ、ため息をつく。

 私も着替えなくちゃ。

 きっと、もたもたしているような時間はこれからなくなるのだ。そして寂しがっている時間だってなくなる。


 しっかりしないと。がんばるって決めたし、宣言したのだから。


 そうしてユニフォームを脱いでいると、キィ、と更衣室の扉が開く音がした。

 もう帰ってきた? いくらなんでも早すぎる。忘れ物かしら、と顔を上げて振り返ると。


 そこには、三人の令嬢が立っていた。


          ◇


「あの……?」


 彼女たちは三人とも、ワンピースを着ていた。

 つまり、着替える必要はないはずだ。

 いや、もしかしたら荷物を置いているのかもしれない。


 そんなことを考えているうち、令嬢たちはこちらにどんどんと歩み寄ってきた。


「コニーさま、ちょっと失礼しますわ」

「は、はい?」


 なんだか気圧されてしまって、一歩、後ろに下がる。というか、ちょうどユニフォームを上も下も脱いだところだったので、私は慌てて持っていたユニフォームで胸元を隠した。


 三人の令嬢は私の様子には構わず、ずい、と顔を寄せてきた。


「おめでとうございます、コニーさま」

「ありがとうございます……」


 どう考えても、おめでとう、だなんて雰囲気ではない。

 一言、物申したいのだろうか。それはそれで甘んじて受け入れるけれど、せめて着替えさせてもらいたいな、などと呆けたことを考えた。


「わたくしども、今回の選考には納得しておりませんの」

「はあ……」


 やっぱり。

 私が次の言葉を言う前に、矢継ぎ早に彼女たちはまくしたてる。


「そもそも、ウォルター殿下の球を捕ったら王太子妃、だなんて、おかしいと思いませんこと?」


 そこから? と思うけれど、反論する間もなく、次の言葉が飛んでくる。


「まあそれはいいとしても」


 いいのか。


「やはりジュディさまの策略には我慢なりませんわ。あれは騙されても仕方ないと思いません?」

「そうですわ、事実、ほとんどの者が騙されたわけですし」


 ジュディさまはそう仕向けたわけで、まんまと嵌まってしまった、ということではないのか。


「ですからわたくしども、考えましたのよ。やはりこれは公平ではないのではないかと」


 そう言われても。


「だからコニーさま、辞退なさってください」

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