第59話 ジュディさまの捕球 その1

 私は、ガチガチに固まってしまっていた。

 六人の令嬢たちが誰も捕球できなかったのを見て、競争相手が減ったと、安心などできなかった。


 他人事ではない。

 私だって、どこで落とすかもわからない。


 練習はした。毎日。

 けれどこれは、結果がすべての選考会なのだ。

 かなりの確率で捕球できるようになったとは思う。けれど絶対に捕球できるとは言い切れない。ほんの些細なミスで落としてしまっても何ら不思議ではない。

 自分が捕球できなくて肩を落とすところが、簡単に想像できてしまう。

 ここにきて、なんて情けないんだろう。


 顔を上げる。ジュディさまが美しいフォームで構えている。

 堂々としていて、見ていて安心できるほどだ。


「では、一球目ね」


 殿下が左足を上げた。ジュディさまが、ずい、とグラブを前に構えるのが見える。

 殿下の右腕がしなり、白球が走る。

 次の瞬間、パンッ、という音がグラウンドに響き渡った。

 その場にいる全員の視線が、ジュディさまに集まった。


「ストライーク!」


 ホワイトさんの声だけが、音として存在している。

 しん、となったグラウンドで、ジュディさまのほっと吐き出す安堵のため息が聞こえたような気がした。


 にわかに令嬢たちの中にざわめきが広まる。


「捕りましたわ」

「ええ」

「これでわたくしたちは落選決定ですわ……」

「さすが、というか」


 そんな風に彼女たちはひそひそと話し合っている。

 けれど。


「でも、ジュディさま……少し酷くありませんか……?」

「だって、ジュディさまがここには来ないだなんて言うから……」


 だから、練習しなかった。ジュディさまの言葉に乗せられた。


「殿下の戯れとも仰っていましたわ」

「ええ、確かにそう聞きました」

「あんなこと仰るから……」

「なのに自分だけ……」


 けれど思い返しても、ジュディさまは何一つ嘘などついていないのだ。


『わたくしは、わたくしの知っていることを申し上げただけです。これは元々、女性たちに野球観戦をさせるために企画されたものだったけれど、陛下の意向を受けて、王太子妃選考会という名に変わったと』


 そうなのだろう。最初は本当に、女性たちに試合観戦させるという企画だったのだ。それが陛下の意向を受けて、王太子妃選考会に姿を変えた。


『それをどのように受け取ろうと、それは自由ですわ』


 ジュディさまが意図的に誤解させたとしても、けれどやはり嘘などついていないのだ。

 誤解して受け取ったのは、こちら側だ。私自身、誤解した。


 キャンディだけが、あのとき信じ切っていた。


『噂や不確かな話には、わたくしは振り回されない』


 あれが、正しい姿だった。それだけのことだ。


「キャンディは……」

「え?」


 口をついて出た言葉に、隣に座っていたキャンディはこちらに振り返る。


「キャンディはわたくしのことを強いと言ってくれたけれど、キャンディこそ、本当に強い人だわ」


 何度か目を瞬かせたあと、彼女は口の端を上げた。


「じゃあわたくしたちは二人とも、強いということになるわね」


 そう言って、あの感じのいい笑顔をこちらに向けてきた。


         ◇


「では二球目。スプリットね」


 殿下はそう言うと、また構えた。

 それに反応して、ジュディさまの身体に力が籠ったのがわかる。


 それから、さきほどのストレートとまったく同じフォームで、白球が繰り出された。

 そしてそれは。

 ホームベース手前で、ふっと落ちた。


 落ち方が鋭い!

 私は思わず席から立ち上がってしまった。

 けれどジュディさまは構えていたグラブをさっと動かすと、すくい上げるように、それを捕球したのだ。


「ストライーク!」


 ホワイトさんの声が響く。捕球に成功した。

 すごい。あんなことができるなんて。


 私はぽかんと口を開けてそれを眺めたあと、思わず拍手した。

 なんてすごいんだろう、あの方は。

 本当に、何球も何球も捕球する練習をしてきたのだろう。それがわかる。


「なによ、いい子ぶって」


 そんな声がして、私ははっとして拍手していた手を止める。

 令嬢たちがこちらを睨むように見つめていた。


「敵なんだから、拍手なんておかしいわ」

「そうよ、白々しい真似しないでいただきたいわ」

「うっとうしくてよ」

「あ……申し訳ありません」


 そう言われて、私はすとんと椅子に腰掛ける。

 確かに。ジュディさまはこの場では敵なのだ。拍手なんておかしい。

 けれどなぜか、自然と身体が動いてしまったのだ。


「お嬢さま方、あれはさほど不思議なことではありませんよ」


 選手の中の一人が、穏やかな声音でそんな風に彼女たちに話し掛けている。


「野球の試合では、敵でも味方でもどちらでも、素晴らしいプレーが出ると球場中から拍手が沸き起こることがあるのです」


 選手の言葉に、しばらくは誰も返事をしなかったが、にこにこと反応を待つ彼に根負けしたのか、少し居心地悪そうにしている。


「では、ジュディさまは素晴らしかったということかしら?」


 つんとして令嬢の中の一人が応えた。

 訊かれた選手は微笑んで答える。


「ええ、初心者で咄嗟にあのように動けるのは、とても素晴らしいことと思いますよ」

「ふうん……」


 彼女はそうつぶやくと、またジュディさまに視線を移した。

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