第3話 すごい倍率みたいです

 興味のある者は指定の日時に王城に募集要項を取りにくるように、と別紙に書いてあったため、私は馬車に乗り王城に向かった。

 ところがなかなかたどり着けない。馬車が渋滞を引き起こしているのだ。


「ラルフ兄さま、これ……」

「まあ、条件がどうあれ、王太子妃募集の話だからな、こうなるのも致し方ない」


 馬車に同乗していた兄は腕を組んでそう言うと、うんうん、と二度うなずいた。

 私はこの倍率を目の当たりにして不安になっているけれど、兄はなぜか落ち着いている。


「大丈夫かしら、こんなに……」

「大丈夫さ。コニーにはとんでもないアドバンテージがある」

「アドバンテージ?」


 兄はずいっとこちらに身を乗り出してきた。

 あの日以来、私よりも兄のほうがノリノリな気がする。


「コニーは僕の試合をよく観に来ていただろう? 少なくとも他の貴族女性よりは野球を知っている」

「でも観ているだけで、やったことは……」

「観ているのと観ていないのとでは、全然違うよ」

「そうかしら……」


 不安に思いつつも、馬車はなんとか指定された馬車どまりにたどり着いた。

 一人の男性が、紙の束を持って待っている。

 私は馬車の扉を開け、そうっと降りると、その男性の前に立った。


「あの、わたくし、ユーイング男爵家が長女、コニーと申します。あの、王太子妃の募集要項を取りに来たのですが」


 男性はにっこりと微笑んで返してきた。薄茶色の髪の、穏やかな笑みを浮かべる人だった。


「ああ、じゃあラルフ殿の妹御ですね。いつもお世話になっております。けれど今回の選考には、そういった縁故はまったく関係ないということ、それだけはご承知おきください」

「はっ、はい、それはもう」


 私は慌ててそう返事する。


「おいエディ、そういう意味で名乗ったんじゃないぞ」


 馬車の中からやりとりを聞いていたのであろう兄が、扉から顔を覗かせる。エディと呼ばれた男性は、苦笑しながら返した。


「わかってるよ。でも一応言っておかないといけないからさ」


 そう親し気に二人で会話をしている。ということは、この人も兄と同じ、王太子殿下のチームに所属しているのだろうか。


 エディさまはこちらに振り返って微笑むと、紙の束から一枚取り出し、私に向かって差し出した。

 ざっと見ると、日時と、試験会場への行き方、着ていく服装、などの注意が書いてあった。


 そして、王太子殿下の球を受けていただきます、とも。


「一応、お渡しします。でも、この募集要項の内容は変更になりました」

「えっ」


 その言葉に私は顔を上げる。


「とにかく殿下の投げた球を捕れた女性、ということにしていたのですが、今日来られた人数が予想をはるかに超えて多いので、予選を行うことになりました。この紙に書かれた場所にお越しください。詳しくは当日、説明します」

「……予選」


 本当に急遽変更になったのだろう。その紙に、その予選の内容は書かれていなかった。

 エディさまは、眉尻を下げて言う。


「殿下が、『投手の肩は消耗品だ』と仰るので」

「はあ……」

「これだけの人数を相手に投げるのは避けたいところです」

「はあ……」


 投手の肩は消耗品?

 どういう意味なんだろう。

 あとで兄に訊いてみよう、と心の中で思う。


「この説明にも時間がかかってしまって、このように渋滞になってしまっているのです。おい、ラルフ、手伝えよ」

「はいはい」


 兄は馬車を降りて、エディさまが抱えていた紙の束を半分受け取る。

 これで時間が短縮されて、後ろに並んでいる馬車の渋滞も多少は緩和されるだろう。


「じゃ、じゃあ、わたくしは先に失礼いたします」


 ぺこりとお辞儀をして再度馬車に乗り込もうとしたとき、兄に呼び掛けられた。


「コニー」

「はい」


 振り返って首を傾げると、兄は言った。


「帰ったら練習するから、運動できる服装に着替えておけよ」

「は、はい」

「じゃあな」


 それだけ言って、兄は後続の馬車の横に立った。

 これ以上は邪魔になる。

 私は慌てて馬車に乗り込んだ。

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