神代のルーン使い 第10話




「グレイ=ウォーカーという名前の冒険者について知っていますか?」

「……誰だって?」

ギルドの隠し部屋ではなく、ギルド長室内の話だった。

「グレイ=ウォーカーという名前の冒険者です。ガイル様」

ガイルに質問をしているのはローブも被らず、メイド服も着ていない女性だった。

「……ああ、グレイ君か。知っているよ」

ガイルはいとも当然と知っているように答える。知っていると。

「……知っているんですか?」

「有名人だからね。変人として」

「変人ですか?」

彼が知っているという事には驚きだが、有名人という事には以外だった。

「異常なくらいに誰とも組もうとしないからね。その上でダンジョン探索も魔物退治依頼も何も受けない。6ヵ月前の巨大怪鳥グレートバード事件でも市民の避難誘導だけして前線には出てこなかったから、一部では臆病者とか三下とかで罵られているよ」

「――――……」

一瞬言葉が出なかった。困惑していると彼女は自分でもわかった。しかし、問題と思うべきはそこではないかも知れない。

あれほどの実力で……実力を隠している。

確実に何かの目的があるはずだ。

「……それで、どうして急に彼の事を?」

「……町で妙な噂を聞きましたので。王女さまに危険が及ぶ訳にはいきませんから」

「なるほどね」

納得してくれたようだ。

「……」

いや、顔を見ると違う。

彼は今細い目線の笑みを向けている。

あれはこちらの思惑を探ろうとしている目だ。しかもわざとそれを見せている。

「……そういえば、ちょうどさっき君が聞いたグレイ君についてなんだけどね」

と、ガイルは机の下から何かを取り出して言う。

羊皮紙だった。しかもギルドの依頼に使われている。

「彼が依頼を出したんだよ。この依頼をね」

と、ギルドマスターであるガイルは彼女にその羊皮紙を見せた。



「……そう、そんな事が」

「やはりあのグレイという男は危険かと、何を企んでいるのか」

「逆よ。寧ろその依頼内容からして何をしようとしているのかはっきりわかるじゃない」

「……と申しますと?」

「彼はのよ。……ああ、悪人とかを疑ってはないんだろうね」

「……私にはわからないのですが」

「それは直接話し合いして教えて上げるわ。行きましょうか。あなたが叔父様のところに行く際に探知して置いたの」

「……さすがです。ですが、もう一度の接触はやはり避けるべきかと。ご自分でも今日中は合わない方が宜しいと仰ったのですが……」

「そうね。でも、あなたのお陰で接触するべき理由が出来たわ」

彼女は何かの企んでる顔ではなく、何かを期待している女の子の無邪気な顔で。

「上手くいけば、彼を引き込めるかもね♪」



「で、って名前だったっけ。また俺になんの用事だ」

料理を注文した直後、グレイは向けて睨む。

とても機嫌は悪いと言っている様に。

席はカフェテラスのような外の席。

「……その前にいいですか」

「なんだ」

「あなたはどうして私のレナという名前を偽名と?」

今更なにを。

「……状況的に身を潜めている奴が本名を丸出しにするか」

「……やはりあなたは切れ者ですね」

と、レナは落ち着いたまま笑みを見せる。

「でしたら、あなたは私の本名を知っているのでは?」

笑みのまま真剣な眼差しを向ける。言葉の通り自分の素性も当然見抜いているのではと。

しかし、返ってきた言葉は「いや、知らん」だった。

ポカーンと、レナは心で『あれ?』と首を傾げる。そんな彼女の反応なんかを無視して「前にも言っただろう」と付け加える。

権力者あんたらに肩入れする気も関わるのも嫌だ」

ああ、とレナは思った。

この人はや貴族をただ嫌うのではなく、心底憎んでいると。

「……そうですか。わかりました」

ため息をついて観念したかの様なレナは「では、こっちの話しをしましょう」と、懐から何かを取り出す。

羊皮紙だった。しかも、

「それは……」

「あなたの依頼でしたね? これ」

「……」

「私が引き受けましょう」

「は?」

「私が引き受けると言ったんです」

何を言っているんだこの女。

「それは冒険者ギルドに正式に出した依頼だ。冒険者でもない奴が……」

「ところで、彼女をご覧になってください」

と、レナは横の付き添い――シズクを手の平で指す。

昨日とは違う軽装備の……冒険者装束……ってまさか。

と、気づいた途端にシズクは懐からあれを見せる。『シズク=ヒイラギ』と書いてるランクEの冒険者カードを。

冒険者です。ですので、正しくは彼女が依頼を受ける形になりますね」

レナの言葉を聞きながらグレイはふと、シズク=ヒイラギの名前に違和感を覚えた。

……いや、まさか。

「……御託はいい」

ここで、グレイは最初の質問に戻った。

「一体全体、そこまでして俺になんの用事だ」

「私、こう見えてしつこい性格なんです」

……つまり、いまだ勧誘を諦めていなかったと。

「ですが、これは交換条件でもあります」

「……つまりはその依頼を条件だな」

グレイの依頼を聞く代わりに、自分の勧誘を受け入れてくれという事だった。

「……条件としてはきついなと思うが?」

「と言いますと?」

「俺の依頼と、あんたの条件の話しだよ」

グレイはレナが取り出したその羊皮紙に指さした。

「俺の依頼は単純に『この辺で起きている人々の行方不明の情報求む』だ。その話しの裏を俺があんたらに求めない理由はわかっているんだろう」

「私たちを、でしょう?」

その返事に対してグレイは「半分はそうだ」と答える。

「半分?」

と、レナは少しきょとんとする。グレイは「理由を話す気はない」と付け加える。

「俺は権力者あんたらに肩入れする気も関わるのも嫌だと言ったはずだ」

「本当にそうでしょうか」

「何?」

グレイの言葉に待ったなしの返事だった。

「あなたは言いました。その悪者どもはどうでもよくない、寧ろ腹が立つと」

「……言ったな」

思ったんですか?」

「……」

グレイは返事……が出来なかった。


「グレイさん。あなたは――この件がただの行方不明事件でなく、拉致事件でもなく、そして犯人が何を企んでいるのか、分かっていますね?」


レナの言葉に早速反応しようとしたのはシズク……だった、が――。

シズクの椅子から起き上がろうとして――。

グレイが先に足で椅子を戻す。

起き上がろうとしたシズクはグレイに敵意を向ける。

が、グレイの方が睨み殺す勢いで顔近づけて「ガキの前だ。騒いだら今度は承知しない」と、小声で伝えた。

グレイが顔をレイの方へ一度振ると、何もわからないという顔のレイがグレイを見ていた。

「……お父さん?」

ため息をついて「……俺をお父さんと呼ぶな」と返事をして……レナの方に向く。

先に話すのはレナの方だった。

「あなたがこうしてギルドに依頼してまで情報を求めたのは、この件の犯人……の目的を知っているから、それに備えるためなんじゃないんですか?」

真っ先にグレイの口からは「はあ……」とため息が出る。

ふと、レイの方に目が向いた。

何もわからない顔をして水を飲んでいるその子は、自分を見ているグレイと目が合い……笑った。

華やかな笑みであった。

…………覚悟を決めるか。

そこでレナが返事を求める様に言い直す。

「どうなんですか? グレイさん。知っている……」

「うるせうるせ、そう急ぐな。今話すから、待ってろ」

「貴方、お嬢様に対して無礼過ぎますよ」

グレイの無礼っぷりに見てられないのか、このタイミングでシズクが睨みながら告げる。

返って来るのは全く威嚇になどならないと言う様なグレイの目つきと言葉である。

「お前こそ、分からないなら黙ってろ。話しの腰も折ろうとするんじゃね」

「……!」

昨日から思ってる事ではあるが、……この女まさかクールなイメージを装うとしてるのか。

だとしたら台無しだ。

今にもクールを装っている顔が崩れかけている。

「だめ、シズク」

「ですが、おう……お嬢様」

「私はいいの。大丈夫です、話してください」

付き添いを抑えて、グレイの話しを聞こうとする。

グレイも話す覚悟をした。

「……ふう。まず、誤解を解くけど本当にその犯人たちの目的など知らん。何を目的にしてるのかを思いついてるだけだ」

「と、言いますと?」

「行方不明者たちの事で思ってる事が事実なら、最悪な話しをすれば拉致られた奴らもいれば完全に消えてしまった奴らもいるはずだ」

「……」

その言葉に、レナは喉の唾を呑み込む。シズクも同様に――嫌な予感をして。

グレイはそれに言葉の釘を叩き込む。

「そもそも、行方不明者が出始めたのは2ヵ月前じゃないはずだ。正しくは6ヵ月前。この町を襲った巨大怪鳥事件を知ってるだろ。あれが関係している。そして行方不明の何人かは……魔物どもの餌にされた」

「ちょっと……それって」

レナの言葉が詰まる。

魔物が関係している事……いや、王族貴族が関係している事件で魔物の話しが出てくる――それも『餌』という単語まで出てきて。

「真の主犯格たる犯人は王族ところか、アルフレット王家の王子王女の誰かだろう。……俺の予想が正しければな」

「……そこまで言うのですから根拠はあるんですよね?」

「それ……は、」

グレイの言葉が詰まる。

これは……。

「……グレイさん?」

グレイの急な様子の変化にレナが様子を伺うが、グレイは手のひらを向ける。

とても真剣な顔で「…少し黙ってろ」と、周囲を見回して。


集中する――。

気配に――。

声に――。


……「あれ、臆病者の奴じゃないか?」

……「まじだ。……しかも女子と一緒かよ」


……「今日、俺たちはこの依頼をするぞ!」

……「なになに……ってゴブリン狩りかよ」


……「お料理お待たせしました」

……「グレイさん、お料理でましたよ」


…………ヴううん


「伏せろ!!」


グレイの叫びと共にレナとシズクを力いっぱい椅子ごと押し倒し、料理をもってきたウェイターも足を掛けて倒し、テーブルの天坂部分を腕力だけで取り外し瞬時に外側へ向けてレイを守る様に庇う―――。


パ―――ン!!


と、爆発が起こり、天坂が外されたテーブルとその後ろにいたグレイとレイがレストランの窓に飛ばされる。

「―――!」

窓は割れてレストランの内部にまで飛ばされたグレイだったが、激しい痛みが襲うものの声も出さずレイを見る。

「大丈夫か!?」

「う、うん…」

突然の爆発に驚き、恐怖、泣き、色々と顔で出ているも、グレイの言葉には返事する。

――――よかった。

と、思う即座に立ち上がりレイをだいたままでいる。

一瞬で起きた爆発に、レストラン内は既に大騒ぎだった。

「――グレイさん!」

カフェテラスにいたレナとシズクが内部に入ってグレイの様子を伺う。

グレイは「ちょうどいい」と言ってレナにレイを任せた。

「この子を頼む」

「グレイさんはどうするんですか!?」

「追う」

簡略に返事し、背の部分にあるナイフを一本取り出す。



一飛びでレストランの向かいにあった建物の二階にある窓に足を着け、もう一飛びでさらに上の窓に右手を付けて、今度は右腕の力が体を三階の建物の屋上にまで登り、さっき感じ取ったある音の方へ向く。

――いた。

レナ以上に全身にぼろいローブを纏った者だった。

かなり早い。

グレイは直ぐに掛け走った。

敵の足はかなり早い。

しかも建物の屋上をまるで障害物競走でもしてるかの様に飛び走る。

でも、それ以上にグレイの方が早かった。

屋上にある物にぶつかってしまうほどの速さだったが、ぶつかる度にナイフを使ってぶつかれない様に走る。

追走から約6秒で建物の屋上を五つ飛んで、グレイは手にしたナイフを敵に向かって強く投擲する。

運がよかったのかは知らないが、敵はそれをギリギリで避けてナイフはその後ろの屋上に刺さる。

敵は一瞬安心したものの走ってくるグレイの飛び膝蹴りをまともに食らう。

後ろに倒れる敵にさらに飛んで踏みつけようとする――その時、



どこかからまたあの気配がするのを感じ取りそっちへ顔を向けてしまい一瞬隙が出来た。

倒れたはずの敵が前に一回りで転んで起き上がり、グレイの踏みつけを避けて体制を立て直した。

グレイと向かい合う敵の顔は見えない。

でも、互いに向かい合っていた。

先に動いたのはグレイだった。

今度は飛ばず、走りながら拳を握り、殴る。

また殴り、殴るも敵は読めてるかの様に僅かに避ける。

そして三回目の殴りが避けられて、グレイは左太もものナイフを取り出して敵の脇腹を微かなくらいに切り、痛みで動きが止まって敵の腹に向けて体を一回りに回して蹴る。

食らったのはグレイの足の裏――しかも靴のだ。相当なダメージだったはずで倒れた体を起こすどころか、息を吸うのもままならないらしく苦しいうめき声が上がる。

グレイは別方向からのを察知しようとするも、もう感じられなくなった。

「……消えた」

この場にはグレイと、敵である全身ローブだけになった。

















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